草食少女は注文が多い料理店
草食少女、薊鄙は今日もお気に入りの緑がいっぱい詰まった弁当をつつき、シャキシャキと頬張る。それはとある高校の一角のこの教室ではごくごく当たり前の光景であった。
彼女は高校2年生、眼鏡に三つ編み、教室ではいつも本を読んでいる。クラスメイトとの話し合いは最低限で挨拶すれば返ってくる程度。文芸部所属。勉強はそこそこ出来て、眼鏡を外せば意外と美人なスレンダー体型。ドラマチックな恋愛は本の中だけだと信じる少し拗れた面のある文学少女。そんなありきたりなスパイス達の中に菜食主義者という強烈なスパイス。
ベジタリアンというより最早ビーガンに近い、極力なら肉は口にしたくない主義であった。事実、小中学生の頃は給食で肉が出ようものならその悉くを残していた。食材を残す事に鄙は若干の罪悪感を覚えているのも彼女らしい特徴だが、周りからその事について糾弾されても黙って肉を残す、何故かそれくらいの思いが彼女にはあったようだ。
だがしかし、彼女の口から『野菜を好んでいる』とか『肉が嫌いだ』とか『動物が可哀想』という言葉はやはり聞いたことがない。
どうやら、彼女は皆が一般的に想像するような菜食主義者ではないようだ。
そんな個性的な彼女のいるクラスに本日から教育実習生の女子大生が来ている。
彼女の名前は木蔦鳳。21歳、有名私立大学の4年生。就職活動は3年の頃に既に終え大手企業の内定をもぎ取った順風満帆の少女だ。この高校へ来たのは単位取得のために母校であるからという理由に過ぎない。しかし、彼女により教わる授業は担当の先生よりも分かりやすく単純明快な説明は生徒達にも評判が良く、教師達からは立つ背がないと言わせるほどであった。立ち居振る舞いは明るく大学ではスクールカースト上位の少女。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花と言わんばかりの美貌と眩しい笑顔。そして、人当たりの良い性格且つ頭の回転は早い為人望もある。大学のミスコンでは入学時から3年連続一位の座を死守している。サークルはダンスとテニスを掛け持ちする絵に描いたような女子大生。自分の地位を守る為の努力を惜しまない努力家でもあるが、実はハーフで地毛は金髪でアゲハ蝶の触覚のような変な癖毛もある為周りからは少しだけ距離を置かれている自覚はある。そのためこまめに黒髪に染めてなるべくショートカットにし、周りからどう見られているかを結構気にしている。友人の彼氏に勝手に惚れられ危うく寝取り女判定をされる事数回、人間関係に苦労はしてきたので人には期待することが少ない。その為、趣味は変わった動物を飼うことと料理。恋愛経験は無くこんな自分を理解してくれる恋人を万年募集中。
そんな、挙げればキリが無くなってしまうほどのくどくて強烈なスパイス達が、激辛料理をすきな人がタバスコなどを過剰に料理にかけるが如く、彼女には振りかけられていた。
鳳は既にこの教室でスクールカースト上位の少年少女達から囲まれて、自作の弁当をつつく。その弁当は鄙の緑いっぱいの弁当とは正反対で、茶一色であった。
その様子を見て取り巻きの少年少女は弁当の話題を出す。
「鳳せんせーって肉しか食わないの?」
「そおそお、糖質制限してるボディービルダーみたいだよね」
「薊の『特製緑一色弁当』とは正反対な弁当だなー」
白米すらない鶏のムネ肉だらけの弁当を見た生徒達は口々に感想を溢す。しかし、彼らは麻雀の役満の名を冠された鄙の弁当をいつも見ているからか、あまり驚きは無い様子ではあった。
「あーこれね。私お肉滅茶苦茶好きでさ。でも特最近にお肉って高いじゃん? バイトも沢山は入れられないからさ、鶏ムネ肉とかササミならさ太りにくいし安めなら私の満足するものも作れると思って。勿論、料理とかは得意だし好き嫌いはしないから流石に毎日コレは無いけど」
鳳は理に叶ったような事を口に出すと、生徒達からは感心するような声が上がる。そんな様子を横目に鄙は個性も顔が良ければ偏食がメリットになるんだなとどうでも良い、軽い感想を頭に浮かべていた。
「ところでさ、さっき話題に出た『特製緑一色弁当』って何?」
唐突に鳳の口から放たれた言葉。瞬間、普段ではあり得ないほどの人の視線が鄙に集まったのだった。
「えっ? 何?」
「……」
驚いた声を上げる鳳は周りの反応を見て、話題にあげたことを間違えだと思った。案の定、鄙は黙ったまま俯いている。止まる鄙の手。
困惑する鳳には鄙が何かに怯えているように見えた。
「あー。これってあまり聞いちゃダメだったやつだよねー。ごめんねーなんか、薊ちゃん……だっけ?」
