第68話 カラン大結界
ケルンが、帝国軍によって蹂躙された翌日、ヒカリは、大神殿でカランを護る結界の準備をしていた。現在、ヒカリとタケシ、大神官である大岩アキヒロ、ナリスタリア州州牧のカトリア=センダレス、州宰のカカリア=ドンホーテ。それと、護衛をしている騎士数人が大神殿の奥に向かって歩いている。目的地は、結界の要である大神殿の最奥、ヒカリがいつも神事の際、禊に使っている部屋。
その部屋の中央にある『禊の泉』は、この1年と少しの間、ヒカリが常に浸かっているため、『只の水』だったモノが、正真正銘の『聖水』になってしまった。そのことを知っているのは、ヒカリ、大神官と、一部の者だけ。この事実を万民に知らせてしまえば、きっと大きな混乱になってしまうだろう。
後で調べてみた結果、各地の大神殿にある『禊の泉』も、『只の水』から『聖水』に変わってしまっていた。理由としては、『神の化身である神子が毎回浸かった泉。回数を重ねるごとに、神子様の躰から聖なる力が溢れ出し、泉の水を聖水に変化させた』というのが、6人の神子と6人の大神官の総意である。そのため、各地の大神殿にある『禊の間』は、現在、神子と大神官しか使用できないようになっている。他の者は、禊の間の隣に新たに造られた『聖浴の間』にある、禊の泉から漏れ出した聖水を溜めた池で禊をする事になっている。
ヒカリが、帝国軍と戦う決意をしたのは、帝国軍が、ケルン入場後、鷺宮商会の支店を、真っ先に攻撃し接収したからだ。理由としては、支店で扱っている魔道具だろう。
町の中に帝国軍が入場してくる前に、ケルンの住民は、一部を除いてすべて支店に設置してある転移ゲートによってカランに避難してもらっていた。店で売られていた魔道具もこちらが回収済みなので、被害はゼロに等しいのだが、転移ゲートの魔法陣を破壊するために残った支店長だけが、帝国軍に捕まってしまった。今頃、帝国軍によって拷問に遭っていると思う。
ヒカリは、鷺宮家の生活を脅かす者や、仇名す者に対しては、容赦をしない。そこには、一片の慈悲もなく、ただ、蹂躙があるのみだ。帝国軍は、支店を荒らした事と、最後まで残っていた支店長と家族を拷問により殺害してしまったのが、ヒカリに戦争の参加を決意させてしまった。
今回は、大規模な侵攻作戦での初めての事例として、国の内外に徹底的に教え込む必要性があるため、敢えてカランまでの進行を黙認しているのだ。ヒカリの力なら、ケルンを支配した翌日にでも、帝国軍を殲滅する事が可能である。これは既にカラン城主であり、この州の州牧でもあるカトリア=センダレスとの会議で決定していた。そのため、カランまでの進行ルート上のすべての町と、村の住民をすべて避難させることが決定され、ナリスタリア州に展開するすべての軍は、住民の避難を最優先に事を進めている。
意気揚々とカランまで進行してきた敵勢力を、一瞬にして殲滅することに意味があるのだ。そのための予防策として、ヒカリが今現在、カランに大規模結界を張るのだ。
ヒカリは、大神殿の最奥にある禊の間で、禊の泉に浸かりながら言霊を紡ぐ。服装は、普段神殿で使用している『光の神子』の衣装。光沢のある真っ白な和服のようなワンピースに、黒地に金糸で刺繍された帯。結い上げられた黒髪は、金細工が映える黒漆塗りの簪で留められている。この部屋で、結界を張るのは、泉の水を媒介に、カランを覆う結界を張るためだ。
ヒカリは、まず水の中に自身の魔力を溶け込ませるイメージをしながら言霊を紡いだ。
「我が名は、光の神子『鷺宮ヒカリ』
この世のすべてを統べる神々の王
龍神『光龍』の化身であり代行者
6属の化身たる大精霊よ、我が意に従い顕現せよ。」
泉の周囲にあるそれぞれの属性を現した像の上に、6体の大精霊が顕現する。大精霊は、泉に浸かるヒカリに向けて、膝をついてその場で頭を垂れた。その光景を目の前にして、この部屋にいるすべての者が、一斉に跪いた。お伽噺や絵画にしか登場していない大精霊が、目の前に顕現し、さらに膝をついて頭を垂れているのだ。これから始まることが、史上類を見ない事だと、誰もが認識した瞬間だった。その場に立ち会える自分たちは、なんと運のいい事だろうか。
