幕間の章『後悔』
幕間の章『後悔』
膨らみのある暗き滑らかな質感に、這うような指の動き。
一枚一枚の際立つ角質は鱗の間に溝を施し、眼力に『抑制』の矯正具を通した圧力は『彫刻刀』を兼ねる指先を微細な領域に捩り。
極微の単位にも指腹で接触角度を変えれば、時に寸分の迷いなく直線を辿る妖美こそ、女神で操る玉手の動作。
「……」
削り上げた細部に見えれば、『維管束』の如き、巧妙で。
硬筆型の槍鉋を用い、精巧緻密に『悪竜の紋章』を彫っていけば、優しく布で拭き上げても傷付けることのなく磨きをかけ。
「……」
此処で『想像し得る仮想の敵に酷く滲みるだろうもの』は、暗黒の大岩塩で編み込んだ踵を蜘蛛糸の束ねた縄で往復に滑らせても、研磨に仕上げる靴作り。
「……こんなものか?」
一足も作り終えた息抜きには、手を止めても。
大戦後には長らく闇を漂い、休眠としていた女神で『約束としていた相手との会談予定』も白紙となっては、浮いた時を持て余すように日々の進みも緩慢。
「……」
単身、暗黒の広間で沈む。
本来なら君へ見せてやる筈だった『暗黒由来の博物館』も、客の居なければ、照明を灯す理由もなく。
敬意を表すべき相手もなくは、自堕落に極まり。
老いを恥じらう相手も居なくなって久しいなら、老眼に掛ける眼鏡の先で、見据えるは只管に惰性で作り続けた装飾の。
いつか『彼の女神に対する返礼や貢献への対価』としても仕立て上げた『深海』を想起させるは上層から下層へと徐々に配色の暗くなる階調——飛沫で模った"深淵なる花の耳飾り"。
(……"行き詰まる時には外よりの意見を求めたい"が……)
"その身に着ける筈であった彼女"を思い、幾年が過ぎたであろうか。
(……"過ぎたこと"を。相も変わらず、愚かなものよ)
何度目かの物思いに晴れぬ心は幾度にせよ、心理の道筋で似たような順に続いて久しく。
アデスで"好奇に従う心"が『危ういもの』だとも初めから分かっていたのに——"だのに"、"口煩い老婆の私は決定的な部分で何時何時も関わりを避けた"。
言い換えても『他者という面倒』を嫌えば、『彼女ためにと手を尽くさずに』——その結果が、"永世に続く後悔"なのだ。
(……予測は簡単だった。『いずれに好奇心、【敵を敵たらしめる因果に迫らん】』と)
悔いの続けば『もっと多く、より良く出来たことはあったのだろう』と、『当初から念入りに見守っていれば、彼女を危地に追いやらせることもなく、より早い段階で協調の道も開けたのでないか』と。
何度も己に非を見出すような目障りの聡明に、己で逃げるようにしても、今や各地に配した暗渠を転々と。
その一つ、何処に在っても光に見えない『未知なる特異点』の内側で、長くは意識で微睡み、起きる度には『どれほど寝ていたのか』と自己で行う各種の計測作業すら、少女に"くだくだしい"有り様で。
(……いや。"我ら存続を願う者にとっての大敵"の、『怨敵の無にすら親しみ』を以て『善良の神は完成した』のだ)
その寝穢い道中には、"外界で光が喧しく波を荒げる感覚"もあったが——『心に諦め、落ち着くべき結論は出て、"だのにどうして気落ちする"』と、幾度も迂回する思い。
何よりは、『自身の消極性が齎した悲劇を覆い隠す』ように『彼女の積極性が自身で望む成果を得られたのだ』と、誤魔化す性根が浅ましく。
しては、やはりも、"自責"して、『外交用件の対応』になど、それこそ『体裁を繕う』に気分でなく。
(及び、『見事にも完遂した』のだ。"彼女自身でついぞ私の期待を裏切ることもなかった"——)
外面には『喪中につき、内容に対する返信時期未定』の、"自動的な応答文"を適当な座標に幾つか張り付けたのみで、巡る独白。
(——……"それだけ"のことを)
危うさを見ても、深入りせず。
時に聞かれたとて『己ですら未だ理解し得ぬ無』を、また『理解したくもない他者』へ、『何と説くべき』か——その煩雑を嫌えば、厭うばかりにも彼女の先行を許すのみで。
たとえ、どれだけ己の行いを"正当的かつ好意的に捉えよう"とも『邪悪の本性を持つ己で無用な衝突を避けるため』?
