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ハルジオン~口だけ野郎一代記~  作者: 曖昧
嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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18/204

山奥でロリと戯れよう 四

 時は少し遡る。

 紫苑がアリスとのお茶会を始めた頃、討伐組はようやく孔の場所を特定していた。

 そこには予想通り孔から這い出て来たと思わしきモンスターが存在している。


「こりゃまた、ポピュラーな敵だねえ」


 視界に映るモンスターをそう評したのは天魔。

 彼女の言うように孔から這いずり出て来たのはありふれたモンスターだった。

 アラクネ、イエティ、グールなどなど……教科書通りと言っても良い顔ぶれだ。


「これならすぐに終わりそうだな」


 槍を召喚したルドルフは得物にちなんでと言うわけでもないが、一番槍を敵陣に突き入れた。

 手近に居たグール三匹を貫き絶命させ、そのまま大きく槍を回して死体を弾き飛ばす。

 その隙を狙わんと接近していたゴブリンには石突を馳走。

 腹部に風穴の開いたゴブリンは絶命し崩れ落ちる。


「数こそ多いですが、この程度なら問題ありませんね」


 栞が糸で編まれた特性投網を醜悪な羽蟲の群れに放ると……大漁大漁。

 キュ、っと網を絞めてやればズンバラリンと蟲の大群が命を散らす。


「なんつーかまた……拍子抜けだわコレ」


 イエティの頭部を蹴りで跳ね上げる天魔。

 浮かび上がったその巨体の腹部に弾幕としか表現の出来ない拳の連撃を放てばもう成す術は無い。

 イエティはあっさりと肉塊にジョブチェンジしてしまった。


「うちの仕事がまったく無い件について。いやまあ、ええことなんやろけどさ」


 麻衣はぶっちゃけニート状態だ。

 過回復を使えば敵は屠れるが、別に使わなくても前衛三人だけでも何とかなるのだから。


「む?」

「これは……」

「あらら?」


 戦い続けているうちに異変に気付く。

 数が減らない、殺したと思った敵が予想以上にしぶとく死んでいない。

 このまま圧殺されるほどではないが、何かが変だ。

 直に戦っている三人は三人とも身体を動かしながらも思考を回転させる。


「天魔くん危ない!」


 天魔の横っ面に叩きつけられようとしている鬼の拳。

 それに対して麻衣が警告を出したが、問題は無い。

 インパクトの瞬間に首を捻って回避してやると天魔は唇を吊り上げたが、


「おやまあ……こりゃ、どう言うことだい?」


 飛来した拳大の岩石が鬼の顔を吹き飛ばしたのだ。

 横槍を入れた闖入者は、


「む、余計なお世話でしたか?」


 ルークだった。獣道から顔を出した彼は困ったように頬を掻いている。


「ルークくんかい? 何だってこんなところに居るのさ」


 モンスターを蹴散らしながらも天魔は傍に寄って来たルークに問いを投げる。

 段取りとしては彼がペンションに残っているはずなのだ。

 それが何だってこんな場所に居るのか。


「うす。紫苑さんが念のためと言うことで自分をこっちに寄越したんです」

「ああ、成るほどねえ。彼らしいや」


 聞くだけ聞いてそのまま背を向けた天魔の頭部に、


「――――麗しい信頼関係だな」


 ルークの鉄拳が叩き込まれた――――かに見えた。


「だろ?」


 しかし、天魔は攻撃が来ることを分かっていたかのように回避。

 身体を横に傾けた勢いに回転を加え、そのままルークに後ろ回し蹴りをお見舞いする。

 それは防がれはしたものの、彼を驚かせるには十分だった。


「ふむ、自分は何かミスをしただろうか?」


 ルークが姿を見せた時、彼は確かに皆からの信頼を感じていた。

 そして実際にそれは間違っていない。

 だと言うのにこうも完璧に不意打ちに対処されるのは解せない。

 技量の差? それはおかしい。天魔の格闘能力でも回避出来るものではなかったはずだ。


「ああそうだな、卿はミスをした。疑念を抱かせるには十分な一言を告げたぞ」


 天魔が回避出来た理由は、この場に居るルーク以外の面子にはよーく分かっていた。

 今日出会ったばかりの彼には知り得ない共通認識だ。


「あんまりさ、うちのリーダー舐めるんじゃねえよ」


 それが天魔らの総意だった。

 ルークの余りにも紫苑と自分達を舐めた態度に怒りを通り越して失笑すら浮かんで来る。


「信がある、自負がある――――ゆえに任せられた、そう言うことです」

「紫苑くんはうちらに任せる、言うたんや」

「信じて任せた以上紫苑は何もせんよ。我らが役割をこなすことに疑いすら持たない」

「ドンと胸を張って待っててくれるはずだ。僕らはそれをよく知っている」


 天魔達は知っている、

自分に尽くせる全力を尽くした後は仲間を信じて待つことの出来る男だと。

 アイリーンとの戦いでもそうだった。

 始まる前に彼はやるべきことを総てやり尽くして自分達に後を任せてくれたのだ。

 そんな紫苑がどうして救援などを寄越すと言うのか。

 多少心配性なところはあれども線引きはしっかりしている――――と彼らは思っている。

 言うまでもなく見当違いなのだが、ルークは成るほど、と頷く。


「麗しい信頼関係だな」


 一方的な信頼を麗しいと評することが出来るのだろうか?


「それより、君が如何なる意図で僕らを襲いに来たかは知らないが……」

「卿がそうならフロイラインアリスもそうなのだな?」

「演技のようには見えませんでしたが……状況証拠から鑑みるにそうなのでしょうね」

「ああ、そう言うことだ。どうする? 誰か一人でも戻った方が良いんじゃないか?」


 そうは言うもののルークに逃がす気は無いだろう。

 そして簡単に抜けられるような相手でもない。

 それに加えて、モンスター達がルークの意に従うように天魔らを包囲しているのだ。

 これを抜けて行くのは至難の業だろう。


「だからさあ――――舐めるなって言ってるんだよ。

紫苑くんはそりゃ確かに直接戦闘能力は誰よりも低いだろうて。

だがね、そう言う次元とは異なる強さを持っているのさ。

むしろ君はアリスちゃんの方を心配するべきだと僕は思うね」


 次元の異なる強さ=口と演技、ですね分かります!