「我の魔力、聖なる水と共にあり。我の魔力よ、溶け込み満たせ。
『水溶魔力陣』!」
ヒカリを中心に、泉の水面に魔力が溶け込んだ波紋が広がっていく。持続的に魔力を水に溶け込ませ、流れ続けていく。波紋はやがて円形の泉の縁まで達した。ヒカリの魔力を流し溶け込めせているのを証明するかのように、断続的に泉の水に波紋が揺れている。
「光と闇に護られし、煉獄の焔よ
天と地を貫く、紅蓮の柱よ
水が矛と成し、炎が盾と成す
我結びしは、6属の礎」
ヒカリを中心に、6色の焔が、水面を滑るように廻り、大精霊を頂点とした六芒星の魔法陣の輪郭を形づくる。
「闇夜を照らすは1筋の雷鳴、光を焦がすは金武の鉄槌
水煙の道には生者が宿り、火炎の標は死者の魂道
連綿に紡ぐは、創破の連鎖
我想いしは、6属の理
我は願う、礎と理を結びし光の道標
我は描く、12芒星の陣」
2重の円が現れ、その中に、12の頂点を持つ幾何学的な図形が現れる。その不可思議な光景を見ていた神官たちは、その美しさにしばし見とれていた。
12の頂点が、淡い光を放ち、それを頂点に、線で結ばれて魔法陣を形作っていく。大精霊のいる頂点には、白黒緑青赤黄に輝き、残りの頂点が、金銀緋紺紫橙に輝く。
「光は天を貫き、天は水を降らし、水は光に還る
闇夜を照らすは火焔の光、火焔は地を這い、地は闇を護る
光は闇を照らし、闇は光を隠す
天は地を貫き、地は天を仰ぐ
水は火を恋し、火は水を嫌う
対に成りしは、6属の剣!」
六芒星の頂点に、細身の両刃剣が現れる。
「光が火と共に在りしは生を生み、闇に水が満たす時死を誘う
天に火が墜ちる時風雷を呼び、水が地に平伏せば金魂を穿つ
闇夜に風吹き抜ければ破壊を生み、地に光が差せば創造を産む
生と死は隣に在りし、輪廻を渡る
雷刃は金属を伝い、金属は雷刃を地に還す
破壊の先に創造在り、創造は破壊を産む
対に成りしは、6属の盾」
新たに形作られた六芒星の頂点に、ホームベース型の盾が現れる。
「盾と矛を繋ぎしは、6対の楔
光と闇、天と地、水と火は別の存在、されど隣に並びし一つの存在
6対の楔は、天地を貫き、堅固の檻と成す」
聖水の上に描かれていた魔方陣がせり上がり、空中にもう一つの魔法陣を描いた。6つの盾と矛は、それぞれ2つに別れて、空中と聖水の魔法陣の12芒星の頂点に突き刺さり取り込まれていく。ヒカリの口から、さらに紡がれていく言霊。
「言霊に護られ、言霊を護りし幾千幾万の言の葉よ
古に失いし古代魔法文字
新しき生まれし新代魔法文字
ともに護り護られ阿多なる言霊となりて、魔法陣の糧となれ」
2重の円の間に、古代魔法文字と新代魔法文字が重なり合いながら不可思議な魔法文字を刻んでいく。古代魔法文字でもなく、新代魔法文字でもない全く新しい魔法文字が刻まれる。
すると、ヒカリの周りに、2属6対の盾と矛が現れ、作り出す環が輝き始める。ヒカリはさらに魔力を注いで、魔方陣を大きくするため、言霊を紡いでいく。
「光は闇に還り、闇は光を照らす
天地は水火を漣に還し、雷金は創破を駆け抜ける
生死は光と闇を恋し、煙の糧となる
『拡散の狼煙』!」
ヒカリを中心に、白く淡い光を放つ煙が、同心円状に広がっていく。
「狼煙は、彼の地を覆い堅固の鎖となれ」
煙は、カランの町の城壁を超え、1キロほど進んだところで止まり、淡い光の膜となって円を描きながら、カランの町をすっぽりと覆った。
「我に集い彼の地に散れ、12属の眷属」
ヒカリを中心に、12の方角に干支の12支が現れ、水を伝って散らばっていく。ヒカリにとって、12の数を持ち、イメージしやすかったのが、干支だっただけであり、これについては大きな意味はない。
「12の眷属は、永劫に時を廻り、輪廻を刻む加護の檻
時は過去より誘い、現在を紡ぐ
未来は現在を憂い、現在は未来を安護する
『時の礎』!」
