幕間
この最終決戦の主役は春風紫苑とその仲間達だ。
しかし、だからと言って端役である者達が何をしていないわけでもない。
彼らは世界各地で必死に戦っていた。
世界を変えるほどの熱量を持った魂を持っていなくても、神や悪魔と同化していなくても――希望を胸に戦っていたのだ。
「……よしゃ、今だ!」
大魔方陣の恩恵により一時的に飛行能力を得ていた冒険者達が一気に上空から転進して突っ込むように地上へと降りる。
敵方からすればいきなり敵が背を向けて逃げたとしか言いようが無い状況だ。
戦況が拮抗していたのに何故? と知性があるがために若干の戸惑いが生まれる。
そしてその戸惑いをこそ信長は待っていた。
「――――撃てぇえええええええええええええええええええええい!!!!」
大号令と共に自身の領域で待機させていた織田家鉄砲隊十万が出現し空に火砲を放つ。
領域に居た時にギリギリまでチャージさせていたのでその威力は絶大。
一瞬にしてこの地域の制空権は奪い返された。
「カカカ、ざまぁみさらせ。勝家、光秀、一益、長秀、猿! お前らの出番だ、地上戦を終わらせてやれ!!」
自身が信を置く大軍団長五人に命令を下す。
彼らもこの局面まで信長の領域で兵力を温存していたので力は有り余っている。
「雄ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
そして士気も最高潮。ようやく戦えるのかと大軍団長五人と彼らが率いる兵が怒号を上げてニューヨーク市街を駆けてゆく。
それを見送った信長は再び鉄砲隊を自身の領域へと送り返した。
此処で鉄砲隊を下がらせたのは安全にチャージするためと、もう一つ理由があった。
頭で考えることも出来ない敵になら無意味だが、今戦っている敵は知性のある者達だ。
だからこそ、先の制空権を奪い返された瞬間が印象付けられた。
ゆえに何時また来るかもしれないと疑心の種を植え付け暗鬼の花を咲かせることが出来るのだ。
「……見事だな、ノブナガ」
傍らに居た米国ギルドを束ねる長、アシュトン・ブラックは素直に信長の手並みを賞賛した。
「フフフ……俺のハリウッドデビューはバッチリ決まったようだな」
他所の国に比べれば日本の防備は厚い。
ゆえに信長は日本ではなく他国に送り込まれ、そこで指揮を執っていた。
「正直、本部長から彼に幾らか指揮権を預けろと言われた時は少しばかり不安だったが……」
個人としての力はともかく、指揮能力と言う意味でアシュトンは不安だった。
戦術戦略が成熟した現代において信長と言う男のやり方が通用するのか、と。
しかしそれは杞憂で、彼はあっと言う間に制空権を奪ってのけた。
「何、兵の質が良いだけよ」
最初の転身にしたって事前にしかと通達していたこととは言え一糸乱れず動けたのは信長が言うように質が良かったからだ。
紫苑のおかげで最高潮の士気、加えて冒険者と言う人間のスペック。
それらが合わさってあれほど鮮やかに策が成ったのだ。
信長が生前率いていた兵士達は皆一般人だったのでそれと比べたらクオリティーは段違いである。
「生前の話だが俺の国の兵は弱くてのう……まあ、百姓だから無理もないんだがにゃー」
徴兵され幾つかの戦を生き残った百姓ならばそれでも役には立つ。
が、どんな時期にも一定数初めて戦に行く者が居てそんな者達はちょいと不利になると逃げ出す者も多かった。
信長はそんな弱兵の弱さを補うためにあれこれと色々考えていたわけだが、今はそれが必要無い。
戦うことを生業としている者達だし、士気も下がることを知らない。
そんな兵を率いることが出来るのだ。信長からすれば恵まれているとしか言いようが無い。
「成るほど、戦いを生業としている冒険者ならば扱い易いわけだね?」
「まあの。更に言えば冒険者の中には何度も死線を潜り抜けた者らもおるわけだからなぁ」
そう言う者らが周囲を引っ張っているのを信長の額にある第三の目はしかと捉えていた。
総てが上手く嵌まっていると言っても良い。
