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ハルジオン~口だけ野郎一代記~  作者: 曖昧
嘘を重ね続けた末路を知る第二部
126/204

近未来屑合戦ポンポコ 前

 信長と茶々の和解から数日後の深夜、人も草木も眠る時間帯に紫苑達は外に居た。

 荒れ果てた街を見るのはもう慣れてしまったので麻衣以外はケロっとしている。


「この時間帯でも、前はもっと人が居たんだが……寂しいものだ」


 どんなDQNでもこのご時世に夜遊びをしようなんて気にはなれない。

 夜であろうとも何時モンスターの襲撃があるか分からないのだ。

 冒険者達が居る避難区域の外に出ようなどとは思えない。


「だが、そう思うからこそ何時の日か在りし日の喧騒を取り戻そうと頑張れる。違うか、紫苑よ」

「ああ、その通りだ。悲観せず、前向きに――だな(肩を組むなウゼエ)」


 励ますように紫苑の肩に腕を回すルドルフの善意に唾を吐くのは何時も通り。

 こんな状況でも変わらない何かに安心感を覚え――ない。

 そこが何処でどんな状況であろうとも屑は屑で好きになれるわけがない。


「うむ!」

「フッ……にしても、こうやって皆で夜の街を歩くって、何だかワクワクしないか?」

「そうね。そもそもこんな時間帯に出歩くことってないもの。こうなる前も紫苑お兄さんは早く寝てたし」


 現在の時刻は午前二時を少し過ぎたところ。

 美容のため基本的に紫苑は早く寝るのでこのような時間帯に起きていることはまずない。

 一緒に寝ている時はアリスもそれに合わせていたのでこんな時間に出歩くことはなかった。


「私も……よく考えればありませんね。日付が変わる前に寝てましたし。姉様はどうです?」

「私? ま、まあ……そうね……私もこの時間にはもう寝てたわ」


 夏頃に丑の刻参りをしていたのは一体誰なんでしょうね。


「うちも……起きてることはあるけど外出るっちゅーんはないなぁ」

「え、そう? 僕は結構この時間でもコンビニとか行ってたけど」

「不良?」

「失敬な。別にそんなんじゃないよ。でも夜中にお腹とか減るじゃん?」

「デブの物言いね。天魔お姉さんってば将来肉の塊になるんじゃない?」

「殺すぞ糞餓鬼。このペッタンコな身体見りゃ脂肪なんて無いって分かるだろ」


 夜だからと声量を抑える必要はない。民間人は既に避難区域に退避しているからだ。

 もし居るとすれば命も惜しくない馬鹿で、

そんな相手ならばちょっとうるさくした程度でガタガタ文句を言うこともない。


『しかしルーク喋らねえな』

「(ムッツリ陰気野郎だからな。デカイ図体でただでさえ自己主張激しいんだから沈黙で気を遣うべきだよ)」


 そうこうしているうちに八人は目的の場所へと辿り着く。


「……何や、すっごい久しぶりって感じするなぁ」


 正門の前に立ち学び舎を見上げる。

 もうとっくに冬休みは終わっているが当然のことながら学校は休校中だ。

 こんな状況で学校など開けるわけがない。

 普通の小学校、中学校、高校ならまだしも冒険者学校の人間はやるべきことがある。

 そう、力無き人々を護るために戦わねばならないのだ。

 一年生も二年生も三年生も関係ない。

 人の側に着いた子供らは魁となった紫苑の背を追うようにそれぞれの戦いをしている。


「とりあえず入りましょ」


 元旦の傷跡が色濃く残る校庭を通り抜け校舎の中に踏み入る一同。

 中は崩落の危険があるほど破壊はされておらず、割かし安全だ。

 まあ、この場に居る面子はどいつもこいつも校舎が崩れたくらいで怪我をするような可愛い人種ではないが。


「うへえ……誰だよモンスターの死体投げ入れた奴」


 廊下に転がっていた屍を見て顰め面を浮かべる天魔。

 腐敗しておりかなり臭うのだ。


「っとに、塵は塵箱だよ」

「そう言いながら外に不法投棄するのはどうなんでしょうか……」


 モンスターの死骸を受け容れてくれる懐の広いゴミ箱は居るのだろうか?