おそらく面倒くさい家庭事情か何かだろうと感じた鳳は即座に鄙へ謝りに席を立ち上がり近寄る。
「はい。大丈夫です」
すぐに鄙も平静を取り戻し、貴女に興味ないですと言わんばかりの話しかけるなオーラを放つ。だが、鳳はそれを気にも止めずグイグイと鄙の方へ近寄った。
「へぇ〜その弁当毎日作ってもらってるの?」
「いえ……はい。自分で作ってます。食べたい野菜買ってきてスティックにするか、千切ってドレッシングかけるだけなので」
「偉いね〜私が高校生の時は自分ではできなかったよ〜」
周りの反応を気にも止めず鳳と鄙は会話を始めた。淡白に答える鄙はウサギのようにカリカリと野菜ステッィクを食べ始めながら彼女からの質問の嵐を答える。
「下の名前ってなんていうの?」
「鄙」
「じゃあひなちゃんだねー」
「やめて下さい」
「え〜良いじゃん。可愛いんだし」
「……まぁいいでしょう」
鳳の明るさに押し切られてか、鄙は1つ許可をすると次々と質問責めに合う。生徒達はその様子を見て『美人すげー』と頭の悪そうな反応しかしていなかった。
「なんで野菜ばっかなの〜? 凄いなぁ〜尊敬しちゃう」
「肉は食べない主義なんです。大豆でタンパク質は賄えるので」
「今流行りのビーガンってやつ?」
「違いますけど、そういう判定で問題ないです」
鄙がそう答えると、鳳はもっと顔を近づけて彼女の反応をまじまじと見る。
「……?」
「どうかしましたか?」
「あぁ……いいね」
鳳は鄙の体の身体を舌舐めずりをし耳元で囁いた。
「野菜ばっかりで美味しそうだね」
「食べます? 別に美味しくは無いですけど」
妙に熱っぽい鳳の台詞の意図を掴めずに鄙は興味なさげに弁当を持ち上げ、答えた。すると、鳳は嬉しそうに顔を赤らめて悪戯に笑った。
「ふふふっ。そっかぁ〜じゃあ、今はお腹いっぱいだから、放課後貰おっかなぁ」
「え?」
「じゃあ放課後、食べに行くからね。ひなちゃん」
「ちょっ……ちょっと!」
半ば強引に約束を取り付ける鳳は振り返ると手を振りながら元の生徒達の集団に戻っていく。
そして、鄙は突いていた弁当をじっと眺めて呟いた。
「コレ、残しとけって事なのかな……」
昼休みが終わり、授業の5・6限が流れていく。丁度6限目が教育自習生担当の授業。つまりは鳳の授業で彼女は世界史……というよりかはほぼ雑学に近い分類を担当していた。鄙は真面目な為、しっかりと鳳の話を聴きつつ要点をノートに纏める。
「先生がね、大学で研究してるのは東南アジアの文化。各部族の食の文化について研究してるのよ。実際に足を運んだこともあるだけど、今日はそこで会った部族の話をしていくね。いや、私、あそこに行った時が1番面白くってさ。フォレ族って言うんだけどね、コーヒー豆とか作ってる所なんだけど……」
そのまま授業は続いていき、そして放課後。掃除等が終わり、鄙は部室に行き何度も読んでしまった為読み飽きてしまった持参の本『イーハトーヴ童話集』を読むか、先程の鳳との約束を守るか迷っていた。
すると教室の前のドアが空き、ガラガラと音を立てて彼女が入ってきた。
「やっと来ましたね。生徒の弁当に集るなんてどんな神経で先生やってるんですか」
鄙は眼鏡のフレームを片手でクイと上げながら入ってきた鳳に対して苦言を呈する。
「えっそんな待たせちゃった⁉︎ ごめんね!」
それに対して鳳はにかっと笑いながら『ごめん、ごめん』とおどけるように謝った。
「遊びでやってるわけじゃないでしょう? 生徒の時間取るなんて本当にどうかしてると思うんですけど。大学生ってのはこんな不真面目な人ばっかりなんですか?」
「もしかして他に用事あったの? ならバックレても良かったんだよ?」
今度は、心配そうに鳳が鄙に尋ねる。すると鄙は少し黙ったあとその質問に答えた。
「……別に何も無いですよ。何度も読んだ本を読むくらいなら、こっちの方がマシかなって思っただけです」
鄙はチラリと鳳にその本を見せてる。すると鳳はその本の表紙を一瞬見ただけでその全てを理解しているかの如くの反応を見せた。
「へ〜宮沢賢治より私の方が面白いって思ってもらえたんだ」
「何処からそんな自信が……。あぁ、そっか。自分に自信があればそんな傲慢なことでも口に出せるんですね」
「えぇ、そうね。きっと、私たちだけにとっては良い経験になる筈だから」
「は?」
何かを確信したように鄙を見つめる鳳。そして、話が早くて助かったと言わんばかりに口を開いた。
「さっき、ひなちゃん。生徒の弁当に集るなんて人の風上にもおけない云々〜って言ってたよね。それは誤解だよ」
「……?」
鄙は眉を顰め、笑顔で私の本を指差しながらそれを語る鳳に少し恐怖を感じた。