そのために『相手へ寄らぬことにした』のだとして、表層的な態度に『無関心』を選んだ事実に変わりなく。
(仮に私が『真に偉大の完璧』であれば、『間違うことなどない完全性』を備えていれば……貴方に、"あのような顔"をさせることもなかったのだろうか?)
生来より疲弊しきった心根に『他者がなんだ』、『もはや面倒事に関せず』との、"諦めにも選んだ結果"なのに。
だのに、未だ受け容れず。
甚だ未練がましくも、『されど』、『より細かに見張ってもいれば防げただろう』と精度の極まる神の演算で、長き黙考の続く最中には『未だ女神と語らう己』の可能性が何度だって眼に見えても、後悔。
(いいや、"それ以前の問題"なのだ。またも"己は自らで選択を拒み"……そうして、『ただ流されるまま』に、"全てを諦めた自身"には『望む未来に何も関係がないのだ』と暗く、視座を閉ざして)
瞼を閉じては都度、日を改め。
(……それも"自らの不完全性を痛感する"のが怖かった。『私には皆を万全に助ける資質のない』と突き付けられる事実が)
数千年を置き、目覚めても、未だ変わらぬ女神の懊悩。
(だからこそ、凡ゆる場に臨むを避け……だがして、『関わるなら徹底的に守るべき』であったのだろう)
疲れては眠り、また起こる、認知に忘れさせてはくれない神の玉体で、"何時迄も過去に留まる苦しみ"の胸中。
(……太古より分かっていた筈だ。"自らの決定を避け続けた先"に待つのは、"ただ理不尽な世への恭順"なのだと——だのに、何度となっても私は、疲弊において怠惰へと沈むだけ)
さりとて無限を生きるに、沸々と、煮え切らぬ思いの多く。
(……だが、それでも、執念の身は悔いに浸ってばかりもいられない)
未だ続く悪に、"逃げるのも得意"なら。
終われぬ生に安住を求める精神、『己を鎮める理論』及びの『活路』を探す。
(未だ世界に、彷徨える魂の少なからず。得てして"行き場のない衝動"で何れに『無謀な賭け』と出るのなら……今以上の悲惨が待つのみ)
しかして、思い起こす世では既に『子を設けるとした神』のいて。
つまりも、波立たぬ世を望む暗黒の化身にとっては"後手"に回った状況。
(それ、"皆が不完全に悩む今"、これ以上の悲劇は防がねば——率先して道を示さねば。『健やかなる夢の見方』とは如何にあるものかと、『永遠の議論』に縫い止めてでも)
悪辣な神の思考は"己の悲痛から目を逸らすため"でも、次なる時代に目を向け——現在にその"想起させ得る災いの目"を探しては、『摘み取る』にも、"どうする"か。
"目下最大の仮想敵"で、『教唆に襲った刃』及び先の決戦にも見た『膨張する宇宙』と相対しては、届かぬことも多々あり。
彼の"驚異的な速度"には遅れて回らざるを得ない者に——"能うこと"。
(そのためには、"今日までよりも積極的な意見の発出"を、例えて『議論』の場における『発議』で以ては……やるしか、ないのか)
たとえ、"戦闘の幾度に遅れをとろう"とも。
"もはや誰がいつ何処にどのように生まれてきたとして問題となり得ぬ世界"の構築に——"前提"からの、『変革』を思い。
(再び、この身で『恨めしき社会への参画』を——過去には『普通』や『一般』の出来ず適応に苦しめられた、時には求められても仕様がなく、立ち場をなくして追われることも多々あった、"苦い記憶"の……"あれ"へ?)