「ま、それはともかくだ。他んとこの被害状況を教えてくれ」
信長の要請に頷き、アシュトンは懐に入れていた携帯端末の画面を見せる。
彼自身も腕利きの冒険者で本当は今すぐにでも一兵士として戦いに向かいたいのだがそれは信長に止められてしまった。
上に立つ者が戦場に出る、それは少しばかり良くない。少なくとも今の状況では。
「これだ。比較的被害は軽微だろう」
映し出されているのは各国に設置されたシェルターの状況だ。
シェルターが潰された場合は自動的に発せられているシグナルが消えてカウントされるのだが今は驚くほど少ない。
アシュトンは嬉しそうだが信長は違った。彼の顔は先の戦勝気分は何処へやら、苦みばしったものに変わっている。
「ノブナガ?」
「……良くない、こりゃあ良くないのう。まだ戦が始まって数時間とは言えコイツは良くねえ」
被害が少ないヤッター! と喜べるのは現場の兵卒ぐらいだ。
上に立つ者、戦争で指揮を執る者にそれは赦されない。
しかし、だからと言ってアシュトンを責めるのは酷だとも信長は理解していた。
現代においても戦争と言うものはあるが小規模で、多くの人間にとっては無縁なもの。
このアシュトンとてそうだ。戦争をやった経験なんて一度も無い。
人類全体が巻き込まれるような大きな戦争が起こったのは二十世紀が最後なのだから。
「シェルターへの被害が少ない、こりゃつまりどう言うことだ? 国土への攻撃が少ないってことだろう?」
シェルターは総て地下に建設されている。
破壊しようと思えば地上から兵を地下に送り込むことだが、それは人間のやり方だ。
幻想に取ってはもっと効率的な方法がある――シェルターごと大地を消し飛ばせば良い。
そしてそれが出来るだけの幻想は既に世界各地に居るはずだ。
信長は当初からこの段階ではこの程度の被害は出るはずだと言う予測を立てていた。
が、今の段階に於ける被害状況は予測を大きく下回っている。
「? それは対策が功を成したからじゃないのかい?」
人間側もシェルターごと国土を削り飛ばすような攻撃に対する備えは色々してあった。
ならばそれが上手く嵌まっているからなのでは? アシュトンの疑問に信長は首を横に振る。
彼はそれらの条件を踏まえた上で予測を立てていたのだ。
「総てが総て上手く嵌まってりゃあ……そら、これぐらいだろうよ。だが、完全なんてものは何処にもねえぜ」
幾つかは失敗していて然るべきなのだ。
この被害状況を見るに対策が総て成功したと言うよりは最初からシェルター狙いが少ないと見るべきで……。
「……どうにも嫌な風が吹いとるにゃー」
晴明と同じく信長もまた、良からぬものを感じていた。
「……それは、向こうの隠し玉で情勢が一気に覆るような……?」
「ああ。とは言っても、それはこっちじゃなさそうだ。良くない風を真っ向から浴びることになるのは御大将達だろうて」
今の段階で信長に予想出来るのはそこまでだった。
胸に燻る不安は消えず、しかしそれをこれ以上表に出すわけにはいかず。
指揮官の不安は兵士にまで伝播してしまうことを知っているから。
ゆえに信長はアシュトンにも不安を消し堂々としていろと告げ再び指揮に戻った。
さて、信長らが居るニューヨークのように戦況が良いところもあれば当然悪いところもある。
パリ市内では今、幻想の炎のような攻勢により劣勢に立たされていた。
ローラン率いるルー・ガルー軍団により勝敗はほぼ決しかけている。
それでも諦めずに冒険者を叱咤し、自ら剣を手に戦うアネットだが気合いでどうにかなるレベルではなかった。
「……頭を獲るしかありませんわね」
目の前に居るルー・ガルーの頭部を切り飛ばしながらアネットは静かに決意を固めた。
劣勢にありながらも冒険者達の士気は衰えていないが、いずれは潰されるのが目に見えている。
一発逆転を狙うのならば敵の大将であるローランを殺すしかない。
アネットは副官に指揮を預けてローランが目撃された地点に向けて疾走を始める。
