第70話 帝国軍の瓦解
現在、帝国が占領している町、ケルン。旧国境から程南下したコロラド王国の国境の町だったところ。ケルン駐屯師団隊長のカーテラルは、先ほどカランから来た早馬の報告に、耳を疑った。
「もう一度言ってみろ!」
「はっ!五日前、カラン包囲作戦を実行した折、コロラド王国軍の反撃にあい、将軍閣下率いるカラン攻略軍は、広範囲殲滅魔法による攻撃で全滅しました。将軍閣下以下、主な幹部は、後方のトンビ村で指揮を執っていたのですが、こちらも、殲滅魔法の攻撃で全滅しました。なお、カランに潜入している密偵から、『これらの魔法を使用したのは、たった1人の少女』だという報告が来ています。これについては、引き続き調査を行っているということです。
コロラド王国軍は、反攻作戦を展開しており、現在我が軍が占領した土地の50%を解放したとの報告も合わせてしておきます。」
王国軍は、日に日に占領された土地の奪還を成功させていた。それは、ヒカリが放ったたった2発の魔法で、帝国軍を壊滅させ、尚且つ王国側の人員は誰一人欠けずに無傷で残っていたのが反撃を加速させている要因になっていた。さらに、そんな大規模魔法を2発も放ったのに、ケロリとしているヒカリに、触発された騎士や冒険者たちが、こぞって成果を上げようと頑張っているのであった。
ヒカリは、今回の奪還作戦には参加していない。まだ試してもいない魔法がたくさんあったが、帝国軍の主力部隊をたった一人で片づけてしまい、これ以上の参加は、他の者たちの功績をイタズラに奪ってしまう可能性があったので、参加を辞退していた。もちろん参加を打診されていたのだが。
しかし、『パーティー鷺宮』からは、戦闘バカのタケシとケンジをはじめとした男性連合が参加をしており、奪還作戦の一翼を担っていた。
戦争の傷跡など一つもないカランでは、いつもの日常が始まっていた。ただ、帝国軍の来襲前と違うところは、カランの南側を除く外周に、三日月状の大きな竪穴が開いていることと、北にあったトンビ村が更地になっていることくらいだろうか。
鷺宮食堂では、いつもの日常が始まっていた。サトミとヒカリの作った料理を食べようと、カランの市民が毎日長蛇の列を作っていた。そう鷺宮食堂は、今やカラン一の名店に上り詰め、その噂は、ナリスタリア州のみならず、遠く王都ロンドリアまで轟いていた。
旅商人の間では、カランに立ち寄ったら、必ず一度は鷺宮食堂で食事をするのが当たり前になっていた。
特に人気なのが、ヒカリが気まぐれにしか作らないスープだ。
このスープが出されるのは、ランチタイムのみで、それも不定期のため、『幻のスープ』とも言われている。
ヒカリにしてみれば、ただスープに使う材料がなかなか集まらず、さらに数日煮込み続けなくてはいけないので、毎日作ることが出来ないだけなのだが。とにかくこのスープを飲むために、常連になった強者までいるほど人気の商品なのだ。
奪還作戦が始まって1ヶ月が経った。王国軍は、最後まで帝国軍が立て籠っているケルンを残すのみとなり、これを落とせば、コロラド王国から、帝国軍を殲滅することができ、長く続いた戦争を終結させることが出来る。
コロラド王国は、失った地土地を取り戻すための戦いであり、国境の先の土地には興味がなかった。しかしヒカリは、国の対応はともかく、帝国に対して何か報復処置をする予定でいた。何をするのかは、まだ決めていないが。
町を完全に包囲された帝国側は、補給路も絶たれ、自決の道しか残っていなかった。
王国軍の猛攻撃が始まった。帝国軍の攻撃で陥落してから数か月、町の城壁は、その際の攻撃であちこちが崩壊していた。そのあとの帝国軍の略奪や強姦などの野蛮行為、さらに侵攻前に住民全てが避難しており、駐屯軍が修復作業にあたるしかなかった。町の周りから人足を徴用しようとしても、町周辺の村からもすべて避難しており、1人として集めることが出来なかった。そのため、町の中どころか、周辺の村を含めたた周辺の経済がマヒ状態に陥り、物資の不足で城壁の修復が思うように進んでいなかった。
城壁の崩れた場所から王国軍は、易々と町の中に侵入していく。連日の修復作業で疲れ切っている帝国軍は、まともな戦闘が出来ずに、あちこちで戦線が瓦解していくだろう。
カーテラルの決断ひとつで、ここにいる帝国軍5000人の命が助かるのだ。
