う、うぅ……こ、心の古傷が……!
四月五日、今も世界中では裏切り者狩りが続いている。
そして更に言うならば無法の火もあちこちで上がり続けているはずだ。
とは言えそれが表面化して大火になるのはもうしばし時間がかかるだろう。
四月一日に放り込んだカニの毒は速効性ではなく遅効性の毒なのだ。
それはさておき、拠点内にある組み手も出来る鍛錬場ではルドルフはアイリーンが刃を引いた槍を手に睨み合っていた。
休んでばかりでは身体が鈍るし、
何よりもスカアハの修行で数時間のうちにレベルアップしたアイリーンの実力を知っておきたかったのだ同じ槍使いとして。
鍛錬場の隅っこではお茶会セットを持ち込んで観戦している仲間達が居て少しばかり気になるがスルー安定だろう。
「天魔お姉さん、どっちが勝つか賭けない?」
チョコチップクッキーを口に放り込みながらアリスがそんな提案をする。
こう言うのが好きな天魔なので乗って来るかと思えば、
「いや、賭けるまでもなくアイリーンでしょ」
始める前から結果を断じてしまった。
「大穴に賭けないのかしら?」
「そりゃ君、大穴って言うのは当たればデカイって意味だよ? で、当たる可能性を極小でも秘めてるってこった」
つまるところルドルフには微塵の勝機も無いと言うことだ。
厳しいが本人含めて誰にとっても妥当な評価だった。
ロキとスカアハ、互いの純化、それらをフルに使って状況次第ならコロコロと勝敗も変わるだろう。
だが、今はあくまで人としての能力でのみ立ち会っている。
ならば論ずるまでもなくアイリーンが勝つ、自明の理だ。
そもそもルドルフを含めて天魔、栞の三者で猛毒状態のアイリーンをリンチして負けた過去がある。
三人がかりで、しかも強化魔法と回復と言うバックアップを受けた上で重篤なバッドステータスを背負った女に負けた。
そんな過去があるのにどうして一対一で勝てると言うのか。
「まあ、それもそうね」
モッキュモッキュとクッキーを頬張るアリスも何となく提案しただけであり本気でやろうとは思っていなかった。
彼女も分かっているのだ、アイリーンが急激なレベルアップを果たしたことに。
かつてアイリーンを一方的に嬲ったアリスだが、それも今ならば種も割れてしまっている。
鼓膜を潰されてしまえば洗脳も意味は無く、今ならばどうにもならないと本人も自覚していた。
ハッキリ言ってアイリーンは今、隙が無く普通に強い。
「どの程度?」
向かい合ったままアイリーンが問う。どの程度の力を出せば良いんだ? と言うことだろう。
ともすれば舐めているとも取れる発現だが確たる差がある以上ルドルフも文句を言うつもりは無い。
「本気で頼む」
「分かった」
「!」
踏み込みと共に繰り出された突きをバックステップで回避するも、そこから更に踏み込んで切り上げが飛んで来る。
下がっていては間に合わないと上体を逸らすだけで凌ぐ。しかし、これは罠だ。
今の二撃だけで沈む可能性は十二分にあったがあくまで囮。
本命はその後にある、アイリーンはスカアハが己に見せた小技に多少のアレンジを加えてルドルフに繰り出して見せた。
「ガッ……!?」
前後不覚になりルドルフは倒れ伏す。今、彼の視界は酷いことになっていた。
スカアハは石突で顎をかち上げたが、アイリーンは石突で顎を掠らせた。
結果として高速で脳が揺れてルドルフは平衡感覚を失い倒れたのだ。
「私の勝ち」