今このパリにおいて一番強いのはアネットだと彼女自身も理解している。
ゆえにローランを討てる可能性があるとすれば自分だけ。
とは言えアネットに不安が無いわけではなかった。
大魔方陣による強化でかつてないほどに強化されているとは言え敵はローランだ。
アネットも幼い頃に御伽噺で聞いたことのある伝説的な英雄。
シャルルマーニュ十二勇士が筆頭ローラン。
彼も最終的には戦死したものの、御伽噺に謳われるローランは無双の強さを誇っていた。
仲間であるオリヴィエに脳天に剣を落とされたり多くの投擲武器を受けても防具が壊れるだけで本人が傷付いた描写は無し。
そんな相手にどうやって勝てば良いのかと言う思いは当然ある。
何せアネット自身が振るう武器も剣なのだから。
とは言え座して死を待つつもりは毛ほども無く、不利であろうとも挑まねばならない。
彼女は何時だって勇敢に戦っていた紫苑を思い浮かべ己を奮い立たせる。
「……ムッシュ、ムッシュならばきっと、戦いますわよね? どんな時でも、どんな状態でも」
物理的な効果を齎す力があってもなくても、紫苑は変わらない。
何時だって歯を食い縛り、希望へ向けて歩むことを止めない、私はあの背に焦がれているのだ。
だが、憧れは何時か終わらせなければならない。
真に想うのならば何時かは並び立たねば――だからこそ、ここで足を止めるわけにはいかない。
アネットはルー・ガルーの群れを真正面から斬り飛ばしながら遂には首魁の下へと辿り着く。
「あなたが、ローランですわね?」
豪奢な甲冑を身に纏った灰色の髪をした屈強な男。
アネットより頭一つ二つは大きいであろうその男から感じる圧力。
彼がローランに違いない、アネットは確信を持って問いを投げたのだが……。
「――――」
「?」
呼びかけられ視線をアネットに寄越したローランだがその瞳は虚ろだ。
此方を見ているのか見ていないのかそれすら定かではない状態である。
「!」
「足尾fhヌ4亜徐sdんふぉうdgheouhfoaehnfoudncozhfioe8hfbczxjlcvdeof!!!!!!」
アネットが答えに辿り着くのとローランが雄叫びを上げるのはまったく同時だった。
「理性を失っていますの!?」
伝説においてローランは女との恋が悲恋に終わると発狂したと言う。
発狂したローランは全裸で放浪し素手で猛獣をぶち殺すような狂戦士に変じた――軽い変態である。
ま、それはさておき狂したローランは同じ十二勇士であるアストルフォが月から持ち帰った理性を注入されるまで正気を取り戻さなかったらしい。
時間軸で言うのならば正気であるはずなのだが――これは意図的な狂化だろう。
目につく人間を片っ端から殺すのならば狂っている方が丁度良い。
そして同時に、ルー・ガルーを率いていた理由にも納得がいく。
理性を失った狂戦士ならば知性を持つとは言え獣でもあるルー・ガルーとはさぞ相性が良いだろう。
「? そんな距離から剣は届き――――」
十メートルほど離れた場所から剣を振りかぶったローラン。
当然届くはずはないと疑問符を抱くがアネットの直感が即座に剣の射線上から身体を退かせる。
「な、何て出鱈目……!? よ、よくも私達のパリを……!!」
振り下ろされた剣は直線上にあるものを総て薙ぎ払った。
花の都に刻まれた巨大な爪痕に憤るアネットだが、
「……いいえ、希望を持つ人間が居る限り再び花は咲く、以前よりも鮮やかに――そうですわよね、ムッシュ?」
何時か紫苑が言ってくれた大切な言葉を思い出し、勇気を胸にローランへと接近する。
狂戦士となったことで破壊力は段違いだが技術面は衰えているので太刀打ち出来ないほどではない。
アネットは嵐のような剛剣をギリギリで回避しながら隙を探る。
決して浅くは無い傷がその身体に刻まれていくものの負傷や怯えによる劣化は微塵も無い。
頭は冷静に、心は熱く熱く情熱的に――理想的な状態だ。
「! 見えた、そこぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
