近未来屑合戦ポンポコ 後
それは余りにも突然だった。
徳川方やタワー周辺の人間、テレビの画面越しに見ている者達にとってもいきなりとしか言い様がない。
いきなり東京タワーが崩壊したのだ。しかし、異常はそれだけではない。
普通東京タワーのような高層建築――のみならず建築物が崩壊する場合、当然のことながら瓦礫は下に落ちていく。
しかし目の前の光景は何だ? 何故瓦礫が上に落ちて行っている?
まるで天地が逆さになったかのように東京タワーの残骸は上に落ちているのだ。
だが異常はまだ続く。空に崩れ落ちた瓦礫が余りにも整いすぎている。
バラけることもなく無理矢理筒か何かに詰められているように真っ直ぐなのだ。
「――――戻った」
そう呟いたのは地上数十メートルのところまで接近していた紫苑だった。
彼は額と胸から迸る熱を確かに感じている。
俺を/おらを、呼べ/呼んでけろ――――そんな願いに応えるように高らかに叫ぶ。
「来い、信長! ジャンヌッッ!!」
地面に触れる寸前に炎のベールが紫苑を優しく包み込み空へと舞い上げる。
炎はやおら形を変え女の姿となった。
「おら御大将! 晴明からの差し入れだ!!」
地上に現れた信長は小さな小瓶をジャンヌに抱かれている紫苑に投げ渡す。
それを彼が受け取ると同時に東京タワー周辺に数万の餓鬼兵が出現。
彼らが所持する火縄の銃口は総て空で制止している東京タワーの瓦礫に向けられている。
「し、紫苑さ! 無事か!? お、おら……おらぁ……!!」
抱きついたままワンワンと涙を流すジャンヌをなだめつつ渡された小瓶を飲み干す。
すると、霞んでいた視界が一気にクリアになり途切れそうだった意識もバッチリ繋がった。
晴明謹製の薬は流石としか言い様がない効能だ。
「ああ……世話をかけた。本当に俺がくたばると見せかけるために必要なことだったんだ」
「うぅぅ……あの目玉から聞いてたけど、それでもやっぱ心配だぁ!」
「(だからその訛りを止めろ! 傷口は塞がったけどまだ痛いんだ!
お前が喋る度に俺がどれだけ腹筋に力を入れてるか分かってんの!?)」
知ったこっちゃねえ。
「すまない……おい信長、これは成功と見て良いんだな?」
「ああ。俺達を召喚出来たってことはお前さんの御仲間が上手くやったってこった」
つい数分前、関八州に六つつの流星が堕ちた。
一つは紫苑らが居た東京タワーに、四つはそれぞれとある場所に。
残る一つの行方は――――後ほど語ろう。
「そうか……流石だな、皆(糞……助かったけどアイツらが上手くやった事実が普通にムカツク……!!)」
『……ワガママだなぁ、お前って』
関八州という広域に張られた大結界、しかしその基点はたったの四つしかない。
僅か四つで大結界を張ることが出来るのだ。
それを隠すために幾つか偽の基点も用意してあったが、本物は四つ。
ゆえにその四箇所を壊してしまえば召喚は可能となる。
破壊の任を負ったのは天魔、アイリーン、雲母、アリスの純化を使える四人。
彼女らは晴明特製の結界破りの符を手に宇宙から超速で基点へと突っ込み基点を破壊。
勿論守護を任されていた敵も居たのだろうがその速度に対応出来るわけがない。
地球低軌道から推進符と加重符を纏った人間サイズの降下物が重力の後押しを受けて地上に落ちるのだ。
一体全体そんなものをどうやって止めろというのか。
幻想の存在と化したことでブーストされていても元は人間。
まず宇宙から来るという発想が無いし、あったとしても能力が追い付かない。
とまあそんな無茶をやらかした結果、
大結界は崩壊し召喚が可能となり紫苑は寸でのところで命を拾えたわけだ。
だというのに普通にムカツクとかほざくこの男が普通にムカツク。まずは感謝しろ感謝。
「さぁて……もう一人はどうかにゃー?」
ケラケラと笑う信長――その視線の先には東京タワーの残骸があった。
東京タワーをあんなザマにしたのは無論、真田幸村だ。
幻想となった彼には特異な能力が一つある。
単騎特攻に際してその能力に更なるブーストがかかるのだ。
ゆえに紫苑と信長は幸村を本命へぶつけることにした。
何せ敵は徳川家康、真田幸村がかつて単騎特攻を仕掛けた相手だ。これ以上の人選は無い。
「どうも何も結果は明白だと思うがな」
未だ浮かんだままの紫苑が周囲を見渡して小さく笑う。
当然のことながら家康はタワー内部だけでなくタワー周辺にも兵を配置していた。