降伏か玉砕か…。
中央からの命令書では、『降伏することは許さない。帝国軍人の誇りのため、最後の一兵まで戦うべし』と書かれていた。しかし、すでに帝国側の負けが決まっているこの戦争において、いたずらに命を差し出すのも考え物だ。
今回の戦争は、カラン攻略軍が全滅した時に、全面降伏をしていなくてはいけなかったのだ。
そんなことを考えていたら、急に周りの喧騒が消えた。そして、背後に気配を感じて振り向くと、そこには、黒装束に身を包んだ一人の男が立っていた。
「ケルン駐屯軍隊長、カーテラル殿とお見受けします。」
男は、カーテラルの前まで進むと、ひざを折って礼をした。男から発せられた声は、まだ若く、成人していないように思えた。
「いかにもカーテラルは私だが、そういう君は何者かね。…、それから周りからの音が一切聞こえないのだが、これはいったいどういう絡繰りなのか、よければ聞かせもらいたいのだが。」
カーテラルは、腰にさした剣の柄を握りながら、男に問いかけた。
「私は、コロラド軍の将軍からカーテラル殿に、手紙を渡すように頼まれた者です。名前は、職業柄乗ることはできません。
こちらが、その手紙になります。」
男は立ち上がると、懐から手紙を取り出すと、カーテラルに手渡した。そのあとで、周りの音が聞こえない絡繰りを話した。
「これは、私の主が考案した魔法です。詳細については話すことが出来ませんが、今この空間には、私とカーテラル殿しかいません。
さらに言うならば、あなたが今右手で握っている剣ですが、たとえ抜いても意味はありません。」
カーテラルは、剣を抜いてみると、いつの間に抜かれたのか、柄の先には何もついていなかった。ふと男のほうを見ると、その足元には、多分この柄の先にあった剣部分が転がっていた。
「いつの間に…。」
「本日の私の用事はこれにて終了しました。私は、手紙に書かれている内容は何も知りませんが、後は、手紙に書かれている通りに行動をしてください。
それでは失礼します。」
男が消えると、部屋の外の喧騒が戻ってきた。
カーテラルは、手に持った手紙を読み、最善の決断をした。
翌日、テルミナの南門の前に、王国軍と帝国軍が対峙していた。100メートルほどの距離をとって、対峙する両軍から、それぞれのトップが軍勢の中から歩いてきて、中間地点で向かい合った。
「私は、コロラド王国カラン防衛派遣軍将軍、トーマス=クックだ。貴君がケルン駐屯軍隊長、カーテラル中将で間違いないか。」
「ああ、私がカーテラル=トリスマンだ。昨日そちらから手紙を受け取った後、軍議を開いて、わが軍の総意として伝えたいと思う。
もう既に、この戦争における勝敗は決している段階で、いたずらに命の奪い合いは、すでに無意味なことである。
手紙には、ここまで来る途中の町でも、降伏勧告を出していたそうだが、ここ以外の隊長は、勧告を無視して命の奪い合いをしたそうだな。しかし、私と、ここにいる者たちは、それを望まない。
帝国に帰れば、軍紀違反で処罰されるであろう私たちにすら、手を差し伸べようとしている王国軍に、これ以上抵抗しても無駄だと自負している。
私、カーテラル=トリスマンの名において、宣言する。我ケルン駐屯軍は、この時、この場において武装解除をし、ケルンを無血開城する。」
ケルンの無血開城とともに、長く続いた戦争は、国境での攻防戦を除いて終結した。
「ところで、将軍閣下、一つお聞きしたいことがあるのですが。」
「聞きたいこととはいったい何だね。カーテラル殿?」
「昨日、私の元に、将軍閣下の手紙を持ってきた少年は、いったい誰なのかね。」
「あの者については、私も詳しくは知らないのです。ある人物から借りているだけですので。」
「ある人物とは、…よければ教えてもらえますか?」
「それについてはお答えしましょう。噂は聞いていると思いますが、その者は、貴軍のカラン攻略軍をたった一人で壊滅させた少女です。あの時は、隣で見ていた私でも、開いた口が塞がりませんでした。」
2人はしばし歓談した。
コロラド王国と、タリルトリア帝国との国境では、帝国軍と王国軍が門を挟んで対峙していた。王国側は、冒険者を中心とした約10000、対して帝国側は、ケルンへの増援として約20000の騎士、戦力差は圧倒的なのだが、王国側には、ヒカリと同じく、無尽蔵の魔力を有するタケシをリーダーとする『パーティー鷺宮』のメンバーがいた。
