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ハルジオン~口だけ野郎一代記~  作者: 曖昧
嘘を重ね続けた末路を知る第二部

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165/204

三月の悪夢 参

 先行組に遅れて大陸に入った紫苑パーティ。

 彼らが真っ先に足を踏み入れた場所もまた先行組と同じく大都市だった。

 首都北京よりも大きいこの場所は幸いにしてヤバい神魔などは居らず先行組はスルーしたわけだが、地獄であることに変わりは無い。


『おうおう、時代ごとに存在してた英傑が率いる軍勢か……ある意味夢の共演だぁねこりゃ』

「(畜生……! こんなもんどうせえ言うんじゃ!)」


 内心で憤りながらも紫苑は即座に信長とジャンヌ、ジルドレを召喚。

 一目で状況を把握した信長が行動の指針を真っ先に口にする。


「ふむ……力が漲っとる。全軍を呼び出すのも可能だろう。

万を超える軍勢が出現すれば嫌でも排除しに来るしかあるまい。

御大将、俺と織田家が大きな的になる。御大将らは取りこぼしの殲滅と救助をこなすが良い。

ジルドレ、お前は俺と一緒に来い。ジャンヌ、お前は御大将らの護衛だ」


 問答をしている時間すら惜しいし、何より信長の立てた方針以上も今は思い浮かばない。

 紫苑は即座に信長の案を飲んで行動を開始する。

 ハルカゼインパクト(馬)に跨り、ルドルフとアイリーン、ルーク、ジャンヌ、麻衣を随伴して去って行く紫苑。

 その背を見送った信長は片手を天に翳し、自身の持つ軍勢を上海の街に召喚する。


 平時であれば二万ほどが限界だが、今回に限っては別だ。

 上空にある太極図のおかげで幻想としての力をフルに発揮出来る。

 召喚された兵力は最大動員数限界いっぱいの二十万。

 率いる将も粒揃いであり、普通であれば心強いことこの上ないのだが今はそれでも心許ない。


「猿、お前は手勢を率いて一般人の保護に当たれ。ジルドレ、お前にも幾らか兵を貸す。猿らの補助を頼む」


 他の将らは既に兵を率いて目につく敵を殲滅させているが、秀吉だけは信長の傍らに召喚された。

 臨機応変さを要求される任務において豊臣秀吉という男ほど信頼出来る人間は居ないからだ。


「御意に! お任せくだされ大殿!」

「任された」


 二人は即座に動き出し、残されたのは信長一人。

 彼もすぐに戦場が見渡すことが出来る高い場所に移動し、静かに状況の観察を始める。


「当然、占領なんて目的じゃないわなぁ……滅ぼすよな、そりゃ」


 上海に配置された敵軍の目的は殲滅、それのみだ。

 ひたすらに人間を殺すことだけを目的にして動いている。やり難いことこの上ないと苦い顔で呟く信長。

 彼も虐殺は何度か行ったことはあるが、それは決して無軌道な虐殺ではない。

 織田信長は戦が日常であり、政治の一環であった時代の為政者だからだ。


 戦を起こすのも何かを手に入れるための過程の一つでしかない。

 それは領土であったり、別のものであったり、求めるものは様々だが戦争に勝利すればその先に得るものがあった。

 信長起こした虐殺もそう。虐殺そのものが目的ではないのだ。

 敵国の国力を殺ぐためであったりとちゃんとした理由があった。


「治める気がねえ、あるのは殺戮の意思のみ。厄介だ、厄介よのう本当に」


 信長も同じだから分かる。

 彼を初めとして生前の軍事力を再現する幻想が率いる兵に恐怖は無い。

 常時死兵のようなものだ。かつて、生前ならばあった生への執着が微塵も無い。

 生きて家族の下に戻りたい、敵を殺すことに対する罪悪感、それらによる鈍りや分裂も無い。


 そうなると、もう只管に殺し合うしかない。

 敵方は恐怖も何もない完全なる死兵となって目につく人間を殺すことだけを目的に動いている。

 ある程度のまとまりはあるが、陣形を崩したところで止まりはしない。

