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2話 シル

 両親が何も教えてないのに、子供が霊力を『思業式神(しぎょうしきがみ)』の子犬にあげていたら、おかしいと思うだろう。

 だから、両親が俺から目を離している隙に行動しようと考えていた。


 翌日、お父さんは退魔官の仕事に行き、お母さんは俺が寝ている部屋とは別の部屋で家事をしていた。


 今なら両親に見られることなく、『思業式神』の子犬に霊力をあげられるだろう。


 部屋の隅にいる子犬のもとへ近づき、子犬に手で触れる。

 そこから俺の霊力を子犬に渡そうとするが、なかなか上手くいかない。

 子犬に渡そうとした霊力のほとんどが空気中に霧散し、ほんの僅かな霊力しか子犬にあげられなかった。

 水が入った桶の中から、手で水をすくい、その水を別の桶に入れようとしたときに、手ですくった水がこぼれてしまうような感じがする。


……子犬に渡す霊力の量を少なくして、時間をかけて慎重に霊力を子犬にあげてみるか。


 そうすると、時間はかかるが先程より空気中に霧散する霊力が少なくなった。

 これなら、俺の霊力をあまり無駄にしないで子犬にあげられる。

 とはいえ、まだまだ空気中に霊力が霧散しているので、改善の余地がある。

 それに、俺の霊力がなくなってしまい、これ以上霊力を子犬に渡せなくなった。


 霊力が少なすぎる……。どうすれば霊力を増やせるのだろうか?


 しばらく考えていると、俺の体から空気中に霊力が抜けていることに気づいた。

 霊力が完全に回復したわけではないのに、俺の体から空気中に霊力が漏れていくなんて、もったいない。


 そう思って、昨日と同じように霊力が俺の体から抜けていかないように霊力を操る。

 まるで、水が入っている器に小さな穴が無数にあり、そこから水がこぼれていくのを防いでいるような感覚だ。

 一つの穴に蓋をして塞いでも、他の穴から水が出てしまう。同時に全ての穴を塞がないといけないので、俺の体から霊力が出ていくのを完全に防ぐのは、かなり難しい。

 でも、霊力が体から空気中に漏れていくのを少しだけ抑えることはできた。

 すると、霊力の回復が早くなった気がした。

 霊力が体から空気中に抜けていくのを防いだ分だけ、霊力の回復が早くなるのかもしれない。

 この技は、霊力の穴に蓋をすることから、霊力穴蓋れいりょくけつがいと呼ぶことにした。


 もっと上手くシルに霊力を渡したり、俺の体にある霊力の穴を塞いだりできるように、しばらく練習する必要があるな。


 時間はあるんだ。継続して練習すれば必ず上達する。焦らず、着実に陰陽師としての実力を身につけるとしよう。


 もっとも、これが陰陽師の修行として正しいのかはわからないが、無駄にはならないだろう。

 陰陽師のお母さんも霊力の穴を塞いでいるようだし、『思業式神』に霊力を渡すと言っていた。


 こうして、俺は親の目が届かない時間を全て、『思業式神』の子犬に霊力を渡したり、体の霊力の穴を塞いだりする練習に費やした。






 一年後。

「あれから一年の間、この子に霊力をあげてないのに、消えないなんて、不思議ね」

「……そうだな」

 そう言いながらお母さんとお父さんは、この一年で少し成長した『思業式神』の犬を撫でた。


 もちろん、『思業式神』の犬が消えていない原因は俺にある。

 毎日、俺の霊力を霊力譲渡の練習を兼ねてあげていたので、霊力不足で消えるわけがない。

 むしろ、最近は犬の調子が良すぎてあり得ない動きをしていた。

 昨日なんて窓の外を眺めていたら、家の壁の僅かな凹凸を足場にして、一瞬で一階から二階までかけ登っていった。

 動きが速すぎて幻かと思ったが、二階に確認しに行ったら、『思業式神』の犬がいたので、実際の出来事のようだった。


 この出来事から、霊力で身体能力を強化できるのかもしれないと考え、試してみたら、少しだけ身体能力が上がった。

 その日以来、霊力譲渡、霊力穴塞、身体強化の三つを練習するようになった。

 特に霊力譲渡の練習で『思業式神』の犬に霊力を与え続けると、日に日に強くなっていくので、育成ゲームのような面白さがあった。

 いつか消えてしまうと考えていたので、両親は『思業式神』の犬に名前をつけようとしなかった。

 だから、俺が勝手に『シル』と名付けて、いつも『思業式神』の犬にその名前で呼びかけていたら、反応するようになった。

 名前の由来は、単純に毛が()くて、目の色が()ビーのようだったからだ。


 両親も俺がシルと呼びかけているのを何度か見ていた影響で、『思業式神』の犬のことをシルと呼ぶようになっていた。

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