みいちゃんと菜の花さん
ひだまり童話館 第32回企画「ふにゃふにゃな話」参加作品です。
表紙に越智屋ノマ様が描いてくださったイメージイラストがあります。
そちらもお楽しみください。
ある4月の春の日のことです。
今が盛りの菜の花畑がある白いお家の裏庭にみいちゃんは「よいしょよいしょ」と真っ白な椅子を二脚運んできました。
そして、お花の紙ナプキンをしいた、ちいちゃな白いテーブルを真ん中にちょこん。
その上にポットとたらいをセットして、「よし!じゅんびオッケイ」とみいちゃんはエプロンのすそをポンポンとしました。
「あっわすれていた!」
イーゼルにクレヨンでかいた画用紙をはりつけます。
『てあらいやさん、はじめました』
お家の中では、お父さんとお母さんが今ご近所の優子おばあちゃんとあずみお姉さんの髪を切っています。
裏庭にまで「チョキチョキ、ササー」とはさみを使う音や笑い声がきこえてくるのです。
ほんとうは美容室の前でお店を開きたかったけれど、お母さんが「それはダメ」というので、しかたなく裏庭でみいちゃんのお店を開くことにしたのです。
菜の花の上をモンシロチョウがひらひらと飛んでいます。
お日様は高く、じんわりと大地をあたためます。
みいちゃんも美容師さんになるのが夢です。
でも小学校1年生のみいちゃんでは髪を切るどころか、シャンプーもさせてもらえません。
みいちゃんにできることといったら、家でも学校でもやっている手を洗うこと。
「そうだ!」と思いついてはじめたのが『てあらいやさん』でした。
あいかわらず菜の花の上をモンシロチョウがひらひらと飛んでいます。
お日様は少し雲にかくれました。
「お客さん、来ないなぁ」
みいちゃんは、イスの上で足をぶらぶらさせました。
「私、がんばるのになぁ。手をきれいにすると気持ちいいのになぁ」
そうしてお店の方をみました。
「優子おばあちゃんとあずみお姉ちゃん、終わったら来てくれないかなぁ。あ~、暇だよ~」
菜の花の上のモンシロチョウが花にとまりました。
お日様は再び顔を出して、さんさんと輝いています。
「最初のお客さんには、お母さんが作ってくれたクッキーもあげちゃうのになぁ」
「それ、ほんと?」
「わっ、びっくりした」
見ると、菜の花畑の前にみいちゃんと同じくらいの年の女の子が立っています。
おどろいたまま、みいちゃんがかたまっていると
「手をあらってくれるの?そしてクッキーももらえるの?」と女の子がききました。
「いっいらっしゃいませ」
みいちゃんはあわてて、いつもお父さんとお母さんがしているように、お腹まで頭を下げました。
女の子はにこっと笑うと、椅子を指さします。
「すわってもよいかしら?」
「どうぞ。すぐにじゅんびします!すわってまってて……じゃなくって、お、おまちください!」
みいちゃんはテーブルの上のポットを急いでつかんで、たったったったっと裏口からキッチンに入りました。
給湯器を38度に設定して、ポットにお湯をくみます。
ふたたび裏庭にもどると、ピンクのたらいにお湯をあけました。
「じゅんびができました」
「はい」
みいちゃんはその時女の子をまじまじとみました。
栗色のふわふわしたショートカットの髪に、透き通るような白い肌、黒目がちの瞳。
そして白いワンピースをきて、黄色いくつをはいていました。
みいちゃんは、女の子がどこから来たのかきいてみたくなりました。
でもお母さんが「お客様はじぶんのことをきかれると嫌なこともあるから、空気をよまないと」といっていたのを思い出し、まずお礼をいいました。
「えっと、てあらいやのごりよう、ありがとうございます!」
「うふふ。私手を洗うのって初めてなの。どんな気持ちなのか楽しみだわ」
「えっ?手を洗ったことがないの?……ですか?」
「そう。いつも水にひたすだけだから」
(なあんだ。水では洗ったことあるんだ。それなら、おもいきり丁寧にお湯で洗ってあげよう)
「まず右手から洗いますね」
そういってお湯に右手をひたして、やさしく撫でました。
「気持ちいい。お湯って気持ちがいいのね」
「ありがとうございます。せっけんはばらの香りとラベンダーの香り、レモンの香りがありますが、どれがいいですか?」
「ぜんぶ」
「わかりました。じゃあ、右手をばら。左手をラベンダー。最後に両手をレモンであらいましょう」
「うれしいわ」
みいちゃんは女の子の右手にあわだてたばらのせっけんのふわふわをのせました。
いつもやっているように全体を優しく包んでから、指を一本一本洗っていきます。
「手洗いは、マッサージにもなるのよ」とお母さんの言葉を思いだし、指を丁寧にほぐしていきました。
爪の間もてのひらにのせて優しくごしごしして、手首もふんわりあわでつるつる。
「とてもよい香りね。それに手がすべすべするわ」
女の子はうっとりして、みいちゃんにたずねました。
「どれくらいの時間、洗ってくれるの?」
「手がふにゃふにゃになるまでにはおわります」
「え?手を洗うとふにゃふにゃになっちゃうの?」
