「幼いラスボスを養います」? お帰りください
順風満帆にクソな人生を送ってきたわけだが、最期は本当にくそったれだった。
しかも生まれ変わったと思ったらそこもクソだったので、俺は早々に自分の人生に見切りをつけた。
死を選ぶ? そんなわけがない。どうして環境がクソなだけで俺にまっったくの落ち度がないのに死んでやらないといけないんだ?
というわけで俺が物心ついてそれなりに行動ができるようになってまずしたことは、親のファミリーを乗っ取ることだった。前世から有能なんだよな。
誤解しないでもらいたいんだが、いつも世界がクソなだけで俺は全くもって無害で有能で誠実な一般人だ。
実際始末しておいた方が後々楽だろう親共を監視付きとはいえそれなりに小遣いをやって隠居させるにとどめたし。うーん、我ながら慈悲深くて涙が出る。
別に俺に反意のあるやつらの釣り餌としてしばらくは機能するだろうとか、そういうことは全然まったく考えていない。
そう、俺はとても気持ちの優しい男である。だから。
「こんな傷だらけな子供放っておけるわけないでしょう! うちにいらっしゃい!」
この腐り切った国の裏で鎬を削る四大マフィアのうちジュデッカファミリー七代目ボスたる俺にこんな無礼を働く女をすぐにどうこうしようとは特段思わなかった。
これあれだな、前世の妹が好きだった異世界転生系恋愛漫画の展開にありそうだわ。
まぁ既に俺の現状が異世界転生系ではあるんだが。
そういうわけで改めまして。
どうも。仮想近代西洋が舞台のマフィア系アクションゲームに転生した令和男子俺です。
妹がプレイしたのを横目で見ていただけなので忘れたが、俺こと「タンジュ・ジュデッカ」の役どころは俺以外のキャラクターのメインストーリーで大体ラスボスをやる悪逆非道の最凶キャラらしい。俺本人のルートだとこの国を裏から牛耳り血を求めて他国へ戦争を仕掛けるのがエンディングだとか。こわいね、俺。
俺以外のキャラはマフィアだけど自警団の側面が強くそれぞれの勢力圏を守りつつ、マフィアが台頭している時点でお察しの治安最悪国家の平和をそれぞれがどうにか模索するストーリーらしいんだが。
まぁな、そういう展開ならそれを阻む巨悪が必要だよな。どうも、巨悪です。
そんな巨悪な俺だが、本来の「タンジュ・ジュデッカ」は俺が知らぬ間にこの体を奪ったことによってたぶんもう死んでいるので。いやマジで知らんが。「俺」の意識がはっきりしたの三歳かそこらだし。前世の妹が転生と憑依は違うと熱弁をいつだったか振るっていたが、本来の「タンジュ」がここにいない時点で俺が殺したようなものだろう。
ま、こちらも不可抗力だ。俺が代わりにタンジュとして立派に好き勝手生きさせてもらうので、せいぜい恨んでくれればいい。
人ひとりの人生を奪ったことへの罪悪感はない。前世からそういう性格だったし、今生ではそんなものを持っていたらマフィアのボスなんざやっていられない。
せっかくなので本物のタンジュよりもでかい悪を目指してみようかと考えている今日この頃だ。ヒーローたちにはぜひ頑張ってほしい。
「ほら! 行くわよあなた!」
現実逃避に思考を明後日に飛ばすのもそこまでだった。
見たところ十六から十八、前世で言うところの高校生くらいの女。
先ほどシマであるこの街を視察しにきて、あまり物々しくならないよう部下と距離を置き一人で行動していた俺と曲がり角でぶつかった。
その際袖から俺の戦闘訓練の傷跡が見えたのだろう。
女は狼狽すると手当をするから家に来いの一点張りになった。虐待されているとでも思われているのかもしれない。手当どころか保護くらいはしようという勢いだ。
