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ハルジオン~口だけ野郎一代記~  作者: 曖昧
嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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189/204

ピチピチ美少年の俺に加齢臭が移ったらどうしてくれるんだ

 休日最終日、雲母の田舎から直帰で大阪に――とはならず。

 雲母、アリス、モジョの三人はそのまま大阪へ帰ったが紫苑は天王寺で別れてそのまま京都へと向かった。

 前日に所用で京都に入っていた天魔から連絡が来たのだ。

 新撰組局長近藤勇が是非に紫苑と会いたがっている――と。


「(何で俺が芋侍んとこに足を運んでやらにゃあならんのか……)」


 不満タラタラの紫苑。とは言え、新撰組は此方に協力的だと言う。

 ならば機嫌を損ねて無駄な敵を作る可能性は僅かであろうとも排除しておくべきだ。

 賢明な判断を下せるがゆえに紫苑は苛立ちながらも京都へ向かっていた。


『新撰組かぁ、そういや大河でやってたよね』

「(ねえ、俺大河とか見た覚え無いんだけど何でお前は知ってるの?)」


 紫苑は基本的にニュース以外はあまり見ない。

 いや、話を合わせるために他の番組を見ることはあるが原則ニュース番組オンリーだ。

 バラエティやアレなドラマを見てゲラゲラと哂うのも楽しいのだが、そんな低俗な番組を見たくないと言う複雑なお年頃ゆえである。

 まあ、ニュースを見てりゃ高尚なのかと問われればそれはそれで違うだろうが。


『歴史の謎とか解けるかもしれねえ。ワクワクするぜ!

竜馬暗殺とかあの辺りも同時代を生きて、新撰組が殺ったんじゃねえの?

とか言われるぐらいだし何か知ってるかも! 聞いてみようぜ!』

「(うぜえ……歴史の謎とかどうでも良いわ)」


 車窓から流れる景色を眺め、小さく溜息を吐く。

 最後の休日ぐらいは一人で静かに過ごしたかったのだ。

 初日と二日目は雲母やアリスに付き合わされ、最終日は天魔と京都のヤンキー集団。

 今日が終われば明日からはまた仕事だと言うのにこれではあまりにもやる気が出ない。


「(嗚呼……早く不老不死になりたい……)」


 不老不死を手に入れることが出来ればこれまでのマイナスも一時的には帳消しになるだろうと紫苑は確信していた。

 完全に、ではなく一時的にと言うのがこの男らしい。

 怨み辛み苛立ちは擦り切れても引き摺り続けるのだ――THE・粘着質である。


『そういや、京都に向かうのってこれで二度目だったか』

「(ん、ああ)」


 酒呑童子を殺す際に京都へ向かったのが人生初京都だった。

 これまでも修学旅行などで候補地に選ばれたことはあったものの結局選ばれず。


『観光とかしてえなぁ……金閣寺とか銀閣寺、後清水寺とかも行きたい』

「(まんまミーハーな観光客じゃねえか)」

『清水の舞台から飛び降りるって言うけど冒険者なら余裕だよな。飛びまくってんのかな、やっぱ』

「(知らんわ)」


 駅弁をつつきながら中身の無い会話をしているとようやっと終点の京都駅へと到着する。

 京都タワーで酒呑童子に破壊された京都駅も今ではすっかり修復されていて、かつてよりも真新しい。

 烏丸中央口から出れば圧し折られて武器にされた京都タワーも直っているのだが……。


「(京都タワーとか言う微妙な存在意義すら分からないアレは撤去しても良かったんじゃねえの?)」


 京都の景観を気にして派手さは無いし、高さも無い。

 観光名所が多い京都において京都タワーは必要なのだろうか?

 そんな失礼なことを考えながら迎えに来るはずの天魔を待つ。


「や、お待たせ紫苑くん」


 待ち人は五分ほどでやって来た。

 太股を半ばまで隠す黒のブーツに黒のショートパンツに黒のキャミソール。

 全身黒尽くめな上に薔薇やら髑髏があしらわれたゴスパンクな格好をしている天魔だが、暑くはないのだろうか?


「すまんな。で、新撰組の本拠に通じる孔は何処にあるんだ?」


 最初から待機してろ、俺を待たせるとは何ごとか無礼者! 手打ちじゃ!