それは肝が冷えるという感覚ではない。むしろ熱を持った恐怖。だが身体が震える。そんな、自分もおかしくなってしまいそうなほど違和感。
「それ、『注文の多い料理店』でしょ? 所謂叙述トリック的な題名のお話。食べる方だと思ったものが食べられる側だったっていうそんな話」
「……」
「私がね、さっき野菜がいっぱいで美味しそうって言ったのは弁当に対してじゃ無くて、ひなちゃんの事なの」
普段絶対に溢れ出る筈のない感情が、黒く熱いモノとして心の底から滲み出る。鄙は鳳の熱にあてられると自分の中にそんな感情がまだあった事に驚いた。
「野菜がいっぱいで美味しそうっていうのは……」
「だって、肉食動物の肉って臭みが独特のものが多くて美味しくないじゃん。みんな普段食べる動物って草食動物か匂いがキツくない雑食動物でしょ? あとさっきの授業でも言ったと思うけど私色んな国回ってるからみんなが普段食べないような肉も食べたことあるから結構当たってることではあると思うんだよね〜。実は違法だけど色んな動物を密輸とかして料理してるんだよ〜」
「それって人間も……」
「……多分あれ人間だったよなーみたいなことはあったけどすごい臭いがして味だけはすごい美味しかったけど食えたものじゃなかった。その人には悪いんだけどね。でもそれって多分雑食だからで、ひなちゃんは草しか食べないじゃん。だから珍しいなって思って。私ね、テレビとかでビーガンの人見ると『あのお肉、分けてくれないかな〜』って思ってたんだよね。そんな時ひなちゃんが目の前に現れた。だから、貴女のお肉食べてみたいなって」
その言葉を聞いた鄙は少し俯き黙る。鳳の言葉は普通の人間にとって理解できない思考からでたモノ。それは鄙本人にとっても普通はそうであると認識はできていた。
『そんな欲望、表に出したらこの現代社会はまともに生きられない。いくら、マイノリティに寛容な社会であっても自分に害を成すものが側にいると感じたら人は……。そもそも、それを打ち明けて私が逃げ出さないかとは考えなかったのか?』
そんな考えが鄙の頭をよぎっていた。
だが、鄙自身も草しか食べない特異的な側の人間である。否、だからこそ鳳の欲望を理解し得るに足りてしまったのだ。
「……何個か条件があります」
「やっぱり、ひなちゃんなら良い返事が貰えると思っていたよ。貴女を食べられるならなんでも言うことを聞くよ」
予想的中。そんな四字熟語が表情に出るほど笑みを溢している鳳。それに鄙は早口に条件を出す。
「一つ目。私を食べるなら全て食べる事。殺してでもちゃんと食べてください。絶対、全て残さず食べる事。頂きますとご馳走様は最低限言って欲しい」
「その心は?」
「まだ秘密です。死ぬ前……というか私の肉を食べさせる前に教えます。でも貴女は最悪死刑になり得る罪を犯すことになります。それを覚悟しなければいけない事重々承知の上でお願いします」
鳳にしてみれば鄙のその言葉は脅し文句に聞こえない訳がない。だが、鳳はそれを聴いてもさらりと一言で躱した。
「刑法第37条、カルネアデスの板ってやつだね。もしくは証拠を残さなきゃ良い」
その言葉にピクリと鄙は反応する。
刑法第37条は緊急避難に関する条例だ。詳細は『自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる』というもの。
鳳のその一言は、そうならざる負えない環境を作り上げ、罪を回避するという意思すらあるという事であった。
「なんで知ってるんですか。流石に気持ち悪いですよ」
「あっ知ってるんだ。なるほどねぇ……。ふふっ学校の勉強ってこうやって活かすんだよ」
自分はなんでも許されると思ってると言わんばかりにVサインとぱっちりとウィンクをする彼女。
「うわぁ……最低。でも相手を殺してでも食べたいって本気で考えたから至った発想なんでしょうね。まぁ……いいでしょう。覚悟はあるということで。この件に関しては刑の減軽の為に適当に二人で山にでも出かけてそこで遭難したということにしましょうか。私も別に貴女に厳罰を受けて欲しい訳じゃないですし。私の死後はそういうふうになるように適当な言い訳して下さい。遺書でもなんでも書きますから筆跡鑑定でなんとか押し切ってください。きっとそういうの得意でしょう?」
ドヤ顔で笑う鳳に少々引き気味に鄙はそう呟いた。
「うん、分かった。それでも死体が完全に無いことで警察が捜査を強引に進める可能性があるけどね。でもそれは私が限界状態で起きた事による適応障害ってことにすれば問題無さそうだし、情状酌量の余地に持ってくまではもう少し自然さが欲しいな。やっぱり、あそこしかないね。行く場所については任せといて。それで二つ目は?」