干支の姿でカランの外で待機していた眷属が、それぞれ、大地の中に潜り溶け込んだ。その瞬間、その場所から、天に向かって12本の光の柱が出現した。
「時の計りは、龍脈を糧に刻み、永劫の流れと契約する
光と闇、天と地、水と火よ、災いを絶ち、憂いを払え
『契約加護永続結界』!」
ヒカリが、発動キーを唱えた瞬間、神殿から極太の光の柱が出現して、上空で12本の光の筋に変わる。光の筋は、先に出現していたヒカリの柱に吸い込まれ、カランの上空に魔法陣を刻んだ。その後魔方陣は、光の雲となってカランの町に光の雨を降らせた。この光景を目撃したカランの住民は、天空に広がる不可思議な光景を、空を見上げて立ち尽くしていた。光の雨は、町中に降り注ぎ、雨は大地に溶け込んでいく。
水の中から出たヒカリは、魔力を使い果たしその場で倒れ気を失った。倒れる瞬間に、タケシがヒカリを支えていた。そして、一言。
「ご苦労さん、…ヒカリ。ゆっくりと眠れ。」
その言葉は、慈愛に満ちていた。
「タケシ様、ヒカリ様は大丈夫でしょうか?」
倒れて気を失ったヒカリを、大神官が心配してタケシに声をかけた。タケシは、ヒカリをお姫様抱っこして大神官の問いに答える。
「ああ。大丈夫だ。ただの魔力の使い過ぎがから、1日安静にしていれば復活する。大神官様、神殿内に部屋を用意してくれませんか。」
「はい、ヒカリ様が、神事で神殿にお泊りになる際の部屋に、ご案内致します。こちらにどうぞ。」
大神官の後に続いて部屋まで歩いていった。
ヒカリが結界をカランの町に張り巡らした翌日、帝国軍の先遣隊が、カランに到着した。今までカランまでの道中の町や村には、既に避難した後なのか、誰一人としていなかった。楽しい事をお預けにされている先遣隊の面々は、既に限界を迎えていた。そして、やっと籠城作戦で、城門を封鎖しているカランがあったのだ。
「隊長、本体が来る前にあの街を俺たちで落として、楽しみましょううや。」
「そうだな、実は俺も限界なんだ。早速準備を始めよう。」
そこに、斥候からの情報を持った参謀が口を挟んだ。
「しかしですな、隊長。斥候からの情報によると、どうもあの町全体に、結界が張られているみたいですぞ。まずは、それを何とかしないと、町の中にすら入れません。」
「結界か、そんなもの、要になっているモノを破壊すれば、どうとでもできる存在だろう。」
「はい、それは確かにそうですが、この結界、斥候の報告では、あの有名な『光の神子』が張ったものらしいです。なので、何を要にしているのかも、皆目見当が付きません。」
結界を張るには、中心に要になるモノを置き、外側に数ヶ所要となるモノを置く。これに術者の魔力を流し込むことによって、結界を発動させる。この法則は、誰が結界を張っても同じで、ヒカリが張った結界も例に漏れていなかった。ただし、一般の魔導士が張る結界は、要となるモノが、魔導石と呼ばれる魔力を込めた石であることが多い。ましてや、町ひとつ丸ごと結界で覆うなどという事は、術者の魔力量から不可能なのだ。何人かで行えば可能なのだが、その場合は、その場を移動する事が出来なくなる。そのため、狙われたら最後である。
ヒカリが発動した結界の要となっているのは、ヒカリ自身の魔力で作り出した6つの盾と矛。これは、結界の中心である禊の間に設置した、魔法陣とともにある。そして、町の外に配置した12の眷属。さらにこれらを未来永劫発動させるために、龍脈を糧に動かす時の魔法陣。これには、結界が仮に欠損した際、自動で修復する魔法が組み込まれている。
つまり、結界を発動した際に使った魔力以外は、龍脈を流れるエネルギーを使って、永遠に発動し続けるのだ。それこそ、ヒカリが解除するか、ヒカリよりも大きな力を使える者が解除するしか、結界がなくなることはない。
現にヒカリですら、魔力を使い果たしてしまったのだ。ヒカリの魔力量は、一般の魔導士数百人分に相当する。他の神子ですら、魔導士100人分ほどの魔力量しかないが、それでも規格外の魔力量である。
その結果、先遣隊は、カランに入ることはおろか、結界に傷をつける事も出来なかった。




