細かいところが気になる男が異世界に転移したら
「どうして日本語が通じるんだ……?」
俺はとんでもなく困惑していた。
気が付いたら見知らぬ土地にいて、最初に出くわしたのは耳の長い少女――いわゆる『エルフ』の見た目をしていて、彼女に声を掛けられたのだ。
「もしかして、異世界人の方ですか?」
どう聞いても日本語なのだ。
見た目はエルフ、中身もきっとエルフの彼女は、俺に日本語で話しかけてきた。
あるいは、ここは日本のどこかで、テレビ番組の素人ドッキリに俺は引っ掛けられているのかもしれない。
ならば、エルフの見た目をした女の子が日本語で話しかけてきたとしても問題はないだろう。
しかし――先ほど、明らかに日本にはいない動物を見かけた。
否、日本どころか、地球上にはいない生物であった。
兎のような姿をしているが、一本の角が額から生えていたのだ。
ひょっとしたら、角の生えた兎を知らないだけで、この地球上に存在する可能性も考え、俺はスマホを手に取った。
だが、圏外なのだった。
「あの、大丈夫ですか……?」
心配した表情で、エルフらしき子が話しかけてくる。
そうだ、彼女に聞けばいいじゃないか。
「何故、日本語を話しているんですか?」
「え、ニホンゴ?」
この反応、そもそも日本語を話しているつもりはないらしい。
――どういうことだ。
彼女の言葉はどう聞いても日本語。しかし、彼女は日本語を話しているつもりはないらしい。
こんなこと、あり得るのだろうか。
やはりドッキリなのか。あの、角の生えた奇妙な兎は作り物で、ファンタジー世界っぽい何かを作り上げているのだろうか。
冷静になって、空を見上げる。
すると、飛行機が飛んでいた。
「……いや」
飛行機じゃない――大きな羽根を持った、まるで『ドラゴン』と言える生物が見えた。
ドラゴンの本物なんて見たことはないが、俺の知るファンタジー上、あるいは空想上の生物で最も見た目が近い生物の名前を挙げるなら、それしかない。
やはり、ここは地球ではないらしい。
俺は、異世界に転移してしまったのか。――だとしたら、やはり疑問しか残らない。
どうして、日本語が通じるんだ……!?
「えっと……異世界の方、ですよね?」
「! そうか、そういうことか!」
「え、なんですか……!?」
俺は気付いた。
『異世界の方』――つまり、その物言いは、この世界に他に『異世界』の人間がいるということだ。
なんだ、簡単なことじゃないか。異世界の人間が日本語を広めた、ということだ。
……いや、そんな簡単に日本語など広まるか?
仮に何人か異世界からやってきたとして、異世界には異世界の言葉があるだろう。
おそらく、初めて転移した人間は会話ができなかったはず。
それに、転移したのが日本人とは限らない――仮に日本人だったとしても、エルフが日本語を覚えるほどに浸透しているのならば、今の現代的な日本語ではなく、むしろ「いとをかし」レベルの方が自然ではないだろうか。
「いとをかし……!」
「え? お菓子……? いや、おかしいって言いました?」
「おかしいんだ。何故、君と日本語で話せるのか分からない」
「いや、さっきからずっとニホンゴとか言っていますけど、それなんです?」
「その話はいい。君が日本語を理解できないことは分かっている。それなのに、何故今こうして会話ができているのか気になって仕方ないんだ……」
「ええ……? なんか、すごい変な異世界の人と出会ってしまった気が……っと、そうだ。一応、私はこの近くのエルフの村の――」
「なに、エルフだと?」
「! そ、そうですけど、何か?」
エルフ――彼女ははっきりとエルフと言った。
俺はあくまで、彼女の姿を見て、最も近しい存在である『エルフ』と仮定し、心の中で少女のことをエルフと呼んでいたが、今彼女は自らのことをエルフと言ったのだ。
「バカな……異世界でエルフの見た目をした子がエルフである確率は一体、どれほどのものなんだ……」
「え、な、なんて?」
「何故、君はエルフなんだ……?」
「!? なんですか、その哲学的な質問」
「な、哲学だと……!?」
今、エルフは哲学と口にした。
やはり、彼女は日本語を口にしている。
間違いない。哲学、という言葉自体、日本以外で呼ばれることはないはずだ。
英語なら……なんだったか。英語力のない俺には咄嗟に思い出せないが、とにかく今彼女が口にしたのは日本語だ。
異世界で、エルフの見た目をした少女がエルフを名乗り、かつ『哲学』と口にした。
これは一体、どういうことなんだ。
「謎だ……謎が深まっていく」
「いや、私の方が謎っていうか、全然会話が通じてないっていうか……と、とりあえず、村まで来ませんか?」
「……村はどこにあるんだ?」
「そんなに遠くないですよ。えっと、太陽があっちで、だから東の方にここから一キロくらい――」
「太陽!? 東!? 一キロ!? 異世界なのに太陽があって、方角の呼び方が同じで、距離の言い方は一キロだと!? それに、一キロなら日本語的に言えば3300尺のはずなのに、言うこと欠いて一キロだと!? どうなっているんだ! この世界は!」
「あなたが何なんですか! 本当に!」
俺はとんでもない世界に来てしまった……。
異世界なのに、日本語が通じて、しかも日本語以外の言葉も話す、自称エルフのエルフの見た目をしたエルフの少女に拾われたのだ。
だが、俺はこの世界でこの謎に立ち向かわなければならない――何故、エルフは日本語を話しているんだ……?
「そもそも異世界転移って常識であり得るのか……?」