 勢いは多少挫かれるだろうが一兵に至るまで殺戮の意思の下に動いているのだから。


 これを厄介と言わずして何と言う? あちらは何があっても殺すだけ。

 対して此方は敵を殺す、民を護る、逃がす、やらねばならないことが多過ぎるし兵力の差も酷い。

 負け戦――信長も幾度か経験してはいるが、退くことも出来ない負け戦など本能寺以来だ。

 この戦の要はどうやって巧く負けるかで、戦いが終わっても得るものは何一つ無い。


「……どうすっかにゃー」


 利が無い戦。これほど無為なものはない、だが止めるわけにもいかない。

 信長は心底から苛立っていた。巧く負けるにしても、取れる手段が無さ過ぎる。

 神の力を持つ少女らは相応の相手にぶつけるしかないのでしょうがない。

 だが、他の戦力は? せめて大陸中の戦力を自分が掌握出来ていたら……そこまで考えて信長は頭を振る。


「無いもの強請りなんぞ俺らしくもない。今あるものでどうにかするのが俺だからなぁ」


 ギョロリと額にある瞳が下界を睥睨する。

 高層ビルの上からだと上海の様子がよーく見える、ある意味で慣れ親しんだ光景であり、まったく異質な光景。

 男も女も、老いも若きも関係なく殺されている。

 拡がる戦火に巻かれて焼け死ぬ者、破壊された建物の下敷きになり死ぬ者、兵に斬られる者、貫かれる者。


 殺され方は様々だが、結果は同じ――死ぬだけだ。

 これに心揺らされるほどに信長は若くも青くもないし、似たようなことは幾らでもして来た。

 ゆえに特に義憤やらが巻き起こることは無いのだが……戦後のことを考えれば頭が痛くなって来る。

 避けられない士気の低下、刻み付けられた幻想の恐怖は容易には拭えない。問題が山積みだ。


「にしても……」


 上海に散らばっている敵兵の顔ぶれを見て、信長は呆れとも感嘆とも言えぬ溜息を吐く。

 そこかしこに点在する旗は様々で、それ自体は不思議ではない。

 不思議ではないのだが、問題はそれぞれが属する陣営だ。


「伊達に何度も滅んでは興ってを繰り返してねえなぁオイ」


 国家の乱立、統一、反乱、滅亡、興り、それらがこの大陸では幾度も繰り返されて来た。

 繰り返される戦乱は幻想へと至る王、将を数多く生んだ。

 そしてそれらが今、徒党を組んで中華の大地を蹂躙している。

 ある意味で夢の共演と言えるが、それらはあくまで第三者の立場から見ればだ。


 実際に相手をしている信長からすれば堪ったものではない。

 これが通常の戦ならば混成軍ゆえの歪などを突いて崩すことも出来るのだが……。

 たった一つの目的の下に意思統一が成されているので面倒臭いことこの上ない。

 普通ならば心が折れてしまって、何もかもを投げ出したくなること間違いなしだ。


「頭を殺れば話は早いんだが……」


 徳川家康がそうだったように、生前の軍事力を引っ張って来るタイプは頭を獲れば総て消える。

 信長も同じだ。彼が死ねば織田家は瓦解し二十万の軍勢は総て消える。

 今回の場合でもそれぞれの軍の頭である王、あるいは皇帝を殺すのが一番手っ取り早いのだが……。

 そもそも上海に頭が居るとは限らない。


 平時ならばそこまで軍と離れることも出来ないだろうが今ならば可能だ。

 別の都市に居るかもしれないし、どれがそうなのかも分からない。

 神魔の強い気配が満ちているせいで判別がつかないのだ。

 一番機動力のある天魔らに探させるのも一つの手だが、そうなれば神魔がフリーになってしまう。


 神魔を放って置けば一瞬でもっと多くの人間が死ぬ。

 あちらを立てれば此方が立たず。今この大陸では酷く面倒な構造が成り立っている。

 後手後手後手後手、総てが後手に回っている。先手を敵に取られた以上、主導権を握ることは不可能だ。

 と、そこで信長は自身が居る高層ビルの内部に強い気配を感じ取った。


「……来たか」


 高層ビルの屋上なんてところに居たのは何も戦況を見渡すためだけではない。

 頭である自分を餌にしてそれなりに厄介な相手を釣ろうとしていたのだ。