 と言う怒りを隠しながら紫苑も軽く片手を挙げて天魔に応える。


「西本願寺だよ。丁度バス来たから行こう」

「壬生かと思ったが……そっちか」


 新撰組縁の地は幾つかあるが、彼らの領域に繋がる場所と言えば壬生のイメージが強かったが違うらしい。

 熱を帯びた天魔のメタリックな義肢に手を引かれてバスに乗り込むとヒンヤリ冷房が効いていた。


「雲母さんの田舎に行ってたって聞いたけど……どうだった?」

「ん、良かったよ。雲母さんも長年刺さっていた心の棘が抜けたようだしな」

「へえ……そりゃまた……」


 天魔が聞きたいのはそう言うことではないのだが、紫苑ならばしょうがないかと溜息を吐く。


「後、久しぶりに夏祭りなんてものに行った。あれも良かったな、花火が綺麗だった」


 さんざっぱら花火を扱き下ろしておいてそれか。


「花火か……良いねえ、夏って感じ。それにお祭りと言えば綿菓子にチョコバナナにクレープだ」

「……お前、甘いものが好きだよな」

「うん。三食糖分で僕は平気だね」


 糖尿病待ったなしである。

 いやまあ、天魔の頑健な肉体ならばそうそう病などにもかからないだろうが。


「それは流石に飽きるような……ところで、よくよく考えれば新撰組の存在は知ってたが会うのは初めてだな」

「ま、行く機会もなかったしねえ」

「確か沖田総司が女で、しかも天魔とそっくりなんだろ?」

「まあね。流石の僕もビックリするレベルで瓜二つさ。世の中には自分に似た人間は三人居るって言うけど……」


 時代を跨げば三人どころでは済まないのかもしれない。

 これが血縁とかならばまだ分かるのだが、外道家の家系図に沖田総司やその縁者の名は無いのでまったくの無関係だ。

 そもそもからして総司は子を成していなかったし彼女の代で血は途絶えている。


「美少年剣士ってイメージが強かったが、天魔に似てるのなら納得だ(まあ美少年って言ったら俺だけどね)」

「むぅ……僕、一応女の子なんだけど?」


 拗ねたように紫苑の腕に絡み付く天魔。

 彼女は美少年と美少女、どちらとも取れる容姿をしているし、本人も自覚はある。

 それでも紫苑とアレコレしてからは色気が出たともっぱらの噂だ。


「あ、いや……そう言うつもりじゃなくてな(ブリっこしてんなや男女が)」

「アハハ、冗談冗談。紫苑くんってばからかうと可愛いよねえ」

「……からかわれるのは苦手なんだが」

「困った顔も僕は好きだよ? ま、一番は笑顔だけどさ」


 チュ、と頬にキスをする天魔。

 バスの車内で何やってんだテメェらと思うかもしれないが認識阻害符のおかげで平気の平左だ。


「む……それより、ミーハーと言われるかもしれないが他の隊士はどんな感じなんだ?」

「あれ? 紫苑くんって新撰組とか好きなの?」

「一応歴史小説も読んだりするからな。鬼の副長や沖田、斉藤、近藤、山南、芹沢、原田なんかはやっぱり会ってみたい」

『……芋侍とか言ってたくせにぃ』


 平時の京都ならば道も混雑していたのだろうが、今はそうでもなく目的地まではすぐに到着した。

 先導されるがままに寺社内に入りあちらへ通じる孔の中へと侵入。

 紫苑的には随分と懐かしいダンジョンへ侵入する感覚を味わった。


「やあ、よく来てくれたね」


 孔からやって来た二人を向かえたのは薄命の天才剣士沖田総司だった。

 今は隊服をまとっておらず私服を着ているが、本当に天魔そっくりだ。

 事前情報で知っていた紫苑ですらも軽く驚きを隠せない。


「……本当にそっくりだな」

「ハハ、ボクと天魔かい? ボクも驚いてるよ。さ、着いて来て。近藤さんが待ってるからさ」


 先導は総司に引き継がれて寺社の屋内へ案内される。

 通された部屋の中には近藤らしきガッシリとした逞しさと男らしさを滲ませた男が居た。

 そしてその脇に控えている切れ味鋭そうなイケメンさんが鬼の副長だろう。

 軽く二人の容姿を値踏みした紫苑は、


「(やはり俺が一番のイケメンか)はじめまして、春風紫苑です。本日はどうも御招き頂きありがとうございます」


 優越感に浸りながら礼をする。


「いや、そうかしこまらんでくだされ。そちらさんには俺も随分と迷惑をかけたのだし……」


 九尾のビッチ狐に操られていた時期のことは痛恨と言わざるを得ない。

 天魔らが居なければ今も傀儡としてロクでもないことをしていただろう。

 そりゃ新撰組として汚れ仕事などもやってはいるが、それはあくまで己が意思の下に行われている。

 誰かの意思で誰かを踏み躙るなど言語道断――近藤としては申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「いや、俺は何もしていませんよ。頑張ったのは天魔や栞、紗織、アリス、麻衣ですからね」