しかし今はその兵隊達が欠片も見えない。
将らしき人物は居るがそれらは既に勝家や光秀に斬首されてお陀仏。
これは一体どういうことか――――家康が死んだということに他ならない。
家康という一番大きな場所に穴が開けば雑魚は諸共にその穴から零れ落ちてしまう。
名ありの者らはしがみつけても名も無き雑兵程度には数瞬足りとて耐えられない。
『出て来ないのはさぁ……』
「(ああ、十中八九晴明のせいだろうな)」
空に瓦礫が集まるという不可思議な現象は晴明の仕業だ。
幸村を家康に向けて突っ込ませることは確定事項で、
その際に傍に居るであろう紫苑を巻き込まないようにサポートする役目を担っていた。
その結果が空に瓦礫が落ちるという現象である。
「(にしても奴は何処に居るんだ……?)」
『多分成層圏ギリギリとかそこら辺じゃねえかな?』
周囲に被害をという点では結界を破壊する四人にも言えることだ。
此処と同じような現象を起こすならば全域を見渡せる方が良い。
ゆえに晴明は遥か上空に居る。
未だに降りて来ないのは更なる異常が発生しないかを見張っているからだろう。
「む! 出て来るぞ御大将」
ボコ、っと瓦礫の一部が隆起しそこに穴が開く。
そこから伸びた右腕が穴を広げて遂に全身が露になる。
「はぁ……はぁ……今、家康殺って来た、ガチで」
突発的に殺人を犯した犯罪者のような台詞を吐いたのは真田・K・幸村である。
ちなみにKはキ●ガイのKだ。
さて、そんなK幸村の片手には狸の頭部がぶら下げられている――家康だ。
首から下は既に無く、確実に絶命している。
「家康、獲ったどぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ブンブンと首を振り回して勝ち鬨を上げる幸村。
カメラにアピールしているようだが、こんなグロをお茶の間に流せば抗議待ったなしである。
というか仮にも一度天下を獲った男に対する扱いが酷い。
死体に鞭打つとかそういうレベルじゃねえ。
「よっと……!」
思う存分アピって飽きたのか狸の首を手に飛び降りる幸村。
「ジャンヌ、俺も降ろしてくれ」
「わ、分かっただ!」
地上で向かい合う二人、先に口を開いたのは幸村だった。
「まあ、成せなかったことを成してあんちゃん超えを果たしたとも言えるが……」
信之が護っていたはずの家康を見事討ち取った。
そういう意味で幸村は信之を超えたと言えるだろう。
「絵を描いたのは信長で、晴明が居なければこんなことは出来なかった――ってとこか?」
幸村は苦笑を浮かべる、まったくもってその通りだと。
「信之はまだ生きている、やるか?」
未だに東京タワーの瓦礫の中に閉じ込められているが代表的な家臣連中はまだ生きている。
真田信之は知名度こそ低いが本人の魂の質が生前から高かったのだろう――彼もまた生きている。
家康の死に引き摺られて消滅するほどヤワではないのだ。
「やらせてもらえるなら……ところでさしーちゃん、しーちゃんはどうやってあんちゃん超えをさせようとしてたの?」
大阪城で聞いた言葉、疑ってはいないがその方法が気になる。
ここで直に信之とやらせてくれるというならば結果如何によっては聞けなくなるかもしれない。
だからその前に……。
「平和が消えてしまったこの世界に再び平和が訪れるようにするのさ。
例え俺が死んでも、お前は死なずにずっとずっと戦い続けて何時の日か平和を取り戻す。
どうだ? そこまでやれば真田信之を超えたと言えるだろう?」
悪戯を成功させた子供のような笑みを浮かべる紫苑に一瞬キョトンとするが、
「っくく……アハハハハ! なあ、それペテンの類じゃない?」
すぐに堪えきれぬとばかりに幸村は手を叩いて笑った。
「何だ幸村、お前はそういうの嫌いか?」
「いいや、嫌いじゃない。そうだね、男だもんね。デカイ夢を掲げなきゃぁ♪」
とまあ、何やら良い空気が流れているが今も幸村は首を持ったままだ。
「あー……ちょっと良いか?」
「どうしたんだいノッブ!」
「お前……一応、お前の親父は俺の……まあ良いけどさ。幸村、お前と信之とやりたいんだよな?」
「やりたいやりたい! でも信玄公的な意味じゃないから!」
それは衆道を暗喩しているのだろうか? 分かり難いわ。
「いや、そういうことではなくて……どうやって信之を出すんだ?