 さて、何故彼らが学校に来たのかというと――別に深い理由があるわけではない。

 ただ単純に、久しぶりに学校に行ってみようかという流れになっただけ。

 深夜なのは人目を避けるためでありそれ以上の理由はない。


「おー……うちらの教室は結構、そのまんまやなぁ」

「Aクラス……そういえば初めて来ますね」


 紗織がポツリと呟く。

 この場に居る面子で唯一Dクラスである彼女にとってAクラスの教室は未開の場所だった。


「そういえば紗織お姉さんって変装して学校来てたのよね。クラスは何処だったの?」

「Dクラスです。上手く手を抜いてなるべくAから遠いところを選んだんですよ」


 栞にバレないようにするためAクラスに近付くこともなかった紗織は物珍しそうに教室を見渡す。

 Aクラスは期待値が高く設備も他のクラスより整っておりグレードが高いのだ。


「ふむ、人の目で測るものはともかくとして数値まで誤魔化せるのか?」


 自分の席に腰掛けたルドルフが疑問を投げる。


「まあそこはそういうのを得手としている元友人が居ましたので」


 皆がそれぞれの席に座っている中、紗織だけはボッチ。

 なので栞は自分の隣に姉を招き寄せる。

 麻衣などは何気ないこの行動にちょっとした感動を覚えていた。

 和解したことは聞いていたが、こうして直に仲が良さそうな場面を見ると……ということだろう。


「カニか?」

「ええ。あれは多方面に優れていますので」


 一つ一つ、分けてみれば真っ当な能力かもしれないが、

合わさって一つの目的に使用された途端にそれは凶悪且つ傍迷惑な能力に変わる。


「加藤二乃……いや、葛西二葉だったか。奇縁だな」


 ルドルフがポツリとそう漏らす。


「カニって糞ビッチが紫苑お兄さんを狙ってるのは知ってるけど、

紗織お姉さんはどういう経緯でビッチと知り合ったの?」


 紫苑の命を狙っているという時点で殺すべき敵だ。

 お姉さんとつけることもなくビッチ呼ばわりである。


「あー……そういえばそこらは話していませんでしたね。

私、復讐のために一時期アンダーグラウンドに潜っていたんです。

冒険者同士の真剣な殺し合いをする闘技場……そこで鍛えていました」

「そんな漫画に出て来そうな場所とかってガチであるんだね」


 漫画のような、という表現は実に正しい。

 天魔が抱くようなイメージとかつて紗織が居た闘技場に差異は殆ど無い。


「はい。巧妙に隠れていますが、ある程度そっちの業界通じていれば見つけ易いんですよ」

「姉様はそこでカニと?」

「そうよ。最初は私も単独で戦ってたんだけど……ある時オーナーからカニを紹介されたの。

十歳前後の子供が大人と本気で殺し合いをするというのは良い見世物でしょう?