「勿論、他の方々にもいずれ礼はと思っておりますが……」


 それでも天魔らの統率者である紫苑にも礼は言っておかねばならないだろう。

 本来ならば此方から出向くべきだと分かってはいるのだが、それは難しい。

 新撰組は京都で暴れた前科があり、下手に外に出ると警戒を煽ってしまう。

 勿論、今は民草に被害を与えるつもりなど微塵も無いのだが。


「まずは貴殿にも礼を言っておかねばならんでしょう。トシ、総司」

「ああ」

「うん」

「先の一件についての尽力、心より感謝致す――――本当にありがとう」


 そう言って三人は畳みに手をつき、深々と頭を下げた。

 背中に背負う誠の文字は羽織を着ておらずとも健在のようだ。


「頭を上げてください。俺達は俺達の成すべきことをして、その結果、あなた方にも良いものを齎しただけですから」

「そもそも僕らは最初、京都で暴れてる君らの首を獲りに来てたしねえ」


 そうは言っても近藤らにとって救われたことに変わりは無いのだ。

 あまりに律儀する武士達に現代人二人は苦笑を浮かべる。


「つきましては春風殿に御願いがあり申す」

「? 俺に? 何でしょうか(ま、どーせ自分達も戦わせて欲しいとかそう言うんだろ? そう言う流れだもんな)」


 空気が読める紫苑は既に近藤の願いを把握していた。


「我らも共に護国のために戦わせて欲しいのです。

京での蛮行、首を差し出せと言うのならば我らは喜んで差し出しましょう。

しかし、赦されるのならば……未来を掴むためのおお戦にて贖わせて頂きたい」


 罪の白刃を受けるのが怖いわけじゃない。

 生前だって腹を切り、首を刎ねられたのだ。今更である。

 しかし、もしも叶うのならば贖罪をさせてくれるのならば、御国のために戦いたい。


「……何故、そこまで今の世に? あなた方にとっては明治政府の流れを汲むこの時代に思うところもあるのでは?」

「確かに我らは幕府について戦いました。しかし、だからと言って対立する者らを憎んでいたわけではありませぬ」


 多くの敵を斬った、さりとてそれは憎しみからではない。


「己の意思を信じ、何が御国のためにとって良いことなのか各々が最善を尽くした結果に御座る。

なればこそ、彼らの意も尊重されるべきもの。結果として平和が訪れたのならば良いことでしょう」


 うんうんと頷く土方と総司。

 前者は心の底から同じ気持ちなのだろうが後者は単に近藤の意見を全肯定しているだけだ。

 そもそもからして彼女には思想なんて呼べるものは何一つとして無かった。

 ただただ好いた男の役に立ちたかっただけなのだ。


「だがまあ、それはそれとして逃げの桂を斬れなかったのは悔しくもあるがな」


 ポツリと漏らしたのは鬼の副長だった。

 実際の桂小五郎を紫苑らは知らないが、新撰組にとってはあまり良い印象が無いようだ。


「あー……それは確かに。毎度毎度寸でのところで逃げられた馬鹿にされたっけボクら」

「ぷぎゃーだかわろす、だかよう分からんが腹の立つことばかりされた」


 ちょっと時代を先取りし過ぎだろう維新三傑。


「こらお前達、話を逸らすんじゃない」


 ペシっと軽く二人の頭を叩く近藤。

 叩かれた二人は子供のようにごめんなさいと言って押し黙った。

 近藤勇、やはり彼が新撰組の要なのだろう。生前のことなども色々気になるものだ。


「して、どうでしょうか春風殿。

人がために戦うと言うことは人に生まれし我らにとっては疑うべくもなく正しいことでありますれば……。

今一度、剣を振るわせてもらえませんでしょうか? どうか、どうかお頼み申す」

「それは願ってもないことですが……俺達が勝てば、あなた達は……」


 紫苑の言わんとしていることは近藤にも分かっている。分かった上で豪快に笑い飛ばした。


「元より既に死した命。今一度喪うとしても憂きにあらざり。

