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会議は踊る ―今代勇者様をどうするべきか―

とある異世界。

中立国家センター独立国の首都チューテンにおいて、重大な会議が開かれている。


出席者はコマッター大陸にある七つの国の国家代表と教会の教導者。固定の議員である。


他に、本日の議題となる人物が所属する冒険者ギルドの統括マスターとナントー王国支部の代表者と、ナントー王国の商都スミッコーに所在する書籍ギルドの支所長が出席している。


本日、彼ら彼女らが話し合うべき議題は以下である。


 ― 今代勇者様をどうするべきか ―



「勇者」それは「魔王」を滅ぼし得る唯一の人族。それがコマッター大陸に住む人間の共通認識である。


魔王とは魔人族の能力や団結力を強化する存在である。

魔人族は魔法に長け、人族より身体的に強靭な人種である。


時代によって魔王の能力に差異はあれど、基本能力は二つ。

一つ、魔人族の能力全般に緩やかに上昇させる。

一つ、魔人族間の団結、連携、組織など、同族間の結びつきを強める。


人族と魔人族の関係を進化論に当てはめれば、環境適応種の魔人族は旧来の人族を駆逐する存在。


この世界にダーウィン氏は生まれて無いが、類似の学説が提唱されている。

その進化の学説の中で人族の淘汰が予見されている。


ただでさえ環境に最適化された魔人族の下に、魔王なぞ産まれた日には、人族の滅亡は速やかに確定されるのである。


故に、人族は神に縋った。

滅亡に抗う手段が欲しいと願った。



神は気まぐれに人族の祈りに応え、特別な力を持った「勇者」を、魔王を滅ぼし得る唯一を与えた。


最初こそ勇者は神の使いであると正しく認識したが、時代を経て徐々に認識は歪む。

魔王誕生の毎に現れる勇者を、権力者達は悪用しはじめる。


勇者の外見が人族であったが故に、婚姻や契約、脅迫などで縛り、時には隷属させて従えた。


人族が勇者の恣意的運用をえげつなく繰り返した結果、神の怒りに触れ、神罰を得る。


以後、人族に勇者召喚の神託が下る事は無く、未熟な勇者を囲い込む手法は使えなくなった。

勇者はより多くの加護を与えられ、外法や外道で縛り、操る事は不可能になった。


現代では、魔王誕生の神託が出ると同時に、コマッター大陸全土で勇者の捜索が行われる。


教会の高位巫女は勿論、街角のインチキ占いまで総動員の大捜索である。

宝物庫に眠る古代テクノロジーの遺物「勇者探知の石板」も、この時ばかりは現役復帰する。



今から四年ほど前、人族に魔王誕生の神託が下った。

七つの国と教会は共同で勇者の捜索を行ったが、簡単には見付からなかった。


コマッター大陸を隅々まで隈無く捜し、やっと今代の勇者が発見された。


今代勇者の名はリリス。コマッター大陸内のナントー王国、商都スミッコーに暮らす、冒険者と写本を生業とする者であった。



「それで勇者様は何と?」


議長たるセンター独立国の国王の問いに、勇者と面談した冒険者ギルドのナントー王国支部の代表者は渋面を作る。教導者達は視線を彷徨わせ、アイコンタクトで発言を押し付け合っている。


