第38話 鷺宮雑貨店の日常
朝5時。鷺宮雑貨店の扉が開くのと同時に、冒険者たちが店の中に雪崩れ込んでくる。彼らの目的は、前日の夕方に受けてきた依頼の成功確率と、生存確率を高めるための魔法具と魔法薬を買いうために来ているのだ。
「サリュースちゃん、いつもの3セットとA級の魔法薬を1つ頂戴!」
「は~い、コウサさん、ちょっと待っててください!
其方の方は、合計で銀貨15枚と鉄貨50枚ですね。はい、たしかに受け取りました。これが商品です。お気をつけて!
お待たせしましたコウサさん。おはようございます。いつものセットが3つとA級魔法薬1つでしたね。合計で金貨2枚と銀貨50枚です。今日はたくさん購入しますね。それにA級まで購入するなんて、何か危ない依頼でも受けたんですか?」
「ああ、少し離れたところにいる魔物の退治を請け負ってな。そいつがちょっと手強い相手なんだ。A級のは、ただのお守りさ。2~3日留守にする予定だ。サリュースちゃん、これが代金だ。」
「確かに受け取りました。それではお気をつけて。」
「ああ、また元気な顔を出せるように頑張ってくる。ヒカリちゃんにもよろしく言っておいてくれ。」
サリュースが、コウサの相手をしている頃、雑貨店の入り口付近に、この店には始めて来たのだろうと思われる冒険者が数人いた。大盛況の店内に、二の足を踏んでいるようだ。それを見つけたキノエが、駆け寄ってくる。
「おはようございます。当店に何か御用ですか?」
店員から声をかけられたのを驚きながらも、冒険者の一人が要件を伝える。
「昨日の夜、この町のギルドで依頼を受けたんだが、生憎、魔法薬をすべて切らしてしまってな。ギルドで魔法薬を売っている店を聞いたら、朝5時から開いているここがいいと言われてな。なんせ俺たちは、カランに来るのは初めてなんでな。」
「当店をご利用いただき、ありがとうございます。ちなみにどのようなご依頼をお受けになられたのですか?」
「依頼か?ポセンチアという水辺に棲むB級の魔物の退治だが、お嬢ちゃんに言っても解るのか?」
「ポセンチアの退治ですか。あれは湖や沼を住処に、4~6匹の群れで行動している魔物ですね。ちなみに、お客様の魔法属性は、何ですか?それと魔法の錬度も、出来ればお教え下さい。」
「そんなの聴いてどうするんだ?」
ポセンチアという魔物の情報を知っているのも驚きだが、どうしてそこに魔法の属性が関係あるのかが、気になる。
「当店の魔法具の中には、属性を補助してくれる魔法具も、たくさん取り揃えてございます。それに今回は、水の上もしくは水の中で戦わなくてはいけません。なので魔法の属性によって、お勧めする商品が違います。」
キノエは、冒険者の疑問を、いやな顔を見せずに答えていく。
「そういう事か!俺は、火と水、こいつが風、その隣が風と水、最後に一人が水と地だ。全員錬度は、中の上と言ったところだ。」
「それでは、店内にお入りください。おすすめの商品をご案内いたします。」
キノエは、この情報をもとに、脳内でおすすめの商品を検索する。
「まずは、魔法薬ですが、こちらの商品は、水の中でも使用できるようにしたものです。お値段は、同じ効能の魔法薬に比べて、少々高めに設定してありますが、水中での戦闘を想定しておられるのでしたら、ご購入をお勧めします。
風属性の方がパーティにおられるので、水中でも息をすることが出来る、こちらの商品をお勧めします。
あと、こちらの『闇の革袋』をここに来られた冒険者の方には、全員お勧めしております。ポセンチアは、1匹1匹の体重が500キロ前後で、体長も5~10メートルと、大型の魔物に分類されていますので、あとで素材等を持ち帰る際、これを使用すれば、1匹丸ごと持ち帰ることが出来る商品です。袋の中に入れれる量は、大きさに比例していますので、冒険者の方ならば、一番大きな袋をお勧めしております。
おすすめした商品をすべてご購入しますと、代金が金貨60枚になりますが、どうなされますか?」
店内を案内しながら、魔物との属性を鑑みて商品を勧めていく能力。さらに合計金額も、その場で計算する能力に、冒険者の男は、驚きを隠せなかった。
「勧めてもらった商品を、人数分すべてくれ!代金は小切手でも構わないか?」