普通に考えて、忠勝やら井伊、お前の兄貴なら出て来られるだろあそこから。
しかし出て来ない――つまりこれは出て来られないってことじゃないか?
お前にとってあの中は物理的な障害しかなかったが、
徳川方の連中にとっては霊的な束縛が課されていると思うのだが……」
信長の言葉は至極真っ当だった。
確かにそうだ。上空から落ちて来た際に幸村が狙ったのは家康だけ。
余波で多少ダメージは負ったかもしれないが、それでも絶命に至るほどではない。
なのに家臣らは出て来ない――封印か何かがされていると考えるのが自然だ。
「わざわざ俺がトドメを刺し易いようにしてくれているのだろうが……なあ?」
信長の号令があれば何時でも万の砲火で東京タワーの残骸ごと中の家臣を消滅させられる。
これは晴明の配慮なのだろうが……この空気は一体どうすれば……。
「しーちゃん?」
縋るように紫苑を見るが彼はふいっと目を逸らすだけ。
「ノッブ?」
同じようにふいっと目を逸らす。
「芋っ子ちゃん?」
「おらを馬鹿にしてんのかおめえ!?」
初対面で芋呼ばわりされることは流石のジャンヌもムカツクらしい。
「とりあえずジャンヌの炎で外側の瓦礫焼き尽くして……いや、中の奴らが蒸し焼きになるか?
(まあそれならそれで心底情けねえ二度目の死を迎えることになるわけだから俺的には文句ないがな)」
瓦礫を灰にするレベルの炎で焼けば中に居る者らもタダではすまないだろう。
兎にも角にも、四人はうーんうーんと唸って信之だけを出す方法を考える。
晴明に連絡すれば早いのだろうが生憎と成層圏辺りに居るかもしれない彼女に連絡を取る術が無い。
「(あ、でも天魔を通してならば……)」
と、思いついたその時だった。
『そなたら何をしておる』
脳内に晴明の声が響き渡る。
これはどうやら紫苑だけではなく信長や幸村にも聞こえているようだ。
「幸村、晴明に頼んで後は何とかしてもらってくれ。俺はやることがある」
「? おお、んじゃあそうさせてもらうよ」
「ジャンヌ、俺を抱えてあのヘリ……飛んでるデカイのまで近付けるか」
「よぐ分かんねえけんど分かった」
再び紫苑を抱きかかえて炎と化すジャンヌ。
主の命に従ってヘリに近付いた彼女を見てクルーがギョッと目を見開いている。
「突然失礼。少々伝えたいことがありまして」
「あ、あなたは……春風紫苑さんですよね? あの、この一連の事態は……」
戸惑いながらもマイクを向けるリポーターに倣い、カメラマンもカメラを紫苑へ。
「家康が俺を呼び出すことは読んでいたので逆手に取って仕留めました。
それより、人質について放送して欲しいんですが……これ、このまま喋って良いんでしょうか?」
変にテレビ慣れしているような振る舞いはあまり良くない。
ゆえにあくまで不慣れな感じを演出しつつ紫苑は話を進める。
「ど、どうぞ」
「ありがとうございます。えと、先ほど仲間から連絡が届きました。
東京ドームに集められていた人質は全員無事解放されたので御安心を」
最後の流星が落ちた場所こそが、東京ドーム近辺だった。
そこに同化した醍醐姉妹を送り込み制圧。
といっても家康が死んだ瞬間に雑兵は消滅したので倒すべきは何人かの将のみ。
それにしたって醍醐姉妹からすれば塵芥のようなもの。すぐに片付けられた。
「その他、幾らか徳川の将は関東各地に残っていますがそれでも千人も居ません。
特に強い連中も今は東京タワーの瓦礫に封印されていますので、
俺の仲間や、関東の冒険者の皆さんが何とかしてくれると思います」
