第72話 帝都陥落
タリルトリア帝国の帝都べリングラード。王宮内のとある一室で、間者の報告を聴いていた諜報部部長は、頭を痛めていた。コロラド王国の国境から後を追い、時には襲撃まで仕掛けたいた冒険者パーティを見失って二日ほど。そのパーティを発見したとの報告を、今しがた受けたところだ。しかし、”発見した場所”がおかしかったのだ。
「いくらなんでも早すぎるだろう。国境から帝都までは、どう頑張っても1ヶ月半はかかるはずだ。なのに何故、国境を越えて1週間で帝都まで来れるんだ?
パーティの中に、瞬間転移を使える奴でもいるのか?しかし、あの人数を瞬間転移させるには、魔力が足りないし、そもそも無理なはずだ。我帝国にも、瞬間転移を使えるものはいるにはいるが、術者1人しか瞬間転移出来ないと言っていた気がする。」
タケシたちヒカリに雇われ、帝都を目指している冒険者パーティは、度重なる襲撃を撃退するのが面倒臭くなり、タケシの『闇の神子』の力を駆使して、1週間で帝都の門を潜ったのだ。襲撃者を蹴散らすのは容易である。何せ、20人前後のパーティで、1国の軍隊の1師団程度なら、軽く殲滅できるほどの戦力を有しているのだ。しかし、国境を越えて1日も経っていないのに、3回も襲撃にあっては、さすがに少し疲れるし、何よりも、いちいち相手をするのが面倒臭くなったのだ。
そこで登場したのが、タケシの『闇を渡る』能力だ。この力の不便なところは、『1度術者であるタケシが訪れた事がある場所』、もしくは、『今いる場所から目で見当ている範囲』のみしか渡る事が出来ない。瞬間転移と同様に、一瞬で目的地まで飛ぶ事が出来るこの方法は、タケシにしてみれば、瞬間転移よりも使い勝手がいいのだ。『行った事がない場所』でも、目で捉えてさえれば、その場所まで『飛ぶこと』が出来るからだ。パーティ単位で使用しても、ほとんど魔力を使用しないのがメリットだった。
タケシは、パーティメンバーにいたノリコに、風の精霊を使ってメンバー全員を一度上空に上げてもらう。その後、目で捉えている一番遠い場所にある集落を目標に設定して、メンバー全員を闇に引き入れて飛んだのだ。それを何度か繰り返して、帝都を捉えることが出来たのが、飛び始めてから3日後の朝だった。帝都まで半日程度の距離まで飛ぶと、後は歩いて帝都の門を潜ったのだ。
諜報部部長は、この理解不能な現象に頭を抱えるも、襲撃の計画を練る。そして、冒険者パーティが泊まっている宿に、その日のうちに襲撃をかけるが、呆気なく撃退されてしまう。それから5日後、帝都べリングラードは、朝から騒然としていた。
ヒカリたちは、朝食後すぐさま行動に移った。間者を引き連れて、町中に散らばっていくパーティメンバーたち。彼らの仕事は、警備攪乱するための陽動作戦だ。町中に、小規模な爆発を引き起こす魔道具『爆弾紙』を貼り付けて回っているのだ。この作業は、帝都に到着した翌日から行われており、既に街の至る所に張られていた。一部は間者によって回収され、帝国魔法騎士団に解析に回されていたが、帝国内では初めて見る魔法具。紙に記されている魔方陣が、どんな効果を及ぼすのか、誰も解らなかった。「そもそも紙に書かれた魔法陣が発動するのか?」と言う疑問すらあった。
べリングラードの冒険者ギルドには、昨日のうちにヒカリが訪れ、今日これから発生する出来事については、”見て見ぬふり”としてほしいとお願いしてある。今回の事がうまく行けば、コロラド王国から、帝国内に資本を流す事が出来るからだ。目の前の事を”見て見ぬふり”をするだけで、その後に行われる”おいしい話”に1枚噛める可能性があるのだ。