立てないルドルフの首筋に穂先を突きつけ勝利宣言。
誰が見ても文句のつけようもない完全勝利である。
「(女に負けるとかカッコ悪いwww)」
そう言うテメェも大体女に負けっぱなしじゃねえかと思ったカッスだがカッスは空気が読める良い子なので御口をチャックした。
「大丈夫かルドルフ?」
勝負ありと言うことで、紫苑がルドルフに駆け寄りその身体を優しく抱き起こす。
「う、うむ……い、いや……しかし……こ、これは強烈だ……紫苑、卿何人居るの?」
「いや、俺は一人しか居ないよ」
ツッコミつつ、ルドルフに肩を貸して鍛錬場の隅に行き壁に凭れ掛からせる。
まさか一瞬で終わるとは思っていなかっただけに、ルドルフはかなりのショックを受けていた。
『ハハハ、男の子が情けないなぁ』
「ロキ……ううぬ、悔しいが反論出来ん……」
実力差があったとて、多少はやれると思っていたのだ。
しかし現実は手も足も出ないままにノックアウト――情けないと言われても反論一つ出来ない。
「仕方ないだろうルドルフ。元々アイリーンは強かったんだし」
「猛毒状態にして五人がかりでフルボッコにして最後まで立ってたのが紫苑くんだと言うね」
「うちが潰されて回復手段が無くなりーの」
「私も腹部への一撃であっさりと潰されましたからねえ」
ちなみにルドルフは腹に槍を刺されたまま振り回されてクレーターが出来るほど強く地面に叩き付けられている。
改めて振り返っても猛毒に侵された人間のすることではない。
「正直な話、アイリーンが近付いて来た時は俺もやられると思ったよ」
「無理無理」
アイリーンは即座に否定を返した。
傍目からは余裕と言うか不死身臭かった彼女だが、四人を倒した時点で限界などとうに超えていたのだ。
幾ら紫苑が産廃強化魔法しか使えないインテリアだとしても殴る力すら残っていない。
歩いて抱き着いてキスするのが限界だった――こう書くと何だか余裕がありそうだ。
「そう言えば……あの時期、姉様はもう学校に居たんですか?」
よくよく考えれば栞は紗織の詳しい足跡を知らない。
紫苑に接触し始めた辺りでは既に学校に居たのだろうが、それ以前は?
「普通に入学してましたよ。私も新入生として入りましたから」
「そっからずっと栞ちゃんを遠目に観察しとったんか……ん? あれ? 復学する時はどうするん?」
諸問題から紫苑と笑えない仲間達は現在、学校に行けてない。
実質休学中なわけだが、問題が一つある。
黒姫百合として入学した紗織だ。今はもう醍醐紗織として復活しているが、籍があるのは黒姫百合である。
「百合ちゃんなん? 紗織ちゃんなん?」
「(く、黒姫百合……う、うぅ……こ、心の古傷が……!)」
『しっかりして紫苑さん!』
過酷な日々の中で見つけた唯一の癒し。
何もかもが輝いていた青春の残影こと大天使を思い出し紫苑は死にたくなった。
「と言うかそもそも紗織お姉さんの戸籍とかどうなってるの? 死亡届けとか出されてるんじゃないの?」
「そこらは大丈夫です。戸籍は復活させましたし、学校も復学する際には……ねえ?」
いざとなれば家の力をフルに使って圧力でも何でもかければ良いと言うわけだ。
まあ、そんなことをせずとも功績的に考えれば幾らでも融通を利かせてくれるだろうが。
「まあ何にしてもどうとでもなりますよ」
「と言うかそもそも、復学する必要があるかも疑問だよね僕ら。今更何を学べと言うのか」