 と言うかアリスを心配するべきと言うのは確かにその通りだ。

 何せ今頃悪い男に言葉責めされているのだから。


「さて、と」


 ギチギチと義肢を鳴らして調子を確認する。

 立ち塞がる敵はとりあえず倒す、考えるのはその後だ。

 ゆえにしっかりと殴れるようにコンディションチェックは欠かせない。


「何者だ? 意図は? 気になることは多々あれどそれらは総て後回しで構わん」

「ああその通り。まずは彼を――ルークくんをぶちのめさなきゃね」


 その瞳に迷いは無い。

 誰もが自分のやるべきことをしっかりと把握していて成すべきこと以外は見ていない。

 そんな彼らは強い……ルークは強く確信していた。

 間引きの対象にはならないだろう、

このまま撤退しても何の問題もないが、それが赦されないのが下僕の辛いところ。


「僕がやる」

「あ、天魔! 卿ずるいぞ!?」

「……ですね。少しは譲り合いと言うものを覚えてみては?」

「こんなもん言ったもん勝ちで――――」


 フッ……と天魔の姿が掻き消えた。

 現れたのは、


「仕掛けたもん勝ちィイイイイイイイイイイイイイ!!!!」


 ルークの頭上だった。

 振り下ろされた拳は彼の頭部にクリティカルヒットし首が回転する。

 恐らくは骨が折れただろう、それだけの手ごたえだった。

 しかしそれで気を抜いてはダメだ……第六感が天魔に囁きかける。


「もう一発!」


 殴った反動で浮かび上がり、

そのまま宙で身体を回転し勢いを殺さぬまま蹴りを叩き込む。

 首が更に回転し――――何かがおかしい。


「!」


 二回転、三回転したところで未だ宙に居る天魔とルークの視線が交わる。

 その目は死者のそれではなく、かと言って生者のそれでもない。


「――――ゾンビ?」


 引き攣った笑みのまま投げた問いの答えは、


「さてな」


 五体がバラバラになるような衝撃として返って来た。

 答えるつもりはない、自分で探ってみろと言うことだ。

 言葉には出していないが叩き込まれた拳が何よりも雄弁に語っていた。


「ぐっ……! アイリーンほどじゃあないが……中々に効く……!!」


 空中で一回、二回、三回、四回、と身体を回しながらも何とか木の上に着地。

 未だに痛む横腹を押さえながら天魔は思案する。

 どうやって攻めるべきか……

 アイリーンと言う女よりは弱い、だからと言って勝てるかどうかは分からない。

 あの時の必死さがこの場でも発揮出来れば戦況はまた違っただろう。

 だがあれは半ば、火事場の馬鹿力のようなもの。

 出そうと思って出せる代物ではない。


「来ないならこちらから攻めるぞ」


 一足飛びで距離を詰めて来たルークの豪腕が唸る。

 咄嗟に後ろに飛び退いたが奴はすぐに距離を詰めて来た。


「そのガタイでスピードもあるって反則じゃね?」


 そんな風にぼやきながら、天魔は確かに感じていた。

 じんわりと身体が熱くなっていく感覚を……ようやくエンジンがかかって来たと言うべきか。

 スリルを好む性がルークとの戦いならば文句なしと判断したのだ。

 ゆえに、全霊で楽しめるようにと身体が天魔をバックアップしている。


「人は見かけによらないものだ」

「成るほどね、君然りアリスちゃん然りってわけだ」


 木々の間を飛び移りながらの乱打戦。

 パワーにおいて勝るのはルークだ。

 ゆえに天魔は彼の攻撃を回避し、逸らし、打ち払いながら捌いていく。

 その間隙を縫ってカウンターなどもお見舞いしているのだが……


「タフだね」

「見た目通りだろう?」

「ああ」


 ちらりと仲間達に視線をやれば未だにモンスターと戦っている。

 ルークが来たことで更に動きが良くなったように見えるのは気のせいじゃない。


「ん?」


 天魔が抜けた分をフォローするために麻衣も戦線に加わったのだろう。