まぁ、俺今いちおう十二歳だしな。そんな子供が傷だらけなら、善良な人間なら助けようとする。つまりこの女はお人好しの類いなのだろう。俺たちマフィアのいいカモになるタイプの。
めんどうだな。
そう思いつつ、手の動きで建物の陰に隠れている部下たちに動くなと命令を出す。
「なぁ、お嬢さん。本人の同意もなく連れていこうとするのは誘拐じゃないか?」
「は、え、ちが! 私はただあなたが心配で!」
「そいつはどうもありがとう。優しいんだな、お嬢さん」
「お嬢さんお嬢さんって……あなた年上に対して少し失礼よ」
「ああ、すまないな。こちらの話も聞かずに思い込みで行動するところなんか、『子供』らしくてついお嬢さんと呼んじまった」
「なっ! 思い込みも何もあなた実際傷だらけじゃない! 誰かにそんな酷いことされているんでしょう!? うちに来れば傷も手当てするしそんな連中からは守ってあげられるわ!」
ふむ。ここまで言い切るあたり、実はこのお嬢さん、本当にいいところのお嬢さんなのかもしれない。猪突猛進なのも、何不自由なく育てられた証なのだろう。この治安最悪国家で運のいいことで。
まぁどうでもいい。
俺はお嬢さんの正義ごっこに付き合ってやる筋合いはひとつもないのだ。
「これはただの戦闘訓練でついた傷だ。合意だよ」
「戦闘訓練って……こんな酷い傷跡が残るようなもの、訓練じゃなくて虐待よ!」
「見解の相違だな。俺は一刻も早く誰よりも強くなる必要がある。部下は俺の意向に応えてくれただけだ」
「部下? ……子供らしくない言動といい、あなた、何者なの?」
ふむ。答えてやる義理はないし、言い触らされて今後この辺りの視察をしにくくなっても困る。ここは煙に巻かせてもらおう。
「さぁ、お嬢さんが好きに想像すればいい。それじゃあ、もう会うことがないよう祈っているよ」
「あっちょ、待ちなさっ!」
掴まれていた手を軽く振り解いて部下たちのいる方向へ踵を返す。
問題なく合流し、そのままとんずらをした。
ああ、失敗した。次は傷跡がちゃんと隠れる服装で来よう。暑いからって面倒がったのがよくなかった。身だしなみは大事だよな。俺ボスだしな。
もしあのままあのお嬢さんの家まで連れていかれていたらとふと考える。
そこで、俺がここらを仕切るタンジュ・ジュデッカだと名乗っていたら。間違いなくお嬢さんもそのご家族も泡を吹いて倒れていただろう。
俺に舐めた態度をとったらどうなるか。まだ年若いどころか幼いボスというだけあって、そういうことの多い俺は、そのたびに丹念に相手に思い知らせてきた。屋敷ひとつを更地にするくらいは平気でした。
そんな俺にあんな振る舞いをしたのだ。
首と胴体が繋がっているだけ有難いと思ってほしい。
まぁ、まるで令和日本を思い出すぬるい正義感だったので。思わず郷愁に駆られて見逃すことにしてしまった。
あの手の「私良いことしてます」という確信を抱いて生きている女は面倒だ。
後で部下にあの女のプロフィールと行動範囲を調べさせて、今後の視察では出くわさないようにしなければ。
俺の中のまことに善良なる人間は。前世の愚妹ただ一人だ。
『お兄ちゃん諦めようよぉ~あの家に生まれて隙見せた私たちが悪いよぉ~殺される方が悪いって自分でいつも言ってるじゃん~~』
前世、最後に見た光景。
俺たちを誘拐してクソ親父に対して有利に交渉を進めようとして上手くいかなかったアングラの連中に命乞いとも呼べぬ泣き言を吐いている、妹。
『私とお兄ちゃんに人質としての価値なんてないよぉ。あの人が完全に気まぐれで放置しただけの血が繋がっただけの置物だよぉ』
あっさりと俺たちを見捨てた、世に言う悪徳官僚をしていたクソ親父。俺たちはその婚外子だった。
母親は本妻からの嫌がらせで心を病んで病院に入り、それから俺たちはずっと二人で生きてきた。