タケシは、脅しのつもりで、帝国軍の軍隊の後方の土地を適当に焼き払った。さらにそびえたつ炎の壁が、帝国軍に徐々に近づいてくる。たとえ20000の兵がいようとも、門を一度に通過できるのは限られている。背後には迫りくる炎の壁、抜けた先の王国側では、冒険者たちが待ち構えている。まともな戦闘などできるはずがなく、戦闘は小一時間ほどで終了した。王国軍の圧勝という形で…。
タケシたち冒険者軍団は、国境を越えて帝国領に侵入していた。ここからは、コロラド王行軍としてはなく、ヒカリの依頼で行動しているただの冒険者パーティだ。パーティは、帝都に向けて街道を歩いていく。帝国軍は、このパーティに向けて幾度となく攻撃を仕掛けるが、ことごとく殲滅されていく。攻撃を仕掛けて殲滅されていく度に、帝国軍は瓦解していく。さらにこれを見た西側諸国が、一斉に宣戦布告をして、西側の国境線が慌ただしくなっていく。今帝国は、風前の灯火が灯っていた。帝国は、コロラド王国からの冒険者よりも、西側諸国との戦闘に軍備を回さなければならない。結果、タケシたちは、途中からは何の抵抗もなく、帝都に辿り着いた。
「簡単にたどり着けたな」
「ああ、まさか帝都に入る門でさえ、素通りできるとは思わなかった。俺たちは、この国では所謂『お尋ね者』だろ。小さな町ならともかく、ここは国の中枢である帝都だ。普通なら門を潜る事すらできにだろ。少なくとも、カランの町では、ヒカリに楯突いた者が、町の門を潜る事は出来ない。」
タケシがカランと帝都の違いを話す。「たしかに」と、他の冒険者も頷いた。カランでは、少なくともヒカリの機嫌を損ねた者が、町の門を潜ることはない。たとえそれが貴族だとしてもだ。だから、カランでは、ヒカリ…、つまり『光の神子』の機嫌を損ねるなと言う不文律が存在している。
さて、無事に帝都に潜入したタケシたち。まずは、下町にある宿屋の中で、一番いい宿を1件丸ごと抑える。そして、一番豪華な部屋のリビングに集まる面々。タケシをリーダーに据えた『パーティ鷺宮』と、タケルのパーティ『暁のトラ』のメンバー10人。あとは、ヒカリの依頼を受けた冒険者10人だ。
メンバーは壁際に並び、部屋の中の調度品を退かすと、部屋に結界を張ったタケシは、左手の薬指に嵌る指輪に魔力を送った。暫くすると、部屋の中央に魔法陣が現れる。複雑怪奇な模様と文字に彩られた魔法陣が床に浮かび上がる。魔方陣が一際輝くと、2メートルほどの空中に、同じ魔方陣が浮かび上がり、青白い光の帯で2つの魔法陣が繋がる。魔法陣が消えると、其処にはヒカリが立っていた。ヒカリは、皆の顔を一通り一瞥すると、労いの言葉をかけた。
「お疲れ様です。ここまでの行程で、何か問題がありましたか?」
ヒカリの問いに、タケシが答える。
「問題と言えば、この町に入るのにすんなりとは入れたことが問題だな。道中は、これと言った問題は起こらなかったが。」
「それは問題ですね。道中でタケシたちがとった行動で、帝国にとっては、西側諸国との戦争にまで発展してしまった。その現況たるあなたたちを、すんなりと町に引き入れたのは、何か理由でもあるのでしょうか。」
「それは解らねえが、只言える事は、町に入ってからというもの、あちこちから見張られているみたいだぜ。それが帝国の隠者なのか、または別の存在なのかは解らねえが。まあ、どっちにしろ数日中には、何かアクションを起こしてくるだろう。」
冒険者の一人が、誰かに見張られている事を告白した。他の面々も頷いていることから、既にばれているみたいだ。それを知っていて、わざわざ見逃しているみたいだ。まあ、別にこのメンバーなら何があっても問題にはならないだろう。ヒカリも隠者についてはスルーした。
「そうですね、我々に接触して来たら少し虐めてあげましょうか。それまでは、無視を決め込んでおいてください。この状況を向こうさんは、どのように捉えているのかは知りませんが、少なくとも上にいる連中は、私たちの事をバカにしているんでしょうね。」
ヒカリは、これからの作戦について話すと、「それではお願いしますね。」と労って魔方陣を潜っていった。魔方陣が霧散したのを確認すると、タケシは結界を解いた。




