第2話「手から手へ」
ご主人の財布の中で、ぼくは揺れていた。
デパートを出た二人は、街角のバス停で並び、
やがて到着した路線バスへゆっくりと乗り込む。
エンジンの振動とガソリンの匂い。
車内には買い物袋を抱えた主婦や、学生たち。ぼくは財布の中で、小さくカチャカチャと鳴っていた。
降車のときだった。
両替器にご主人が手を伸ばした瞬間、指先がわずかに緩み、つるり、とぼくはその手からすべり落ちた。
「イタッ!」
冷たい床に背中を打ちつけた衝撃が、金属の芯まで響く。車内に乾いた高い音が響き、ぼくは小さく転がった。
「あっ…」
ご主人が慌てて身をかがめるより早く、後ろにいた青年がしゃがみ込み、ぼくを拾い上げた。
「落としましたよ」
青年の手から、ご主人のしわだらけの掌へぼくは戻る。
しかし、ご主人はそのまま運転席横の両替器へぼくを入れた。
ガタン、と短い通路を滑り、暗い箱の中へ。
そこは金属の壁に囲まれ、わずかな振動と機械の唸りだけが響いていた。
箱の中は薄暗く、ほかの硬貨たちと寄り添いながら、バスの振動に合わせてゆらゆらと揺れるだけの時間が続く。
数日間、僕らはここで眠っていた。
昼も夜もわからないまま、揺られ、止まり、また揺られ。
そしてある朝、急に光が差した。
まとめられた僕らは、布袋の中でじゃらじゃらと音を立てながら運ばれる。
辿り着いたのは銀行。窓口の女性が手際よく数を数え、札束へ交換された。
そう、ぼくは銀行へ帰ってきた。




