間違いない、コイツショタコンだ! おまわりさん、こっちです!
「(いやぁ、写真で見た幼少の俺も可愛かったが生で見ると迫力ダンチだわ)」
鏡に映る紫苑は酷く困惑しているような表情だが、内心はこれだ。
何処に誰が居るか分からない現状でも演技に手を抜かない姿勢はある意味尊敬出来る。
『……命の危険が無いとお前ってホント暢気だよなぁ』
晴明がこちらを害することはないと紫苑は高を括っている。
前後の会話から見てもこれはちょっとしたお遊びのようなものであることも想像に難くない。
なのでこの男からすれば多少驚きはしたものの、
原因究明よりも何よりも先に幼い己を自賛することの方が最優先事項なのだ。
「(るっせえ。お前も何かあるだろ?)」
意訳すると「とっとと褒めろよ馬鹿爬虫類」となる。
『はいはい、とっても可愛らしいお子様だこって』
「(感情が入ってねえなぁオイ)」
無理矢理言わせといて感情もクソもないだろう。
「(チッ……それよりカッス、こりゃ一体どういうことだ?)」
こういう現象に対してカス蛇が自分よりは知識を持っているであろうことを紫苑も認めている。
なのでこうやって心底忌々しいが素直に聞いて――いやこれ素直か?
『こりゃあ……夢だな。つっても、かなり深い夢のようだが』
「(レムとノンレムみたいな?)」
『いや、そりゃあくまで脳が寝てるかどうかだろ。こっちは脳――というより肉体依存の眠りじゃねえ』
カス蛇はほぼ正確に現状を把握しているようで、それがまた癪に障る。
紫苑は上から説明をするのは好きだがされるのは好きではない。
『こりゃ魂の眠りだ。お前も経験あるはずだぜ?』
「(それって……一月眠ってたアレか?)」
『おう。つっても、あん時は瀕死だったから知覚は出来てなかっただろうが』
今回は致命の傷を負って強制的に魂が眠りに着いたわけではない。
なのでこうやって知覚出来るのだとカス蛇は笑う。
「(普通の夢とはどう違うんだ?)」
『そうだな、寝て起きると凄く心が軽くなる。他は……明晰夢と大体同じだよ。まあ、自由の幅は大きいがな』
紫苑の右腕に刻まれている蛇のタトゥーが鈍い輝きを放ち始める。
「(何をする気だ?)」
『まあ見てなって……!!』
ウネウネとタトゥーが蠢き――紫苑の腕から飛び出す。
根元は腕と繋がったままだが飛び出した部分はちゃんと厚みもあり、本物の蛇そのものだ。
「(これは……)」
『ここは魂の領域。だから、深く結び付いている俺様もこうやって自分の身体を取り戻すことが出来る』
嬉しそうに身を泳がせるカス蛇。
紫苑との同居に不満はなくても自分の身体を動かせるのは嬉しいのだろう。
『お前も、何でか子供の姿になっちゃいるが元の姿に戻れるだろうぜ。認識一つだ』
「(ふぅん……でもまあ、ショタな俺も久しぶりだしこのままで良いや)」
トイレから出た紫苑は、ぐるりと奇妙な風景を見渡す。
「(これの何処が平和な夢なんだか……)」
ストレス解消のような形で自分達を深い眠りに落としたのは分かる。
しかし、このごちゃ混ぜの薄気味悪い風景に平和というものは感じられない。
前衛芸術の世界に迷い込んだみたいだ。
『いや、多分こりゃ晴明にとって誤算だったろうぜ』
「(それはどういう――――)」
と小首を傾げた時、空から見知った影が紫苑の傍に降り立つ。
「晴明か」
「むぅ……そなたは、どうやらこれをしかりと夢であると認識しておるようだな」
若干腰を曲げて目線を合わせてくれる辺り晴明は子供好きなのかもしれない。
「ああ、気を失う……という表現が正しいかどうかは分からないが、
お前自身も平和な夢と言っていたし、何より蛇がな……これは夢だと教えてくれたんだよ」
困惑してますと眉根を寄せる。
「ふむ、そういえば彼の蛇は魂れべるでそなたに絡み付いておるのだったな。
いやしかし、それでも害意が無ければ問題ないと思っていたが……。
そうか、そうよな。そなたはこういうものを否定して今、生きておるのだったな。
その強さはある種の傲慢さでもあるが……だからこそ人らしいとも……」
わしゃわしゃと紫苑の頭を撫でる晴明に紫苑大激怒である。
「(俺のエンジェルヘアーを乱すとは何ごとか! この痴れ者め!)