「一つ目を了承してもらえた時点で叶ったようなものです。一つ目の条件をクリアしてもらう為に、ある程度期間を設けたいと思ったんです。私にもやり残したことと準備がありますし」
するとがっくりしたような姿で鳳は項垂れた。
「まぁそうだよね〜。確かに今からあそこ行けないし〜。私も話しかけた時は頭から抜けてたよ。なんかこう……欲望が先行しちゃった感じ?」
「計画性ナシに刑法の話を了承したんですね。悉く気持ち悪い人ですね。ほんと、その願いを聞いたのが私でよかったです」
「だって、思い立ったが吉日って言うじゃん?」
「そんなに私の肉食べたかったんですね。まぁタダではあげませんけど……」
まるで旅行の計画をしているかのような女子大生にしか見えない鳳に溜息を吐きながら鄙はそういう。
「さて、三つ目です。私を食べるまで貴女は死なない程度になるべく空腹状態を維持してください。あぁ、勿論やりたければ餓死寸前でも構いませんが、それだと胃腸が弱りすぎて私のこと食べれなくなると思うので辞めてください」
「え〜絶食するの〜嫌だ〜」
「私、プライド高いので他の食べ物が貴女に入るのが許せないんですよ。ほら、なるべく美味しく食べて欲しいし、最高のソースは空腹だって言うじゃないですか」
鳳はそれを聴くと『ぶー』と口を膨らませ、ぷんぷんと怒った素振りをみせる。
「それ言ったのソクラテスでしょ! 私嫌いなんだよね! アイツ!」
「過去の偉人をアイツ呼ばわり。まぁ、私も好きじゃ無いですけど」
「おっ! 気が合うね。じゃあ絶食は……」
「ダメです。これは譲れません。それに、私達遭難する予定なんですよ。自然とそうなります」
「それもそっか。そう考えるとちょっとワクワクして来たかも」
鳳は一瞬で不貞腐れた様子からまるでフルコースのレストランで待ちきれずに目を輝かせているかのような客のような表情をする。
「それで四つ目は……。やっぱり良いです」
もじもじとしながら鳳を見て、やはりやめとくかという感じに鄙は喋る。それに関しては鳳は何も触れずに返答した。
「ほう。注文が少なくて助かるよ」
きらーんと目を輝かせて決めポーズを取る鳳に思わずツッコミを入れる鄙。
「いや、多いと思いますけど」
「え〜。すごい金額を要求されたら私困ってたよ? 親にどう言い訳すれば良いのかわからなかったし、自分じゃどうにもできないことが注文がない時点で、注文なんて少ないようなもんだよ」
「あれだけ絶食嫌がってた癖に」
「それはそれ! これはこれだよ! 細かい事気にし始めたらキリが無くなるからさ!」
嬉しそうにくるりと回る鳳を見て、鄙は本当にこの人は自分より年上なのかと溜息を吐きながら見た。
「詳細は後々につめるとして、今日ところはこんな感じで良いですか?」
「うん。というか、あとは準備とかの問題で特に考える事はないと思うよ」
「……まぁそうですね。よろしくお願いします」
「ほいほい。それじゃ連絡先だけ交換しておこうか」
そして、彼女達は携帯を取り出し互いの連絡先を交換したのであった。
☆
「ハァ……ハァ……だからと言ってなんで私達は樹海を歩いてるんですか!」
学生服では無く、カジュアルなジャージ姿の鄙。最低限の食糧を詰め込んだリュック。それに相対するかのようにまるで登山にでも行くかのような装備をした鳳。二人は現在、富士山近くの別荘地を目指して歩いていた。車は鳳が運転して、予定通りガス欠寸前で最寄りの自然公園に停めた状態、ロードサービスに頼ろうにも二人の携帯は充電がないそんな状態にしておいた。
「だって、遭難か中々人に見つからない場所ってなるとそれ相応の環境じゃなきゃね〜」
「くっ……まさかここまで大変だとは」
「こら〜先人達が頑張って命を粗末に出来ないように作った仕組みに文句を言わない! 毒を食らわば皿までって言うでしょ⁉︎ 禁忌を犯すなら徹底的にね!」
「このクソグルメが……文系の嫌なところが分かった気がするわ……」
「こ〜ら! 私だってお腹ペッコペコで餓死しそうなんだから、私に食べられる前に死んだら嫌だからね!」
鳳はるんるんと、鄙はだらだらと歩く。目的地は先程も述べた通り、別荘。鳳の親が金持ちで外国にも別荘があると言う。曰く、都会の喧騒から離れる為にキャンプを楽しんで行う想定した作りになっているらしく、別荘というよりかは鳳の趣味で作られた設備の充実したコテージだ。
大自然の中で騒ぐ二人。地面に所狭しと並んだ樹々の中、もはや道とすら呼べない獣道を歩いて行く。道順は鳳かその家族しかほぼ知らないらしく、滅多に人が寄り付かない所に土地を買い建てたらしい。