それは間違いなく生涯最高の一撃だった――が、振るわれた剣はローランの首の半ばほどで止まってしまう。
皮膚に刃が触れた瞬間に首の筋肉を硬化させて刃を食い止めたのだ。
理性が無いので本能的なものだろう、本能が警鐘を鳴らすほどにアネットの一撃は素晴らしかった。
「あ」
即座に剣を離して離脱しようとするが間に合わない。
コマ送りになって己に接近する剛剣を見つめるアネット、死は避けられない――このままならば。
「――――殺らせねえだよ」
ローランが振るう聖剣デュランダルが炎に包まれ根元から溶け落ちる。
それだけの業火でありながらその炎は決してアネットを害することはなかった。
「じゃん、ぬ……? あなた、別の都市に居るはずでは……」
アネットの身体を抱きローランから距離を取るジャンヌ。
しかし助けられた当人であるアネットは戸惑いを隠せない。
「あっちはもう押し返して来たから危なそうなところに来たんだよ。一応ジルは残して来たけど」
また何が起こるかは分からないのでジルドレを残しておくのは当たり前だ。
ジャンヌが救援に駆け付けたのはフランスの象徴であるパリを陥落させないため。
首都陥落なんて事態に陥ってしまえば士気の低下は免れない。
「早く予備の剣を召喚して、とっとと構えるだ」
自身の騎士剣に炎を纏わり付かせローランを睨み付ける。
彼は理性が無い状態でも分かっているのだ、ジャンヌ・ダルクと言う女が危険であると。
ゆえに唸り声を上げながら彼女に仕掛ける機を窺っている。
「おら一人じゃ流石にキツイ。二人であのいけ好かない獣を狩るしかねえ」
酷く個人的な事情ではあるが、ジャンヌはローランを好いていない。
縁も縁も無い相手で彼女が一方的に嫌っている。
それは何故か、ローランはミカエルとガブリエルにより死後その魂が天国へ運ばれたから。
見捨てられたジャンヌと天使に抱き締められたローラン――共に信仰を抱いていたのにどうして差が出るのか。
吹っ切れはしたものの思うところがまったく無いわけでもないのだ。
「……あなた、本当に救国の乙女になったんですのね」
ジャンヌの事情は聞いている。彼女が元はただの村娘で本当に望んでいたことが何だったのかも。
しかし、今のジャンヌ・ダルクは正に救国の乙女だ。
凛々しい横顔、頼りがいのある背中、此処で奮わねば同じ女としてあまりにも情けないだろう。
アネットは予備の得物を召喚してジャンヌの横に並び立つ。
「――――この国を救うだよ、アネット」
「――――ええ、ジャンヌ・ダルク」
二人の乙女が花の都で美しき咲き誇っている頃、千年の都でも色とりどりの花が咲いていた。
絶え間なく襲い来る敵を斬り続けるミスター武士道新撰組。
近藤も、土方も、沖田も、他の隊士達も死力を尽くし御国がため、己が愛のためにと刀を振るっている。
一歩も退かぬ気概で戦線を拮抗させるその姿は剣鬼そのものだった。
「近藤さん! 四条通の辺りがヤバイらしい! どうする!?」
土方が土蜘蛛の背に刃を突き立て大地に縫い付けると他の隊士らが囲んでトドメを刺す。
突出した個が状況を整え群で制す新撰組の本領は集団戦法にこそある。
「すまん、総司! 救援に行ってくれるか!?」
「分かっ――――いや駄目だ。此処は離れられないよ」
総司は何かに気付いたように何も無い空間に向けて斬撃を飛ばす。
すると、障害が無ければそのまま飛び続けるはずの斬撃が音を立てて消滅してしまった。
近藤と土方の視線が斬撃が消えた場所へと注がれる。
そこは何の変哲も無い空中、しかし不自然に空間が歪み姿を見せたのは……。
「ありゃなんだトシ、天狗か……?」
山伏の衣を身に纏い背なから翼を広げた赤ら顔のやけに鼻が長い何か――どう考えても天狗です本当にありがとうございました。
余人が想像する天狗のイメージをまんま体現しているそいつは殺気を込めた瞳で新撰組を睨み付けている。
「ああ。京で天狗と言えば鞍馬の天狗か?」
土方の見立ては間違っていない、まんま天狗なあの男こそが鞍馬の大天狗だ。