テレビの放送を見て――否、見なくても寛厳はタワー近辺に監視の人間くらい配していただろう。
それを通して風向きが変わったことは分かったはずだ。
機を逃すほど愚かではない、確実に反撃に転じるだろう。
「とは言ってもまだ何があるかは分かりません。
避難している方は避難場所を出ず、なるべくその場の責任者の指示を仰ぐ方がよろしいかと」
命令するような口調ではなく、あくまでへりくだる。
十代のガキが偉そうにしていて良い気分をするわけがないので当然だ。
「あの……少し、よろしいでしょうか?」
紫苑が話し終えたところでリポーターが割って入る。
彼の顔は少しばかり強張っており、緊張していることが窺える。
「何でしょうか?」
「春風さんは……その、先ほど腹を切っていましたが……一連の行動や言動は総て演技、ですか?」
徳川の行動を利用したと言っていた。
となると切腹や勇気を与えてくれるような言葉は演技ということになってしまう。
だが、どうしてもそうは思えない。
あそこまで真に迫った演技があるだろうかと思ってしまう。
「俺はここで死ぬのだと、真実味を持たせるために腹を斬りました。
そうすることで企みがあることを覆い隠そうとしたんです。
まあでも、仲間が立てた策が完全に成功する保障もありませんでした。
策を立てたのが稀代の英傑織田信長とはいえ、無茶な策だしぶっつけ本番ですからね。
なので演技であり本気であるというか――って何言ってるんでしょうね俺」
困ったように頬を掻く紫苑は歳相応の少年に見える。
こうして上手く自分の気持ちを言語化出来ない風を装うことで真実味を補強。
下手に明確に言葉にしてしまうと胡散臭さが滲んでしまうから。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね? 保障も何もないままに躊躇いなくあんなことを……?」
目まぐるしく変わる状況、総てを把握しているのは事情を知る者のみ。
リポーターや多くの人間は何が起きたかも分からないまま逆転したというのが共通認識だ。
それでも分かることはある――恐らくは博打に近いことだったはずだ。
なのに紫苑は躊躇いなく己の命を死に晒した。
それは何処か恐怖を覚えることで……。
「俺は、一人じゃ何も出来ません。弱いモンスターですら倒せない。
だから皆の力を借りている。皆が最善を尽くして最上の勝利を掴もうと命を懸けてくれた。
だったら俺も命を懸けてそれに応えたい。その結果死んだとしても……。
自分の戦いから逃げずに戦い抜いたのだと誇れる。全力で生きたんだって胸を張れる。
弱くたって、しょぼくたって、自分が誇れる生き方をしたいじゃないですか」
生きることは戦い――陳腐な言葉だがそれは真理だ。
そして紫苑はそれを体現して、一瞬一瞬を悔いなく己に恥じぬように本気で生きている。
衆目の目にはそう映っただろう――それ、嘘ですよ。
「自分が誇れる生き方……」
「あの……あくまで俺がこう在りたいってだけだから……あまり気にしないでください」
臭いことを言ってしまったと恥ずかしそうに俯く紫苑。
そういうアピール要らねえから。あざと過ぎるわこの男。
さて、男の癖にあざとい馬鹿はさておき地上では……。
「よう、どうしたお前らぁ? 何をそんな忌々しげな目をしてやがるよ?」
瓦礫の中から排出された家臣らは見えない何かに縛られているかのように正座のまま微動だにしない。
彼らは皆、一様に信長に憎悪の視線を向けている。
「俺が御大将――紫苑の傍に居ることは分かってただろ?