そして、二人がそんな下らない口喧嘩を何十回かし、日が沈みそれが上がった頃にそのコテージに着いたのであった。そこは予想通り、木でできたログハウスで、少し大きめの家であった。通電はしておらず、水だけは近くに湖がある為水道が引かれている。火が主な燃料で、予め鳳がここに来て薪を用意していたようだった。
「ようやく……着きましたか……危なかった。水が尽きてましたから……」
「あーお腹すいたぁ! 喉乾いた! 私が死にそう! 早くひなちゃんを食べたい!」
結果、鳳は道に慣れていたからか、鄙の方が元気からは程遠い状態となっていた。だが、夜通し歩いてきたのみでそれ以外は特に問題なく2人はコテージに入る。
「まずは汗臭いのなんとかしましょうか。お風呂何処にありますか?」
コテージに入ると早速鄙はリュックを下ろして服を脱ぎ始める。
「……え、調理の下準備? やったー!」
「なんでもかんでも調理に結びつけないでください! まだ早いです!」
照れながら鄙は鳳にツッコミを入れる。
「折角なら一緒に入ろうよ! 薪でお風呂沸かすのやり方分からないでしょ?」
鳳がそう言った瞬間、鄙は服を脱ぐ手をピタリと停めた。
「……もしかしてお風呂沸くのって時間かかります?」
「うん」
「そうですか、そこまで想定してませんでした。それじゃ水浴びにしますか?」
「いいよいいよ、折角ならお湯沸かそ? 旅にトラブルは付き物だしねー。トラブルを楽しんで行こう! それに、ひなちゃんとはゆっくり裸のお付き合いしたいし」
鳳はお腹を摩りながらそう言う。鄙はそれを見て少し罪悪感が沸いたが、鳳にとってどちらが良いかを考えた上でそれを了承した。
「分かりました。何か手伝える事ありますか?」
「う〜ん。私は外お風呂がいい温度になるまで見てるから、鄙ちゃんは外のボイラーに薪を焚べてくれる?」
「分かりました」
そして、鄙は外のボイラーに薪を焚べる作業。薪に火をつけてそれをボイラーに入れる。そしてどんどんそこへ薪を焚べていく。
鳳はアルミ製の湯船に水を貯め、そこへ手を突っ込み温度を測っていた。徐々に熱くなっていく水の温度を肌で感じながら鳳はそこに吐息を溶かす。
気付けば湯船の水はお湯になっており、彼女は鄙を呼んだ。
そして、2人は服を脱ぎ一緒に風呂に入った。鄙は三つ編みを梳かし、眼鏡をはめたまま。鳳は特に何もせずそのまま入って。
「なんだか……恥ずかしいですね」
「そう? 私は嬉しいよ」
そう言いながら鄙に後ろから抱きつく鳳。彼女の胸が背中に当たるのを感じる。しかし、鄙はそれに抵抗する事なく為されるがままにされていた。
「抵抗しないんだ?」
「……望むならそうすれば良いだけです」
ポタリと鄙の顎から滴った水滴がお湯へと落ちた音が大きく響くほど静かな空間の中で、顔を赤くした鄙はそう言った。
「まったく、ひなちゃんは照れ屋さんだなぁ〜。いいよ、あの時恥ずかしくてでも死ぬ前に経験はしときたくて、四つ目の条件、言えなかったんでしょ? だからそのお願いもここで叶えてあげようか?」
鳳がそういうと鄙はゆっくりと振り返り顔を顔と耳を真っ赤にしながら言う。
「本当、分かってたなら最低ですよ。なんでそれを口にしたんですか?」
「言ったでしょ? 食材の下準備って。罪悪感も、恋愛感情も、性欲もきっと味覚をよりよく刺激してくれると思うんだ」
「とことん最低ですね!」
鄙は鳳の抱擁を解き、顔をお湯につけ、ブクブクと泡を口から出す。
「それで、するの?」
「シたい……ですけど……」
「ですけど? 何? もう少しハッキリ口に出して」
鄙はぷいと鳳の顔を見ないようにし、思っていることを言葉にした。
「シちゃったら、貴女のこと……好きになりそうで」
「童貞の男みたいなこと言うじゃん。かわいいな。私も恋愛経験ないから気にしなくていいよ」
「違います! そういうことじゃなくて!」
そして、鄙は恐る恐る鳳の方を見て口に出す。
「人を好きになったら……その後悔で死ねなくなっちゃうじゃないですか」
「ふ〜んそっかぁ。私たちの契約の前提が崩れちゃうってことね」
鳳は濡れた頭をコンコンと叩き、考える。鄙は杞憂に思っていたことを言ってしまった後悔と、もう戻れない所まで来てしまった事に怖気付き、今更自分のしでかしたことに怖くなってくる。
「訂正するね、やっぱり注文が多いや」
「ごめんなさい……」
「謝らないで。さっきも言ったでしょ? トラブルは楽しまないと」
「はい」
鳳はさて、どうしたものかと考える。それもその筈。鳳にとっては最初は鄙の肉を食えれば良いだけであったが、折角人を殺す機会があるのなら、その部位全ての違いを味わって食べたいと思っていたのだ。そして、ここ数日間それぞれの部位の調理方法の事だけを考え、期待と空腹で空っぽになった体には性欲だけでは埋めきれない程の欲望がギチギチに詰まっていた。