「はい、小切手ですね。では、こちらまでお越しください。商品をすぎに準備いたします。」
キノエは、冒険者たちを店の一角にあるカウンターに案内する。程なくして、梱包された商品をもって、カウンター越しに立つと、商品の確認を始めた。
「こちらが今回ご購入いただいた商品です。ご確認をお願いします。代金はまとめてお支払いしますか?個人別々にお支払ですか?」
「別々にしてくれ。」
「畏まりました。では、こちらが小切手になります。お客様のお名前と、ギルドカードの番号のご記入をお願いします。」
キノエは、金額の書かれた小切手を、全員分カウンターの上に並べた。
「商品の代金は、後ほどお客様の口座にご請求いたします。本日は、鷺宮雑貨店をご利用いただき、ありがとうございました。それではお気をつけていってらしてください。」
サリュースたちが働き始めて2ヶ月が経過していた。はじめのうちは、ヒカリも一緒に店先に出ていたが、彼女らが商品の場所と値段を覚えてからは、ヒカリは、朝の時間帯は、彼女たちに任せるようになっていた。
彼女らは、ヒカリから『魔物大全』を借りて、魔物の事を暇を見つけては勉強していた。魔物によっては、お勧めできる商品が違ってくるのだ。それは何時しか、ギルドの職員よりも、魔物の事が詳しくなっていた。魔物に出会ったことはほとんどないが、カランの周辺に生息している魔物ならば、脳内検索をして、すぐに特徴を言えるまでになっていた。
特に、サリュースは、いつも来てくれる冒険者の顔と名前、それとよく購入する商品の一覧を完璧に覚え、店内では、リーダー的な存在になっていた。コウサのように、『いつものやつをくれ』と注文を受ければ、他事をやりながらも、商品を集めて梱包していくという離れ業までやってのける。
もちろんマナシアとキノエも黙って指を咥えている子ではない。サリュースに追い付け追い越せとばかりに、精力的に頑張り、早朝の一番忙しい時間帯は、3人で殺到する冒険者を捌いていた。
店の裏の工房では、どんどん捌かれていく商品を補充するため、エリンシアとサラは、魔法具と魔法薬を大量生産していた。もちろん手を抜く事は出来ない。手を抜いたことが解れば、ヒカリからの説教を受けることになるからだ。ヒカリにまで報告がいかなくても、サリュースには、一目で手抜き品を見破られるため、必然的に手を抜くことが出来なかった。
朝の喧騒が一段落したころ、ヒカリが店先に顔を出す。
「お疲れさま、朝食の準備は出来ているから、いつものように休憩がてら食べてきなさい。」
「は~い、それではお先に失礼します。」
マナシアとキノエが先に朝食をとるため、店先を離れた。それを背中で見送ると、ヒカリは、朝の報告を聞く。
「サリュース、いつもありがとう。何か報告するようなことはありましたか?」
「ヒカリさん。これと言った事件や事故はありません。初見のお客様も何人かお見えになっていました。
お客さん同士、軽い口喧嘩はいつものようにありましたが、暴力沙汰を起こすお客さんはいませんでした。まあ、そんな事をすれば、二度とこの雑貨店どころか、隣の食堂すら出入りできなくなるのは、周知の事実になっていますので。
あと、コウサさんが、ヒカリさんの顔が見たいと仰っていました。今度暇な時にでも、お店に顔を出してください。」
「コウサさんというと、サリュースのお得意さんだね。じゃあ今度暇な時にでもお店の方に顔を出すよ。」
「コウサさんは、2~3日カランにはいないようですよ。何かとても強い魔物の退治に出かけられたみたいです。」
「いい素材が手に入ったら、いつものように売りに来るかもしれないわね。」
30分ほどたった頃、マナシアとキノエが店に戻ってきた。
「じゃあ、マナシア、キノエ。午前中の店番よろしく。」
「「はい。」」
ヒカリとサリュースは、店先を後にした。サリュースは、朝食後に鷺宮商会の経理を担当しているため、午前中は店には出ずに、ヒカリの元で帳簿管理の仕事をするのだ。
昼からは、ゆっくりと買い物をする客で店は賑わっている。夕方5時に閉店するまで、店から客がいなくなることはない。こうして鷺宮雑貨店の1日は過ぎていくのだ。




