第10話「時を経て」
チャリン。
両替機の口から、ぼくは小さな手のひらへ転がり出た。
男の子は胸をふくらませて、ガチャガチャの前に立つ。
「1回300円、3回!」
ぼくの仲間が次々と吸い込まれて、カプセルがころん、と三つ。ぼくだけが掌に残った。
「100円あまった」
男の子はぼくをポケットにしまい、足取り軽く家路につく。
その夜。
テーブルの上に小銭が広げられ、3人の家族が年号を探し始めた。
「お父さんは……平成四年」
「お母さんは……平成六年」
「ぼくは平成二十九年!」
「おばあちゃんは昭和四十五年、だね」
男の子の指が、銀色のぼくを拾い上げる。
「これだ、おばあちゃんの年!」
差し出されたぼくを、おばあちゃんがそっと受け取った。
細くて、でも力のある指先。どこか懐かしい体温が、ぼくの芯までしみていく。
おばあちゃんは小さく呟いた。
「……あの時も、こうやって探したのよ」
ふと、目尻には光るものが浮かぶ。
お母さんは、ぼくを指でなぞりながら、
「私はまだ赤ちゃんだったから、覚えてないわ……」
「お爺さんと、叔父さんの分も探して、仏壇にあげておいてね」
……!!
あの家族はどうなったのだろう、とぼくは何度も思ってきた。
1995年1月17日の未明、世界がきしみ、崩れ落ちたあの朝。机の引き出しと一緒に瓦礫へ飲み込まれ、長い暗闇をさまよった。
けれど今、ぼくは気づく。この手は、あの朝を越えた人の手だ。あの家族で生き残った人、
(おばあちゃん……いや、お母さんの手だ)
「おかえり」
声にならない唇の動きが、ぼくの表面にやさしく触れる。
ぼくは静かに答えた気がした。
「ただいま」
年号は、ただの数字じゃない。
それは誰かの時間を結び直す、小さな糸だ。
ぼくはその糸の結び目として、もう一度この家族の引き出しにしまわれる。
今度は、失われないように。
今度は、手の温もりごと、ずっとここに。
このお話は「もしも百円玉に心があったら、何を覚えているだろう?」という小さな想像から生まれました。
人の手のぬくもり、時代の移り変わり、家族のつながり。
百円玉という“ありふれた存在”を通して、それらを少しでも感じてもらえたなら幸いです。




