必要のないことを頑張る意味ってあります?
「お前、ブロンズランク冒険者だというのにレッドボアの討伐証明を出したらしいな!!」
ギルドの受付で出された声は大きく、休憩スペースで休んでいる冒険者含め、一瞬シンと静まり返る。
それから気まずそうな雰囲気がした。
ここは迷宮都市のギルドの受付だ。
迷宮都市というのは文字通り迷宮の様な地下ダンジョンがある街のことだ。
地下迷宮からもたらされる特殊な素材で潤い、街は発展し、すると地下迷宮に挑む冒険者が増える。
そういう街だ。
街は冒険者向けになっていて、冒険者は迷宮ダンジョンに入るには冒険者ギルドに登録する必要がある。
登録した最初は皆カッパーランク、成果によりランクが上がっていく。
ブロンズランクというのは初心者ではないが、冒険者として強くなりそこなった人間が多いランクであるというのは確かだった。
「それが?」
気まずい雰囲気の中声をかけられた相手、一人の小柄な女性が言葉を返した。
その声は震えておらず、あまりにも普通だった。
「どう考えてもおかしいだろう。しかもほとんど一人で地下迷宮を探索している。
それでなんでレッドボアの討伐証明ができるんだ」
「きちんとギルドの規定に基づいて討伐証明はしましたが」
それに何の問題が。
そう答える声には怯えも、震えも、何も無かった。
「だからその討伐証明に不正があったって言ってるんだろ!!」
苛立ったように言われて、思わずため息が出た。
ため息をついた女性の名前はレインと言った。
基本一人でダンジョンに行き、一人で探索をし、時々ギルドの発注した指定植物を納品するというジョブをこなしている。
そう思われている人間だ。
ギルド内での友人付き合いはあまりない。
ただ、年に数回別のギルドに所属している低ランクの者達数十人で探索をしている。
その姿を深部で見たものがいるという話もあったが、同じくらい“迷わずの石”を持っていたという話を聞いた。
この石はダンジョンのどこにいても入り口付近に帰ることができるという魔道具で、とても高価だ。
「金に物を言わせたごっこ遊びだ。」と誰かが言っているのを聞いた。
そういうものが重なった上の今回のレッドボアの討伐証明だ。
冒険者を舐めているという声が上がってそれが一気に広がった。
そうして、ブロンズランクの女性に意見を言ったのが白銀の翼というグループのリーダーの男だった。
そのグループは全員がゴールドランク所有者で来年にもプラチナランクにあがると言われていた。
レインはギルドの受付を見た。
そもそも、護衛等、いつ何人が付いたのか等外に広めてはいけない情報もギルドでは多く扱う。
レインの討伐証明の話も誰かが広げなければ広まらない。
受付にいた数人の態度は様々で、中にはいい気味とばかりに笑っているものもいた。
けれど、その中に一人、慌てた様子で席を離れ、後ろにある階段を駆け上がったものがいたことにきちんとレインは気が付いた。
恐らくこの騒動をおさめることのできる人間を呼びに行ってくれたことだろう。
「そもそも、私に何をして欲しいんですか」
こういうことは初めてではなかった。
レインより後に冒険者登録したものにランクを追い越されたときなど嫌味の様に色々言ってくるものはいた。
けれどそれがなんだというのだ。
レインの言葉に相手は一瞬、ぐっと言葉に詰まった。
けれど、すぐに「冒険者ってものは強さが全てだろう。勿論補助職を下に見ているわけじゃない。だがそれも含めた強さが必要だ」と言った。
「強さを証明してみろって言ってるんだよ。万年ブロンズランク!!」
レインはその言いようがとても失礼なものだと思った。
「決闘がしたいというのならします」
レインが言うと、静まり返る。
その静けさの中ギルドマスターが慌てた様子で上の執務室から降りてきた。
そして「け、決闘!?!?」と言った。
「あら?