タリルトリア帝国の冒険者ギルドは、資金繰りが悪化している。それは帝国全土がとても貧しく、依頼料を支払える者が少ないのだ。ギルドに依頼する場合、魔物の討伐など、命の危険のある以来ほど高額になっていく。しかし、依頼料を払える者が少なければ、当然依頼内容は、命の危険が少ない低額な依頼に偏っていく。それでは、力のあるランクの高い冒険者は、帝国に寄り付かなくなってしまう。そうなれば魔物が蹂躙し、民の生活が成り立たなくなってしまうので、ギルドが借金までして、高額の依頼を出しているのが現状なのだ。
其処に舞い込んできたのがこの話だ。帝国内でもその名が知れ渡っている『鷺宮商会』が、絡んでいる話だ。上手く事が運べば、支店開設だって夢ではない。そのため、冒険者ぢルドは、ヒカリのお願いを快く引き受けた。
帝都べリングラードは、王宮のある『本郭』、その外側に行政機関の建物がある『内郭』、貴族が暮らす『中郭』、庶民が暮らす『下郭』に分かれ、それぞれの『郭』の外側は、幅100メートルの広大な濠に囲まれた城塞都市だ。それぞれの郭を繋ぐのは、数ヶ所に設けられた橋と城門のみ。それ以外の場所から不法に入ると、問答無用で殺されるのだ。タケシと観光気分で町をぶらつき、王宮へと向かっているヒカリ。町の構造は、夜陰に紛れて『爆弾紙』を、中郭と内郭の一部に張り付けて回ったタケシから概要を聴いている。素直に正面から王城に向かうのか、危険を伴い尚且つ面倒くさい。計画遂行には、余分な戦闘は避けないといけないので、ここはサクサクと帝王のいるだろう謁見の間まで行こうと考えた。そうと決まれば、自実効あるのみ。
「タケシ、あそこまで一気に行くわよ。」
ヒカリが指を指すのは、王宮でも一際高い建物。
「さすがに人ごみで転移魔法を使うといろいろとまずいんじゃないのか?」
「私だって人ごみでは、転移魔法は使わないわ。あそこまで歩いていくわよ。でも、道すがら邪魔なものがたくさんあるから、少し掃除をしようかしら。」
そう言うとヒカリは、右手を前方にそびえる『下郭』と『中郭』を仕切る門に向けた。
「ここの町の造りはまるで『平安京』ね。濠と門によって区切られているけれど、まっすぐに王宮まで大通りが続いているのは、こういう時に役に立つわ。」
ヒカリは右手に魔力を込め、イメージを形作り、そして一言、
「空裂弾」
と小さく呟いた。ヒカリの手から放たれた目に見えない高速弾は、音を置き去りにして一直線に大通りを突き進む。空裂弾の威力は、大通りの端に並ぶ建物の外壁を、風圧のみで削り取っていくほどだ。たまたま軌道上にいた人や物を、ことごとく巻き込んで1つ目の門を突き破っていく。空裂弾は、威力が衰えることなく、さらに先にある門すら破壊していった。空裂弾は、その先の王宮の一番高い建物を破壊して、さらに奥へと進んでいった。下手をすると、反対側の外壁までも破壊しているのかもしれない。ヒカリにしてみれば、関係のないことなのだが。ヒカリは、遠くに見える王宮の建物が傾いて崩壊していく様子を、ぼんやりと眺めていた。
「少し強すぎたかしら。まあいいわ。タケシ、行きましょう。」
「まあ、どうせこれから大きな騒ぎを起こすんだから、これくらいなんとでもないか。」