御国がために二度目の命を捧げる覚悟はとうの昔に済ませておりまする」


 大なり小なり、歴史に名を残す人間と言うのは覚悟が決まっているらしい。

 例外の狸も居るがあれに関してはしょうがない面もある。


「ちなみにさ、総司、君は良いのかい?」


 ただただ近藤の傍に居られればそれで良い、沖田総司はかつてそう語った。

 だが、紫苑らの側に着くと言うことはその蜜月を捨てることでもある。

 天魔の問いに総司は笑顔を返した。


「構わないよ。ボクの意思は常に近藤さんと共に在る。近藤さんが逝くのならばボクも逝く。今度は置き去りは無さそうだしね」


 鬼の副長や他の隊士らに関しても言うまでもないだろう。

 意思の統一も済ませずに紫苑らに話を持って来るほど阿呆ではない。


「分かりました。では、来る決戦の時までは京で治安維持に就いてもらえるよう計らっておきます」


 治安維持、ある意味で新撰組の本業である。

 決戦の時まで巣穴でじっとしているよう言わなかったのは新撰組の心証を上げるためだ。

 芋侍のフォローなどはしたくないが、いざと言う時に人間と上手く連携が取れないでは困るのだ。


「御配慮感謝致す」


 近藤も紫苑の気遣いに気付いていた。

 地に堕ちた――とまではいかずとも、新撰組が汚名を被ったことは確かだ。

 それを僅かなりとも挽回する機会を与えてくれたのだ、感謝の言葉しかない。


「いえ、此方のやり方に合わせて貰うことになるでしょうし……詳しいことは……」


 折衝役が必要となるだろう。ギルド側はまあ、新撰組と縁がある天魔が務めれば良いだろう。

 しかし新撰組側からは誰が出すのか。出さないと言うのは論外だ。

 双方の側から出してこそ意思疎通がしかりとしたものになるのだから。

 近藤も紫苑からの提案が出た時点でそこらについては考えていた。


「トシ、お前が行け。洋装だし、多少目立つだろうが立場的にも申し分無いだろう」

「了解した。総司、大丈夫だろうが俺の留守中は近藤さんと他の隊士を頼むぞ」

「あいよ、行ってらっさい」


 ものの道理を分かっているのが相手なので話もスムーズだ。


「ならば早速、鬼の副長殿。俺達と共に大阪に赴いて貰えますか?」


 ギルドと言うのならば京都にもあるっちゃあるのだが、近畿一体で一番大きいのは大阪だ。

 そして何より紫苑のホームでもある。幻想とのあれこれに関しては大阪で決めるのが一番楽だろう。


「相分かった。それと俺は土方で構わんよ。敬語も要らん。逆に恐縮してしまう」


 近藤や土方、士道を重んずる連中は軒並み紫苑に敬意を抱いている。

 監察を送り込み現世の状況についても逐一把握していたからだ。

 先頭に立って日本どころか世界を背負い正道を往く姿は正に武士そのもの。

 敬語などを使われては困ってしまう。

 ちなみに沖田は単純に天魔は良い男に惚れたじゃないかぐらいの認識だ。

 その生き方を評価はしているが、士道とかどうでも良いタイプなのであくまで普通の敬意である。


「ああ、それならば俺も近藤でも勇でも構いませぬ。今生の我らの主君であるわけですし」

「いや、それは流石に俺も恐縮してします……皆さんは教科書で習ったこともあるような人達ですし」

「ハッハッハ! 何、今正に人の未来を掴まんと戦っておられる貴殿には負けますよ」

「(うーむ、芋侍のくせにものの道理と言うものが分かっているじゃないか!)」


 煽てられれば上機嫌になる、よいしょしとけば間違いはないと言う何とも扱い易い男である。


「では、近藤さんと土方さんと呼ばせてもらうよ。じゃあ近藤さん、土方さんは借りて行きます」

「承知。よろしく頼み申す」


 互いに一礼し、土方を伴って現世の西本願寺へと出る。

 行動はなるべく早い方が良い、バスよりもタクシーの方が早い。