で、何がどうなってんだ? どうして俺は子供の姿をしている?」
「ん? ああ……子供の姿というのは……まあ良い。最初から説明しようか」
にゅっと紫苑の両脇から手を入れ彼を抱きかかえた晴明はそのまま公園のベンチへ移動。
紫苑を抱いたまま膝の上に乗せ、若き日の思い出を語り始める――ババアの昔語りか……。
「わらわはのう、若い時分に満足のいく死というものについて考えたことがある」
「……満足のいく死、か。そんなものはあるのかな?」
「さぁのう。ただ、わらわの時代は良く人が死んでおったでな。それも皆、苦悶の表情で」
陰陽術を使って病を癒すことも出来なくはない。
しかしそれは晴明だけが使えるもので、普遍的な医術ではない。
人が総て彼女に寄りかかってしまえばそれはもう家畜と変わらなくなる。
なので晴明は一度も術で他者の病を癒したりはしなかった。
だからせめて、穏やかに最期を迎えられるようにしてやりたかったのだ。
「ゆえ、少しばかり考えてみたのよ。どうすれば安らかに逝けるのかと」
「……看取り、か。何時の時代でも考えなきゃならないことなのかもな」
「うむ。人は死と不可分ゆえな」
その中で晴明が見出したものこそがこの夢。
「それでわらわは一つの答えを出した。そなたも言っておっただろう? 憂い無き日常……と」
「……成るほど、そういうことか」
憂い無き日常、そして今の自分の姿、材料が二つ揃えば自ずと輪郭も見えて来る。
「うむ。童の頃は世界の見え方が違った。
大人達は苦しそうであっても、子らは小さな幸せを見出し明日という日を心底から望むことが出来る。
童心に還る――――まっこと上手い言葉よな。そう、曇りなき眼で明日を見つめていた童に回帰するのよ」
「子供に還り夢の中で遊びまわる……か」
「うむ。現実では一眠りではあるが、体感的にはもっと長い」
魂ごと眠りにつき童となって幸せの夢を見る。
そうしてめいっぱい楽しんでから目を覚ませば不思議と心は穏やかになるのだ。
「目を醒ますと、当然のことながら記憶は残っていない。未練になるからな。
だが、夢の中で取り戻した幸せというものは確かに心に残っている」
「それがあるから、穏やかに最期を迎えられるってわけか?」
「総てがそうなるとは限らんが、大抵はの。ゆえにそなたらを招待してみたのよ」
日々の戦いで心が荒みがちになっているのならば、
一時でも総てを忘れて子供に回帰し平和の夢を見て欲しい――晴明なりの気遣いだ。
「本来なら子に戻れば記憶も自動的に調整されるのだが……」
「俺はそうならなかったと?」
「まあの。じゃがそれも納得といえば納得よな」
懐から取り出した金太郎飴を紫苑の口元に持っていく晴明。
ひょっとしてこの大陰陽師、ショタコンのケでもあるのだろうか? 事案発生である。
「(おいおい、ババアも魅了しちまうとか罪深いな俺! だがこの可愛さなら已む無しだわ)」
こんなに可愛くない子供、世界を見渡してもそうは居ないだろう。
見た目が整っていても中身は下水のように濁りきっている。
「そなたを形成する二つの祈り。その一つこそが正にわらわのこれと同じだものな。
世界というのはどうしたって不条理で不合理で融通が利かない。
誰もが幸せになる道なぞ、それこそ頭の中にしか存在しない。だからそなたは幻を見せる」
個人の脳内でしか望むだけの幸福は得られない。
そこに閉じこもって永劫幸せな夢に溺れ続ける……ディストピア待ったなしだ。