だが、食材の要望に答えずにそれを駄目にするのもグルメな自分としてはプライドが許さない。況してや再生する一部分だけ切り取って定期的に食べさせてもらうなんて生温い妥協案は鳳にとってご馳走に糞を塗りつけるほど反吐が出るものであった。
なら説得するしか無い。そう思った鳳は先程自分で言った言葉を思い出し、笑顔で鄙に言う。
「じゃあさ、私の事を思い切り好きになってよ」
「えっ?」
「それでね、私の舌にひなちゃんの味が一生こびりついて欲しいって位私の事を好きになって? そしたら、私貴女のこと絶対に忘れないから」
鳳は舌を鄙に見せつける為に口から出す。あまりにもの突然の提案に鄙は今抱いていた感情がどうでも良かった事を思い知らされる。
「恐怖があるならそれを超える快楽をあげる」
「そっ……そうですか」
「何を不安に思ったか知らないけど、安心して。全部快楽と幸せで埋め尽くしてあげる」
「うん」
「だからもっと喜んで! 私たちの願いは全て叶うよ!」
鳳は恍惚とした表情で両手を鄙の顔に添える。そこには一切の偽りはなく、鄙の心を燃えたぎらせるのにはそれで充分であった。
「熱いです」
「これからもっと熱くなるよ?」
「そういう恥ずかしくなる台詞吐くのやめてください」
「そう? 私はひなのこと好きだから言ってるんだけどな」
「……Love you?」
「Oh! I like you! You are my best favorite food! 」
「最低! やっぱり身体目的じゃないですか!」
「ごめんって! 誤解だよ! ただ純粋に貴女のことが大好きだから! ひなちゃん!」
「本当ですか?」
「本当だって! そうじゃなきゃこんな山奥までわざわざ来ないから!」
「じゃあ、ちゃんと気持ち良くしてくれたら許してあげます」
こうして彼女たちは二人だけでしか起こり得ない言葉のやり取りをし結ばれた。何度も何度も愛を確かめ合うように何時間もベッドの上でも愛し合い、やがて二人はここまで来た本当の理由を思い出す。
「ねぇ……ひな」
「何ですか? 鳳」
「教えてよ。なんで私に食べられて死ぬ事を望んだの?」
鳳は鄙に添い寝し、彼女の長く黒い髪の毛に触れ、かき分けながらそう質問した。
「そろそろ頃合いですね。分かりました教えます。実は昔、家族で雪山で遭難した事があるんですよ。ニュースにもなったあの雪山バラバラ死体事件です」
「そっか……。それで、あの刑法を知っていたんだ」
「はい。詳細をお話ししますね」
そして、鄙は鳳に自身の過去を語った。
猛吹雪の中、未発見であったクレバスに落ちた事。腹部損傷と骨折で衰弱死した母親が1番幼かった鄙に自分の食料を渡した事。その死体を父親と姉が食べた事。母親を食べることが出来ず二人から与えられた普通の食事だけ食べた事。脱出経路を見つける為、姉と二人きりとなり父親に置いて行かれたこと。耐えられなくなった姉が母親を食べるうちに胃痙攣を起こし衰弱死した事。その後、父親が鄙の元へ帰還しクレバスから脱出に成功した事。そしてすぐに他の登山者に発見された事。奇跡的な生還を果たした事。父親は死体損壊との容疑で逮捕され検挙された事。懲役一年待たずに父親が自殺した事。自分が養護施設で幼少期を過ごした事。その事件の傷が癒えぬまま、肉を食えない少女として成長してしまった事。
鄙の過去を聴き鳳は顔を悲しげに彼女を抱きしめる。
「そっか」
「鳳に殺して欲しいのは多分、罪悪感なんだと思います」
「サイバーズギルト……か」
そう呟きながら、鳳は鄙の方をチラリと見る。俯き自責をするように見えた鄙が鳳にとってはそれだけには思えなかった。
「ずっと死にたいって思ってたの?」
「というより、誰もこんな私を理解してくれないだろうなって思ってました。寂しかったんです。人に気を遣われることも、誰かの助けにもなれなかった事も」
すると鄙は鳳の手を強く握った。
「そっか。私に食べられる事、今でも嫌じゃない?」
「むしろ……嬉しいです。好きな人の血肉になれるのなら。それで、鳳の喜びになれるのなら」
「良かった。そう言ってもらえて私も嬉しい。もう、人生に後悔はない?」
「うん、ありがとうございます。……でもやっぱり、死ぬ前に一回だけキスしてください」
「ふふっ分かった。これで心起きなく料理ができるね」
鳳は立ち上がると、持ってきた容器と注射剤をリュックから取り出した。
「意識はあって欲しいけど痛いのは嫌でしょ? 麻酔薬取ってきたよ。お父さんが管理してるやつなんだけど……。あの人娘の私には甘いし、責任者だから製造所から簡単にパクっちゃえるらしいんだよね。調理用に飼ってたペットを解体する時苦しんでるのを見るのは嫌だから、麻酔を頼んだら注射器と一緒に1ダースくらい貰えちゃったの」