んで俺って言えば奇襲だろう奇襲。桶狭間にゃぁお前らも居た癖に忘れたのか?」
織田信長の代名詞といえば桶狭間だ。
寡兵で大軍を打ち破った伝説の始まり――奇襲と殲滅戦こそが信長の持ち味である。
今回の戦いは正に信長らしさを活かしたものだった。
とはいっても、実際にはかなりの博打だった。
地球低軌道から目的の場所に落とすことは晴明曰く、可能。
しかし中身が無事で居られるかどうかが問題だったのだ。
同化した醍醐姉妹の糸を大量に使用してコーティング、その上から更に晴明の符で補強。
それでも尚、いけるかどうかは怪しい。
英傑真田幸村や純化を果たした他五人でも耐えられるかどうか。
誰か一人でも死ねばその時点で策はおじゃん。紫苑は地面に叩きつけられて死んでいただろう。
こうやって成功したこと自体、ある種の奇跡のようなもの。
幸村も表面上は何でもないように見えたが信長の三つ目はしっかり見抜いていた。
ああ見えて中身はボロボロ、紫苑に心配をかけさせぬよう取り繕っているだけだと。
だから幸村はすぐに出て来ることが出来なかったのだ。
紫苑が上に行ったタイミングを見計らって晴明から預かっていた薬を渡したが、
その瞬間の幸村の顔は心底安堵したようなものだった。
恐らく他の場所に居る五人も似たようなものだろう。
「んなだからあっさりと竹千代の首を獲られちまうのさ。
まあ、死んでからも無様を晒した報いだわな。やること成すことダサいんだよお前ら」
その言葉に一人の家臣が噛み付く。
「殿がこうなったのは誰のせいだと思っている!?」
「酒井か……昔は骨のある奴だと思ってたが……。猿から聞いてるよ、俺が死んだからだって?
阿呆か。俺一人が死ぬくらいで揺らぐような奴が一国の主をしている方が間違いなんだよ。
男の癖に他人に寄りかかるな! 死んでからもこんなことしやがって……糞漏らすより恥ずかしいわ!!」
信長からしても堪ったものではない。
自分という絶対の存在が死んだからといって多くが狂う。
長政との一件で既に傷になっていたのに、死んでからも似たようなことがあるなどやってられない。
「そんな惰弱な輩が創った幕府が二百年以上続くんだから……俺は頭が痛い」
ガシガシと頭を掻き毟り憤慨を露にする信長。
その怒気はいきり立っていた家康の家臣どころか、信長自身の部下すら怯えさせるものだった。
「おい! そこのへりこぷたーの! ちょっと降りて来い」
既に幸村と信之は別の場所に行かせている。
ここで一騎討ちをさせると少々邪魔だからだ。
「信長? おい、何をする気だ?(何目立ってんだテメェ……!)」
自分が今正に傍に居るヘリに語りかける信長を見て紫苑のジェラシーが燃え上がる。
「え、えーっと……春風紫苑さん、これはどうすれば……?」
「多分、何かカメラを通して伝えたいことがあるんだろうが……」
さて、よくよく考えて欲しい。
紫苑やその仲間達はあらゆる意味で特殊過ぎて感覚が麻痺しているが――織田信長だ。
日本人なら誰もが知るような英傑と言葉を交わせるチャンスがある。
誰もが飛びつくのではなかろうか? それも報道に携わる人間ならば特に。
「――――分かりました。運転手さん、信長公の言う通りに! 春風さん、少し危ないので離れていてください」
即決だった。行かないなんて選択肢は無い。
こんな状況でもジャーナリスト魂を燃え上がらせるのは、
「これが私の戦い、ですからね」
紫苑のせいだった。奴が余計なこと言ったから火をつけてしまったのだ。
「(野郎……!)ジャンヌ、俺達も下に降りるぞ!!」
「は、はい!」