されど、"難多き展望"に、"果てしなき道"も思えては、明哲の少女に辟易の色も見え出す。
(……いえ、それでも"今の大神"なら、『能う己』も有るものか)
小皺の寄せた眉間。
麗しき愁容に伸ばす触手は眼鏡を一時的に回収する。
(……だとして、皆は議会の招集に応じてくれるのか、不安です。話し合う頭脳を持ち得ても、賢しくは『取り合わぬこと』を選べてもしまう者ら……『武威で圧して聞かせること』も可及的処断が必要とする場合を除き、避けねば)
そうして、別なる触手も加勢。
外した器具を一度に拭えば、少女の顔貌へと戻し。
("穏便"でないと、私で『皆を統べる意義』が失われてしまう。高が知れる、手の内も知れて……"問われる品格"には『真に無血』で事を成さねば、"後に尾を引く禍根"が後世の歴史において"瑕疵"と見做されてしまう)
再び開いた紅の眼。
透鏡に映す論理を返しても、"自内に描く空想術"は『凡ゆる』を『敵』としても試算する。
(しからば、『議会に参加する見返り』として、先ずは"裨益を示しきり"……言い換えても、"私から皆に約束できること")
そうしても、『忌むべき相手』に感情ばかりが先立てば、『求めるべき真理など二の次に追いやられてしまう』とも過去に知り——急くに建設的な議論などを望めず。
故にも、『厭世家の女神でも理性的な態度で交渉に臨まねばならぬ』と、窘めるような自答を終えて。
(……"約束"。仮に言い換えて『最低限の保証』それこそは、『女神テアの先例』を踏まえても、"あのような喪失が二度と起こらぬよう"に『安全上の保障』が出来れば良いのだろうか——)
斯くして、一定に現実的な指標を見定め。
なれどの、『喪に服す対象すら政治的に利用せん』とする自己へ、"嫌気も差し出す頃合い"なら。
(つまりも『世界の警察』が私に務まるか? 『他者を害せぬ限りは、皆の安全を私で常に保証(保障)するのだ』と)
困難を思ってばかりにも、気は塞ぐ。
(傲慢にも、真に偉大な強権にも。"凡ゆる悪を知り尽くした私"だからこそ、その補導する役目が務まる。最も多くの判例を知るが故に『悪辣なんたるか』を説いて……"逆説的に模範へ至らん"とする姿は、"反面なりても教導"に)
しても、作業の中に気分転換。
時には"単なる興味"と関連して『楽しげなこと』から進めよう。
(それやはりも武威に圧するのではなく、"徳治"。率先した行いで示す合理に説得は、『約束の遵守』すなわち『誠実な態度』を如何に示してくれましょう——)
見目に装うなら、"私は暗い色の警備服"。
"気怠げな眼差しに軍事的な色調も厳しい様が似合いすぎると思うのだけれど"——無数の手で引く少女の身に、試作した制服の数点をあてがう。
(『官服』に——『帽子』では——威圧が過ぎるやも。決して皆を抑圧したいわけでもなし、斯くの如きだと表層に見せる趣旨が変わってしまう)
しても、一通りに楽しんでは喪服。
"既に厳粛"とある装いで、今暫しに案の出し尽くすまでを保留。
(さりとて、常に淑やかな美女で、如何にも"義の有る気配"に振る舞わねばならぬのですが……選定は次回に持ち越し)
また、唐突にも『頑張った日には甘味が良いと聞きます』で、先に"見通しの大要を建てた己"へは『褒美』として『菓子を楽しまん』と?
更なる気分転換には『ガラリ』と。
一時的に惰眠や靴作りや装飾の作図もやめ、新たな趣向を凝らさんとしては被服で左右に広めの前身頃に、留め具の次に髪も結んで帯も締め——触手の持ち出す様々な道具の、"どれを使おうか"。
(今で興味は『ぱてしえ』、『ぱてしえーる』? ……恐らく"男女に分ける性で品詞は変化する"のだったか、どうか)
傍目には『藪から棒』か『窓から槍』でも、複雑な心を持つ大神の必然的な思い付きに語義を知って正す者はいない。
(……兎角、私も"生まれたからには表現しよう"との身で、『ただ良いもの』を作ってみたかったのだから、記憶に知るばかりでなく今で実際に挑戦するも良い機会だろう)
しかしの、歩み出す挑戦は——"己から異なる世界へ歩み寄る"ように。
暗澹たる身に癪であっても。供える物には"煌びやかな装飾"などを添えて。
それこそ『暗黒の主催で貴賓を持て成す』ように、将来に想定する議論に際しても『歓談とする楽しみの一つや二つを加えん』と、和やかな雰囲気の予行練習。
("持て成す"、これも"政治"なら、必要な労なのです——然り。『神聖議会の主催者が菓子作りにも能う』などが神秘的に、幻想的)