金になると言われてコンビを組まされたの。コンビ名は二千万ロリーズ」


 紗織は今でも疑問だった――二千万という単語が何処から来たのかが。

 ロリーズというのは童女二人だから納得出来る。

 しかし二千万という数値は一体何を意味しているのか。


「酷い」

「アイリーンお姉さん、コンビ名が酷いってこと? センスが酷いってこと?」


 どっちでも同じである。


「というか誤解なきように。私がつけたわけじゃありませんので」

「誰がつけたにしてもまるで意味が分からんけどなぁ……それで紗織ちゃんはコンビを組んで?」

「ええ、戦いました。といっても、そこの闘技場で戦ったのは二ヶ月ほどでしたが」


 アイドル選手としてドル箱になっていた昔を思い出し、ほんのちょっぴり恥ずかしくなる。

 戦い自体に恥ずべきものはない。

 しかしオーナーの意向でフリフリのドレスやマニアックな体操着、水着で戦ったことが恥ずかしいのだ。

 当時の紗織はロリコン大喜びの衣装を渡されても特に気にしていなかったが……。


「く、黒歴史ですね……」

「一体何があったんだい?」


 顔を真っ赤にして俯いてしまった紗織に小首を傾げる一同。


「(ロリコン相手に身体でも売ってたのか?)」

「枕営業?」


 アイリーンの質問が酷い、何が酷いってあの紫苑と似たような思考してるのが酷い。

 まあ、紫苑の方がより直接的でより品性下劣なわけだが。


「失敬な! 私の身体が清かったのは春風さんが証明してくれます!」


 その反論も酷い、何が酷いって紫苑のPTSDを直撃だ。

 良いぞ、もっとやれと言ってしまいたくなる。


「まあまあ姉様。それで、二ヶ月ほどの付き合いだったわけですか?」

「え? あー……いや、そんなことはないわ」


 あくまで闘技場で戦ったのが二ヶ月だけであり、カニとの付き合いはもうしばらく続く。


「当時の闘技場王者だった男を自害させてから私達はそこを出ました」

「ちょっと待って。自害って何? 何でチャンピオン自害してんのさ」

「カニが闘技場にやって来たのはその王者に勝ちたかったからだそうで……。

まあ、当時の私達二人は未熟も未熟。地力ではどうやったって王者には届きませんからね」


 だからこそ非道の一手を打ったのだと仄めかす。


「みなまで言いませんが王者の後ろ暗い過去を暴露して心を蹂躙し、

その後、王者の命よりも大事な義理の子を人質に……ね?」


 もう殆ど言ってんじゃねえか。

 紗織の言葉に麻衣やルドルフがドン引きしている。

 勿論、紫苑もポーズで顔を引き攣らせているが他の面子は酷い。

 へえ、そんなことしたんだー……ぐらいの感想しか抱いていないらしい。


「当時は私も青かったのでカニに食って掛かりましたが……。

それでも何処までも貪欲にことを成そうとする姿勢は学ぶべきだと判断して、

彼女について闘技場を出てその後、あちこち転々としてたんですよ」

「成るほどねえ……ちなみにさっき恥ずかしそうな顔をしてたのは何で?」


 蒸し返さなくても良いことを蒸し返す。

 紗織は苦い顔をするが、言わなきゃしつこく追求されるだけだと溜息を吐き己の黒歴史を明かす。


「フリフリの服を着て歌とか歌ってたんですよ」


 二千万ロリーズの曲目は百八式まであるぞ。


「闘技場で!?」


 一同から総ツッコミが入る。

 グラディエーター的なサムシングを想起させる闘技場でアイドルムーブをする意味が分からない。


「オーナーが……どちらかというとエンターテイナー気質だったといいますか……」


 オーナーのその後は知らないが、

紗織個人としてはあんな場所に居るより芸能界にでも入れば良いと思っている。


「というか私だけが恥を晒すのは不公平です! 皆さんも何か教えてください!」


 アイドル時代(笑)を思い出して軽く欝になった紗織。

 陰鬱な気分を振り払うようにお前らも恥を晒せと叫ぶ。


「恥って言われてもねえ……紫苑くんは何かある?」

『実際無いだろお前? 振る舞いは完璧だし』


 人前で恥を掻くなんて経験がめったにないだろうことは予想に難くないが、


「(そういう話用に意図して作ってあるから大丈夫だ)」


 隙があるとこを見せるのも他者から好感を抱かれる秘訣である。

 まあ、こういうシチュを想定しているという時点で痛いし恥ずかしいのだが。


「まあ、それなりに……」

「ふむ、では紫苑から発表してもらおうか」


 全員の視線が集まったところで紫苑は咳払いをして、語り出す。


「……あれは小学校三年生の時だった。

俺の祖父さんは散歩が好きで俺もよく(嫌々)着いて行っててな」


 死人を利用するのは紫苑の十八番である。


「当時は漢字の勉強にハマってて看板やら何やらの字を見ては、

祖父ちゃんあれ何? 祖父ちゃんあれってああ読むんだろ? ってドヤ顔かましてた」

「まあ可愛らしい」


 その光景を思い浮かべてホッコリする女性陣。紫苑の術中である。


「で、ある時な……祖父さんがとある看板を指差してあれ何て読む? って聞くんだ。

俺は元気良く答えた"げっきょく!" ってな。勿論違う、今ならば分かる。あれは月極だ。

性質の悪いことに祖父さんは正解を俺に教えなかった。そうそう、正解正解とニヤニヤしてた」

「卿の祖父は茶目っ気があるのだな」

「そのせいで俺は恥を掻いたんだがな。まだ続くぞ? 正解を言わなかったのはまだ良い」


 コメカミを押さえる紫苑、その顔はほんのり赤らんでおり心底恥ずかしがっているように見える。


「祖父さんは俺に嘘を教えたんだ。

"良いか紫苑、あの"げっきょく"って看板良く見るだろ?