「が、同時にそれは人の在り方ではないとも思っている。
だからこそ今のそなたが在るわけで、そんなそなたにわらわの術が通じるはずもなかったのだ。
害意は無いとしても、そなたのある種の傲慢さゆえにな」
「傲慢……(俺ほど謙虚な奴もそうはいねえよ!!)」
紫苑が謙虚だというのならば歴史上の暴君だって大概は謙虚な名君になってしまう。
「そう。夢に溺れる、確かにそれは人の在り方ではないだろう。
じゃがしかし、断固拒絶するのは逃げを赦さぬのと同義。誰もが皆、そなたのようには強くなれぬ。
そなた自身は他者にそれを強制するつもりは更々無いだろう。
だが、その背を見ていると己もこう在らねばと逃げ道を塞いでしまう者も出て来るかもしれん」
紫苑の口元に付着している金太郎飴の食べかすを拭いながら晴明が諫言を述べる。
が、どんなに真面目な話でも事案ものの体勢なので真面目に聞くのも馬鹿らしい。
「(知ったこっちゃねえよ。気分良く勘違い出来てんだから良いだろ。
逃げ道消えても酔っぱらったまま死ねるのならば幸せだろうて)俺にどうしろと?」
そも他人の生き死にになど興味はない。自分さえ良ければそれで良いのだ。
「どうしろとは言わん。ただ、そなたの光に目を焼かれて道を誤る者も居るかもしれんということだけ」
その時になって後悔しないように前以て注意をしただけ。
晴明からすればその程度の意味しか持たない。
「そうか。だが、一つ勘違いしているよ」
「勘違い?」
「俺は別に逃げを否定しているわけじゃない。逃げるのも一つの道だ。
逃げて逃げ続けても、それは足を止めているのとはまた別。だったら違う場所に辿り着けるかもしれない。
俺個人が夢への逃避を良しとしていないだけで、他人がそうすることに文句は無い。何せ前例もあるからな」
「ほう、前例とな?」
すりすりと紫苑の身体を自分の身体を擦り付ける晴明。
間違いない、コイツショタコンだ! おまわりさん、こっちです!
「邯鄲の夢――――お前の時代にも伝わっていたんじゃないか?
廬生は夢の中で栄枯盛衰を見てその果てに悟りを得た。
例え逃げ込んだ夢であろうとも見続けていればいずれは盧生のように何か答えを得るかもしれないだろ。
だったら逃げというのも悪くはない。何にせよ、自分の道を選べるのは自分だけだ」
「成るほど、それもまた道理か」
自分の道を選べるのは自分だけ、
それもまた選べぬ者にとっては傲慢に聞こえる言葉かもしれない。
だが、選択肢というのは限りなく少なくなろうとも零や一択にはならない。
ならば選べないというのも選択の一つだろう。
言葉遊びになってキリが無くなるが、それでもまあ紫苑の言うことも間違いではない。
「やはり強き者の論が多分に混じっておるがな」
「それより晴明、この景色は一体どういうことなんだ?」
「ん? ああ、安心せい。別にこれがそなたの心象というわけでもない」
もし紫苑の心象が再現されていたのならばそれは地獄よりも地獄らしい地獄になっていただろう。
まあそもそも彼の心象が誰かの手で再現されるなど天地引っ繰り返ってもあり得ないが。
「そなたらは友人同士であろ? ゆえに皆で遊ぶ方が良いかと思って夢を繋げてみたのじゃが……」
紫苑は弾かれてしまい、結果としてジャンクのようなこの場所で目を覚ますことになった。
「そなたが居たせいで中途半端に混ざってしもうたのよ。
各々の夢は繋がっていないが、ここからならばどの夢でも見られるし介入出来る。例えば……」