 何せ信長を殺れば上海に展開する面倒な織田軍が消えるのだ、敵が狙わないわけがない。


「――――見つけたぁ」


 矛で扉を斬り飛ばして踏み込んで来たのは甲冑一つ着けていない軽装の美男子だった。

 背丈は百八十前後、翠色の瞳に透き通るような白い肌。生前はさぞモテたことだろう。


「俺の首を獲りに来たってわけか」

あぁ。正味な話、かなり邪魔だあんたとこの兵隊。っとに、良い部下持ってんじゃねえか」

「ほう……何処の誰かは知らんが、お前のような男に褒められるとは俺の家臣も捨てたもんじゃあねえな」


 カラカラと笑う信長だが、ある瞬間ピタリと笑みが消えて真顔になる。


「だが俺のことは舐め過ぎだろ」

「一人で来たことがか?」

「まあそれもあるが――――テメェの本領は騎馬だろうに馬も連れずに何しに来たんだつってんだよ」


 信長は敵の名を知らない、だが分かることもある。

 筋肉のつき方だ。男の身体は騎馬を扱い続けて純化された良い肉体をしている。

 敵は馬上でこそ本領を発揮出来るタイプだ。

 だというのに馬も連れずに徒歩で自分の首を狙いに来た。

 プライドの高い信長からすれば舐められているとしか思えないのだ。


「あんた相手ならこのままでも十分だと判断したまでだ」

「舐めやがって……!!」


 腰から引き抜いた種子島を発砲する。

 炎の散弾はそのまま敵を焼き尽くすかと思われたが、


「厳然たる事実だよ」


 矛の一薙ぎで散弾は散らされ、一発たりとて敵に当たることはなかった。

 が、これぐらいは予想の範疇だ。信長は散弾を放つと同時に駆け出していた。

 その手には愛刀左文字、脳天へ向けて振り下ろされた絶死の一撃は、


「だから無駄だって」


 皮一枚で見切られて半身で回避されて逆にカウンターを喰らってしまう。


「ぐぁ……!?」


 横っ腹に矛を叩き付けられ屋上から吹き飛ぶ信長。

 そのまま地上へ真っ逆さま――とはならなかった。寸でのところで屋上の淵に手をかけることが出来た。

 片手一本で己の身体を引き上げ宙返りで屋上に戻った彼は静かに敵を観察する。

 言うだけあって確かに強い。武人としては圧倒的に格上だ。


「……ッッ!」

「おいおい、だんまりか。実力差が分かったんならこれ以上面倒はよしてくれ。

大人しく首を差し出した方が潔いと思うがどうだよ? なあ、何か言ってみろよ」


 敵の嘲りを受け、怒りに顔を歪ませる信長。

 それを見てますます気分を良くしたのか、敵は遊ぶように信長を嬲り始めた。


「そらそらそらそらァ! どうしたどうした!?」


 敵は完全に優位に立っていると錯覚していた。

 確かに実力では上回っているが、信長は別に武人ではないのだ。


「――――阿呆が」


 こうも容易く運ぶとは思っていなかった、信長はドヤ顔で敵を罵った。


「!?」


 瞬間、敵は背後に気配を感じ取って勢い良く振り向いた。

 その目に映ったのは得物を振りかぶる陰鬱な男の姿で、それが彼が最後に見たものとなった。


「御無事ですか、信長様」


 太刀で敵の首を刎ね飛ばしたのは誰あろう、明智光秀である。

 光秀は太刀に付着した血を振り払い信長に駆け寄った。


「ああ、御苦労だったな」


 生前の軍事力を召喚する者の中でも信長は優秀だった。

 彼だけは一個人を特定して、視界に映る場所にならば自由に召喚出来るよう力を研鑽していたのだ。

 一人では敵に勝てないと悟った信長は即座に召喚を利用して敵を排除する方針に転換。

 そして敵に調子を乗らせて心の隙を作ることに専念し始めた。そしてその目論見は見事成功。


 最初に屋上に来た時点の、油断が少ない状態ならば光秀にも対処出来ていただろう。

 しかし、圧倒的優位に立ったと錯覚し、相手をすぐに殺さず嬲り始めた馬鹿にそれは不可能だ。

 ほんの僅かな綻びが生死を分ける、それが戦いなのだから。

 それでもこうまで上手くいったのはこの場での戦闘のみならず、敵が属する勢力そのものが圧倒的優位だったからだろう。

