あいちゃんとかくれんぼ
『ねーねー! 今度は何して遊ぶ?』
『かくれんぼしようよ!』
『えーだってあいちゃんかくれるの上手いからなー』
『いいじゃんいいじゃん!』
『ま、いいけどさ。今度はそっこー見つけるからね!』
『うん! がんばってね、えみちゃん。がんばって・・・』
ちゃん 私 みつ けて
と を ね
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涼しいクーラーのきいた車内から外を見ると、暑い夏の田舎の景色が広がっていた。どこまでも続く田んぼ。窓を閉じても聞こえてくるセミの鳴き声。土の道路はあちこち石が転がってるからかしょっちゅう車体が揺れていて・・・・・・・・・・・・・・・・・・私はもう限界です。
「恵美ほら袋。出せるなら出しちゃった方が楽になるわよ」
「もう少しで着くからな。もうちょっとの我慢だぞ」
「うぉ・・・ん・・・」
すでに私の顔はうら若き女子高生がしてはいけない顔になっていることだろう。都内から車で2時間半。途中の道の駅での休憩で多少回復したものの、コンクリートの道から石ころだらけの田舎道に入ったらもうダメ。変な動物の鳴き声みたいな音しか出なくなった口から、今にも虹色のものを出しかねない。母の言う通り出した方が少しは楽になるが、出そうとしても出せないこの状況のなんと辛いことか。
「お、見えたぞ。ほら恵美。おじいちゃんたちの家だ」
おぼろげに開いた目で前方の方を見ると、懐かしい父方の祖父母の家の屋根が見えた。
小学生の頃まで、私たち家族はここに祖父母と共に住んでいた。小学3年生くらいの頃、父の仕事の関係で都内に引っ越すことになったが、それでも夏休みになると必ず帰っていた。ただ去年は高校受験に専念したかったので、1年ぶりの里帰りになる。
祖父母は優しく、両親とも仲が良いので居心地がいいこの家はいつ来ても安心する。
まあそんな気持ちとは裏腹に現在体の方は限界を迎えているわけですが。
「ま~恵美ちゃん久しぶりね。また背高くなったんじゃない?」
「ほれ。そろそろ来ると思って冷たい麦茶用意しといたぞ」
「うぐ・・・ありがとう」
喉の奥からこみあげてくるものを、キンキンに冷えた麦茶で押し流すと、ひと心地着いた。
「毎度車酔いしながらも来てくれてありがとね。あと志望校合格おめでとう」
「ありがと~」
「とりあえずお上がり。恵美ちゃんの好きな水ようかんあるから」
「わーい! おじいちゃん大好き~」
久しぶりの祖父母の家は変わりなく、思い出話に花を咲かせたり、裏の畑で野菜の収穫を手伝っているうちに夜が更けていった。
夕飯は昼間に取った野菜のサラダや祖父の趣味の釣りで釣った川魚などが並んだ。
≪きょう未明〇×市のスーパーの駐車場で、車内に取り残されていた5歳の女の子が亡くなっているのが発見されました。警察によりますと、車内にあったクーラーボックスにはドライアイスが入っており、女の子が亡くなった時には蓋が開いていたということで、二酸化炭素中毒による窒息死ではないかと警察は調べを進めているということです。続いてはお天気予報です―――≫
テレビでニュースを流し見しながら夜風に当たっていると、ああ、夏の田舎だなとのんびりした気持ちになる。
「明日はお墓参りでまた車乗るけど、大丈夫かい?」
「酔い止め飲むし、5分ちょっとのとこだからなんとかなるって」
「気分悪くなったらすぐいうんだよ。ああ、そうだ」
「ん?」
「入り口の左手の方にお地蔵さんがいるでしょう? 覚えているかしら」
「あ~何体か並んでるわよね」
「そうそう。恵美ちゃん行くたび雑草抜いたりお水をかけて偉いわよね」
「そのお地蔵さんがどうしたの?」
「それがね。そのすぐ後ろの柵が去年あたりから土砂崩れがあったとかで下に落ちちゃったのよ。後ろはそんな高くないにしても崖だから、今回はあまり近づかない方がいいかもしれないわ」
代々続くご先祖様のお墓には小さい頃から毎年連れていかれた。お地蔵様もそのたび見かけたが、他の墓と違ってあまり手入れされていないのがかわいそうに思ってついでにいつも手入れしていた。
「そういえばあそこのすぐ下に恵美の通ってた小学校あったな」
その言葉におかずへ伸びた箸がとまった。
「そうそう。確か恵美が転校した1年後くらいに閉校しちゃったのよね」
「このあたり子供少ないからな。まあ誰もいないなら被害もなかったろうしよかったな」
「・・・」
私は無言で、お芋の味噌汁をすすりながら、すっかり暗くなった外を眺めた。空はこの時期のこのあたりには珍しく曇っており、きれいな星空は隠れてしまっていた。
次の日は前日の天気予報より5度も高い31度の猛暑であった。めったに使わないエアコンもさすがにフル稼働させる必要があるほどであった。朝から。天気の神様に殴り込みを入れたくなるような気持ちで天を睨みながらも、墓参りの準備を済ませて車に乗り込んだ。
すでに祖母が購入していた花を持つ係に任命された私は、大事に持ちながら後部座席に座った。
墓参りの定番中の定番、菊、その他にも優しい色合いの花々がまとめられている。直前まで水に生けておいたからだろうが、これから墓に供えられる花の生命力あるみずみずしさに、なぜか言いようのない怖さを感じた。
外は体にまとわりつくような暑さで、数段の階段すら上がるのがだるい。地球ってこんな重力あったっけ?