指で宙に四角を描く、するとそこがパカリと切り取られてテレビの画面のように変化する。
覗き込んでみるとそこは洋風の庭園のようで……。
「これは、ルドルフか?」
今よりも幼く稚気と粗暴さに溢れるミニルドルフが見知らぬ男児と一緒にチャンバラゴッコをしている。
そしてそんな彼を少し離れた場所からストーカーのように見守っているベアトリクスの姿も。
『ドイツの実家か……よく遊んだ場所ってとこかねえ。いやはや、イメージ通りだなオイ』
元気な少年、表現するならばそれだけでこと足りる。
他者がルドルフ・フォン・ジンネマンという人間に抱くイメージそのままの少年時代だ。
「……今はあれでも落ち着いてる方なんだな」
戦闘時や緊急時はともかく普段は子供っぽいルドルフ。
それでも画面の中に居る少年時代よりはかなりマシになっている。
「ゲラゲラ笑いながら窓を割っておるのう……紫苑や、あれは貴族ではなかったのか?」
「その流れを汲む血筋らしいが……まあ、反抗期ぐらい誰にでもあるだろうよ」
それでも幸せそうなのは確かなので野暮は言うまい。
現実では憂いが多く、明るく振舞っていても心の何処かに影が差し疲れが取れない。
しかし夢のルドルフは何の憂いもなく今その瞬間を楽しんでいる。
「(ま、どう見ても俺より知能指数が低いガキで何よりだぜ)他のところも見られるのか?」
「うむ、ならば次は……麻衣かの?」
指で画面をなぞるとすぐに映像が切り替わる。
何だかスマートホンを操作しているみたいだ。
「(安定して普通だなこの女。面白みも何もあったもんじゃねえ)」
見知らぬ小学校の校庭で友達とゴム跳びに興じている麻衣。
日常に戻りたいと弱音を漏らした彼女の望みはバッチリ叶えられている。
「すまないな、晴明。麻衣が一番心配だったが、これなら少しは気も紛れるだろう」
常に周りに心配をかけまいと振舞っている人間がポツリと弱音を漏らす。
それはある種の危険信号だ。
ゆえにここで麻衣のガス抜きが出来たのは僥倖といえるだろう。
「ほう……良いのか?」
意地悪な笑顔、紫苑の困った顔が見たいらしい。
「蒸し返すな、お前も。だから言っただろう? 別にこういう手段を否定しちゃいないって。
永続的にしなければ問題はないさ。俺の場合は……吹っ切れてしまえば、永続して夢を見せてしまう。
それも強制的に。意思など関係ない、そうである方が幸せだと押し付けて、な。
(ほら、これで満足かよ木乃伊BBA。ショタの俺の困った顔に萌え萌えですか?)」
御客様のニーズに御答えする紫苑ぐう有能。
まあショタコンのニーズに応えることが正しいのかといわれれば関係各所と会議するしかないのだが。
「ふふ、冗談よ冗談。からかってすまなんだ。真面目なそなたは弄り甲斐があってのう」
さらりとTシャツの下に手を滑り込ませてそのなだらかな腹部を撫ぜる。
晴明の行動がもう性犯罪者のそれにしか見えない。
『大陰陽師(痴)か』
「(ああ、大陰陽師(痴)だな)」
とまあ人蛇揃って酷い言い草だが、晴明の馬鹿にも理由はあるのだ。
知っての通り彼女は九尾の狐と人の相の子である。
しかしその力や容姿を見るに母の血の方が強いことは明白。
母の血が強いというのはどういうことか。ようは男を堕落させようとする性を持っているということ。
特に己を律し、常に誠実足らんとしているように見える紫苑などは格好の獲物。