駄目かしら」
レインはギルドマスターに向かって言った。
めんどくさいのでちょうどいいと思った。
「今がうちのかき入れ時だって、知ってるハズだろ。
そんな戦闘不能者を出す余裕はうちには無いよ」
ギルドマスターは言った。
「その女の分くらいみんなで手分けして、働きますよ。
内部戦闘を止めたいのは分かりますが何言ってるんですか」
騒動を野次馬していた冒険者の一人が言った。
「なに言ってるというのはそっちだ!!」
強い口調でギルドマスターは言った。
そして「もしかして、こういうことを繰り返しているのか?」と周りを見回した。
「迷宮には冒険者以外も入る。
だが、入るためにはギルド登録が必要だ。
これが昔からの慣習だからだ」
「ああ、商人とかってことですか?」
レインに食って掛かっていた男が言った。
「勿論そういう人もいる。
だけど、それだけじゃないだろ」
ギルド内には困惑した様子が広がった。
迷宮はそれを踏破しようとするものの場だ。
「地図職人とかそういう話なら……」
「地図を作る人間も勿論必要だ。それと似た職業でダンジョンの研究者がいる」
内部構造を明らかにするのが地図職人であるのなら、魔物の生態やトラップ等の構造、そこにかけられた呪い、魔法、何故地下なのに植物が育つのか。
そういったものを研究するものがいる。
その一人がレインだ。
「私、地図や構造物の調査もしますよ」
動植物の調査だけではないとレインは言った。
「その、ねえちゃんがそれだっていうのか!!」
「はい。年に数回王都の魔法使いの方とご一緒して大規模な説明会などもしています」
王都の魔法使いは国家の研究機関に所属している。
基本普段は地下迷宮に立ち入らない。
そのため冒険者資格は最低のものが多い。
「私は冒険者ではありませんので、冒険者としての栄誉も、ランクも、そういうものは別に必要が無いんです」
勿論強さについては問題が出そうな場所等の場合、誰かを雇うだろうが今のところレインにそれは必要としていない。
自分より弱い人間を護衛として雇っても足手まといになってしまうからだ。
冒険者としての研鑽は一切積んでいないが、魔法大学院で実地についてはみっちり仕込まれていた。
公式な式典などでは、王都の研究職としての正装の魔法使いのローブを羽織るが迷宮では邪魔でしょうがない。
ギルドマスターは、王都から研究者を招く際の宿などを相談していたのでその事実を知っていた。
そして大学院での戦闘訓練は王都に詰める近衛騎士たちと行うこともごく一部にだけれど知られている。
「冒険者のランクはあくまでも“冒険者”としての能力を計るもので強さを計るものではない。
これはギルドの規約にも書いてあることだ。
それでも決闘だなんだというなら止めはしないが、ギルドとしてその結果について何ら責任を負う事もない」
迷宮都市のギルドマスターは言った。
「お前がレッドボアを一人で倒せるとして、なんで上を目指さないんだ!!」
上のランクになれるのにならないなんておかしい!!というのがここの冒険者の言い分らしい。
「だって、私の仕事に必要ないですから」
レインは言った。
レインは研究者だ。
主に魔法学を専攻している。
地下迷宮にある仕掛けなどに施された古い魔法を調べたり、時々現れる古代神殿を調べたりしている。
だから、ランクも必要ないし、研究に関係の無い仲間も必要ない。
仲間と情報を共有したい時は普通に呼び寄せたり、呼ばれたりして皆で確認している。
単にここにいる冒険者と違う仕事をしているというだけだ。
「必要のないことを頑張る意味ってあります?」
レインは聞いた。
それがいけなかったのだろう。
「決闘だ!!」
となってしまった。
ギルドマスターが「なんとか……、繁忙期を乗り越えられる感じで」とレインに言った。
レインは「善処します……。魔法回復薬を融通させてください」とだけ答えた。
迷宮に繁忙期は無いがギルドには繁忙期がある。毛皮の需要が高まったり、魔石を贈り物にしたり、需要が高まると繁忙期に入る。
決闘の結果はあまりにも一方的なものだった。
勿論レインの圧勝で。
「銅の上に合金の青銅がある時点で技術を重んじてる筈なのに残念ですね」
俺も俺もと最後は指導対戦の様になってしまい、傷ついた冒険者達を見ながらレインは魔法回復薬をギルドマスターに渡した。
「異なる価値基準というものがあることを知ってくださいね」
レインはギルドマスターに言われ、「それ私が言われなきゃダメなことです?」と返した。