「……ツッコミどころ多すぎてもはや何言ってるか分かりませんね。まるで世界の違う話をしているみたい」
「心配はしないでね。ちゃんと手術する人にも使われてる奴だから。あぁ……でもどうせコレから死ぬんだから問題ないか」
鳳はあははと笑いながら、注射器に薬を入れ空気抜きをする。針先からぴゅうと弧を描き、麻酔薬が流れ落ちる。
「えぇ……? 倫理観どこいったんですか?」
「そもそも人の肉食べようとしてる人に倫理観求めないでよ〜」
「それもそうですね」
鄙もあははと笑い、ベッドに仰向けで寝転んだ。
「最終確認ね。最初は局所麻酔で端っこから順番に切断していくよ。最初のうちは意識あるし、なるべく意識あるうちに色んな部位の感想を伝えたいからこっちで時間の計算はしてあるけど、麻酔が切れる前にちゃんと違和感は報告する事。さっき言ってたキスの話は全身麻酔かける前にしてあげるね。そして、コレが引き返せるラストチャンス。本当にもう良いんだね?」
「はい。百も承知です。たんと召し上がれ」
鄙は笑顔で承諾する。鳳はそのまま、鄙の右の脹脛に注射器を何度も打つ。次に打ち終わると痛み止めが効いているかのテストを行った。そして、麻酔が効いたのが確認すると骨スキ包丁を取り出し、麻酔の効いている部分を切り分けるようにすっと血管を避けて切り込みを入れる。そして骨に当たると、苦戦するのが分かっていたのか、ドライバーとハンマーを取り出してゴンゴンと叩きつける。そして、初めてとは思えないスピードで右脹脛を切り取った。
「ふぅ……とりあえず。右足と。止血はしといたよ。ひな、痛くない? 大丈夫?」
「うん。大丈夫です。分かってはいたけど手際良いですね」
「そりゃ何匹もペットを解体してればね」
「その手際なら医者になれたんじゃないですか?」
「いや〜考えたんだけど、仕事と趣味は一緒くたにしちゃダメだと思って。よいしょと。それじゃ、調理するけど一人じゃ心細いだろうから、ここで下処理済ませるね」
口を動かしながら、鄙の右足だったものを丁寧に捌き骨をとり肉をおろす鳳。血抜きをし、血は別のところに溜めておき、肉の方はまるで刺身のように盛り付け、持参した食塩で味をつける。
「先ずはオードブルで刺身だよ。骨はスープの出汁をとるのに使うからその仕込みもやっちゃうね」
鳳は手際よく一つ目の料理を作り終え、こちらの近くに持ってきた。
「キラキラしてて美味しそう」
「なんというか、凄い光景ですね。肝炎とか大丈夫ですか?」
「薬はあるから大丈夫。流石に調理中に死ぬこと無いと思うけど……やっぱり、私もひなのあと追って死のうかな〜。さながら、最後の晩餐……なんちゃって」
そう冗談を言いながら鳳は手を合わせて、鄙に向かい戴きますと言う。鳳が嬉しそうに言ったので、思わず鄙は笑ってしまった。
そして、鳳は箸を使いその刺身を食べる。それを口に運んだ瞬間、鳳の目の色が変わり興奮した子供かのように歓喜の声を上げ、ぶらぶらと自分の足を前後に振る。
「コレ……! コレだよ! 私がずっと探してた味! 食感! 風味! 嬉しい……嬉しいなぁ! ちゃんとあったんだ。私をここまで喜ばしてくれるもの! 予想以上に最高だよ! とっても美味しいよ、ひな」
「それは良かったです」
「ひなも食べる?」
そう優しく尋ねる鳳に、鄙は心配になりながら問う。
「それって……鳳的には大丈夫なんですか?」
「というと?」
「私が私の肉食べたら、草食じゃなくなるんじゃ無いですか。ほら肉に臭みが出るとかなんとか……」
「少しくらいなら大丈夫だよ。それにこの味を大好きな人と共有出来ないのは勿体無いっていうか少し悲しい。あっでもお肉食べるのは嫌なんだっけ?」
鄙は少し考えると震えた声で鳳に頼んだ。
「お願いします。食べさせて下さい」
「分かった。無理はしないでね。はい、口開けて。あーん」
鄙は恐る恐る口を開けてそれを頬張る。舌に触れるまだ温かい感触と脹脛特有の少し硬い食感、甘い血の味と水を欲したくなるような喉の渇きが一斉に鄙の舌へ来た。
「どう?」
「おいしい……美味しいよ……ほっぺたが落ちちゃいそうです」
彼女はそう呟くと瞼から涙を流す。それを見て慌てふためき、麻酔入りの注射器を取り出す鳳。鄙は泣き笑いした顔でそれを止めると彼女は口を開いた。
「そっか……誰も傷つける事が無いから、自分の肉は食べれるんだ。……やっと肉を食べる事ができた……お肉ってこんなに美味しかったんですね」
「うん。そうだよ。だからこうやって命を貰って食べる時に頂きますって言うんだよ。みんなも同じ感謝以外返せるもの無くて、ただただそうやって祈ることしかできない。でも、元々人間なんてそんなものでしょ」