あれは日本全国あちこちにある。もう数えるのも馬鹿らしいほどにな。

ゲッキョクコンツェルンは日本の長者番付の一位なんだ、常識だから覚えておけよ"って言われて俺は信じた。

マジか! ゲッキョクすげえな! 駐車場って必要だもんな! そりゃ牛耳ればお金持ちだ! ってな」


 クスクスと笑い声が上がる、しかしこれだけでは恥というほどではないし可愛さアピールが出来ない。


「で、俺はそれから何年か経った日に友達と遊んでる時にその話を思い出してな。

近くに看板があったから、俺はこれまたドヤ顔で説明したんだ。

すると友達の一人が"紫苑、君は一体何を言ってるんだ? あれは月極だしそもそも企業ですらないぞ"ってな。

その後、懇々と間違いを正された。馬鹿にされるならまだしも、至極真面目に知識を正された」


 両手で顔を覆い心底恥ずかしかったですぅアピール。

 普段の完璧っぷりがあるからこそ、こういうエピソードが際立つ。


「ハハハ! それは災難だったな。いやしかし安心しろ。私も日本に来た時は似たような勘違いをしてた」

「うちもうちも……いやまあ、流石に何年越しとかってのないけど……ぷぷぷ」

「わ、笑ったら失礼ですよ麻衣さん……フフフ」

「いやいや、仕方ないよ。全然紫苑くんらしくないんだもん」


 一発目としては上々で、紫苑の狙い通りの効果が得られた。


「ん、んん! さあ、俺は話したぞ? 次は誰だ?」


 赤くなった頬で誤魔化すように次を急かす紫苑。

 こうすることで更に可愛げを見せているのだ。


「よし、じゃあ次は僕が行こうか。あれは中二の時だったかな?」

「中学二年生というのがまた……如何にもな時期じゃないの」

「残念だけどアリス、そういうビョウキ的な失敗談じゃないからね」


 一応の補足を入れて天魔が語りを続ける。


「クラスの子達と海行こうってなってさ。服の下に水着を着込んで海行ったの。

ああ、ちなみに言っておくけど下着忘れたとかそういうんじゃないからね?

友達と待ち合わせた場所から電車乗って海行って……その間、どうにも変な感じがしてたんだ。

何か忘れてるなぁってね。で、結局分からないまま海に辿り着いたわけ」


 ほうほう、と全員が相槌を入れる。案外付き合いの良い奴らである。


「テンション上がって他の子らと一緒にその場で服脱いでさ。

ほら、全員下が水着だからね。で、そこで僕は気付いたんだ」


 天魔は何処か遠くを見つめ、


「――――僕、上着けるの忘れてた」


 過ちを告白する。


「当時は今よりも胸が小さくてブラなんかもしてなかったからさ。

逆に上に何かある方が不自然だったわけだ。そのせいで……真夏のビーチで堂々と晒しちゃったよ」

「大平原を?」

「(醜悪なものを?)」


 乙女の胸を醜悪なものというこの男の方が醜悪だ。


「その通りだけどお前にゃ言われたくないよアリス」

「ッフフ……それで、外道さんはどうされたんです?」

「脱ぎ捨てたシャツを速攻で拾って速攻で着てそのまま海に飛び込んだよ。

帰りは近くにあったコンビニでシャツ買って帰ったよ……いやぁ、あれは恥ずかしかった」


 紫苑ほど露骨ではないが、天魔の顔も少々赤くなっている。


「(しかしつまらねえなぁ……もうちょっとパンチあるの聞かせろよ。

例えばうっかり両親殺したーとか、うっかり姉殺しかけたーとか、

嫉妬で家族を滅茶苦茶にしたーとか、双子の兄貴の墓を暴いたーとか)」


 それはひょっとしなくても醍醐姉妹とアリスのことではなかろうか?