弟子である義経は幻想を快く思っていなかったが師である彼は違ったらしい。
その瞳には人間への憎悪が轟々と燃え盛っていた。
「へえ……源九郎に剣術を教えた相手か。流石にやり手のようだねえ」
純粋な幻想である鞍馬の天狗、パッと見ただけでも一対一で勝てるとは思えない。
日ノ本の神が救援に来るのを待つ? いや、駄目だ。
危ない場所は他にもあって、此処は自分達で対処するべきだと判断した沖田は近藤と土方に目配せを送る。
三人でどうにか倒すぞと言う意思表示を込めたアイコンタクトに二人も頷き剣を構えるのだが、
「――――かぐやちゃん可愛いヤッター!!!!」
そんな場違いな、酷く楽しそうな雄叫びと共に鞍馬の天狗が真っ二つになった。
ポカーンと大口を開ける近藤、土方、沖田の三人を尻目に噛ませ天狗を一刀両断したその男は華麗に着地。
「ふぅ……かぐやちゃんが可愛くて今日も幸せです!」
涼やかな顔立ちで女受けしそうなそいつを三人は知っている。
土方と同じ洋装で羽織こそ纏っていないが奴は、
「は、ハジメちゃん? き、君……何してるのさ?」
斎藤一その人である。沖田達もハジメが人間の味方をすることは分かっていた。
しかし過去の経緯から自分達の前には姿を現さないと思っていたのにこの有様である。
「いやな、かぐやちゃんがお友達と仲直りしなきゃ駄目だよ、きっと後悔するって言うからさぁ」
照れ臭そうに笑うハジメの全身は背後からぶった斬った噛ませ天狗の返り血で真っ赤だ。
もう何かちょっとしたギャグ漫画を見ているようなシュールな気分である。
「だからまあ、道中で邪魔者をぶった斬りながら駆け付けた次第だ」
ヒュン、と刀を一振りして刀身の血を振るい落とす。
「クソ! 腑抜けになってるのに何か前より強くねえか!?」
「愛を知ったからだよ副長。もう我が生涯に一片の悔い無しって言うか? この気持ちを誰かに伝えたいね俺は」
素晴らしさを表現する手段が敵を斬ると言うことなのだから笑えない。
かつての同僚や部下の凄まじい変貌に微妙な顔をする三人だが……。
「……まあ、何にしろ助けに来てくれたのはありがたい。感謝するぞハジメ」
「気にするな近藤さん。別に近藤さん達のためじゃなくてかぐやちゃんのためだから」
「やだ、ハジメちゃんってばホントに気持ち悪い……」
「お前がそれを言うのか?」
死地にありながらも四人は何処か楽しそうだ。
ハジメがぶっ斬ったせいでかつての仲間達総てが揃っているわけではないが、それでも十分だろう。
自分が居て土方が居て総司が居てハジメが居る――近藤は快活に笑った。
「よーし! では反撃と行こうか! 総司、お前は四条に向かえ!」
「いや、その必要は無いぞ近藤さん。言っただろ? 道中で邪魔者を斬り飛ばしたとな」
四条の戦況は既に安定させている、そう言って凄絶に笑うハジメ。
総司が猛者の剣ならばハジメは無敵の剣――かつて仲間にそう評された男は何処までも強かった。
「そいつはありがたいね……借りを返さなきゃいけない相手も来たようだし」
そして示し合わせるでもなく四人は四方へ大きく跳躍した。
彼らが飛ぶと同時に遥か上空から特撮に出て来るような怪獣サイズの獣が大地に叩き付けられる。
その獣は狐で、尾が九本――新撰組にとっての大敵である九尾の狐だ。
「うぐぐぐぐぐぐ……!!」
九尾の狐はすぐに立ち上がると新撰組には目もくれずに上空を睨み付け火炎を吐き出した。
火炎が向かう先に居るのは大陰陽師安倍晴明である。
「うぬぬ……気付けば京まで来てしもうたわ。まあ、縁ある地で葬ってやるのが優しさか」
九尾の火炎を散らしながら嘆息する晴明。
彼女はルドルフらを見送った後も各地で敵を屠り続けていたのだがその途中で九尾の襲撃を受けたのだ。
そうして飛び回りながら戦っていると気付けば京都にと言う次第である。
「九尾、いや敢えてこう呼ばせてもらおうか――母上や。
強くなった童らが傍におるせいで天魔達に復讐出来んと見てわらわを殺しに来たのか?