 ワーウルフの顔面を触って過回復を発動させていた。

 一瞬で爆発四散したワーウルフだが……


「にゃ!? ちょ、何やのコイツ!!」


 頭が無いのに反撃を仕掛けていた。

 モンスターと言えども大概は頭を潰されれば死ぬ。

 死なないのも多いが死ぬ奴が殆どで、ワーウルフは殆どの側に分類される。

 ゆえにあの場で起こっていることはあり得ないことだ。


「奇術の種は明かしちゃくれないのかい?」

「ネタバラシほど白けるものはない。観客が自らが暴いてこそだろう?」

「それも道理か」


 しっかりとした足場の無い場所での打ち合いは互いに望まぬところだったのだろう。

 示し合わせたように天魔とルークは地上に降りた。


「せぇあっ!!」


 回転を加えた貫き手がルークのどてっ腹に突き刺さる。

 しかし、


「憤ッッ!!」


 彼は腹筋を絞めることで貫き手が外れないように固定してしまう。

 運の悪いことに貫き手を行ったのは左、まだ手首より上が残っている側だ。

 肘の少し先までめり込んでいる以上、切り落とすならば生身の部分も切らねばならない。


「まあ、気にする性質でも無いし――――今回はこれで良いんだけどね」


 天魔は斬らなかった、そう――――これは狙い通りの結果なのだ。


「義肢に何か仕込むって……ロマンだよね?」

「む!?」


 ルークの巨体が凄まじい勢いで何度も揺れる。

 天魔が腕に仕込んだマシンガンを体内で乱射しているからだ。

 弾丸一つ一つに召喚術式が刻み込まれ、

義肢側でトリガーを発動すると一発一発が装填されて発射される。

 それにより手首一つ分の大きさでしかない義肢を、

本来の機能を損ねないようにしつつ武器化することに成功したのだ。


「ハッハァ! 弾切れは心配しないで良いよ? 弾丸は別の場所にあるしねえ!」


 あんな小さな義肢に弾丸詰め込んでたら肥大化待ったなしなので当然である。


「(だが何だ? 感触がおかし――――)」


 外側が硬いなら内側から崩せば良い、そんな意図があっての攻撃だった。

 実際、冒険者であろうとも内側からマシンガンを乱射されればかなり効く。

 と言うかモンスター相手に使うような代物ならば普通に死ぬ。

 だからこの時点で終わっていてもおかしくはなかったのだが……


「ガッ……ハ……!?」


 腹部に叩き込まれた膝蹴りに思わず吐血。

 天魔は呻きながらもルークを視界に収める。

 彼は平然としていてダメージなど無いように見えた。


「人の腹の中に鉛玉なんぞを置いていくな。後で困るだろうが」


 淡々とした抗議の声と共に放たれたアッパーカット。

 深く突き刺さっていた左手も抜けて、身体ごと吹き飛ばされる。


「ング……確かに、火葬場の人が困るよねえ」


 受身を取ってすぐさま立ち上がる。

 まだまだダメージ自体はアウトラインを超えていないが、

それでも彼我の状態を比べれば不利なのは天魔と言わざるを得ない。


「いや違うか。ゴミ処理場の人間……かな? 君さぁ――――人形だろ」


 ここに来てようやく天魔はルークの正体を看破する。

 そう、人形ならば痛みもダメージも関係無い。彼の正体は正真正銘の人形だ。

 だとすれば貫き手マシンガンをかました時の不可解な感触にも頷ける。


「人の肉――内臓も込みで骨組みに張り付けて精巧な人形に仕立て上げてるのかな?」


 その問いに答えたのは少し離れた場所に居るルドルフだった。


「そのようだぞ。このモンスターもそうだ。ほれ、見てみろ」


 近場にあったゴブリンの死体を掲げて引き裂くと……


「どうりでしぶといわけですね」


 中からは人為的に造られたであろう骨格が剥き出しになっていた。

 集中力の欠如ゆえに最初は気付かなかったが、

ルークの襲撃から集中力は一気に引き上げられている。