「ほなら次はうちかな?」

「麻衣さんの恥ずかしい話というならば初恋の方にやったという蛮行だけでも十分な気が……」

「ゆーても知らん子もおるし、かっちゅーてもう一回話したいとも思わんから別の言うよ」


 こういう場で一人だけ何も言わないというのは空気が読めていないにもほどがある。

 そこらの空気を大切にする麻衣はもう一つ、己が恥部を語り出す。


「皆……っていうか女の子組に聞きたいんやけどブラ着け始めたの幾つの時?」


 男性陣がフイっと目を逸らす。

 といっても恥ずかしがっているのはルドルフとルークだけだが。


「私は……小学校五年生くらいでした」

「私も栞と同じく。といっても、私は小学校には通っていませんでしたが」

「小学校四年生」

「僕は中三からだね」

「私は……去年から、かしら?」


 具体的に言うなら紫苑と同居し始めた辺りからである。


「いや、君は要らないでしょガチで」

「無駄」

「特注ですかアリスさん?」

「肌着だけで十分な気も……」

「うるさいわね! 今麻衣お姉さんの話でしょ!? 黙って聞きなさい!!」


 ガーッと怒りを露にするアリスだが実際、必要か必要でないかといわれれば……。


「まあ大体小学校高学年くらいよね? うちも五年生の時に初めてブラ買ったんよ。

……で、まあ……これも女の子やったら分かると思うんやけど……。

やっぱりこう、将来的にはナイスバディになりたいやん?

男の子でも筋肉をもっと! とか身長もっと! とかあるんちゃう?」

「うむ、まあ私の場合は筋肉だがその気持ちは分かるな」


 幼少の時分、ルドルフは鍛え抜かれた肉体に憧れていた。

 今は憧れにかなり近いのでそれほど渇望してはいないが、かつてはかなり焦がれていた。


「俺は……うん、背が小さかったから身長が伸びて欲しいと思ってた」

「二人は夢が叶ったんやねえ……でも、うちは叶わんかった」


 神妙な顔に変わる。


「初めてブラを買った時、将来的にどうせ大きくなると高を括ったうちはもう一つサイズの大きいのを買った」

「ちなみにお幾つでしょうか?」

「……F。そんで今もそれ、箪笥の奥で眠ってます。

買ってから一年ぐらい部屋に飾って胸が大きくなりますようにって拝んでたんやけど……フフフ」


 恥ずかしい、それは恥ずかしい。

 ブラに拝むというのも恥ずかしいが自分の胸がFになると信じて疑っていなかったことが恥ずかしい。


「まあ、あれだよ。将来そのブラ使う時が来るかもしれないじゃん?」

「目に見えてサイズが変わってないのに? しかもあれや……買ったんだが前過ぎてセンスが……」

「あー……」


 小学生が選ぶブラと高校生が選ぶブラ、当然差異は生まれる。

 歳を経るごとにセンスというのも変わっていくのだ。

 かつて麻衣が買ったものは今の麻衣にとってはちょっと……な代物なのである。


「かっちゅーても捨てるんもアレやし結局箪笥の肥やしに……ま、これがうちの恥ずかしい話や」

「ふぅん、なら次は私がいこうかしら? といっても恥ずかしいというよりは失敗談だけど」


 次に名乗りを挙げたのはアリスだった。


「まだ紫苑お兄さんに出会う前のことなんだけどね。

私、人形劇とか大好きなのよ。だからレンタルだったり通販で結構集めてたりするの。

その日も人形劇を夜通し見てたわ……それこそ全部見終わる頃には朦朧とするくらい」

「人形劇って腕に人形を着けてやるアレか?」

「他にも糸で操るのとか種類は色々あるわ……って話がずれたわね。

人形劇のおかげでインスピレーションが沸いて来たの。

朦朧としてたけどここで寝てしまうと忘れてしまいそうってことで私はルークの改造を始めたわ」


 一体ルークはこれまで何度身体を改造されているのだろうか?