よって、『女神のお菓子屋さん』が、いとをかしく——斯様にも、どうせ新しく始めるなら、"まだ誰も至らぬ領域"へ。
未だ新世の此処では誰にも咎めの瑕疵なく、『只管に綺麗と映る理想』を追って試みは、"穢れもない未詳"に焦がれ。
(因りても、新しき折角なのですから。"とびきり綺麗な"、"未だかつて誰も見たことのないような理想"を求めて——)
——『邪悪』にして、『魔性の女』。
その順で己を構成する主要な大派閥、『偉大な王』にも立ち返り、思う。
(——目指すなら、先ず以て『至らぬ現実』を定義し、やはり、『何も約束されぬ世界』なぞ生を紡ぐに酷である)
此処に、"滅ぼす事にしか能がない己"。
今にも"胸奥に湧き立つ怨嗟"の数々で、『他者を呪うことしかできない邪悪』に出来ることの多くはなく——さりとて、『妙なる若輩に負けた』ようでも、心持ちは業腹だ。
(何より、"一切は成就確約のないまま"、"その先行きに案ずる心持ちで悲傷の経験ばかりが待つのも哀れ"では……よりてもやはり、『上がる方法すら見果てぬ世』で浅はかに送り出しても仕方がない)
よって今暫し、"努め上げた彼女"を偲べば、模索する。
(哀れも、憐れ。見遣る私まで悲壮に駆られて仕方のなければ……『私から皆への約束』を、如何に——そう、"世に結論を打ち込まん"とする、こればかりは、熟慮を要して一日に成らず)
そうして、『急いてもならず』では、『良かれ』と明日に回す気の重み、慎重こそが"必要な怠惰"なのだ。
(今日までに失われた者があり。存在せぬを打ち倒した所で完全なる勝利に程遠く……なれば、水の一滴さえ、"何をも失わずして取り溢さぬもの"とは——)
さすれば、己を振り返る後悔が『冴えた閃きは休養の中にこそ』と理を付け、幾度となく沈み込む静寂の中に思考を冷やして、固め、纏めようと続く。
(——……"そんなもの"は見つかっていない。仮に"見つかっていた"のなら、此処で苦心などにも要はなく)
未練に、足掻き、永遠の性で止められない。
"どれだけ皆が完璧な充足を求めても手に入らなかったもの"を、未だ心残りに『探すだけ無駄』と思えども。
(現実的に、"先ずは己"より。『誰より約束へと真摯の様態』を以て『契約を結ぶことの意義』を示し……思うに易くも、易事に非ず)
だとして。
(私にも嫌う物事は多く、それも数えることさえ煩雑に……ではして、"選り好みせず皆を対等に扱う"には……『そうをできるもの』とは……?)
執拗に。
(——……"理想たり得ぬ己"が限界を自認させられて小癪でも、それこそ『他の知者たちを頼る』に他なく……)
時に、数分の思考。
(——そうだ。いつにあっても変わらない。『皆』に『恩恵』を『齎す』こととは、先ず以て慎重な定義を要し……)
再び、眠り。
(……また結論へ向かうにも、それは『地に足を着けた上で尚且つ理想へと手を伸ばす』。"今に可能な最善"こそを、"暫定的に打ち出す方針"としてだな——)
斯くして、無限の神たる側面。
(……"誰もが己の充足を追い求められる"。同時に"誰においても問題となり得ぬ"のは……"切り分ける"?)
日に進み。
(……ふっ。怖気には『凡ゆるの並存を意図した総和の結論から逃げ続ける』……詰まる所で、"かつて数多に存在した世界の模倣"に、"再生産"……しかし、それ以外に私で『可能』と思しきことも——)
月に歩み。
(……『暫定』や『次善』の策を思うなら——そのように早くから考え、女神テアにも"納得のいく現状"を与えてやれればよかった。さすれば、危険を予測しきれぬ未知に、彼女が魅了されたとして抑止を設け、大事なく)
幾度の後悔は。
幾億、幾兆に、"より良きを夢見た試行"を経ても——ある日。
(……斯くして"無軌道の困難"を憂い、『過去にも今にも進む道に確たるものがないこと』、『積み重ねた労に成果の保証されていないこと』が皆を疲れさせ、"いつしか狂わせてしまう"なら……せめて)
愚鈍にして聡明の大神には、"悪しき予感の的中"すら早くある。
(私からは『皆を穏便に扱えるよう』と約束を、誠実に——そうして私は頑張りました。偉い。"新世界の創造"に向けて『約束』という主題を設定し、その創る大枠の候補も既に内なる複数の術式が完成に届く間近なら……そうです。少し休んで、万全を)
日々に眠りつつは、以前に学び得た『対光神戦闘』の記録も委細に分析をして、暫く。
(……『直ぐに行動を起こす』のは、"怖い"? ……いえ、いえ)
仮に、"奴の未来予測精度"が、『ただ色を見るよう』に"私よりも遥かに優れたもの"だとすれば——"読ませてはならぬ"。