 そんな状態では違和感なんてあっさり見つかってしまう。


「でも、こんな技術見たことないんやけど……」


 ロボット、と言うのなら分かる。

 分かるがそれにしたってモンスターと遜色ないほどの動きを出来る技術は無い。

 ここに居るモンスターは中を暴かなければ分からないほどに精巧。

 モンスターの行動を完全に模倣出来るようなプログラムなど存在しない。

 それに何より機械的なそれではないのだ。

 極々クラシックな造りで、そこにプログラムだの何だのが入り込む余地はない。


「それは後で考えれば良い。で、どうなのよ?」

「ふむ、正解だ。自分もそれも人形だよ」

「フロイラインアリスの兄と言うのも嘘か。まあ確かに髪色と目の色は同じだが……」


 ぶっちゃけ美女と野獣で全然似ていない。

 紫苑ならばブサメンと評していただろう。いや、別に顔の造りはそこまで悪くないけど。

 確かにクッキング親父的な顔だが不細工と評されるほどではない。


「いや、それは――――まあ、詮無いことか」


 ルドルフの言葉に何か言いかけたようだが、すぐに口を噤んでしまう。

 自分にはこんなくだらない問答よりやるべきことがあるのを思い出したのだ。


「さて、自分の用事はもう終わったのだが……」


 間引く必要性はなし、一流であることに疑いはなし。

 ルークはそう判断した。なのでこれ以上付き合う理由も何も無いのだが……


「喧嘩売っといてハイさよならで帰れると思ってんの?」

「えらいおめでたい頭しとるやないか」


 そんなルークの事情を天魔らが酌む必要は何処にもありはしない。


「どうする? 人形だと言うのならば徹底的に壊せばすぐ済む。そちらの救援も出来るが?」

「タイマンに手を出すのは野暮だよルドルフくん」


 紫苑ならば全員で行けと言うか、

あるいは自分の意を酌んで一人で戦わせてくれるのか……


「ふふ、どっちだろうね。まあでも今は居ないしちょっとワガママを貫こうか」


 見逃してね? と言うウィンクを見た三人が溜息を吐く。

 これで邪魔をすれば話がこじれるのは目に見えている。

 天魔を除く三人は速やかにモンスターを片付けて観戦に入ることにした。


「やれやれ、ここは一つ自分も本気を出すとしようか」

「ああ、ようやくか。良いね、燃えて来たぜ」


 ケタケタと哂いながらも天魔が放つ闘気はより濃密なものになっていく。

 同じようにルークもまた底知れぬ威圧感を放っている。

 さあ、いざ勝負! と二人が一歩踏み出したその時だった。


「――――帰るわよ、デカブツルーク」


 夜の空気よりも冷たい声が二人の戦いに水を差す。


「御主人、何だってこんなところに居る? そちらはもう終わったのか?」


 暗に殺したのかと問うているのだ。

 その意味が分かった天魔達の顔が険しいものになる。

 信じてはいる、信じてはいるがそれでも心配なものは心配なのだ。


「いいえ、持ち越しよ」

「ほう……何やら雰囲気が変わったようだな御主人。良い傾向なのか悪い傾向なのか……」


 ルークは主の変化を目敏く察していた。

 憑き物が落ちたと言う顔でもない、未だにアリスは澱んでいる。

 それでも何処か――――希望のようなものを見出しているような気がするのだ。


「泣かされちゃったわ。生まれて初めてよあんなの」


 ほんのりと頬を染めて苦笑するアリス、

しかし昼間に見たその姿とのギャップは余りにも大きい。

 まず第一に纏う空気に邪悪さが混じっている。

 どうしてこの猫被りに気付くことが出来なかったのか――天魔は自分の無能を罵った。


「最初から全部――私が認識していない部分まで看破されてたわ」


 アリスは紫苑に初めから何もかもを見抜かれていたと笑う。

 だからこそ彼は最初の時点で沈黙を貫いていたのだ。

 その後の抱っこしてくれたりなどの行動は、