ついつい誘惑というかアレコレしたくなっても仕方の無い――謂わば本能なのだ。
「……からかわれる方は堪ったものじゃないんだがな」
「そういうな。赦せよ」
再び画面が移り変わる。
今度はアリスの見ている夢らしく、酷くファンシーな光景が広がっていた。
「アリスのお茶会……か。本当にアイツは御伽噺のような女の子だよ」
可愛らしいデフォルメされた動物達が歌を歌い、楽器を奏でて場を盛り上げている。
アリスは楽しそうにその光景を見つめていた。
彼女の胸には何処かで見たような男の子のぬいぐるみが抱かれており、時折唇を落としている。
「(肖像権の侵害で訴えちゃろかあのクソガキ)」
「異国の御伽噺かえ?」
「ああ。つっても、あそこに居るアリス自体は日本育ちなんだがな」
紫苑はアリスの父母が何処の人間であったのかは聞いたことがない。
しかし白人ということはその顔立ちを見ていれば分かる。
異人で日本育ち、だが触れて来た文化の違いなのか時折外人のようなリアクションをすることもある。
「おかしな生い立ちよな」
日本人以外が日本に居ることが珍しかった時代の人間ならではの感想だ。
「お前の生きて居た時代からすれば、な」
「ふむ……しかし何じゃ、そなた、やけに嬉しそうではないか。あの娘に惚れておるのか?」
アリスを見る紫苑の顔が何処か優しいことに突っ込む晴明。
彼は待ってましたとばかりに善人ムーブを発動する。
「いや、正直不誠実かもしれないが彼女らと契っても男女の色恋は分からない」
「誰をも愛してる、それは誰も愛していないのと同義では?」
「別に誰も彼も好きってわけじゃない。好悪はある。ただ、好きな人は好きなだけで……男女差が分からない」
話がずれたな、と軽く咳払いする紫苑だが今の見た目はショタなのでどうにも滑稽だ。
「あそこに居るアリスと今のアリス、見た目こそ大差ないが……目がな、違うんだ」
「ほう……」
「晴明、お前の言う通りだ。子供の頃というのはやっぱり憂いが無い」
お茶会を楽しんでいるアリスは心の底からの笑顔を浮かべている。
この頃には既に両親に愛されていないと無意識に気付いていたのかもしれない。
しかし自覚が無いならばそれが表に出ることはないだろう。
だからこそあのアリスの瞳は澄んでいて、その笑顔に疵は無い。
「今のアリスも幸せそうだが、それでも一人になった瞬間、自嘲するように哂ってる。
何もかもが投げやりで、総てがどうでも良くなったように……な」
常時紫苑の傍に居られるわけではない。
彼の傍を離れている時のアリスはふとした瞬間、孤独の痛みに苛まれてしまう。
生みの親に愛されていなかったという事実が棘となって苛むのだ。
紫苑が居なければ誰にも愛されずに終わっていた。
一人で居る時、アリスは何時も有り得たかもしれない虚しい結末に想いを馳せていた。
『お前が孕ませてやりゃもっと安定するかもな(笑)』
「(死ね)だから、あんな風に純粋に笑えてる姿が感慨深くてな」
自分と居る時も曇り無い笑顔だが、
それでも自嘲の笑顔を知っているからその裏に悲しいものを感じ取ってしまう。
だけどあのアリスは違う。あれは憂いもなく幸せだけに包まれていたアリスなのだ。
「眩しいか」
「ああ、そしてそれ以上に嬉しいな(反吐が出るぜ)」
「まるで兄のような物言いよ」
からかうような晴明の言葉に苦笑を返す。
「アリスは見た目が幼いからな。自然と弟妹のように見てしまうのかもしれない」
「同い年だというのにそなたは一番老けとるのう」