タケシは、とりあえず納得すると、ヒカリの後を追って、きれいに一掃された大通りを歩いていった。トコトコと大通りを歩くこと約10分、最初の門があった場所を通過するヒカリとタケシ。多分立派な門が聳えていたのだろうが、跡形もなく更地と化していた。濠の中には、空裂弾の衝撃に巻き込まれたのか、門の近くにあったであろう建物の残骸や、巻き込まれて濠に落ちた人で埋め立てられている。助かった町人や騎士たちが、必死になって救助に当たっている横を、ヒカリとタケシは、何食わぬ顔で通り抜けていく。死人や怪我人を気にするのならば、町中で空裂弾なんかぶっ放したりはしないだろう。基本的にヒカリは、家族や仲間以外は、自身が放った魔法に誰かを巻き込もうとも、どうでもいいのだ。
貴族街に入ると、町の様相は一変していた。きれいに敷かれている石畳。整然と並ぶ街路樹。屋敷を囲む高い塀と、立派な装飾が施されている門。しかし、空裂弾が通過していった大通りに面したそれらは、通過していった衝撃で尽く破壊されており、一部の建物を巻き込み無残な姿を晒していた。
さらに歩いて王宮に辿り着く。王宮にかかる橋を渡った先で、ここに来て初めて2人は、近衛兵に取り囲まれた。逃げ道を塞ぐかのように、2重3重に2人を取り囲む近衛兵たち。
「これはお前たちがやったのか?」
近衛兵の隊長らしき男が、ヒカリに剣を突きつけて怒鳴った。
「だとしたら、どうだっていうの?捕まえてみる?それともこの場で殺す?多分どちらも、あなたたちの実力なら無理だと思うけど。」
ヒカリは、隊長の逆鱗に触れるかのように惚けた。隊長はフルフルと剣を震わしながら、怒りを込み上げていく。
「このアマが!法律なぞ関係ない。この場で切って捨てろ!」
隊長の指示で、一斉に切り付ける近衛兵たち。
「影跳躍」
その瞬間、タケシが呟いた。近衛兵たちの剣は、ヒカリとタケシに届く事はなかった。タケシが発動した闇魔法『|影跳躍(シャドウジャンプ』で、自らの剣先が、自ら胸元を貫きその場で倒れていく。そして、物言わぬ屍になった。何が起こったのか分からない近衛兵たち。
「この魔法、結構使えるな。ヒカリ。」
「今みたいに取り囲まれた時は、すごく便利でしょ。少し魔力は食われるけど、体力を使わずに敵を倒す事が出来るからね。」
ヒカリとタケシは、魔法の講釈を垂れている。
「お前たち、一体何をした!」
屍と化している仲間を見ながら、体長が吠えた。
「何をしたって、只魔法を使っただけだぞ。」
「魔法だと!?こんな魔法、俺は知らんぞ。」
「知らないのか?まあ、つい最近、ここにいるヒカリが作り出した魔法だからな。使ったのもまだ2回目だし。知らないのも無理はないか。」
何時どのような条件で、魔法が発動するのか解らないため、2の足を踏んでいる近衛兵たち。ヒカリは、そんな近衛兵なぞ露知らず、と言った感じで歩き始めた。
「邪魔だからどいてください。」
ヒカリは無詠唱で風魔法を発動すると、取り囲んでいた近衛兵が、押し出されるように壁際まで飛ばされる。ヒカリは、周りの様子など関心はないとばかりに、空裂弾が開けた道を、王宮内部へと歩いていく。
この日、たった2人の男女によって、帝都べリングラードは陥落した。帝都を機能停止にしたのは、ヒカリが放ったたった1つの風魔法だった。
後にこの事件は、吟遊詩人らの間で物語となり、全世界に語られていく事になる。
物語の題名は、『光と闇の蹂躙』
帝都べリングラードを陥落させたのが、『光の神子』と『闇の神子』と言われている。何故2人の神子が帝都を落としたのか、その理由を知る者はいない。
しかし、物語は謳う。『神子の逆鱗には触れてはならない。触れればその瞬間、全てが終わりを迎える』と。