彼風に言うならば手を差し伸べていたと言うことなのだろう。

 あの歌もそう、不器用で遠回りなメッセージだが確かに手を伸ばし続けていた。

 しかし、それが届かないと分かったからこその荒療治。

 言葉責めのフルコース。あれで虚飾を剥ぎ取られた。

 手を伸ばしてくれるのを期待しての口撃、だが自分はそんなに安くないのだと拒否をした。


「紫苑お兄さんとはちゃんとした舞台の上で雌雄を決する」


 敗れたのならば手を伸ばすのも良い、

負けたのならば彼を悪夢のお供として人形に変えて堕ちるところまで堕ちれば良い。

 アリスは既にそう決心していた。

 ……まあ、何と言うか美化し過ぎにもほどがあるのだがしょうがない。

 あの男は彼女の視点ではそうとしか見えない振る舞いをしていたのだから。


「恋でもしたのか?」

「分からないわ。とりあえず考えるのは後回しにしようと思ったのよ」


 決着が着くまで葛藤は総て持ち越し、それがアリスの結論だ。

 そして無論のこと、下僕であるルークはそれに意を挟まない。


「……直に、こうして見ても信じられませんね」

「あらお姉さん達、居たのね」


 目の前に居るアリスと昼間はしゃいでいたアリスが重ならない。

 栞も、麻衣も、ルドルフも、複雑な表情で金糸の少女を見つめている。


「紫苑お兄さんに駒が無いと大変だから止めたけれど……結果はどうだったの?」

「文句なし。自分もあちらも本気を出しちゃいないが今までの連中とは段違いだ」

「そう、それなら良かった。脇役とは言え雑な役者じゃ舞台が三流に堕するものね」


 思考誘導はもはや意味を成していない。

 あれは初対面で子供と言う先入観があったからこその手。

 今の状態で使っても多少集中を乱すくらいにしか使えないだろう。

 ゆえにアリスも無駄なことはしておらず、

だからこそ天魔も冷静にアリス・ミラーと言う人間を俯瞰して見つめることが出来た。


「――――随分と、こっぴどくやられたみたいだねえ」

「……ふぅん、お姉さんもそうなのね」


 互いに抱えているものは別だが、それでも歪んだ性を持つ者同士。

 天魔もアリスも、互いが互いに相手がどんな人間であるかを何となく察した。

 その上で違いがあったとすれば、


「僕は手を伸ばした、君は伸ばさなかった」


 それに尽きるだろう。

 天魔は信じて紫苑に総てをぶちまけた……まあ、奴は内心でドン引きしていたが。


「手を伸ばして掴んだものが儚い蜘蛛の糸だったら嫌だもの」

「一縷の希望って言うのはそう言うものさ。君は信じられないんだね」

「だから何?」

「それでも信じたくはある――――寂しい期待じゃないか。ハハ」


 嘲りを含んだ笑い。それはアリスと己自身へ向けての嘲笑だった。

 共に難儀な性格で、彼に迷惑をかけてばかりだと自嘲する天魔。


「紫苑くんが勝ったら?」

「掴むわ。そして、離さない」

「紫苑くんが負けたら?」

「人形にして抱き抱えたまま堕ちるところまで堕ちるわ」

「それ、どっちも同じような答えだよね? 分かっているのかい?」

「……うるさいわね。ここで殺してあげましょうか?」

「それはこっちの台詞だ」


 闇夜に火花が散る、女の情念がぶつかりあった結果生まれた愛の火花だ。

 それは決して目に見える類のものではないが確かに存在している。


「僕を否定しなかった。僕を受け容れてくれた、僕に優しい言葉をくれた。

僕を見守ってくれると言った――――掛け替えの無い人なんだよ紫苑くんは。

それを君みたいなクソガキにどうこうされると考えたら……」


 片手で顔を覆う天魔。指の隙間から見える瞳は爛々と輝いていた。

 流れ出る血涙は耐え難い怒りゆえか。


「嗚呼、頭が痛い――――憎悪で気が狂いそうだぁ」

「こっちもお姉さんを見ていると無性に腹が立つの。殺しちゃおうかな?」