三国を股にかけた大妖も堕ちたものよな。やはり時代はびっちなぞ望んでおらんのかもな」
ビッチは関係ないと思います。
「わらわを愚弄するかせぇええええめぇええええええええええええええええ!!!!」
九尾の怒りに呼応して激しさを増す業火。
流石の晴明も若干圧されて来たわけだがそれでも彼女に焦りと言うものは微塵も無かった。
「足下がお留守よなぁ、ほんに情けない」
晴明の顔に嘲笑が浮かぶのと九尾の尾が四本断ち切られたのはまったく同時だった。
突然、自身のシンボルとも言える尾を斬られた九尾の狐は火炎を吐くのを止めて唖然と背後見やる。
「よう、久しぶりだねえ……腐れ狐。ようやくその生皮引っ剥がせる時が来て嬉しいよ」
総司の顔は笑顔だ、しかし殺意に塗れた笑顔だ。
「一月に戦った時は結局逃がしてしまったが、次は逃がさん――覚悟しろよ化け物め」
土方はその二つ名通りに鬼の形相で射殺さんばかりに九尾の狐を睨み付けている。
そう、彼らにとってこの化け物は自分達の絆を壊した赦されざる存在なのだ。
「あ、俺は特に何も言うことは無いんで」
それで良いのかハジメちゃん! と思わなくもないが冷静なのは良いことだ。
まあ、どの道ここで殺すのだし怒っていてもしょうがないと考えているだけなのだが。
「お前に篭絡されたのは俺が弱かったから、そこに言い訳はせん。
が、それとは別に世を乱す化け物であるお前を放って置くわけにはいかん。晴明殿、加勢させて頂きたいがよろしいか!?」
近藤の叫びに晴明は笑顔で応えた。
「無論、構わんよ。わらわも一人で戦うことにこだわりは無いからな」
晴明&新撰組VS九尾の狐、因縁の戦いが始まる。
あちこちで英雄達が華々しい活躍を上げているわけだが、そうでない者達として負けているわけではない。
世界と言う大きな括りから見れば取るに足らない小さな存在だろう。
それでも彼らは必死で戦っている、生きると言う戦いを全力でまっとうしている。
紫苑達のホームである大阪でもそう。
同窓の友である紫苑達に恥じぬ戦いをせんと学生達が教師を先頭に幻想の軍勢と渡り合っていた。
モジョやヤクザと言った一線を退いた冒険者達も今日この日のために己を磨き続けて来たのだ。
生徒達に、子供達に明るい未来を与えるのが大人の役目だから。
「後衛組は固まって同じ敵を全員で狙え!