外道天魔、アリス・ミラー、醍醐栞、醍醐紗織、アイリーン・ハーン、逆鬼雲母、ルドルフ・フォン・ジンネマン、葛西二葉。
この八名は人類の中でも抜きん出た強者だ。
単独で楽に万軍を相手取れ、国すらも片手間で滅ぼせる頭抜けた力を持つ人間。
彼らより下とは天と地よりも差が開いており、どうにか出来る人間は同じ位階の者だけ。
ぶっちゃけた話をするのならば大抵のことは力業で何とかしてのける。
そんな彼らが今更冒険者としてのイロハを学んだところで意味は無い。
知識は増えるし、それ自体は無駄にはならないだろう。
しかし所詮それも大した糧にはならない。スナック菓子以下だ。
「普通の勉強でしょう。まあ、冒険者学校でやる必要はありませんが、それでも大事ですよ?」
優等生栞がツッコミを入れる。
「(チッ、良い子ぶりやがって)特に天魔、お前もやれば出来るんだからそこらの勉強はしっかりやれよ」
「やー……国数英理社とか学ばなくても食べてけるじゃん?」
「今の時代に勉強しても役立つかって問題もあるけどなぁ」
「それでも俺は今でも時間がある時は予習をしているぞ? 何時か復学した時のために」
「真面目」
「そう言う意味では雲母お姉さんも若返ったんだしもう一回一から勉強すれば? 馬鹿なんでしょ?」
歯に衣着せない馬鹿発言に雲母が頬をひくつかせる。
「ああ、そう言えば逆鬼さんって最終学歴中学校中退でしたっけ」
「お友達は学校で先生をやっているのに雲母お姉さんもしっかりしなきゃ」
「う、うぅう……」
本人も気にしているだけに反論が出来ない。
雲母も学ぶ気はあるのだ。ただ、教科書等を見ていると頭が痛くなるだけで。
「じゃ、じゃあ紫苑ちゃんに個人授業を御願いしようかしら? それなら私、頑張れるわ」
「アンチエイジングしたからって実年齢三×じゃないの。何を紫苑お兄さん頼ってるのよ」
「恥を知れ」
アリスとアイリーンがワンツージャブで、
「調子に乗るなよ若作りのババア」
天魔がトドメのストレート。
「何が個人授業ですか低学歴」
「小学校から一人寂しくやり直しなさい、私達は青春を謳歌してますから」
「神剣ゼミでもやっとれや」
ダウンしたところを醍醐姉妹と麻衣がストンピング。
この一糸乱れぬ熱いディスコンボに拍手喝采である。
「あらあらあら、上等じゃない小娘共」
お決まりのように始まる大乱戦。
真っ先に弾き出されたのは戦闘能力の無い麻衣だ。
キューと呻きながら目を回す麻衣の頭に濡れタオルを乗せる紫苑。
他のメンヘラーズは絶好調でやり合っている。
集中攻撃されていたのは雲母だがどさくさでやっちまおうと考える奴らも居たらしい。
順当に行けば勝者はアイリーンだが何処まで何を使うかで結果も変わる。
どちらにしろ簡単に勝者は出ないだろうし、時間もかかるだろう。
「……とりあえずアレだ、紫苑よ。私達は先に昼食にしようか」
「ああ」
それよりも良い時間なので昼食を摂る方が何千倍も有意義だ。
コソコソと男二人は鍛錬場を抜け出して食堂へと足を運ぶ。
食堂には巨大な鉄板を準備しているルークの姿があった。
「卿、何をしておるのだ?」
「今日の昼食はお好み焼きにしようと思ってな。で、以前個人的に買った業務用の鉄板を用意していた」
マニュアル片手に設置していくその大きな背中はとても楽しそうだ。
と言うかこの男はこんなものまで通販で買ったのだろうか?