 これでもし、全体として拮抗していたのならば結果はまた別になっていたはずだ。


「いえ、それよりあのクソ野郎……! の、信長様に何てことを……!」

「キレるなキレるな」

「……そうですね。フフフ、私の方が酷いことしましたよね」

「欝になるな!」


 勝家辺りを召喚するべきだったかと今更ながらに信長は後悔した。


「それより、どうだ? お前んとこの軍団に持たせちゃいるが実戦投入は初だからな」

「問題ありません。近代兵器、恐ろしいものですね。生前でも種子島は随分な革命でしたが……」


 信長は以前、紫苑を通してギルドから大量の近代兵器を仕入れていた。

 そしてその運用を任されたのは鉄砲の名手でもあった明智光秀と彼が率いる軍団。

 魔改造種子島より火力は劣るものの、

雑兵が持つ種子島は大出力でしか放てず上海では使えないので近代兵器は予想以上に役立っていた。


「種子島より少々大きくはなるものの、大量に放てるし弾切れになってもすぐ補充出来ます。

あのような武器があればあのクソ坊主共もさぞや楽に排除出来たでしょうに……残念です」

「まあ、問題無いと言うのならばそれで良い。悪かったな、途中で呼び出して。今戻すから引き続き指揮を頼む」

「ハッ!」


 再び召喚で光秀を戦場に送り返し、信長はポツリと呟く。


「……そういや、あの敵誰だったんだろう?」


 同じ頃、ハルカゼインパクトを駆る紫苑は自身を餌にして敵を引き付けていた。

 元旦の時にやったのと同じだ。紫苑が囮となり、周りに居る人間が敵を倒す。

 その繰り返しを何度も何度も続けているのだが敵は一向に減る気配が無い。

 一体何時になれば尽きるのか、弱い者ならばとうに心は折れているだろう。


 だが、紫苑の仲間(一方通行)は良くも悪くもタフだ。

 ルドルフも、ルークも、アイリーンも、ジャンヌも、勢いを減じることもなく敵を屠り続けている。

 そして麻衣もそうだ。道々で見つけた危なそうな人間に対して回復魔法を施し続けている。

 尚、紫苑は囮役以外では何も役に立っていない模様。


「(あぁ……もう、やだぁ……あたし、帰りたい……何も無かったあの頃に帰りたい……)」


 シリアスなツラしてインパクトを駆っている紫苑はもういっぱいいっぱいだった。

 この状況をどうやっても好転させる術が思いつかないのだ。

 塵のように人命が喪われていくことはどうでも良いのだが、自身の経歴に傷が付くことに耐えられない。

 これまでが完璧過ぎたがゆえに、人々が己に求めるハードルを理解しているからだ。


「(おいカッス、一応聞いとくが……あの空にある太極図、どうにか出来ねえのか?)」


 あれを破壊すれば大陸に散らばっている神魔は消え去るだろう。


『あのさぁ……お前も分かってるだろ? あんな堂々と空にぶち上げてる意味がよー』


 誰の目にも映る場所に太極図がある、それはつまり絶対の自信があるということだ。

 要である太極図を破壊されない自信が……頭の回る紫苑がそのことに気付いていないわけがない。

 気付いていながら全力で目を逸らして現実から逃げているだけだ。


「(うるさいうるさいうるさい! どうにかしろよお前凄いんだろ!?)」

『無理無理。あれ、時間経過以外じゃ消えねえって。世界の修正を待つっきゃねえよ』


 世界規模で見れば大陸のみがおかしくなっているのだ。

 やがては大きな流れに押し流されて在るべき形へ戻るだろう。

 それ以外で天空に浮かぶ太極図をどうにかする術は無い。


「(……どれぐらいで消えるんだ?)」

『半日ぐらいはあるんじゃねえかなぁ……俺様、仙道の業についちゃ詳しくねえし。

つか、よくもこれだけの規模の術式を発動出来たもんだよ。マジすげえ』

「(マジすげえ――じゃねえから!? お前、アレの尾sljhdjそfでょあうhふおえhふえ!!!)」


 もう言葉にすらなっていなかった。

 此処まで酷い紫苑を見るのは初めてだ。カス蛇は何時と違う相棒の姿にちょっと感動していた。

 そして同時に、これだけ動揺していながらも表面上は適した演技を続けているのだから半端ねえ。


