第2話 日常の喪失
日常は大切に。
異世界転移をする十数時間前
ここは東京の郊外にある子育てがしやすいと言われる羽ヶ鷺市。
住宅街が立ち並び、都会でも田舎でもないこの場所にある剣道道場から物語が始まる。
俺はリウト17歳。この剣道道場の師範である父トウヤと外国生まれで金髪の母ルーナの息子だ。幼き日より父親から煌牙一刀流という剣術を教え込まれていたから身体は丈夫で今まで風邪一つひいたことがない。
「行ってきま~す」
俺は道場に併設してある自宅を出て通っている高校の羽ヶ鷺学園へと足を向けたが玄関から俺を引き留める声が聞こえたので後ろを振り返る。
「リウトちゃんまってよ」
声をかけてきたのは金髪ロングの髪で1つ年上の姉のコトネことコト姉。ただ姉と言っても母さんの姉の娘のため俺の本当の姉ではない。それじゃあ何で同じ家から出てくるかって? それは姉夫婦が事故でこの世から亡くなっているためコト姉のことを俺の両親が引き取ったからだ。
「とりあえずその呼び方やめてくれないか⋯⋯さすがにこの年になってちゃん付けで呼ばれるのはちょっと⋯⋯」
「だってルーナさんだってリウトちゃんって呼んでるじゃない」
コト姉はどうやら俺の意見に不満そうだ。母さんは外で会うことはほとんどないがコト姉とは学園が同じなこともあり、みんなの前でリウトちゃんと呼ばれるのはマジで恥ずかしいし、ハーフで金髪美人のため目立つことこの上ない。この間なんて少しきつくコト姉にちゃん付けはやめてほしいと言ったら泣きそうになってしまい、その後友人に「死ね」「カスが」「俺がお前と代わりたいわ!」と言われボコられた。
「リウトちゃんは⋯⋯私が嫌い⋯⋯なの⋯⋯」
コト姉はそう言ってまた泣きそうになってしまう。
「そ、そんなことない! コト姉のこと嫌いなわけないじゃん」
前回のことを踏まえ俺はもそう言うことしかできない。
「そうだよね! 私もリウトちゃんのこと大好きだよ!」
泣き顔だったコト姉はすぐに笑顔となり、俺の左腕に自分の腕を絡めてくる。
いつも思うのだが毎回コト姉の標準より明らかに大きい胸が俺の腕に当たっているんですけど⋯⋯。
だが俺はスキル無表情を使い何事もなかったかのように振る舞う。
何故なら胸が当たっていることを指摘すればこの幸せな世界が破滅してしまうからだ。
だがこの後すぐに至福の時間はすぐに終わりを遂げてしまう。妹の手によって⋯⋯。
「兄さん朝から何鼻の下を伸ばしているんですか!」
そして妹のユズリハは俺に向かって後ろからタックルをかましてきてコト姉と引き離される。
「あ~トウヤちゃん⋯⋯」
名残惜しそうな声を出すコト姉。だが今はそんなコト姉に構っている暇はない。
何故なら鬼のように角を生やしているユズリハがいるからだ。
「兄さんの間抜けな顔が一段とキモく見えますよ」
相変わらず辛辣な言葉をかけてくるのは1つ年下でコト姉の妹でユズリハことユズ。茶色っぽい髪で両サイドを結んでおり学校では寡黙な美少女と言われているが俺に対しては口が悪い。そして勘が鋭いのか迷子の子どもをすぐに見つけたり、コト姉が俺にくっついていたりすると颯爽と現れ、邪魔をすることが多い。ちなみにユズも俺達と同じ羽ヶ鷺学園に通っている。
「別に俺からコト姉に抱きついていたわけじゃないだろ?」
俺はむくれているユズに対して紛れもない真実を突きつける。
「そうだよ。トウヤちゃんは悪くないよ。私が勝手に抱きついたんだよ」
そしてコト姉からも俺を庇う援護射撃が飛んできた。