優しい顔で鳳はベッドに寝かされている鄙の頭を撫でる。勿論、鄙の右足はもう跡形もなく無くなっている。その異常な光景が最早二人にとっては己の欲望を叶えた果ての至高のモノとなっていた。
「そっか……。そうだよね。あーあ、今更気付いたの遅かったかも。もっとお肉を食べておけば良かったです」
「何言ってるの? コレからまだまだ腕によりをかけた料理をいっぱい食べさせてあげるよ」
「あぁ……そっか、まだ食べられるんだ。私がこんなに幸せで良いんですか?」
「良いに決まってるじゃん。辛い思いをたくさんしてきたんでしょ?」
再び、鳳は肉を食べながら、再び鄙にもそれを食べさせる。
「カニバリズムは究極の愛だって言うのもあながち間違いじゃないですね」
「そうだね。色んな動物がやってること、私たちはなんで禁止されてるんだろう? こんなに美味しいのに」
「私たちは特別なんです。だからこんなに嬉しくなれるんですよ。あぁ、ずっと野菜だけを食べ続けてきて良かったです」
二人はそんな常人には理解できない会話をしながら最早人間とは呼べない食人鬼へと堕ちていく。
鄙にとっては死して愛する人の為になりたいという本音。
鳳にとっては至高の美食を求めるという欲望。
二人の利害が一致して目的の為の建前すら幸福に感じる。鄙はこれまで抑えてきた欲望を解放し、鳳は念願叶った夢を叶える。
これは二人にとって人生はこの食事の為にあった、そう確信した瞬間であった。
そして、鳳は次々に鄙の身体を切り取っていき、調理をする。
太ももはステーキに。腕は肉団子に、血液は血小板を取り除きそれぞれの料理の隠し味のソースに。腑はモツ煮とミンチにしてハンバーグに。何日も何日もかけて肉と鄙が駄目にならないように料理を仕上げていく。
「どう?」
「……」
ステーキは程よく脂身が乗り口でとろける。肉団子はなんだか安心する味。ソースは甘く食欲を引き立てる。モツ煮は食べたことの無い食感でプチプチして楽しい。ハンバーグはソースと絡み合って涎が止まらない。
「表情を見れば分かるわ。どれも美味しいでしょ?」
目を虚にしてこくりと頷く鄙とそれぞれの料理に目を輝かせそれを食す鳳。
「きっとね、私これからの人生でこれ以上の食材に出逢えないと思う。ひなと出逢えて良かった〜。これで私も後悔が無いよ」
鳳は再び麻酔薬を入れた注射器を取り出す。
「これから全身麻酔をするよ。だからその前にキス。約束だったよね」
鄙にとって、意識があるのはこれで最後。だから満足するようにと精一杯気持ちを込めて鳳は鄙の唇に自身の唇を何度も何度も触れさせる。そして、満足しきったら鳳は彼女を抱きしめながら頚部のリンパ節へと注射器を挿した。
「……それじゃあ。またすぐに会いにいくからね。他の部分の感想はあの世で待っててね」
そう言いながら鳳はゆっくりと注射器のピストンを奥へ奥へと差し込み、麻酔を鄙へ注入した。
「麻酔、効いたかな?」
鳳は彼女の舌を優しく引っ張り反応がない事を確認する。そして、そのまま舌を骨スキ包丁で切り取り、何枚にもおろした。
「やっぱり、タンは炭火焼きだよね〜」
彼女はそれを七輪に並べて、団扇で扇ぎながら炭火焼きをする。途中、塩をかけて良い焼き加減で皿に取り付けるとまずはそのままパクリと食べた。
「お〜キスと同じ味がする」
そして、次にレモン汁をかけてもう一切れを口に運ぶ。
「これは……初恋の味だ。なんちゃって」
鳳は楽しくなってきたのか、ネギを乗せたのち、自作の例のソース、ポン酢、柚子胡椒、七味や一味を乗せて食べていく。
「う〜ん。どれも美味しい! 甲乙付け難いとはこの事だね」
そうやって、鳳は返事のない肉体に語りかけて、次々と自らの口に放り込んでいく。
胴体はスライスしてパン挟みバターを塗って齧り付く。髪の毛は切り刻み砕いた骨と混ぜてクッキーに。最後は口直しの脳みそを。そのまま生でパクリとワインを模した血と共に。
そして、それを飲み干すとことりとグラスを置き、すっと拝むように合掌した。
彼女は鼻唄混じりに後片付けをはじめた。
水洗いをした食器に洗剤を付けて泡立てたスポンジを擦り当てる。そしてもう一度水洗い。最後に乾燥棚に置く。なんて事ない、今までの人生で何千回、何万回として来た行動。それが今の鳳にとってとてつもない程の重労働に思えた。
鳳はふぅと溜息を吐き、コテージ内を見渡した。
血と肉の臭いで散乱する部屋の中、そこには何も残って居なかった。
「ありがとう、ご馳走様でした」
何を思ったかそれだけ言うと、彼女は鼻唄を歌いながら片付けの作業に戻ったのだった。