信長が目立たそうとしたら速攻で邪魔してやろうと紫苑もヘリを追って下に降りる。
「おい信長、一体何をする気なんだ?」
「――――説教は後で聞く」
自分に詰め寄って来た紫苑の腹に拳を叩き込み、意識を奪う。
崩れ落ちる身体を咄嗟に抱きとめたジャンヌが信長を睨み付ける。
「おめえ何するだ!? ふざけるでねえだよ!!」
身に纏う炎がジャンヌの怒りに呼応してうねり始める。
しかし信長は微塵も怯まずに手でそれを制した。
「説教は後で聞くと言っている。お前は御大将を連れて下がってろ。
これは良い機会なのよ、誰かがやらねばならんことだ」
信長は紫苑を評価している、だが決定的な欠落があることも理解している。
春風紫苑は王の器ではない――いや、今の時代の指導者という意味では正解だろう。
しかし信長らの生きていた時代やそれより昔の王とは決定的に違う。
紫苑は英傑足る資格を有し、その背を見せることで他者に我もこう在らんと勇気を与えられる。
だがそれだけだ。こう在らんと思っても、実際に動ける人間は多くない。
ゆえに王が背を押さねばならない、俺に着いて来い――と。
紫苑は他者に生き方を強制させず、あくまで自分の意思で選ばせようと個を尊重してしまう。
その在り方も正しくはあるが、それは平時ならばと但し書きが付く。
しかし幻想回帰によって標を無くした世界では甘きが過ぎるというもの。
こうだ! こうあれ! と強く示さねばならないのだ。
「……後でおめえ燃やすだよ」
ジャンヌも信長が何を考えているか分からずとも、真剣さだけは理解した。
ゆえに後で制裁を加えると宣言してこの場から離脱。
残されたのは信長は着陸したヘリから駆け寄って来たリポーターとカメラマンに視線を向ける。
「あ、あなたが……織田信長公でしょうか?」
幻想回帰の際にその姿を見ているとはいえ、歴史上の偉人と直接向かい合う。
緊張するなという方が酷だろう。
「うむ……時にお前さん、そう固くならんでええぞ。部下ならまだしも、関係無い一般人だしな」
「い、いえそんな! 信長公を前にして……」
下手に力を抜けといってもこれでは無駄、余計に力が入るだけ。
そう判断した信長は態度を改めさせることを諦めてカメラに向かって語り始める。
「俺の声を聞く者らに問う。なあ、お前らアイツらどうするよ?」
ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべながら指差したのは拘束中の徳川家家臣団。
その問いの意味がイマイチ分からないリポーターは小首を傾げる。
「どうする……とは?」
「いや、分かるだろ? 首謀者の狸は幸村が討ち取った。
だが、奴らはまだ生きてる。江戸――東京を、お前らの街を滅茶苦茶にした連中だ。
親兄弟、子、妻、恋人、あるいは友……そんな親しい者らを徳川に殺された者らも居るだろう?
他にも人質として確保されたり、な。そんなふざけたことをした輩が今はあのザマだ」
聞く者の感情を撫で繰るような物言い。信長は一つの決断を迫ろうとしている。
「俺の仲間のおかげで、今はあれらも一般人とそう変わりはない。
殴れば痛いし、斬り付ければ血も流れる――――応報する好機ぞ?」
「お、応報って……しかしそれは……」
「それは何だ? 蹂躙され尽して黙って居るのかお前達は」
それで良いのか? それでは家畜と何ら変わりはない。
「酷いことされたー、でも英雄春風紫苑様とその仲間達が駆け付けてやっつけてくれたぞー!
――――阿呆か貴様ら? 力の有る無しではない。その性根が腐っておるのだ。
ただ助けを待つだけなど木偶にも劣る。そんなザマで生きていると言えるのか?