「で、でも! 兄さんのことだからコトお姉ちゃんが抱きつくように策を講じた可能性もあります⋯⋯」
ユズよ⋯⋯お前は俺をそんな風に見ていたのか⋯⋯いや見ているな。何かと俺のことをキモいだのエロいだのもう何回言われたかわからない。
しかし今のユズの言葉はかなり無理がある。本人もわかっているのか語尾が小さかったしな。
「ふ~ん⋯⋯お姉ちゃんわかっちゃった」
「な、何がですか?」
コト姉の言葉にどもり動揺を隠せないユズ。
正直俺には何のことかさっぱりわからないが女同士だからなのかコト姉には思いあたることがあるみたいだ。
「お兄ちゃんが取られると思って嫉妬してるんでしょ? それならユズちゃんはリウトちゃんの右腕に抱きつけばいいと思うよ」
何がそれならなのかわからないがコト姉は魅力的な提案をしてくる。
「わ、私は嫉妬なんかしていません! 誰が兄さんなんかと!」
ユズはコト姉の提案を激しく否定しているがチラチラと俺の右腕を見ているような気がしたのでついからかうようなことを言ってしまう。
「そうか⋯⋯ユズは嫉妬していたのか。安心しろ⋯⋯俺の右腕ならいつでも貸してやるぞ」
「バ、バカじゃないの! 死んでください! 今日は私1人で学園に行きますから!」
調子に乗りすぎたのかユズは怒ってスタスタと学園へと向かってしまった。
「ユズちゃん機嫌悪いのかな?」
「いや、いつもどうりでしょ」
昔は「お兄大好き」、「お兄と結婚する」って言っていたユズだが、今では見るかげがない。まあユズは今思春期まっただ中だから仕方ないものだとあきらめている。
しかし今でも可愛い所はあり、学園へと先に行ったユズだがチラチラと後ろを見て俺とコト姉が信号を渡れなそうだとわざとゆっくりと歩き待っていて常に付かず離れずの一定の距離を保っている。
「ユズちゃんのお兄ちゃん大好きな所可愛いね」
そんなユズを見てコト姉はニヤケながら口にした。
「そうだといいけどユズは俺じゃなくてコト姉と一緒に学園に行きたいだけじゃないか?」
大事な妹には変わらないけどもうお兄大好きだったユズはいない。むしろ今は⋯⋯。
そして俺達は3人で? 学園に向かって歩いていると友人のシュウヤが住んでいる家に到着したのでユズは呼び鈴を鳴らす。
すると家の中から2つの影が現れる。
「おはようユズリハさん」
「お、おはよう⋯⋯ユズちゃん」
感情が乏しい声でクールに挨拶をしてきたのは俺と同級生で羽ヶ鷺の制服を着た友人のシュウヤ。そしてその隣にいるのは薄幸の美少女という言葉が似合う、色白で左側の前髪を編み込んだカノンちゃんがパジャマ姿で現れた。
「コトネさんとリウトもおはよう」
「リウトお兄ちゃん、コトネお姉さんもおはようございます」
「シュウヤ、カノンちゃんおはよう」
「2人共おはよう~」
俺達は挨拶をするとシュウヤだけが家の外に出てくる。
「カノンちゃんは体調悪いのか⋯⋯」
「ああ⋯⋯」
シュウヤの短い言葉で俺は理解したためこれ以上追求することはしない。
カノンちゃんは病気のためか生まれつき身体が弱く、運動はもちろん日によっては日常の生活を送るのも大変だ。だがそれでもがんばって学園に通っているが今日は体調が思わしくないらしい。
「カノン⋯⋯今日は早く帰ってくるよ」
「もう子供じゃないから私1人で大丈夫です」
シュウヤはカノンちゃんのことが心配なんだろう。ただでさえシュウヤ達の両親は半年前に事故で亡くなっているからな。