前衛組は後衛の守護と眼前の敵の排除――つまるところ授業で習った通りだ!!」
通天閣を破壊したドラゴンの殴り殺したモジョが生徒達に指示を飛ばす。
生徒達はダンジョンに潜ったことはあるものの、修羅場と言えるほどの死地を潜っていない。
そのせいで士気は高いのに我を失って我武者羅に攻撃を仕掛けようとしてしまう。
その度に経験豊富な教師陣は統制のために喉を枯らさんほどに叫び続ける。
「……雲母、お前も今、戦っているのだろう? 同じ戦場で戦えはしないが、それでも心は一緒だ」
大事な大事な友の顔を思い浮かべ、モジョは更に闘志を燃やす。
そんな彼女の背後に巨人の拳が迫っていたが、
「危ないところでしたね桃鞍先生」
ヤクザが巨大な戦斧でその拳を叩き切り難を逃れる。
「フッ……薬師寺先生の気配を感じたからな、大丈夫だと思っていたよ」
「成るほど。それは失敬。信じて任せてくれたのでしたら光栄です」
「しかし薬師寺先生、Aクラスの指揮はどうした?」
基本的にそのクラスの担任が受け持ちの生徒達を指揮している。
モジョのように受け持ちが無い場合は崩れそうなところのサポートに回っているのだがヤクザには受け持ちのクラスがある。
「あの子達ならば大丈夫だと判断したので遊撃に回ったんですよ」
薬師寺の視線の先では花形元ことハゲがクラスの先頭に立って戦っていた。
小太刀を振るい、仲間を叱咤し誰よりも勇敢に。
「お前らァ! 死ぬなら敵を少しでも道連れにとか馬鹿なこと考えてんじゃねえぞ!?」
全身は傷だらけでそれでも尚、微塵も衰えぬ闘志。
花形元と言う男を支える矜持が彼を何処までも奮い立たせて居るのだ。
「紫苑は言ったぞ、生きるために戦えってな!
アイツらが帰って来た時、俺らが迎えてやらねえでどうする!?」
自分は春風紫苑の友だ、随分と先に行ってしまったがそれで腐るなら男じゃない。
真に友だと想うのならば、想ってくれる相手が居るのならば決して歩みを止めてはならない。
どれだけ無様で、どれだけ小さな存在であろうとも歯を食い縛って進む――それが生きると言うことじゃないか。
完全に一皮剥けたと言っても良いだろう。ハゲはこの先、一角の男になるはずだ。
「紫苑は強い、強いけど……あれで結構繊細な男なんだぜ?
帰って来た時にお前らが一人でも欠けてたら泣いちまうよ。アイツは泣き虫なんだ。
ダチを泣かせるなんて最低だ! だから全員、揃って生き残って迎えてやろうぜ!
完全無欠のハッピーエンド! 笑顔で終われねえ物語なんぞ価値はねえ! 違うか!?」
高尚なバッドエンドよりも陳腐だけど笑顔のハッピーエンドの方が良い。
最後はヒロインとキスをするし、友達とは歓喜のままに抱き合うし胴上げだって素敵だ。
そんな終わりに向けて突っ走らなきゃ嘘だ――ハゲの言葉に仲間達は力いっぱい返事を返す。
そうだ、その通りだ、自分達が望むのは完全無欠のハッピーエンドだと。
「よっしゃあ! 良い返事だ! 褌締めなおしたな? 気合いは十分か?
だったら大暴れしてやろうぜ! 人間の強さってもんを力いっぱい見せ付けてやれ! 臆する必要はまったくねえ!」
自分の倍ほどもある大鬼の顔面に頭突きを叩き込む。
頭蓋が割れそうな衝撃が響いたもののハゲはその痛みに呻くことすらない。
「想いは力となる、俺達は紫苑達を信じているし紫苑達は俺達を信じて任せてくれた。
負ける要素はいっこもねえ! 良いか? よく聞け化け物――――俺達は無敵だ馬鹿野郎ォ!!!!」
二度目の頭突きを敢行し、大鬼は人間が見せた意地の前にその命を散らす。
「……若いな。しかし、良い若さだ。私達まで熱くなるよ」
ハゲの大喝破は戦場に響き渡り、多くの人間に勇気を与えた。
青臭く、向こう見ずな若さに任せた叫び――だが、そこには確かな熱がある。
熱は伝播し誰もが心に情熱の炎を灯し戦場を照らす――これこそが人の強さだ。
「あの子はきっと、大物になるぞ薬師寺先生」
「ええ、私もそう思います」
ゆえに此処で未来を絶やすわけにはいかないだろう。
「――――薬師寺先生、勝つぞ!!!!」
「――――応!!!!」
誰か一人が主役なのではない、誰もが主役なのだ。世界は今、かつてないほどに一つとなっていた。