「で、ボーっとしつつも改造を終わらせたは良いんだけど……」

「けど?」

「ちょっと組み上げる時にミスがあったの。

でも、それに気付かないまま私はルークを連れて買い物に出掛けて……歩いてる時にルークの首が落ちたの」


 シーンと静まり返る。


「私としたことがとんだ不手際だわ。今でも情けなくて涙が出そうよ」


 人形師としてのプライドに関わるカミングアウトなのだろうが、

これはアリス云々よりルークが恥ずかしいというか痛ましいだけの話である。


「……大変だったんですねルークさん」

「まあ、その……何だ……元気出せよ(お前はホント良い立ち位置だよ。これからもずっと不幸で居てくれよな)」

「……気にしてない」

「あれ? 私の恥ずかしい話なのに何でルークを見てるの?」


 そりゃルークが可哀想だからだよ。


「で、ではあれだ。次は私が行かせてもらおう」


 その後もルドルフ、ルーク、栞、アイリーンとそれぞれのカミングアウトが続いた。

 笑ったり突っ込んだり、平和だった学生生活を思い起こさせる時間が流れていく。

 (紫苑を除く)誰もが口にはしなかったが、

またこうやって心の底から楽しい日々に戻れるように静かに決意を固める。


「……そろそろ帰らなきゃいけないな」


 空が白み始めたところで紫苑が名残惜しげに呟く。

 仲間達もまた、少し残念そうに笑いながら頷き立ち上がる。


「なあ、その前にちょっとええかな?」

「ん? どうした麻衣」

「……折角やし、改めて決意表明で……どうかな?」


 懐から取り出したカッターナイフ――誰もがその意図を察した。


「良いな、臭いがそういうのは好きだぞ。さて、となると使う机はリーダーである紫苑のが良いと思うのだが?」

「それぞれのにってのも悪くないけど、それだと紗織ちゃんはハブになっちゃうからね」

「そうだな。なら、俺の机に書こうか。皆の気持ちを。言い出しっぺの麻衣から頼む」

「うん!」


 刃が刻むのは己の想いであり未来への希望。

 "また皆で一緒に学校に通おう!"――それは心からの願いだった。


「次、私」


 "絶対勝つ"


「次は私ですね」


 "皆さんと一緒にまたこの学び舎で笑い合いましょう"


「やっぱり……同じクラスの方が嬉しいですからね」


 "ニ学年に上がる時は、今度は私もAクラスに"


「勝って必ず帰る……ううむ、何やら不吉な感じも……」


 "勝利の凱歌を高らかに謳い、我らは必ず此処へ帰る"


「んー……まあ、こんな感じかな?」


 "神様も悪魔も全員叩きのめすよ!"


「邪魔者は殺さなきゃいけないわ」


 "私の愛を邪魔する奴は私に蹴られて死んじゃえ!"


「む」


 "日常を取り戻す"