クソみてぇな家で空気のように扱われながら、そのくせ親の悪行のとばっちりを食らい続け、それでも負けて堪るかと生きてきた。
『ねぇお願いだから一瞬で終わらせてくれないかな? それかクスリで人格ブッ壊してくれない? 拷問とか時間の無駄だからやめとこ? 私あの家の寄生虫だったからマージでなんっにも知らないからさぁ』
妹がめそめそと情けなく相手の慈悲を乞う。最初に相手の計画の杜撰さと見る目のなさをあげつらったことで散々殴られ猿轡を噛まされていた俺は、もう命を諦めているあいつを諌めることができなかった。
俺のせいだ。
俺の落ち度だ。
誘拐はずっと警戒していたはずなのに。ただ少し、引きこもりの妹が珍しく夜風に当たりたいと言ったから、ほんの少しだけならいいかと散歩に出かけたのが間違いだった。庭に出るだけで我慢させるべきだった。
銃口が妹の額に当てられる。妹は一撃で楽にしてくれると感謝の言葉すら口にしていた。
やめろ、と。満足に言葉にすることもできなかった。
俺の、弱くて愚かでかわいい妹。
俺よりよほど賢くて、なんでもできて、善良で、その隙に付け込まれて妬み嫉み謗りを一身に浴び家から出られなくなった可哀想な女。
進学校にいじめはないというがありゃ嘘だ。それなりにあるし頭が良い分悪質で証拠を残さない。
これだから賢しい女はろくなもんじゃない。当の妹に偏見だと窘められたが、人が怖くて外に出れなくされたくせに馬鹿じゃないかと思う。
勉強ができなきゃカス扱いの女の園で、なんでもできる妹はさぞ蹴落としがいのある獲物だったことだろう。誰も助けやしなかったところを見るにたくさんいたはずのお友達とやらも内心ではどう思っていたことやら。本当に親しくしていたのだとしてもターゲットが変わるのが怖くて見捨てる程度の友情ならゴミみたいなものだろう。俺は女が嫌いになった。
ごつり、と。椅子に縛り付けられていた妹と違い、四肢を縛られ床に転がされていた俺の後頭部にも固い感触が押し付けられた。
十中八九、拳銃だ。
ああ、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!
こんな終わりがあってたまるか。
俺はいい。俺は生き残るためになんだってしてきた。クソ親父のコネクションすら利用して、邪魔者は全員潰してきた。
けど妹は、あいつが、何をした。
ただ弱かっただけだ。ただ優しかっただけだ。人より賢い分、諦めてしまっただけだ。
『ばいばい、おにいちゃん』
何の未練も感じさせない軽やかな別れの言葉が。
俺の最期の記憶だった。
そして気が付けばこの状況だったわけだ。
そら全部ぶち壊してやらぁなという気持ちにもなるってもんだろう。
ゲームだ? マフィアだ? 知るかよ。
俺は俺として、ここでもまた同じように生き残るだけだ。そのためならなんだってする。
もう二度と、誰にも負けない。無様に地べたに這いつくばったまま命を取られるような真似はしない。
「おにいさま! おかえりなさいませ!」
「ただいま、フレサ。いい子にしていたか」
「ええ、フレサはいい子にしていましたわ!」
そうか、と。七歳年下の五歳の「妹」を抱き上げる。
こいつは、フレサは、あいつじゃない。俺が記憶を取り戻した、自我がはっきりしてくる年になってもフレサはフレサのままだった。
妹その二とでも呼ぼうか。今生での、新たな俺の妹だった。
守れなかったあいつに重ねているのは自覚している。
それでも、と思う。あたたかい体を抱き締めながら決意する。
俺自身の命と。こいつの命を守るためなら。
国が滅んだって構わない。
かつてのクソ親父を上回る畜生に成り果ててもいい。
俺は必ず、今度こそ。
俺と妹の、幸せな結末を手に入れてみせるのだ。