言えんだろう。人は輝くことが出来る……御大将はそう言っておったが、それは一握りだけよ。
真に生きておる者がこの国にどれだけおる? ああ、そりゃ結構な数は居るだろうさ。
しかし大多数がそうではない。ただただ流されるがまま。力が無い? 阿呆が、それは瑣末なことよ」
人の真価はその心の在り方で決まる――信長の持論だ。
まあ、その論法でいくと紫苑の価値は石ころにも劣るわけだが。
「力なぞ無くても、恐怖を感じながらも毅然と神々にすら喧嘩を売った男が居るだろう?
何? 元々は強い力を持っている? 戯け、二度と使えぬ力であろうが。
今の春風紫苑は一般人よりもほんの少し強い程度の力しかない。
それでも膝を折らず、痛み苦しみ悲しみ、それらを飲み込んでどうにかこうにか立っておるだけよ。
命の限りに歩みを止めず、茨の道を歩んでおるから我らは惹かれたのだ。
力を貸してやりたいと思ったんだ。頑張ってる奴に力を貸してやりたいと思うのは当然のことだろう?」
戦う意思を胸に歩もうとすること、それ自体が尊いのだ。
そしてそれは特別なことではない。誰もが持つ輝きなのだ。
「言い訳を作って己が輝きを殺して居る者らに誰が手を貸そうや?
春風紫苑がどうにかしてくれる――――馬鹿が、ガキに寄り掛かるな!!
俺らの価値観では一人前の年齢だが、この時代ではまだ子供だろう?
買い被るな。春風紫苑はなぁ、そこまで強くはねえんだよ」
天下無双の雑魚である。
「かつて俺と戦った時、紫苑は策を立てた。それは大事な仲間の命を危険に晒す非情の策だ。
成功すれば全員が生きて帰れる……結果だけを語るならば確かにそれは成功して勝利を収めた。
だがな、知ってるか? 泣いたんだよ、勝った後にな。
仲間の命が重過ぎて、自分の命を懸けるよりも辛い、怖い、震えが止まらんとなぁ」
それは自分の評価を上げるためにかました演技の一つです。
「誰も彼もがそんな子供に寄り掛かって……恥を知れ! 手前の足は飾りか? 自分で立て!」
誰かに寄生して利用しまくって生きてる奴が居る件について。
「おら、大昔の爺にここまで言われて腹が立たんのかお前ら?
俺らは違う! 根性見せてやろうとは思わんのか? 別に矢面に立って戦えとは言わん。
だが、意思を見せろ! 自分達も戦っているのだと!
生きるという戦いに真っ直ぐ向かい合っているのだと証明してみろ!!
自分達を蹂躙した阿呆共が木偶のような状態でここに居るぞ? 前に立つことすら怖いか!?
歴史に名を残す者らだからと怖気ているのか? そりゃ買い被りにもほどがある。
大昔の老害が死んでからも害悪を撒き散らしているのだ、偉大さなんぞ何処にもない!!」
信長は確かに感じていた。
煽られて煽られて、轟々と燃え始めた人々の闘争心を。
それを証明するように東京タワー跡地にぞろぞろと人が集まり出す。
「今を生きる人間の気概を、恐ろしさを……。
過去の偉人にも、神々や悪魔にも負けないと満天下に謳い上げてやれ!!!!」
集まった人々から怒号のような気炎が立ち上る。
人々の心に戦う意思を芽生えさせるのが信長の目的で、それは成功といえよう。
とはいえシチュエーションだけを見るなら集団リンチを誘発しているだけ。
熱に巻かれていない一歩退いた立場から見ればドン引きである。
「(さぁて……人間ってのは流されやすいから、これで熱はどんどん広がるだろうな。
とはいえ、御大将は怒るだろうなぁ……甘いからなぁ……嫌いじゃねえが……ん?)」
目立たぬよう隅に下がらせた紫苑らに視線を向ける信長。
そこには氷付けになって静止しているジャンヌの姿があった。
「!?」
信長が目立ち過ぎたせいで、誰の目も彼に向けられていた。
だからこそ気付けなかった――――紫苑が居ないことに。
「(やられた……!)」
誘拐記録更新である。
次からはルドルフの話になります。