「俺達も何か手伝おうか?」
「いや、大丈夫だ。手持ち無沙汰ならば自分の種を作っておいてくれ。冷蔵庫に一式揃えてあるから」
とのことで紫苑とルドルフはキッチンへ。
冷蔵庫の中には基本となる種と、トッピング用の具材がギッシリと詰まっていた。
「豚肉、ベーコン、イカタコエビ、貝柱、コーン……鉄板の具だな(店で頼むとミックスって高えんだよなぁ)」
「チーズに焼きそば……サラミ、チクワやスナック菓子、餅に山芋、イカ天……変わったのもあるな」
ボウルに入った基礎となる種と具材一式を取り出して並べてはみるが、いざどれにするか考えると少々迷う。
紫苑はミックス系にするのは決まっているのだがどうすれば一番調和が取れるかを必死に考えている。
「ううむ……迷うな。紫苑、卿はもう決めたか?」
「いや、まだだ」
「種は追加出来るから難しく考える必要は無いぞ」
ルークはお好み焼きパーティに乗り気らしい。
自分が食べるのにはそこまでこだわりは無いようだが……。
「なら、最初はシンプルにシーフードで行くか」
「私は豚とサラミ、そしてチーズだな。ガッツリ肉系で行こう」
思い思いの具材を入れてネッチョネッチョと二人は種を掻き混ぜ始めた。
「しかし……改めて思ったんだが、俺だけ見劣りしているな」
「ん、何がだ?」
「それぞれのパートナーだよ。ルドルフはロキ、天魔はルシファー、アイリーンはスカアハ、
栞と紗織は木花之佐久夜毘売に石長比売、雲母さんはイザナミ、アリスは蛭子命、そして俺はアレだ」
『アレって言うなよ』
「皆は色々恩恵を受けて最強の一角に座っているが俺の場合は本当にただ寄生されてるだけだからな」
「言われてみればそうだな。そもそも卿が同意したわけでも無いし、勝手に住み着かれてるだけではないか」
紫苑以外の面子は皆、双方の同意の下に同化を果たした。
ベアトリクスとアレクを加えると話はまた別だが、その二人にしたって分かり易い恩恵は受けている。
「一応、ネームバリューで言えばトップクラスなんだろうが……」
「強いて言うならば卿が京都で戦った時に役には立ったのだろうが……なあ?」
名前から考えると物足りないどころの話ではない。
他の面子がピストルから核ミサイルへのジョブチェンジを果たしたのに紫苑は割り箸鉄砲のまま。
「ルドルフの場合は迷惑もかけられただろうが、命も助けて貰った上に力も継続して借りてるわけだろう?」
「うむ。何のかんのと協力的ではあるな」
『まあそりゃ私が自分で望んだことだしねえ』
『つーか俺様の扱い酷くね?』
蛇と変態も会話に加わって来る、
実際カス蛇はカス蛇で大きな役割を担っているのだが即物的な紫苑からすれば物足りないらしい。
目に見える形で強くなるなどの恩恵が無ければ喜べないのだ。
何なら神便鬼毒酒>>>>>>>カッスぐらいの認識である。
「蛇、お前の場合は好かれる要因が無いんだよ。それよりロキ、ちょっと良いか?」
『ん、何だい?』
「ルドルフをグングニルから護ったと聞いたが一体、どんな種を使ったんだ?」
「そう言えば私もまだ聞いてなかったな」
クソみたいに忙しかったので聞く機会を逸していたのだ。
『あれかい? あれはグングニルの識別を利用しただけさ』
「グングニルの識別とな? 私達にも分かり易く話してくれると助かるのだが」
『何、簡単なことだよ。必中の槍、グングニル。あれはどうやって相手を何処までも追いかけさせてると思う?』
「神の兵装に使われている原理なんて俺達が知るわけないだろうが」
『フフフ……魂で識別して、その反応が消えるまで追い続けるように出来ているのさ』
種を掻き混ぜ終えた二人は麦茶を片手にロキの講釈に耳を傾ける。
『完全にブラックボックス化されている上に、
ドヴェルク達も秘中の秘だと秘匿していてオーディンすら原理を知ることが出来ないものでね。
私は……まあ、ちょっとした方法でそれらを聞き出したわけだ。
あの時使った人形はドヴェルク達に作らせたものでね、
一回限りで一日ほどしか保たないが一個人を魂の形状まで完全に似せることが出来るのさ』
「ああ、成るほど。お前はお前と同化する前のルドルフを人形で再現したのか」
原則として魂は変わらない。
だが、ロキが混ざったことで変化し、グングニルで照準をつけた少し前のルドルフとは形が変わった。
結果としてグングニルは自分が照準をつけた魂と完全同一であるルドルフに矛先を変えたのだ。
『その通り。一回コッキリの反則技で、次は真正面から破るしかないが、とりあえずあの場は逃れられた』
二度は使えない技だ。
人形自体は用意出来ても、魂の形を変えるとなるともう一柱神魔を宿すしかない。
しかし、それをするにはルドルフのキャパシティが足りない、無理に行えば爆ぜて死んでしまうだろう。