 苛立ちの原因は素直に手を伸ばしたことへの嫉妬。

 アリス本人は気付いてすらいないだろうが、つまりはそう言うことだ。


「君のその性根じゃ救われないよ。巡れど巡れど闇は闇だ」


 今のアリスがどうしたところで闇しか見えない。

 それは手を伸ばさないから、

歩み寄れば話は別だと言ったのに理屈をつけて跳ね除けた。

 だからどうしたって救いは訪れないと天魔は言っているのだ。


「自分より弱い相手に縋り付けって? 不安で不安でしょうがないわ」

「強い弱いじゃないんだよ。それを言うなら僕だって紫苑くんより戦闘能力は高いからね」


 大事なのは相手がどうとかじゃない、自分がどうするかだ。

 それをアリスも心の何処かで分かっているはずなのに手を伸ばせない。

 だからこそ天魔は何度でも繰り返す――――君は救われない、と。


「御託を……」

「素直じゃないガキの相手をするほど僕は優しくない。ここで引導をくれてやる」


 開きかけた戦端、


「――――御主人、ムキになるな。やるべきことを終えたらとっとと帰るのが賢い人間だろう?」


 それを閉じたのはルークだった。

 何もさっきのお返しと言うわけではない、純粋にこの場での戦いが必要ないと思っているからだ。


「……分かったわ。天魔お姉さん、あなたの首は舞台の上で頂くわ」


 そう言って二人は闇の中に消えて行った。

 残された天魔は二人が去って行った方向をじっと見つめていた。


「あのクソガキ」


 振り上げた拳の向かう先が一旦お預けになってしまった。

 気持ちを切り替えねばと大きく深呼吸をして天魔は何時ものニヤケ顔に戻る。


「じゃあ皆、帰ろうか。アイツら居なくなったせいかモンスターも動かなくなったしさ」

「い、いや……それはええねんけど……」


 麻衣も、栞も、ルドルフも、微妙な顔をして天魔を見つめていた。

 はて? と彼女は首を傾げるが……


「あの……そのぅ……」

「何だい?」

「き、聞き間違えでなければ……アリスは卿を……お、お姉さんと呼んでいなかったか?」


 皆が珍妙な顔をしていたのは天魔に女疑惑が出て来たからだ。

 いや、確かに女の子と見紛うぐらいに綺麗な顔立ちをしている。

 しかし、それでもどちらにも受け取れるような顔だ。


「そりゃ一応女なんだしお姉さんだろうよ僕は」


 本人は別に隠しているわけでもないからあっさりと肯定する。


「ちょ、ちょ!? せ、せやったら何で早く言わんの!?」

「……お、男の子だと思っていました。何故性別を偽って?」

「偽るも何も僕は隠してるつもりないよ? 言わなかったのだって聞かれなかったからだし」


 天魔は早く紫苑の顔が見たかったので、それだけ言って駆け出す。

 残された者らも色々言いたいことはあったが、とりあえずその後を追う。


「紫苑くん、無事かい?」


 ペンションの扉を開けると、ラウンジには紫苑が居た。

 上半身が裸で首から胸までの辺りを包帯でグルグル巻きにしようとしている最中だった。


「(チッ……マジで役に立たねえぜ。今頃帰って来やがって)ああ、そちらも無事で良かった」

「しかしどうしたその怪我は!?」

「まあ、ちょっと刺されて……な。とは言っても重傷と言うわけでもない

(お前らが早く来ていれば俺はこんな怪我をせずに済んだんだ!!)」


 苛立つ紫苑だったが、ふと視界の隅に俯く天魔の姿を見つける。


「どうかしたのか?(敵にやられたんかな? ザマァwww俺だけ損するなんてあり得ねえわ)」


 勿論そんな理由ではない。

 ゆっくりと顔を上げた天魔の瞳はギラギラと殺意の輝きに満ちており……


「――――あのガキ、次は殺す」


 紫苑をビビらせるには十分な迫力だったそうな。

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