亡国の王女
ある 一室にて 幼さを脱ぎ捨てようとしている 少女が、ソファーに腰かけていた。
近くにある ベッドには、目の虚ろな美女が天井を見上げている。
少女は、このギオーレ王国の王女―――リリアン。
女性は、少女の母であり 王の唯一の妃―――ミリアムだ。
リリアンは、時折 子供のように笑い出す母を心配しながら 目をつむる。
外からは、目に見えない 精霊達の嘆きが聞こえてきていた。
おそらく 主を失ってしまったらしい。
精霊とは、加護者を想う気持ちで 守る存在。
時には、他者を攻撃したり 守る為 密偵する。
加護者を失った 精霊は、新たな主を見つけなければ 闇に生まれ変わってしまう。
想う気持ちが、大きければ大きいほど 闇に変わりやすく 世界を呪うようになるのだ。
[悲しみに囚われないで。あなた達は、大丈夫。主を守っていた心を忘れてはだめよ]リリアンは、古語で精霊に話しかける。
この声が 彼らに届くかはわからない。
けれど 何もしないよりは、マシだと思ったのだ。
そして 気配が消えたのを確認して 息をつく。
城の中には、もう 自ら志願した者達しか残っていない。
みんな 無事に国外に逃げ延びているはずだ。
戦いが不利なことは、見るからにわかっていたこと。
だから リリアンは、王達が先陣を切っていくのを見届けると同時に 民に呼びかけた―――この戦いに勝利はないことを。
度重なる戦に疲れ果てていた 民を守るには、危険と隣り合わせだったが 逃がすしか生き残る可能性は低かったからだ。
本当は、戦地に向かった人達も 止めたかった。
けれど それは、どうしても 叶わなかったことが今でも悔しい。
そこへ ノックの音が聞こえた。
入っても良いと返事すると 幼い頃から仕えてくれている 乳母が、入ってきた。
「姫様………先ほど 外からの伝令がありまして プルトン王とその配下の者達が、参ったとのことです」
乳母の言葉に リリアンは、ロザリオを握りしめ 瞳を開ける。
「わかりました。準備しますので………お待ちしていただくよう お待ちいただいてください」リリアンは、静かに言う。
乳母は、その言葉を聞き 頭を下げながら下がる。
けれど リリアンは、いつまで経っても 立ち上がろうとはしなかった。
ただ 考え込んでいるだけだ。
「野蛮な男の言いなりになど 絶対にならないわ。
王族としての運命……国が終わるのならば 共に 散るべきなんだもの」
リリアンは、そう言って 母を見つめる。
リリアンの母―――ミレアム妃は、リリアンの物心がついた頃から ベッドでの生活を余儀なくされていた。
何が原因なのか リリアンは知らない。
ただ 知らされているのは、母が心を病んでいるということだけ。
故に リリアンと2歳違いの弟2人は、母のぬくもりを知らず 乳母に育てられた。
どんなに大きな声で心を込めた 言葉をかけても 母は、答えてくれない。
いつも 目に見えない 遠い場所を見つめ 何かに悲しんでいる。
母の心にあるのは、自分達ではないのだから。
リリアンは、父と弟達の死を知って 泣くことはなかった。
真っ先に 頭に浮かんだことは、彼らの死を嘆くことではなかったのでから。
自分にできること―――それは、王族の責任だと確信していた。
「お母様………あなたを1人にはさせません。ご一緒にしますから。ですから これ以上 悲しみに囚われないでください」
リリアンは、答えてくれない相手に 話しかける。
幼い頃は、自分の言葉に答えを返してくれない母を憎んだこともあった。
けれど 今は、傍にいるだけで 何とも言えない気持ちになる。