事故当初は明らかに元気がなかったカノンちゃんだが最近は少しずつ笑うようになってきたからシュウヤとしては予期せぬことが起きてこの笑顔を曇らせたくないのだろう。
「だが何か会ったら連絡するんだぞ」
「わかりました。ゴホッ⋯⋯ゴホッ⋯⋯皆さんいってらっしゃい」
俺達はカノンちゃんに見送られてシュウヤの家を後にする。
カノンちゃん咳をしていたな⋯⋯心配だけど気を遣い過ぎると本人も嫌がるしな。カノンちゃんは小さい頃から俺達と同じことをして遊ぶことが出来なかった⋯⋯今は保険適用外の薬を飲んで身体を落ち着かせているがその費用もバカにならない。いつか元気になれぱいいなと考えることしかできない自分が情けなく、とても無力の存在だと思いしらされる。しかし俺以上に力不足を感じているシュウヤの前でその話題を出すわけにはいかないので俺はいつもどおりの態度を心掛ける。
「シュウヤ⋯⋯今日はバイトなかったよな? 久しぶりに手合わせしないか?」
「そう⋯⋯だね。少しだけ道場に顔を出すよ」
シュウヤは幼い頃からうちの道場に通っている。そして俺と同じ工事現場でバイトをしているため予定は把握済みだ。
だが最近はカノンちゃんの薬代を稼ぐため道場に来ていなかった。忙しいのはわかるがたまには気晴らしで剣を振るのも悪くないだろう。
「久しぶりに兄さんとシュウヤさんの手合わせが見れるなら私も行きたいけど⋯⋯今日は部活があるので⋯⋯」
いつの間に機嫌を治したのかユズが俺達の横に来ていた。
「お姉ちゃんは何もないから見に行くね」
2ヶ月ぶりのシュウヤとの対戦⋯⋯観客もいるなら燃えるってものだ。
そして他愛もない話をしながら10分くらい歩くと羽ヶ鷺学園に到着したので俺達は互の教室へと向かった。
俺とシュウヤは校舎2階にある2-Cクラスへ。
「おはよう」
俺は挨拶をしながら、シュウヤは軽く会釈をして教室に入ると突然背後から誰かに押され前に倒れそうになる。
「おっはよー」
この声⋯⋯押してきたのはサヤだな。ポニーテールの髪をなびかせ見た目は美少女と言ってもいいが中身がかなり残念な俺達の幼なじみだ。
「お前いきなり後ろから押してくるなよ。倒れたらどうするんだ?」
「リウトは剣術家でしょ? 女の子の攻撃くらいよけれなくてどうするの?」
「無茶言うな。いきなり後ろから押されてかわせるわけないだろ」
「えっ? トウヤおじさんは日々ここを戦場と思えって言ってたよね?」
確かに父さんは煌牙一刀流は実戦の武術だ! いかなる時も油断してはならない。俺が若い頃は常に周囲の気を払っていたものだと言っていたがこの平和な御時世で何に狙われていたんだと問いたい。
「それにシュウヤくんは私の攻撃をちゃんとかわしているからね」
俺は横を見ると何事もなかったかのように平然と立つシュウヤの姿があった。
「サヤさんが気配を消して近づいてきたから警戒していたんだ」
シュウヤ~⋯⋯なんかこれだと俺が間抜けみたいじゃないか。
「こうなったら放課後勝負だ! シュウヤには負けねえからな!」
「何々? 久しぶりに2人の試合が見られるの!? 私も行く」
こうしてシュウヤとの手合わせにサヤも来ることが決定した。
そして放課後
俺とシュウヤ、観客のコト姉、サヤは自宅の横についている道場へと入る。
「久しぶりだな」
シュウヤは道場に上がり竹刀を持つとポツリと呟いた。
数ヶ月前まではシュウヤは毎日この道場に通っていた。だが両親が亡くなりカノンちゃんの薬代や生活費を稼ぐためにバイトをし始めてからはここには来ていない。