「紫苑さ! 止まるだよ!」

「ッ!」


 ジャンヌの声が紫苑を現実に引き戻し、咄嗟にハルカゼインパクトを制止させる。

 一体何ごとかと思い眼前を見やれば……。


「春風紫苑とお見受けする。我は関雲長」

「俺様は張翼徳」


 厳しい二人の武人が紫苑一行の前に立ち塞がった。

 関羽に張飛、三国志でも有名なあの義兄弟だ。

 劉備も此処に居れば桃園三兄弟――別名ゴロツキ三兄弟が揃うのだが劉備は居ないらしい。

 まあ、劉備が戦場に出てやられれば終わりなので当然と言えば当然か。


「(蜀 に 帰 れ ヤ ク ザ 三 兄 弟)」


 長兄ヤクザが居ない件について。


「その首、頂戴致――――」


 武器を向けて啖呵を切ろうとした義兄弟だったが、


「邪魔」


 一瞬で五体をバラバラにされて絶命してしまう。

 電光石火の早業で英雄二人を仕留めたのはアイリーンだった。

 義兄弟を視界に収めた瞬間に、二人が視認出来ない速度で接近してその命を奪ったのだ。


「……紫苑さ、あの子、ちょっとおかしくねえだか?」


 ジャンヌの目から見て現れた義兄弟はそれなりに面倒そうな輩だった。

 それを十秒と経たずに殺してのけるのだから唖然とするのも無理はない。


「神だとか魔王だとかそういう要素を除くと一番強いからな、アイリーンは(クソ、舐めやがって……!)」

「というかアイリーン、更に強くなっていないか紫苑よ」


 英雄二人を屠ってのけたアイリーンだが、彼女は素のままだ。

 純化すらせずに関羽と張飛を仕留めて見せた。

 明らかに強くなっている、ルドルフはアイリーンが味方で良かったと胸を撫で下ろす。


「先に進む?」


 自分が褒められていることに気を良くすることもなく、あくまでフラットなままのアイリーン。

 確かに邪魔者はこれで消えたわけだが……。


「いや、少し待ってくれ。このままじゃ本当にキリが無い」


 終わりの見えない戦いほど心を削るものは無い。

 紫苑は総て他人任せだから良いものの、実際に戦っている面子も何時かは必ず限界がやって来る。

 そうなる前に少しでも良い一手を打つべきなのだ。


「せやけど動かんことには何も……」

「分かってる。だから此処でアイリーン、お前に頼みがあるんだ」


 癪ではあるが、アイリーンの強さは確かだ。

 この場で任せられる面子と言えば彼女ぐらいしか居ない。

 自分の安全を護る駒が減ることは心底惜しいが、

保身で何も手を打たずに愚かさを晒すなんてことは出来ず苦渋の決断をするしかなかった。


「了解」


 まだ何も言ってないのだが紫苑の指示を断るなど彼女にとってはあり得ないことだった。

 アイリーン自身も紫苑を護ると誓いを立てているため、傍を離れるのは好ましくないと考えている。

 それでも命だけではなく心も護ってこそ。

 紫苑が少しでも状況を打破しようと自分を必要としているのならばそれに応えるのが当たり前だ。


「まだ何も言ってないんだが……まあ良い。アイリーン、俺達はこのまま走って殺してを続けるつもりだ。

だけど、お前には別のことを頼みたい。家康もそうだったが、この手の兵隊は頭を潰せば消える」

「居るか分からない」


 相変わらずすっ飛ばした会話ではあるが、

紫苑はその意味を察しているしアイリーンも紫苑の言いたいことを察せ無いほど馬鹿ではない。

 なので結果的に会話は成立するのだが傍から見ていると奇妙なことこの上ない。


「ああ。この上海に頭が居るとは限らない。だが、居ないと断言出来る要素も無い。

だからお前はこれから雑魚には目もくれずに今倒したようなそれなりに格がある連中のみを倒して欲しい。

当たりかどうかはともかくとして現場指揮官レベルでも居るより居ない方が此方にとってはマシだからな」


 一兵に至るまで殺戮のみを目的としている。

 指揮官一人を倒したところで流れを堰き止めることは出来ないが、まったくの無意味ではない。