「(ピッチピチだよ! テメェと違ってな!)」
精神的にという意味だよ馬鹿野郎。
「どれ、次は天魔じゃが……ありゃ何をしとるんかのう?」
「……はぁ、危ない奴だな」
混ぜるな危険、と書かれた洗剤二つを両手に持ってニヤニヤしている馬鹿が一人。
こう、危険なことに首を突っ込みたがる性なのかもしれないがパッと見は馬鹿ガキである。
『よく見れば他にも危なそうなものがゴロゴロと……花火バラして火薬を別途に詰めてんのかあれ?』
「楽しそうで何よりじゃ」
「なあ晴明」
「ん?」
「何処かの夢に介入することも出来るんだよな?」
「うむ……それがどうした?」
「なら一つ、頼みがある。俺を栞と紗織の夢に飛ばして欲しい」
「それはまた何故?」
「さっき食堂で話してる時、直接口にはしなかったが……あの二人が和解したんじゃないかって思ってな」
ぎゅうぎゅうと背中に押し付けられる胸がいい加減鬱陶しかった。
更に言うなら加齢臭が移る恐れもある。
なので紫苑としてはテキトーな理由を付けて晴明から離れたかったのだ。
「もし、そうなら……多分、勘なんだが二人も俺と同じように記憶を保ってると思うんだ」
仲が良かった頃、それはすなわち幼女時代に他ならない。
和解を果たして心は既にその頃に戻っている。
ならば夢の中で外見は幼くなろうとも記憶を保持している可能性は高い。
憂い無き幸福の時代を取り戻せたのだから。
「自惚れじゃなきゃ、きっとあの二人は俺に真っ先に自分達の和解を伝えたいんじゃないかって」
「……成るほど、これは良い機会だと?」
「ああ。頼めるか?」
「構わんぞ」
名残惜しげに紫苑を地面に手放す晴明。
彼女はすっとある方向を指差す。そちらからは梅の香りが漂って来ていた。
「じゃあ、行って来る」
晴明に別れを告げ、香りがする方向へと歩き出す紫苑。
途上でその身体を梅の花弁が覆い尽くすがそれは決して害あるものではない。
迷うことなく歩を進めて辿り着いたのは、
「……そうか、思い出の場所だと言っていたな」
紫苑も拉致られた奈良の山中である。
咲き誇る白梅と紅梅の花。紫苑は目を細めて宙に舞う花弁を掬い取る。
小さなな手の平に収まる紅と白、それこそが和解を示しているようで……。
「(心底つまんねえ。憎み合っていがみ合って、最後には後悔する結末を迎えれば良かったのに……)」
梅の香りでも隠し切れない屑臭を撒き散らしながら紫苑は目的の二人を探す。
「歌……あっちか」
童女のわらべ歌が風に乗って紫苑の耳朶を擽る。
多少幼さを感じるがその声には聞き覚えがあった。
良く似た声が二つ重なっている辺り、これは姉妹のものであると考えるのが妥当だ。
誘われるがままに紫苑は声の方角へと。
「一番はじめは一の宮」
「二は日光東照宮」
同じ顔で色違いの着物を纏ったあどけない童女が二人、楽しそうに鞠をついている。
長く艶やかな黒髪と人形のような顔立ちはシチュエーションと相まってこの世の者とは思えないほどだ。
「(まんま座敷童、あるいは呪われた日本人形だな。お札とか貼りたい衝動に駆られる)」
札を貼って退治なり浄化なりをされるべきはこの男である。
「二度と逢えない汽車の窓」
「鳴いて血を吐くほととぎす」
テーン! と一際高く鞠が舞い上がり、そのまま空に溶けて無くなる。
姉妹はまったく同じタイミングで振り返り、まったく同じタイミングで紫苑に笑いかけた。
何これジャパニーズホラー?