 そう判断した紫苑は手早くタクシーを捕まえて京都駅まで飛ばさせる。

 土方の格好は洋装とは言えどうにもコスプレ染みているので運転手も不思議そうな顔をしていたがそれはしょうがないだろう。


 京都駅に着くと即座に時刻表を調べ丁度来ていた快速に乗り込み大阪を目指す。

 自動改札などもそうだが見るもの総てが幕末の人間に珍しかったようで土方は終始目を白黒させていた。

 まるでおのぼりさんだなと嘲笑する紫苑と折角だから今の世の食べ物でもどうだい? とお菓子を差し出す天魔。

 色々な意味で明暗が分かれた道中であったそうな。


 大阪に着くとすぐに迎えを呼ばせてギルドに。

 ギルド大阪の偉いさん――まあ、紫苑にとっては部下であるがを呼び出し事情を説明。

 電車の中で考えていたことをそのまま伝えて多くの人間に周知させるよう指示を出す。

 土方もずっとだんまりではなくこうした方が良いのでは? と意見を出し話は割りと早くに纏まった。


 やるべきことが定まったのならば後はもう流れ作業だ。

 晴明を呼び出し新撰組用に連絡符を作らせて再び土方とギルドの人間を京都に送り返す。

 それを見送り紫苑もやるべきことを終え、天魔と共に家路に着いた。

 よくよく考えなくても今日、彼は休日だったのだ。


「(すんげえ損した気がする……ってか損したよねこれ)」


 もうすっかり日も暮れてしまい、一日が終わろうとしている。

 折角の連休、紫苑は真の意味で心休める時間を取れなかった。

 そのことがどうしようもなく不満で、テンションはドンドン下がり続けている。

 隣に天魔が居ることもテンションが下がる要因の一つだ。


「あれ? 誰も帰って無いのかな?」

「そうみたいだな……皆、出かけてるらしい」


 拠点に入ると明かりは点いておらず、暗いままだ。

 天魔が軽く気配を探って見たがやはり誰も居ない。つまるところ天魔と二人きり。

 ラッキー! と笑う少女、アンラッキー! と嘆く少年。またしても明暗クッキリである。


「ねえねえ紫苑くん、二人きりだしさ……酒盛りでもしない?」

「酒盛り? 別に構わないが……(アルコール飲んで色々忘れられるならそれで良いよ)」

「やた♪ いやね、ルドルフくんと前に飲んだって聞いた時からしてみたかったんだよねえ」

「そうか。しかし、酒を飲む前に何か腹に入れないか? じゃないと胃に悪いぞ」


 そもそもからして今は夕飯時。酒よりも先に軽く腹を満たしておきたかった。


「飲みながら食べようよ。僕さ、こっそりビール買い込んでたんだ。

それと何かテキトーに合いそうなものでも作って屋上で冷えたビールと一緒に……ね?」

「(何かオッサン臭えなぁ……ピチピチ美少年の俺に加齢臭が移ったらどうしてくれるんだ)良いな、それ」


 ド失礼なことを考えながら紫苑は天魔と共に冷蔵庫を覗き込む。

 何時も通りに冷蔵庫の中には食料がギッシリ詰まっているのだが、こうも多いと逆に迷ってしまう。

 どれにしたものかと悩んでいると、天魔が何かを思いついたように手を叩く。


「そう言えばさ、冷凍庫にハンバーグの種とかチキンカツとか無かったっけ?」


 拠点は大所帯だし冒険者なので兎に角食べる量が多い。

 一回の食事でも大量に作るのだが毎度毎度総てを消化出切るわけではないのだ。

 ゆえに余った種などは冷凍庫に保管され次の日の朝食や小腹が空いた時に消費されたりする。


「あー……そう言えばあったな」

「それと食パンも結構な量があったしハンバーガーにしよう。ビールに合いそうなソースとかも沢山作って!」

「……良いな、それ」


 想像すれば腹が減って来るほどにナイスチョイスだ。

 そのおかげで紫苑も若干テンションが上向きになったらしい――現金な男である。


「じゃあ紫苑くんはテーブルとか椅子とか運んでおいて。僕は料理作ってるからさ」