 信長の軍勢は面で敵と当たるしかないので個人を狙うのは難しいが、個人が個人を狙うのならば容易い。

 それも確たる実力を備えている者ならば尚更だ。


「頼めるか?(つーか断るなんてしねえよな。お前、俺に惚れてるんだし)」


 理屈の面でも正しく、感情面でも自分に惚れているから断れまい。

 そんなことを平気で考えている紫苑はこの地獄の中でも尚、輝く汚物だった。


「紫苑の頼みを断る理由は何処にも無い」


 微かに笑んで、アイリーンは疾走を開始した。

 紫苑の言葉通りに雑魚には目もくれずに雑兵の頭を足場にしながら跳ぶように駆けるアイリーン。

 その疾走を止められる者は誰一人として居ない。雑魚やそれなり程度の英雄では触れることすら叶わない。


「……多過ぎる」


 石突で指揮官の頭蓋を吹き飛ばし溜息を吐く。

 雑魚兵より数段強いと感じる者、明らかに指揮を執っているらしき者を重点的に殺し回っているが数が多過ぎる。

 しかも先ほど殺した関羽と張飛ほどの当たりにはまだ出会えていない。

 駄目元で集中力を研ぎ澄まし、強者の気配を感じ取ろうとするが……。


「駄目」


 フルフルと首を横に振る。

 あまりにも混沌とした空気が拡がり過ぎていて感知が出来ないのだ。

 となると地道に足で探すしかないわけだが、あまりにも効率が悪過ぎる。

 さあどうするかと近寄って来る雑魚を蹴散らしつつ考えていると……。


「ん?」


 妙な一団を発見する。これまで殺して来た兵士達は皆、ただ人を殺していただけだがその一団だけは別だった。

 彼らはどういうわけか女を拘束して何処かに運んでいるらしい。


「……尾ける」


 アイリーンの行動は速かった。

 彼らに着いて行けば大魚が釣れることを嗅ぎ取ったのだ。

 気取られないように気配を消して一団の後を追って辿り着いたのは高級ホテルだった。どうやら此処が目的地らしい。

 アイリーンは即座に女達を連れている一団を皆殺しにして、

ついでにホールの中に居た他の兵士らも目にも留まらぬ速度で屠り尽くす。


「あ、あなたは……?」


 涙で顔をぐちゃぐちゃにする女性達は皆、美しかった。

 この時点で一体何が起こっているかを察したアイリーンは怒りを燃やすも、

女達を安心させるべく怒りを押し殺してぎこちないながらも笑顔を浮かべる。


「もう、大丈夫。私はやらなきゃいけないこと、ある。あなた達は、逃げるか隠れるかして」

「あ、ありがとうございます!」

「どういたしまして」


 ホテル内に絞れば気配を感じ取ることも然程難しくはない。

 アイリーンは意識を集中させて大物が居る場所を探り――突き止める。


「一番上」


 エレベーターは動いているようだが、待っている余裕も無い。

 時間的な意味ではなく心の余裕的な意味で。

 精神衛生上、このホテルに居る大物はさっさと殺しておきたいのだ。

 アイリーンは身体をしならせて天井へ向けて槍を放つ。


「うん、良し」


 投擲された槍は六十の階層を貫いて遥か上空まで飛んで行った。

 アイリーンは即座に槍を呼び戻して貫いた天井を蹴って最上階を目指す。

 類稀なる身体能力を駆使すればエレベーターよりも早くに最上階へと辿り着くことも朝飯前。

 最上階のフロアへ降り立ったアイリーンは配置されていた兵士を排除して大物が居る場所へと足を向ける。


 辿り着いたのは宴会場と見紛うような広さのスイートルームで、室内には沢山の女達が居た。

 彼女らは皆裸で、すすり泣きがあちこちから聞こえる。

 中には行為の最中に殺されたであろう死体や、行為の後に殺されたであろう死体まで転がっている。

 この地獄を作り出したのは……。


「おい! 新しい女はまだか!? はようせんかはよう!!」


 キングサイズのベッドに腰掛ける肉の塊。

 身長三メートルはあろう髭もじゃで脂肪塗れの人だか豚だか分からない生物。

 この醜い生物こそが地獄を作り出した張本人であり、狙っていた大物である。

 豚はアイリーンに気付くことなく女を犯しながら喚き立てている――心底不愉快だ。