「手を洗うというより、お湯に長いことつけると、です」
女の子は不安そうな顔をしています。
「あっ、でも病気とかではないよ、ないです。しばらくすると元にもどります」
「そうなのね。できればずっとこうしていたい」
「気持ちいいですか?」
「とても。あなたはお店をしているのよね」
「うん。あっいいえ、そうです」
「じゃあ、お客様より手がふにゃふにゃになってしまうわね」
「だいじょうぶです。まだこどもなので、お客様は一日に一人と決めているので」
女の子は黒目がちな目を細めて
「それはよかったわ。私はラッキーね」と笑いました。
みいちゃんはうれしくなりました。
だってお客様になったことを喜んでくれる人がいたのですもの。
それに手がふにゃふにゃすることを心配してくれる優しいお客様だということがなんだかしあわせでした。
「またお湯をたしますので、少しお待ちください」
キッチンに行っておせんたくしたてのタオルも用意して、みいちゃんは自分のお店をもてたことがほこらしくてしかたありません。
「お次は左手です」
今度はラベンダーの香りで裏庭はいっぱいになりました。
「ラベンダーも良い香りね。でも私菜の花が一番好きなの」
「そうなの?私も菜の花が一番好きなの!あまいにおいで、モンシロチョウが大好きなのもわかるよね!」
おもわずふだんのしゃべり方で話してしまったみいちゃんに、女の子はうれしそうにいいました。
「ふだんどおりにはなして。菜の花畑の前にあるお店なんて、すてきね!」
「ありがとう!あのあなたはどこから来たの?名前は?」
女の子は困った顔をしました。
「名前は……ないの。菜の花畑の向こう、キャベツ畑からきたのよ」
(いいたくないのかな?)
みいちゃんの心はしゅっとしぼみました。
でも「どんな時もお客様の心を大切に!」というお母さんの言葉を思い出して、にっこりわらいました。
「じゃあ、菜の花さんと呼んでいい?私はみいちゃん」
「ありがとう。みいちゃん」
左手も指まで一本一本を丁寧に洗って、爪の間も優しくごしごしします。
もちろん手首もわすれません。
「じゃあ、最後は両手全体を洗おうね」
レモンの爽やかな香りが、菜の花さんとみいちゃんの二人を包みます。
たらいの中はせっけんの泡でいっぱい。
ときどき七色のシャボン玉になって、二人の周りを漂います。
それを見て「きれい」と菜の花さんは息を吹きかけたり、手でつついて笑いました。
菜の花さんの小さな小さな両手をみいちゃんのこれまたちっちゃなちっちゃな手が優しく優しくあわあわで包んで、汚れがおちたらお湯できれいに洗い流していきます。
「あぁ、よい香りもするし、さっぱりした」
菜の花さんは、うれしそうです。
清潔なタオルで菜の花さんの両手をゆっくりとくるみながら、みいちゃんは(私にもお店ができるんだ)とまんぞくしていました。
「これでてあらいはおわりです。ではいっしょにクッキーを食べましょう~」
「わぁ、うれしい!」
たらいを横に置いて、キッチンから持ってきたクッキーとオレンジジュースを並べます。
その時、「おやおや、みいちゃん、裏庭にいたのね」と声がしました。
目の前をモンシロチョウが急いで、菜の花畑の方へ飛んでいきます。
「優子おばあちゃん。カット終わったの?」
「そう。どう似合う?」
「うん。似合う!」
「みいちゃん、裏庭でティータイム?おしゃれだねぇ」
「ちがうの。お店なの。今お客さんと……あれ?菜の花さん?」
「誰もいないけれど……」
「ううん、いたの。あれれれれ」
「てあらいやさん?わぁ、すてき。おばあちゃんもやってもらおうかねぇ」
みいちゃんは、自分の手を見ました。
ふにゃふにゃしています。
「優子おばあちゃん。今日はおしまいなの。またきてね」
「おばあちゃーん。お会計、終わったよ~」
「あら?あずみが呼んでいる、じゃあね、みいちゃん。今度お客さんになるね」
「うん!ばいばい」
みいちゃんは、もう一度自分の手を見ました。
(菜の花さん、いなくなっちゃった。あんなにクッキーを楽しみにしていたのに。また会えるかなぁ)
すると、モンシロチョウがみいちゃんの目のまえをひらひらしました。
そして菜の花さんが座っていた椅子にふわりと舞い降ります。
「あっ!」
そこには、小さな紫のガラス瓶が置いてありました。
(なんだろう?菜の花さん、忘れ物かな?)
あけてみると、あまい春の香りががみいちゃんの周りいっぱいに広がりました。
「菜の花の香りだ。菜の花さん……」
菜の花の上をモンシロチョウがひらひらと飛んでいます。
お日様はそんなモンシロチョウの羽をさらに白く輝かせました。
みいちゃんはクッキーをいそいでおしゃれなビニール袋にいれて、口も黄色いリボンできゅっとしばって、かわいくラッピングしました。
そしてそっと菜の花畑の前へ置いたのでした。
おわり
最後までお読みくださり、ありがとうございました!
何か感じることがありましたら、ご感想などいただけますと幸いです。
どうぞ宜しくお願いいたします。
そして越智屋ノマ様、素敵なイラストをありがとうございました!