「(え? 箸より重いもの持てないんですけど?)分かった」


 お前は一体何処の乙女だ。

 とは言え、お前がやれよ馬鹿力なんだし――などと言える度胸は無い紫苑は言われた通りに準備を始める。

 拠点表層部にはカモフラージュとして家具なども設置されており、まずはそこから椅子を二脚。

 次いで色々乗せられるようにと大きめのテーブルを。

 ついでに暑いのは暑いので扇風機も設置。汗だくになりながら準備を終えた紫苑は天魔に一言告げてシャワーで汗を流す。

 シャワーから上がると丁度天魔の方も準備を終えていた。


「じゃあ僕は料理を運ぶから紫苑くんは僕の部屋からビール持って来て」

「分かった」


 紫苑とアレコレしている時以外は天魔も鍵を閉めないので彼女の私室には容易く入れた。

 ビールは冷蔵庫ではなく大きなダンボールに入っていたのだが、触れてみればとても冷たい。

 湯上りの肌が一瞬で引き締まるほどに。よくよく見れば中には晴明が作ったらしき符が入っていた。


「(べ、便利だなぁ……アイツ……う、羨ましい……)」


 カッスの使えなさを再確認し悲嘆に暮れながらもダンボールを担いで屋上へ。

 テーブルの上には所狭しとパンに挟む具とそれにつけるソース、カットされたパンが置かれていた。

 紫苑はテーブルの横にダンボールを置き、中から二つだけビールを取り出し一本を天魔に手渡す。


「ん、ありがと」

「いやいや」


 何て言いながら同時にプルタブを引き抜く、その際の炭酸が爆ぜる音がまた何とも心地が良い。

 このままグイっといきたいところだがここは我慢の子。

 テーブルに缶を置き、紫苑はパンと箸を手にバーガーの製作に取り掛かる。

 最初は無難にハンバーグとレタス、トマトでソースは甘ダレのオーソドックスなものを選ぶ。

 天魔はチキンカツにマヨネーズとケチャップを書けてチキンバーガーを作っていた。


「それじゃあ、いただきます」


 二人で声を揃えてバーガーに齧り付く。

 ジューシーな肉汁とレタスの瑞々しさ、ソースの甘さが口内を満たす。

 ここだ、ここでビールを飲むのだ。皿の上にバーガーを置きいよいよ御ビール様を喉に流し込む。


「(れ、レボリューション……!)」


 そんな意味の分からない感想が出て来るほどに堪らなかった。

 炭酸の爽快さと麦の香ばしさ、パネェ清涼感が火照った身体に染み渡る。

 口の中の油っ気を一気に洗い流したビール様は本当に偉大な御方。

 室内でクーラーをガンガンに効かせた中で飲むビールも堪らないが屋外で暑さを感じながらと言うのもまた乙だ。

 日が沈み空に星が輝き出しても尚、暑い。だがその暑さがビールを引き立てている。


「カーッ……! お、美味しいねえ、紫苑くん」


 甘党の天魔ではあるが、別に他の味覚が狂っているわけでもない。

 なので当然、紫苑が今味わっている感動を彼女も味わっていた。


「ああ……疲れが一気に吹き飛ぶような堪らん感覚だ。ジャンクフードにビール、素晴らしい組み合わせだよ」

「だね! にしても、割かし真面目な紫苑くんがビール飲んでるの知ったら僕ら以外の人間は驚くだろうねえ」


 清廉潔白、謹厳実直、そんな形容が似合ってしまうのが表向きの紫苑だ。

 ゆえにこんなところで酒盛りをしているなど、多くの人間には想像もつかないだろう。

 更に言えば知ったら知ったで、親しみやすい一面もあるのかとむしろ好感を抱かれるはずだ。


「はは、別に俺は堅物と言うほどではないよ。前だってアレクさんに誘われて一本だけだがタバコも吸ったしな」

「へえ……そりゃまた意外だよ」


 こうしていると本当に何処にでも居るただの高校生だ。

 とても世界の命運を一身に背負っている男には見えない。


「妙な幻想を持たれてるのは何となく分かっちゃいたが、俺の素はこんなもんだよ」


 いや、紫苑の素はもっと救いようが無いだろう。