機会によっては『気取らせてならぬ』、『何もなしてはならぬ』として、即ち『如何な挙動に気力も見せてならぬ』とは、やはり、"この怠惰を使う"他になく。
("逸り気に仕損じる"なども再三でしたから。なればの丁度……"あの走らせる艦船模型")
更に抜け目なくは『目的を読まれた所で』の、『質と量を担保するもの』として『今の呪縛に何処まで出来るか』——『【ここぞ】で内なる派閥に纏まらぬでも仕様がない』。
なればの今一度——『世で最も永遠にして強大なる【無限の■■】を、単に【技量】として束ねても』——鍛え、直し、『かつての誰』でもなく、『今の大神』に試し見ても。
("船が現在地から海を一周してきた頃合い"に、『事を起こす』としましょう)
有事に備えた『決着術式』。
既に『億年の怠惰』で基礎理論も成れば、残るは実戦での運用。
その再現性を期して仕上がりを待つ間も——"徹底的に"、怠け。
(たとえ何時に『議会創設』を決行しても、咎められる者など然うはいないでしょうから——)
いや、"無為自然に極まる忍耐"で——微睡から抜け出した、"然る日"には。
(——……それとして孤独は静かでいい。誰の気にも構わず無限に眠れてしまうから……残る細部は『三年ほど煮詰めてからにしよう』として、三億を寝てしまいました)
その"決起に至る日"には——詰まる所で『己が理想を突き通すためにも権威を示さん』と。
(だがして、『情報資源の温存』も出来よう事実。剰え、"私のように邪悪にして過激な思想を持つ者は怠惰にあればこそも意義のあり"——)
"それらしく義を持って振る舞う事前の準備"には、"再び政治の表舞台に立つ正当なる段階"として"礼節の順"を追い——『おずおず』と開く、郵便受け。
(……けれど、やはりも、そうです。しかして今は決起よりの、"先約"。"積もりに積もった外よりの振動"は、何を騒がしくしていたのか)
目前より開いた渦より、落とし。
今より、"再会の場に妙な揚げ足の取る余地もなかれ"と、『己に送られた文の目通し』だけはせんと思い立てば——。
(電報としても聞き入って、偶には私の眼で見開き————)
——"降り積もる量の異変"に気付く。
「……」
今日まで彼女が『この世界で既知とする生命』は指の数えが『六』、『七』もあれば現存を思うに足りた筈——だのに多くが『不明な発信者』より。
「……」
しかして、起きしなの暗黒。
女神が失われて以来、久しく眠りに閉じていた意識に走る——"喧騒"。
(…………"これ"は)
それも数多の音——"夥しき声"の数が。
(——いや、"多くは文に文章の体裁すら為していない"。"ただ岩に海に"、"大気へ記された反響"の多くは……)
急ぎ眼鏡を通した分析にも——騒音除去を経ても記された『作動の記録』が著しく。
(——"世界に響きし怨嗟の数々")
流し見る、その内容すら『救いを求める声の乱雑』で。
「"——"」
大部分は悲鳴、磁場に劈き、互いを掻き消す騒音。
また比して少なくも時折に"音で拾える語に意味を持ったもの"では、意訳して多くが『救助を求む』に胸を冷やす。
(……"醜悪"は、……どういうことだ——)
それら『いたい』、『くるしい』、『喉が焼ける』、『やめて』、『目が潰れる』、『終わらせて』、『助けて』——『光でない■に願う』と。
("共通とされた言語以外にも"、音は——既に『動物』、『植物』だと、『微生』の者も大勢に、"未知の思考様式さえ数多"に介在せし、これは——)
闇の暗幕に届いたものを解き易く翻案すれば、以上のような表現が『ごく僅かの一例』に過ぎない。
事実、"諸事情に描写しきれぬ真実"として大神の知覚には『声にならぬ心の機微』も、『言葉にならぬ呻き』も、『たとえ発声機関を持たぬ者でも悶える身に軋む音』が届いていれば——"何より嫌う"、『邪悪の過去』を思わすようで。
("夥しき数の細声"は、"窮する民の侘声"は——)
なれば、突如として溢れ出した思いの滂沱。
眠りに落ちる先刻までは、存在しなかった数多くの苦痛。
宇宙に広く拡張された"不快の周波"を以ても——円筒の帽子を脱ぎ捨てる、趣味に浮かれた装いを『弔いの平服』に塗り替える。
(……一体——)
手首から捻る空間に闇を持ち出せば、肩より羽織る外套——寡黙に備えを終えても急ぎ、現地へ。
「"……"」
"既に何者かで血塗られる歴史"に、『処断を』と急ぎ——"その先で目の当たりとする光景"に、女神は再び悔いるだろう。
「"————"」
"己が目を伏していたばかり"。
"眠れるばかりに起きた惨劇"で、強く。