『オーディンも、私の使った手からグングニルの機能を把握して看破するだろうねえ』
そして新たな知識が増えたことへの満足感を肴に酒を傾けるはずだ――コッソリ一人で。
義兄と言うだけあってロキはオーディンへの理解が深い。
『何時か彼にガチギレされてヤバくなった時に虚仮にするために使おうと思って大事に取っておいて本当に良かったよ』
ヤバくなった時に虚仮にするためと言う文言にロキの精神性が良く表れている。
普通は窮地を脱するためだとかそう言う用途に使うだろうにあろうことか虚仮にするために。
邪神の名に恥じない性格の悪さである。そりゃオーディンも手を焼くはずだ。
「(この変態野郎はこんな風に活躍してんのにお前と来たら……)」
『(俺様の活躍はもっと後なんだよ! まだ本気を出していないだけ!!)』
まるでニートのような反論である。
「よし、設置は終わりだ。今から火を入れるからもう少し待ってくれ」
やり遂げた顔のルーク、とは言え本人も言っているようにまだ時間はかかるだろう。
大きい鉄板であるがゆえに火もすぐには通らないのだ。
まあ、フライパンか何かでさっさと焼くと言うのも一つの手だがワクワクしているルークを前にしてそれは酷だろう。
『火かい? それなら私が何とかしよう。ルドルフ、少しだけ手を借りるよ』
「ん? ああ」
言うや左手の制御がロキに移った。
ロキは人差し指で炎のルーンを空中に描きそれを鉄板の上に重ねる。
すると一瞬にして鉄板は温まり後は油を引くだけになった。
「(便利だなぁ!)」
『(当て付けのように言わんでもええやないか!)』
「(似非関西弁止めろ鬱陶しい)」
ソース、マヨネーズ、鰹節、青海苔、七味などの各種調味料セットと種を持って鉄板の前へ。
夏ならば暑いが冬で、暖房は切ってあるだけに鉄板の熱で中々良い塩梅だ。
「二人はどうする、自分が焼こうか?」
「いや良い。こう言うのは他人任せにするよりも独力で焼いた方が良いからな」
「同じく。俺も料理は出来ないがお好み焼きを焼くぐらいなら出来るよ」
熱せられた鉄板に種を流し込み、形を整える。
完成はまだまだ先だと言うのに何とも言えない食欲をそそる香りが食堂を満たしてゆく。
「ルークは焼かないのか?」
「ふむ……まあ、御主人もまだ来ないみたいだし先に食べるとするか」
こうして男三人のお好み焼きパーティが始まった。
尚、未だにメンヘラーズは血潮が舞う私闘を繰り広げている模様。
「よし……焼けた焼けた」
ソースをふりかけ、鰹節と青海苔を散らしてマヨネーズをトッピングすれば完成。
ヘラで切り分けて小皿に取って食べる――これがお好み焼きだ。
「んー! 実に美味いな! やはり男は肉を食わねば!」
「シーフードも良いぞ。海老がプリプリしてるし貝柱の旨味がたまらん」
「ほほう……どうだ、紫苑、少しずつ交換してみないか?」
「良いな。その方が色んな味を楽しめる」
紫苑のシーフードをルドルフへ、ルドルフの肉玉ミックスを紫苑へ。
互いに交換しながら食べているとそこにルークもやって来る。
「自分も混ぜてもらって良いか?」
「勿論。ルークは何にしたんだ?」
「餅と明太子、チクワにイカ天を入れてみた」
「ほう……それはまたどんな味になるか予想がつかず楽しいではないか。よし、卿もとっとと焼け」
男三人で花もクソも無い空間だが、驚くほどに穏やかだ。
女性陣が居れば華はあるが大抵何処かで一悶着あって微妙な気分になるのだが今はそれが一切無い。
華が無い代わりに平穏を――メンヘラーズとは一体何なのだろうか。
「んぐ……しかし、アレだな。紫苑、直に卿がギルドのトップに立つわけだろう?」
「ああ」
「ほんの一年前、私達が出会った頃から考えれば随分遠くへ来たと思わんか?」
一年前の紫苑は冒険者学校に入学したてのほぼ一般人だった。
それから月一ペースで修羅場を潜り抜け、メンヘラを攻略して行き気付けばこの有様である。
これをサクセスストーリーと取るか転落人生と取るかはその人の主観に拠るだろう。
「(何もかもをやり直したい。俺だけが幸せになれる√に進みたい……)
そうだな。あの時は中学を卒業し立てで右も左も分からないまま学校に入って、家族以外で初めて人の死に触れた。
そして、皆と出会ってパーティを組んで……そうそう、パーティ同士で戦いなんかもやったな」
そ ん な √ は 御 座 ら ん。
「ああそうだ。天魔には度肝を抜かれたよ。躊躇わずに腕を捨てるんだから。
それからアイリーンとの戦いの準備では卿に叱られたな。不満に思うなら強くなれと」
思い出話に花を咲かせる二人。
大抵、こんなことしてると近いうちに死ぬのだが大丈夫だろうか?