たった数ヶ月で人生が変わってしまったのだ。
だがそれはそれ、これはこれ⋯⋯今まで俺とシュウヤの対戦成績はほぼ五分(本当はシュウヤの方が勝率が上だが)。今日は勝たせてもらう。
ボーンボーン
道場にかけてある時計から16時の鐘が鳴る。
俺はその鐘を皮切りにまだ制服姿のままのシュウヤの背中に斬りかかる。
サヤが言っていたように煌牙一刀流は常に日々ここ戦場と思えの理念だ。シュウヤもこれで負けたとしても文句は言わないだろう。
だがシュウヤは俺の行動を読んでいたのか身を捻り、逆に横一閃の攻撃を繰り出してきた。
「くっ!」
俺はシュウヤの攻撃をバックステップでかわし、何とか逃れることに成功する。
「リウト汚いわよ! 後ろから不意打ちで攻撃するなんて男の風上にもおけないわ」
「サヤだって今日煌牙一刀流の理念とか言って背後から攻撃してきただろうが!」
「私はいいのよ⋯⋯女だから」
出た出た⋯⋯都合がいい時だけ女発言。本当は口で負かしてやりたい気分だが今はそんなことをしている暇はない。
シュウヤの鋭い突きが無数に繰り出され俺は竹刀で捌くのが精一杯だ。
「リウトちゃんがんばれ~」
応援してくれるコト姉のために負けられない。ていうかシュウヤの奴数ヶ月道場に来ていなかったのに以前と変わらず⋯⋯いや以前より攻撃が早くなってないか?
「どうやら工事現場で力仕事をしていたから筋力がついたようだ。道場に行かないようになっても毎日の素振りを欠かしたことはないからな」
そうだよな⋯⋯シュウヤはあまり感情を表に出さないけど剣術がすごい好きだった。やめるわけないよな。
「なら手加減はいらないな」
「こい⋯⋯リウト」
工事現場で筋力がついたのは俺も同じ⋯⋯なら俺のパワーも見せてやる。
「リウトちゃん⋯⋯私のために⋯⋯」
「コトネ先輩って⋯⋯美人だけど何か色々残念だよね」
「サヤちゃん何か言ったかな?」
「ヒィッ! な、何も言ってません」
サヤがコト姉の頭が少しおかしいことを指摘したが、コト姉に威圧され悲鳴を上げていた。
こっちは真面目にやってるのに外野は緊張感が欠けるなあ。
コト姉が何か意味不明なことを言っているがとりあえず無視して目の前のシュウヤに集中する。
俺は上段からシュウヤは右下から斬り上げてくると竹刀が交錯する。
シュウヤの一撃で手が痺れているがここは押し負ける訳にはいかない。
「やるなシュウヤ⋯⋯て何だこれ!」
突如俺とシュウヤの間に光の玉が現れる。
「まさかシュウヤが!? 道場に来ないでマジックの腕を磨いていたとは!?」
俺の驚きとは裏腹に光の玉が徐々に大きくなり俺達を飲み込もうとしている。
「綺麗だね~リウトちゃんからお姉ちゃんへのサプライズかな」
「そんな訳ないでしょ! 何かおかしいですよこれ」
通常運転のコト姉と焦りが見えるサヤ。
眩しい⋯⋯明るすぎて俺は手で目を覆う。
「まさかこの隙にシュウヤは俺を!」
「この光はボクじゃない! リウトがやったんじゃないのか?」
「俺じゃねえよ! 何なんだこれは?」
光は道場全体を照らしているようだがもう眩しすぎて目を開けることもできない。
そんな目が使えない中、1つの声が道場に響き渡る。
「お兄! この光に呑まれないで! このままじゃあ⋯⋯」
この声はユズか!? だがユズの声は途中で切れてしまい俺は光を感じなくなったので急ぎ瞼を開くとそこには知らない荒野が拡がっていた。
読んで頂きありがとうございます。次話も見て頂けると幸いです。