「でも僕はそう言うとこも好きだけどね」


 ハムハムと美味しそうにハンバーガーに齧り付きながらさらりと惚気てみせる。

 天魔もそうだが、紫苑に惚れている女達はその好意を隠そうともしない。

 アレな面は多々あるが、好きな人にはちゃんと好きと伝えると言う点は美徳だろう。


「そいつは嬉しいな(気分を害するようなこと言うなや。折角のビールが台無しですわ!)」


 グイグイっと早速一缶を空にした紫苑は二本目に取り掛かる。

 上機嫌な紫苑を見ているだけで天魔の気分もドンドン高揚していく。

 好きな人の幸せが自分の幸せ――実に尽くす女である。


「フフフ……にしてもさ、時間が流れるのって早いよね。もう半年切っちゃってるし」


 五月に全人類が未来を掴むための戦いに臨む決意をして、決行は十二月二十五日――クリスマス。

 今は七月も半ば以上を過ぎてしまっていて決戦まではもう五ヶ月ほどだ。


「ああ」

「不謹慎かもしれないけどさ。僕ね、ワクワクしてるんだよ」


 後には退けないオールオアナッシングの大博打。

 外道天魔と言う少女からすれば涎が出てしまうほどに燃えるシチュエーションだ。

 こっちが滅びるかあっちが滅びるか、どうなるかは誰にも分からない。

 天秤は定まらず、どちらに傾いてはおかしくない勝負をこそ天魔は好む。


「本来、僕の性癖は他人に迷惑を振り撒きかねないものだけどさ。今回ばっかりはそうじゃない」


 何せ博打に参加しているのは天魔だけではない、全人類が未来を賭け金にして勝負の舞台に上がっているのだ。

 生まれて初めて心置きなく遊びに興じることが出来る。

 葛藤こそが己の選択であると見定めたとは言え、嬉しいものは嬉しい。


「何よりも嬉しいのはさ、今回の大博打の先頭に立ってるのが紫苑くんってとこだよ」


 愛する男と同じ未来を夢見て混沌の渦中に飛び込んで行く。

 想像するだけでどうにかなってしまいそうなほどの歓喜が天魔を満たす。


「フッ……博打、か。賭けごとには手を出すまいと思っていたんだがな」


 身持ちを崩す可能性のある遊びに精を出すなど保身装甲紫苑からすればあり得ないことだ。

 やらざるを得ない局面に追い込まれてしまったが、勝てば得られるものは大きい。


「真面目な人ほどってことじゃない? ここぞと言う局面でとんでもない博打に出ちゃうのかも」


 ケラケラと笑う天魔に軽くキレそうになった紫苑だがビールの御力は偉大だ。

 一口二口飲むだけで心を落ち着かせてくれる。


「成るほど。つまるところあれか、日頃から適度に遊んどいた方が良いってことかな?」

「かもしれないね。まあでも、紫苑くんにそう言うのは似合わないけどさ」


 そう言って二人は揃って笑った。腹の底から笑った――――まあ、一人は演技だが。

 真夏の夜の楽しい時間はまだまだ終わる気配を見せない。


「これまで幻想が上位で、俺達人間が脅かされ続けて来た」

「うん、だけど今度のは違う。互いが同じ舞台に上がって互いの心臓に銃口を突き付け合うんだ」


 ここを逃せば滅びるのみ。大事な局面で動けないならば意味は無いのだ。

 必ず相手よりも先に引き金を引いてぶっ殺す――その気概こそが必要で、紫苑も天魔も他の仲間達も静かに殺意を研ぎ澄ましている。

 これは生存競争だ、生きるために相手を滅ぼさねばならない極シンプルな戦争。


「勝つぞ」

「うん」


 二人は勢い良くビールを飲み干した。

 尚、翌朝紫苑は全裸で同じく全裸の天魔と彼女の私室で目を覚ますことになるのだがそれは余談である。

今日は四話投稿します。

今日の四話で最後の日常話が終わります。

それからの事については本日最後の話のあとがきに書いておきます。

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