「アイリーンにはビックリさせられたな。自分でも引くぐらいの勢いで詰みに持って行ったかと思えば……」
「凄まじい奮闘だった。鍛錬場でも話したがあれほど絶望的な戦い、そうは無いぞ」
「言えてる。鬼気迫るとはあのことだよ。そして、勝ったかと思えばゴールデンウィークだ。なあ、ルークお兄ちゃん?」
悪戯な笑みを浮かべてルークの脇腹を突付く。
「む……」
「卿にもすっかり騙されたなルークよ」
「あれがアリスと、そしてルークとのファーストコンタクトだったな。皆が出てる間にアリスに脅された時は肝が冷えたよ」
「……まあ、その節はすまん」
「そう言えばルーク、卿も天魔にどてっ腹をぶち抜かれていたな」
「ああ。と言っても自分は人形だからな。痛みが無いから特に問題はなかった」
ハムハムとお好み焼きを頬張りながらそう言うルークだが、この男が食べたものは一体どうなっているのだろうか?
謎エネルギーにでも変換されているのか、いやそもそもルークの動力源は何だ?
「まあ、それはともかくとしてだ。紫苑、お前には感謝している。
御主人のために泣いてくれたお前が居たからこそ、最後の一歩を踏み外さずに済んだ。
生まれて初めて、心からの愛を知って変わることが出来た――――本当にありがとう」
「よせよ、そう大したことはやってない……にしても、そうか。あの後から、一人暮らしが終わったんだったな」
何でもないような乾燥した一人暮らしが幸せだったのだ。
二度とは戻れない一人暮らしを想い、涙が零れそうになる紫苑だった。
「何と言うか無理に押しかけたようですまない」
「いや良い。アリスが居てくれたおかげで俺も寂しい思いをすることはなくなった」
楽園を破壊されたとしか思っていないのに、よくもまあいけしゃあしゃあと。
「アリスと言えば、彼女が作ってくれた兎も随分と役に立ったな」
「ああ。俺達が安土に行った時も先行偵察人形として活躍してくれた。
(そういやお前ら、あん時俺の足を引っ張って俺を危険に晒したよなぁ……!!)」
死んでも怨みは忘れない、それが春風紫苑である。
「それに岐阜では皆には助けられた……信長の仕掛けたゲームに勝てて生き残れたのは皆のおかげだ」
「よせ。卿の策あればこそだろうに。しかし、あの時はまさかあの三つ目が織田信長だとは思わなかったな」
「ああ。今考えればそこかしこに材料は転がっていたはずなのにな」
とは言え、それは仕方が無いことだ。
当時の世界ではまだ幻想が死んでいたのだから。
『そらしゃーないわ。認識が完全に死んでたんだからな、人間全体の。
どれだけ材料があろうとも、決定的な答えにゃ繋がらなねえからな。
俺様だってあの段階では認識はしていても、言葉にすればノイズみてえになってたし。
にしても、あの戦いは俺様も見てたが正に団結の力――だわなぁ』
「(おいテメェ、皮肉ってんのか?)」
『(冗談だよ)が、紫苑。お前にとっちゃ信長よりも、もっと厄介な相手が居たよなぁ?』
と、その言葉で全員が総てを察する。
安土での一件からしばし、六月に入ってから紫苑は更なる厄介ごとに見舞われた。
『他所様の家庭問題に巻き込まれて腕一本失ってよー』
「あ、そうか。天魔のイメージが強かったが紫苑、卿も義肢なんだったな」
義肢キャラでは分かり易い義肢をつけている天魔には遠く及ばない紫苑だった。
まあ本人もそんなキャラで売り出すつもりは無いだろうが。