「……」


 漏れ出る殺気を抑えることは不可能だった。

 女としてあんな醜悪な生物を認めることはどう足掻いても出来ない。


「む……ほう、ほうほうほう! こりゃ中々の上物ではないか!!」


 殺気に気付いた豚が犯していた女を塵のように放り捨ててアイリーンに好色な視線を向ける。


「こっちに来い。可愛がってやろう……む、何だその反抗的な目つきは。無理矢理組み伏せられたいのか?

まあ、そうなった場合死んでしまっても知らんがのう……ガハハハハハハハハハハハハ!!!!」


 下卑た笑い声を上げる豚。成るほど、確かに強くはある。

 ドス黒い力が滲み出ていて、そこらの雑魚とは一線を画しているだろう。

 だが、


「――――豚は死ね」


 アイリーンからすれば他の雑魚とは誤差程度でしかない。

 近付くのも不愉快だとばかりに投擲された槍が豚の上半身を消し飛ばす。

 豚は何が起こったかも分からないまま息絶えた。

 結果、上海や他の都市に展開されていた豚――董卓の軍勢が消え去る。

 全体からすれば掠り傷程度にしかならないだろうが、十分な戦果と言えよう。


「……しっかりして」


 殺しても収まらぬ怒りを必死で抑えつつ部屋に転がっている女達を介抱するアイリーン。

 よほど酷いことをされたのだろう、かなり憔悴しているが見捨てるわけにもいかない。


「服がある人はそれを着て。無い人は……これ」


 カーテンや汚れていないシーツを引き千切って女達に手渡す。

 流石に裸のまま逃げろとは言えない、これで身体を隠せということだ。


「歩ける?」

「は、はい……」

「あの、一体何が起こってるんですか!? どうして私達がこんな目に……!」


 アイリーンに詰め寄る女達。だが、何が起こっているか知りたいのはアイリーンも同じだ。

 彼女らはいきなりギルドに招集されて中国へ向かうよう言われたのだから。

 中国からの情報はロクに入って来ないし、

手をこまねいているわけにもいかぬから急いで来たがどうしてこんなことになったのかは今を以ってしても分かっていない。


「……分からない。無責任なようだけど、後は自分でどうするか決めて」


 ホームではないアイリーンには避難場所が何処かすら分からない。

 本当に出来ることが少ないのだ。ただただ眼前の敵を屠り続けることしか出来ない。

 現地の冒険者にも会ったが彼らもこんな状況で何処に一般人を逃がせば良いかなんて分かっていなかった。

 大陸の外が安全なのは分かるが、問題はどうやってそこへ連れて行くか。八方塞とはこのことだ。


「どうするかなんて……どうしたら良いのよ!?」

「……分からない。私は敵を殺すしか出来ないから」


 こうやって相手をしている時間すら惜しい。

 このまま去ろうとするアイリーンだったが……。


「――――董卓がやられたか。昔から成長の無い男よなぁ」


 壁をブチ破って新手の敵が現れる。

 豪奢な鎧に身を包み、巨大な方天画戟を持つ筋骨隆々の武人。

 董卓ほどではないが、それでも二メートル以上の巨体から放たれる威圧感は女達を黙らせるには十分だった。


「女、お前がやったのか」

「……」

「だんまりか。暗い奴だな。まあ、奴が死のうが知ったことではないが強者との戦には興味がある」


 方天画戟の切っ先をアイリーンに向ける。

 切っ先に乗せられた殺気は直接向けられたわけではない女達の意識を刈り取るが、アイリーンには通じず。

 それどころか、


「俺の名は呂奉――――」

「知らない」


 名乗るよりも先に首を刎ねられる始末だ。

 それでも槍で首を薙ぐ際に一瞬純化状態に移行する辺り、評価はされていたのだろう。

 だが、評価はされていても三国無双はアイリーンには傷一つつけられなかった、それが事実だ。


「ふぅ……次、行こう」


 日は高く、夜は遠い。地獄の宴はまだまだ終わらない……。

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