「来てくれたんですね」
栞と紗織の声質は酷似しているというかまったく同じだ。
呼称が違ったりタイミングがズレていたりするからこそ判別出来る。
しかし、それらの差異が無ければまったく分からないだろう。
同じ声が二重に聞こえるという気持ち悪い現象を前にして紫苑は眩暈を堪えるのに精一杯だった。
「あなたなら気付いてくれるって、思っていました」
自分達を一番見てくれていた紫苑だからこそ、
和解の空気は何となく伝わっていると姉妹も思っていた。
そして、だからこそここに来てくれるだろうことも。
『し、紫苑……俺様ちょっと怖いんだけど……』
時期的になのか、それとも別の要因なのか紗織の顔には傷が無い。
ゆえに着ている着物ぐらいでしか判断出来ないのだが……。
まったく同じ顔、まったく同じ表情、まったく同じ声でまったく同じ言葉を吐く。
着物の色が違うというのが逆に不気味だ。
「(ああ、ホラー映画を見ているようだぜ……女の童ってのがまた……)」
ジャパニーズホラー要素を加速させている。
この二人が井戸の底から這い上がって来たら百人中九十人ぐらいが悲鳴を上げるだろう。
『しかしこりゃ幾ら何でも魂の近似が……一線超えたのか?』
「(え? コイツらレズだったんですか? じゃあもう付き纏われなくて済むんですねヤッター!!)」
『そういう一線じゃねえから! 良いか? 双子とか親類ってのは魂も多少は似てるもんなんだよ』
それでも完全に同じということはない。
同じ赤色でも濃淡があるように、完全な同色というのはあり得ないのだ。
しかしカス蛇が見る限り姉妹の魂はまったく同一のものになってしまっている。
だというのに身体が二つに分かれている、こんな珍奇な現象――――
『お 前 の せ い か』
純化を果たしたことは明白、そしてその形も何となくではあるが読めた。
二つが一つと成って溶け合ったはずなのに、
紫苑という特異な存在のせいで二人に戻ってしまった。
しかしそれは前とまったく同じ形というわけではない。
カルピスとソーダを混ぜればカルピスソーダに、
それを二つに分けてもカルピスとソーダにならずカルピスソーダがニ分割されるだけ。
つまるところ今の姉妹はそのカルピスソーダなのだ。
「(何でもかんでも人のせいにする、そういうのって性根が汚い奴の特徴だよな)」
その特徴にガッチリ当て嵌まってる性根の汚い男がここに居る件について。
さて、そんな下衆を他所に姉妹はヒタヒタと紫苑に接近し両側からピタリとその身体に寄り添う。
可愛らしい男の子と女の子が仲良さげにしているというのにまるで笑えない。
「掛け替えのないあなた」
「世界で唯一のあなた」
左右交互に耳を犯される。
愛らしい声だが、それがまたより不吉さを際立たせていた。
「私達は取り戻せました」
「昔日に置いて来てしまった確かな絆を」
感謝の言葉が孕んでいるのは重苦しく、とても消化出来ない密度の愛情だった。
潤んだ瞳から流れ出す熱い雫が地面を叩く。
「……家族を、やり直せるんだな?(やべえよ、こえーよ! 何これ頭おかしくなりそうなんだけど!?)」
新手の精神攻撃と見紛うような感謝攻めに紫苑の胃壁が削られていく。
「はい、かつてのように」
「いいえ、かつて以上に」
「(この勿体ぶった気持ち悪い喋り方をどうにかしろマジで)」
絡み付く二人の吐息が紫苑の顔にかかる。
熱くて甘いそれに吐き気が止まらない。
「私は妹を愛しています」
「私は姉様を愛しています」
だって家族で、血を分け合った姉妹だから。
不幸なすれ違いはあったけれどもようやく元の形に、在るべき姿に戻れた。
そしてそれは、
「あなたのおかげです」
別の言い方をすれば紫苑の自業自得である。
「私達は幼き日に誓い合ったことを思い出せました」
「大切な大切な、約束。二人の宝物」
「それは一体?」
話の流れ的に聞かざるを得ないので渋々尋ねる。
「私達はお嫁さんになりたいんです」
「素敵な殿方と結ばれて幸せになりたいんです」
二人揃って幸せになりたい。
どちらかが不幸せなんてこと、あってはならない。
愛しい姉が、愛しい妹が、幸福になってくれねば自分も幸せになれないから。
「どうか」
再び言葉が重なり、同時に姉妹の拘束が更に強まる。
痛みは感じないが決して振り解けない。さながら絡新婦の巣に囚われてしまったかのような……。
「姉妹揃って末永く――――御傍に」
花のかんばせが綻ぶ。
童女のあどけない顔に混じる艶やかさと瞳に浮かぶ狂気の色が恐怖を掻き立てる。
『くーるー、きっとくーるー』
「(歌うな! 死ね!)」
このまま井戸の底にでも引き摺りこまれてしまえ。