「……俺が最後、か(おうおう俺の机ボロボロにしやがって……弁償してくれんだろうなオイ)」


 クルリとカッターナイフを回して机の中心に文字を刻む。

 刃が刻むのは偽りの想いであり総ては虚飾。

 "誰一人欠けることなく最上の未来を掴み取る"――それは純度百パーセントの嘘だった。


「――――次来るのは、平和を取り戻した時だ」


 そう告げて紫苑達は学校を後にする。

 朝焼けが眩しい通学路を歩きアジトへ戻るこの時間すら尊く思う。

 それでも歩みを止めない限り、必ず辿り着いてしまう。


「寝る前に……朝餉、ですね。姉様、用意しましょうか」

「そうね」

「あ、うちも手伝うわ。今日はうちらが当番やったし」


 というわけで残された面子は食堂で時間を潰すことに。

 天気予報とニュースの確認がてらテレビの電源を入れると……。


「何だいこれ?」

「あら、朝から動物番組なんてやってたかしら?」


 身長三メートルはあろうという巨大な狸が画面に映り込む。

 狸は質素な着物を纏っており、ひょっとしてこれは……。


『何処かでこれを見ているであろう春風紫苑に告ぐ、儂こそが東照大権現である』

「(やっぱりお前かよ。捻りがねえなぁオイ。マジ狸じゃねえかパッと見ただけで看破余裕じゃねえか)」


 変に捻りを入れるのもどうかと思うが、安直過ぎるのもどうかと思う。

 紫苑は心底白けた気持ちでテレビを見つめる。


『儂は関東数万の民を質に取っておる。この意味が分かるか?』

「(関東だけでどんだけ人間居ると思ってんだよ。人質に出来たの数万だけとか狸無能)」


 辛辣なツッコミを入れているのは紫苑だけで、

他の面子は緊張した面持ちでテレビの画面を見つめている。


『彼らを無事に解放して欲しくば……春風紫苑よ、単身で此方に来てもらおう。返答は一刻以内だ』

「(お前、俺が一刻を現代の時間に換算出来なかったらどうすんだよ。ホント無能だな狸)」


 勿論、紫苑は人質の命になぞまるで興味は無い。

 とはいえ見栄のために向かうことは決定事項である。

 後、別に紫苑が刻を換算出来なくても調べれば分かることなので無能というのは言い掛かりでしかない。


「紫苑くん、どう考えても罠だよ?」

「行っても殺されるだけだし、どの道あの狸は幻想側だから人質だって殺すかもしれないわ」


 直情的に動きそうな紫苑を止めるべく真っ先に予防線を張る二人だが、


「……家康の目的やら人柄を聞いた時から、遅かれ早かれこんなことが起こるのは分かっていた。

俺に策が無いとでも思うか? ジャンヌや茶々ならばともかく、この狸に情状酌量の余地は無い。

完全に叩き潰すつもりで策を練っていた。だからまあ、大丈夫だ。俺は行くよ」


 薄っすらと笑みを浮かべる紫苑に自己犠牲の色は見えない。

 何とかする手段が本当にあることを仲間達は感じ取っていた。


「麻衣、これで動画を取ってくれ」

「う、うん!」


 投げ渡された携帯を受け取り動画モードを起動させる。

 起動したのを確認してから紫苑は話し始めた。


「初めまして家康公、俺が春風紫苑だ。要求を呑もう、俺一人でそっちへ行くよ。

ただ、一つだけ御願いがある。俺を殺すのは良い、だがその前に少しだけあんたと顔を合わせて話がしたい。

一対一でなどとは言わん。あんたは護衛をつけてくれても良い。

人から神になったのだ、それぐらいの願いは聞き届けてくれることを祈るよ」


 動画を撮り終えると即座に鎌田に動画を送信。

 これを電波に乗せてもらえば家康にもしっかり届くだろう。


「紫苑さん、策とは?」


 策があるとは聞いたが、それでも中身を聞かないことには安心出来ない。

 代表して栞が確認を取るが紫苑は答えず信長を召喚する。


「……寝ておったのだが?」


 目を擦りながら眠そうな信長が呼び出した紫苑に抗議するが、


「家康が仕掛けて来た」

「――――真か!」


 家康との戦いが始まるということを聞くと途端に顔が輝き出す。

 悪戯をする前の子供のような、そんな楽しそうな顔だ。


「信長、俺はこれから関東へ向かうから策の中身を皆に説明してやってくれ」

「相分かった」

「じゃあ後は頼む」


 何か言いたげな仲間達に大丈夫だと笑い、紫苑は外へ出る。

 メールを送った際に車の手配を頼んでいたのだが流石に早い。

 ギルドの迎えは既に到着していた。


「(ところでさぁ……気になることあるんだよね)」


 ギルド大阪への道中、紫苑はいきなりそう切り出した。


『あん?』

「(普通あの時間帯、寝てるよね? 狸は何を考えてあの時間帯に放送したの?

テレビ局を幾つか占拠したんだろうけどさ、誰か教えてやれよ常識を。

だって一刻以内とか言ってたけど、これで俺が見たの録画されたものだったらどうするつもりだったの?

人質殺すの? 殺してまた確保するの? それともちょっとだけ殺すの?

少しでも殺されてりゃそれだけで他の人間が俺を止めるに足る理由になっちゃうじゃん。

後さ、チャンネルで大阪のローカル局とか見てたらどうすんの?

ねえ、何でそんなガバガバなことするの? 無理に現代技術を応用しようとするなよ情けねえ。

普通に使者でも寄越して返事は一刻以内で良いじゃん。どう考えてもさぁ。

大物ぶろうとして滑ってる典型的な馬鹿じゃねえか。狸は馬鹿だし狸に負けた豊臣はもっと馬鹿なの?)」


 あんまりにもあんまりな言い草。


『ガバガバでも問題ねえってことだろ。それだけの自信があるってこった』


 粗が目立ち過ぎるのは自信の表れ、それは決して間違いではないだろう。

 この日本に置いて今、最大の軍事力を持つのは誰かといえば徳川家康だ。

 現世での活動制限やらがあるにしてもその数と質は脅威である。


「(ケッ……調子に乗ってる奴はしっぺ返しを喰らうってことを知らんようだな糞狸)」


 誰が言っても良いけどお前が言うな。


『……紫苑さぁ、自信満々だけどよー』

「(あ?)」

『――――対家康用の策を考えたの信長だよね?』


 ぶっちゃけ紫苑は今回餌以外に何も役割が無い――つまり殆どニートである。

 なのに家康をディスりまくれるんだから大した面の皮だ。

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