フルメタルアジテーター紫苑なんてのは絶対に受けない。
「御主人が時々調整しているな。具合はどうなんだ?」
「ん、問題は無いさ。正直、俺も偶に自分の左腕が義肢だってのを忘れるぐらいだからな」
嘘だ、片時たりとも忘れていない。
栞に切り落とされた腕は防腐加工をされて今でも紫苑のアパートに飾られているのだから。
「と言うか、俺としては腕よりも目の前で焼身自殺された方がショックだったよ」
『まあ結局生きてたけどな』
ソレを知らずに大天使大天使と気分を良くしていたのだから実に滑稽である。
紫苑は今でも幻の幸福を夢に見て、眠りから覚める度に欝になっているのだから爆笑ものだ。
「ああ、本当にホっとしたよ。しかし、夏は色々と濃かったなぁ……皆で合コン行ったり」
「花形の誘いで行ったな、そう言えば。まあ全部台無しにされたわけだが」
「そして男三人で飲み明かしたっけか。後、体育祭では女装もしたな」
「自分、今だから告白するがあの時のお前はうちの女性陣よりも綺麗だったぞ」
「やーめーろーよー(知ってる!)」
女装をした時の写真を紫苑は今でも大切に携帯へ保存してある。
そして偶に見返してはナルシーに浸っているのだ――本当に気持ちが悪い。
「俺の女装はともかくとして、体育祭が終わってからの夏休み……ルドルフにとっても思い出深いよな」
「ああ。弁慶との死闘、義経公から貰ったもの……今でも克明に思い出せる」
あの日、喪失した左眼も今は再生している。
ロキとの融合によって齎されたものだが、嬉しくもあり残念でもあった。
抉り取った左眼は戦いの記録そのものだから。
「思えば義経公はあの時から、今を見越して我らに助言をくれていたのだな」
「そうだな。俺達は本当に多くに助けられて今を生きている」
『そんな義経の一件からあんま時間を置かずに今度はアレだろ? 逆鬼雲母』
カス蛇の発言に場の空気が凍て付く。
今でこそ雲母はマシになったが、あの時期の雲母については紫苑を除く面子は触れることすら避けたいのだ。
又聞きですら重苦しいのに当事者は……。
ルドルフとルークが紫苑の右腕を睨み付ける「お前、空気読めよ」――と。
『あん時に聖槍で腹を貫いた傷、今でも残ってるんだよな』
「まあ、な(俺の珠のお肌にあんな傷が残るなんて……改めてあのクソアマ赦せねえ!)」
このまま小一時間雲母をディスってやりたい紫苑だが、
そんなキャラではないし周りに合わせて何とも言えない複雑な表情を作ることしか出来ない。
「しかし、こう振り返ってみるとあれだな。夜を徹して語り合えそうだな、私達の一年は」
空気を読んだルドルフがシメにかかる、常々思っていたが本当に良い奴だ。
「それだけ濃密な時間を過せたと言うのは幸運だろう」
ルークもルドルフに倣って何か良い感じにシメようとするが、
「(いや、不幸だろうどう考えても。何でたかだか一年で俺何回も死に掛けてるんだよマジで)そうだな」
紫苑は当然納得していなかった。
「ふぅ……全員一枚目は食べ終えたし、次を焼くか」
何か良い感じにシメたところで、鉄板の上が空になっていることに気付く。
お喋りをしながらとは言え、全員何だかんだで食べていたのだ。
「ああ。次は俺もちょっと冒険して変り種を作ろう」
「自分はオーソドックスなのにして、ソースをポン酢にでもしてみるかな?」
ちなみにメンヘラーズは未だに戦闘継続中である。