しばし後、視線の戦いに敗北した教導者が発言する。


「ゆ、勇者様は、大変に個性的な方で……」


「遠慮はいらん、端的に頼むよ」


「そうだとも、勇者様とは異界の者。我々とは考え方が違うのだろう。仔細承知している」


各国の出席者は伝統的な形の椅子にゆったりと座り、どのような破天荒な勇者も寛容する姿勢を言葉して続きを促す。


姿形こそ人族と同様であるが、勇者とは異界の住人である。

コマッター大陸に顕現する前の生活や文化、常識が異なる事は、過去に召喚された勇者の話から明かになっている。


勇者が魔王を滅ぼす使命を果たしてくれるのならば、異界人が持つ独特の価値観を変える必要は無い。

会議に参加する七つの国の国家代表の共通認識である。



「では、ありのままにお伝えします!」


教会関係の出席者の中、一番年若い者が話はじめる。

実際に今代勇者に会った人物でもある。


「我々はゴット教会の教導者として、勇者と魔王の関係、人族と魔人族の関わりを今代勇者様にご説明致しました」


「うむ、慣例通りの対応ですな」


老齢の教導者が、若手教導者をフォローするように言葉を繋ぎ、対応の正しさを補完する。


「その上で、勇者様の意向をまとめると、概ね三点になります」

「一、魔王を探す事は積極的行う予定である。しかし行軍は不要である」


チッ、誰かの舌打ちが響く。

勇者の魔王討伐に同行し、あわよくば自国の版図を広げようと考える国の代表だろう。


魔王は魔人族の住む魔大陸に生まれる。

ある時は魔人族、ある時は魔大陸に住む動植物や妖精、またある時は洞窟に眠る輝石など、その形態は様々である。


恩恵を与えられる魔人族にも魔王を正確に特定する事は出来ない。

特定地域のステータス強化の度合いが強いので、なんとなくこの周辺に魔王が存在するだろう、程度のふんわりした認識である。


魔王を魔王として特定する確実な方法は、勇者による捜索である。

魔王を個として認識出来る勇者の能力に全面依存する手法である。


「二、寿命まで平凡に生きたいので、儀典、式典等はすべてお断りする」


「何だとっ!」


ある国の代表が頭に血を登らせて叫んだ。

かの国は王族が不祥事を起こし、近年王家の求心力が落ちている。勇者を民意の誘導に使おうと目論んでいたのだろう。


会議に参加している他の国々や教会も、もちろん勇者を合法的に政治や宣伝に利用するつもりであった。

しかし、勇者が権力を望まず日陰者の立場を希望するのなら、容認出来る程度に余裕はある。


「お静かに、続けさせてもらいます。三、魔人族と平和協定を結んではいかがか」


「えっ、はっ?」

「な、なんと?」

「馬鹿な、許されんぞっ」

「ありえん、何だそれはっ!」


会議参加者の誰もが困惑した。


「ぬっ、もう一度言ってもらえぬか?」


能面のように表情の変わらない議長が、繰り返しの発言を求める。


「勇者リリスからの提案です。魔人族と平和協定を結んでは如何か?」


「うぬ、我の聞き間違えでは無いのだな……」


二度聞いても変わらぬ勇者の提案に、議長の表情が崩れる。眉間に皺を寄せる。



この世界の人族は ―この世界に名前は無く、人族はコマッター大陸と周辺諸島に住んでいるので為、コマッター大陸イコールこの世界となる― 魔人族と反目している。


理由は単純明快。

人族より優れているからである。


人間誰だって無能と蔑まれたくなど無い。


努力や勉強を重ねても変えることの出来ない種族の優劣、そんな理由で子孫の存続まで危ぶまれ、自然淘汰までロードマップが確定していれば猶更である。


しかし、平和呆けジャパンで、ゆとりとさとりをインストールされし勇者リリスに、コマッター大陸人の深層心理に理解は無い。


脈々と続く人族の種族的劣等感なんぞサッパリ知らない。

ナンバーワンよりオンリーワンが何より大事な世代である。


そんな今代勇者のリリスにしてみれば、「大陸で棲み分けてるんだし、平和協定結んじゃえっ!」となるのは必然であった。


ここで、当世界の地理について捕捉しよう。


コマッター大陸は左右に長い菱形の形状をした大陸である。

下の角付近から細い半島が斜めに伸びる。


半島はS字のようなカーブを描き、魔人族の住む魔大陸まで繋がる陸繋島を形作っている。

細く遠回りの悪路だが、人族の住むコマッター大陸と魔人族の住む魔大陸は、一本道でつながるお隣さん関係にある。



「我々も、話を聞いた当初は憤りを感じました。しかしっ!」


勇者リリスはどちらかと言えば理系脳である。

感情や情緒より理論を優先する。


会話は着地点や結論を定め、目的まで一直線に話す。所謂オタクの饒舌早口に近い話法だ。

いい方向に解釈すれば目的意識が明確、悪く捉えるなら人の気持ちを考慮しない。


勇者リリスはこの世界の教導者等から聞いた人族と魔人族の関係、勇者と魔王の関係、そして魔人族を強化する魔王の権能を極めて正しく理解し、魔人族と人族の問題に恒久的な着地点を求めた。


リリスに知らされた条件は以下である。


人族と魔人族は、同じ世界に住み、言葉も文字も貨幣も神も共通である。

細い道が繋がっているが、人族と魔人族は別々の大陸に生息している。

両種族の接点は、散発する小競り合いと、個人レベルの小規模な交易である。


魔人族が積極的に人族を襲う事は少なく、人族も魔人族へ攻勢をかける気概はほぼ無い。

どちらの種族にも一定数の悪党や恨みをこじらせた者は存在するので万事平和とは言えないが、国家レベルの戦争は千年以上無い。


何より、人族には「教会と七国の共同会議」、即ち人族全体の方針を決める合議体が存在している。


それ故、勇者リリスは平和協定を結ぶべきだと結論付けた。


一番の面倒事である人族の総意が決定出来るのならば、双方の種族間において協定や条約を結ぶことで、平和的に問題が解決する。

地球上の紛争や戦争の歴史を多少なりとも学んだ記憶があるのなら、自ずと導かれる最適解である。


「魔人族は強さを尊ぶ実力主義っぽい。でも、魔王で組織力が上がってる今なら、平和協定は堅守されるねっ!」


しつこいようだが、勇者リリスの持つ地球の知識に、原住人族であるコマッター大陸人の種族的劣等感は含まれない。


「それから、今回の我々のような目立つ来訪や召喚は、儀典式典同様に拒否されております。今後は手紙か冒険者ギルド経由に。……との事です」



会議の出席者は沈黙した。


各々の頭の中で所属する統治機構の利益を最優先に考え、勇者の提案を検討する。

しかし、魔王や魔人族に対する感情が、魔人族との平和協定に激しく抵抗を示す。


「魔王討つべし! 滅ぼすべし!」と刷り込まれているコマッター大陸の人族にリリスの思想の劇薬である。


魔人族を仮想敵とする千年単位での刷り込みである。

固定観念恐るべし。正論パンチで罅すら入らない強度の鉄板すぎる人族の常識である。



最後に、会議の出席者は全員同じ考えに至った。


魔人族と魔王をどうにかする前に、 ― 今代勇者様をどうするべきか ―



常識が違う事を甘く見てると、痛い目に合うかもなぁ。と思って書いた。

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