10/11
第9話「触れられぬ日々」
ぼくは暗い引き出しの隅で、長いあいだ出番を待っていた。
コンビニでも、スーパーでも、みんなスマホやカードをかざすだけ。ピッ、と音がするたび、ぼくの胸の奥に小さな穴があいていく。
かつてはポケットの中で温もりを感じ、レジの手のひらを渡り歩き、時には子どものお菓子や、大人の缶コーヒーに変わっていた。
けれど今は、財布ごと持ち歩かれない日もある。
レジ横の募金箱だけが、ぼくに残された細い出口のように見えた。
「もう現金は面倒だから」
そんな声が聞こえるたび、ぼくは小さく震える。
人に触れられることもなく、ただ眠るだけの存在になってしまうのだろうか。
それでも、ときどき子どもがお年玉をもらうときや、神社のお賽銭箱で祈りとともに投げ込まれるとき、ぼくは思い出す。
小さな体であっても、誰かの願いや笑顔の片隅に寄り添うことができるのだ、と。
時代は変わっていく。
でも、ぼくたちは消えない。形を変えず、ただ静かに人の暮らしを支える。
キャッシュレスの波に押し流されながらも、誰かの手のひらに残り続ける。
そう信じながら、ぼくは今日も財布の奥で眠り続けた。