墓前に到着すると手分けして掃除と水かけをして念仏を唱えた。水の入った桶を戻しに行く途中、5体のお地蔵さんが見えた。その後ろは立ち入り禁止のテープが張られている。お地蔵さんは想像してた通り周りに雑草が生え、枯れ葉を被っていた。せめて水だけでもあげたいと思い、残っていた水を順番にかけて行った。とりあえず、さっと汚れは取れた。
ふと、何に気なしにお地蔵さんの後ろをのぞいた。確かに崩れたような跡があり、軽く身のすくむような感じがする。そして、その先に、小学3年生まで過ごした学び舎があった。木々で隠れてはっきりとは見えないが。
「え?」
建物の陰から、すっと、誰かが出て来るのが見えた。真っ白なTシャツに水色のスカートを履いたきれいなストレートの黒髪の女の子。やけにはっきり見えたその姿に、目が離せなくなる。
体が動かない。
頭の中でうるさいほど、警告音が鳴り響く。
それなのに、自分の意思なのか分からぬ間に、あの子の名を呼んでいた。
「【あいちゃん】?」
つぶやきにも似た小さな声だった。なのに、その名を呼んだ瞬間、彼女はこちらを振り向き、笑った。まるでそう、呼ばれるのをずっと、ずっと待っていたかのように、嬉しそうな笑みで。
「〖えみちゃん〗やっと見つけてくれたね」
すぐ隣にいるかのように近くから返事が返ってきた。
体が急に軽くなる。
そういえば、あんなにさっきまで暑かったのに
今は背筋が凍るほど寒い・・・。
≪そっちにいってはいけない! はやくもどっ―――――≫
(誰かの・・・声・・・?)
落ちる感覚に身を任せながら、私の意識は真っ暗闇の中へ消えていった。
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ほこりっぽいにおいを感じ、目を開けると、私は木の床の上に横たわっていた。固い床に寝ていたからか体の節々が痛む。どこなのだろうかと後ろを振り向いた瞬間、
「やっ。〖えみちゃん】」
目の前にいた【あいちゃん】に心臓が止まるかと思うほど驚いた。懐かしさよりあの子が目の前にいることへの恐怖で声が上手く出ない。
「大丈夫? 〖えみちゃん】。そんな顔真っ青で、かくれんぼの続きできる?」
「か・・・くれん・・・ぼ?」
「そうだよ。さっきやっと見つけてくれたから、今度は私が鬼の番ね」
「お・・・!?」
「じゃ、30秒数えるからかくれてね。周りが明るくなるまでかくれられたら〖えみちゃん】の勝ち。それまでにわたしが見つけたら・・・」
また一緒に ずっと ずぅぅぅぅっと 遊ぼうね
▲ ▼ ▲
はっと気づくと、居る場所が変わった。先ほどまで物置のような狭い場所にいたのが、今度は教室に移動させられていた。古びた机やいすが、昔と同じように並んでいる。
「なん・・・なのよ・・・」
十~ 十一~ 十二~
「ひっ・・・!」
遠くの方から【あいちゃん】の声が聞こえてくる。無邪気なあの頃と同じ声なのに、今は不気味でしかない。
(そういえばさっきかくれんぼって・・・30秒、を今数えてるってこと? っていうかなんであの時の姿のままで・・・)
混乱したまま何も分からなかったが、逃げなければいけないことと、見つかってはいけないことだけは理解できた。周りを警戒しながら立ち上がると、窓に駆け寄った。狭い室内にいるより、外のほうが逃げられる確率も上がるし、助けを呼びに行ける。
(なんで!?)
しかし窓はいくら引っ張っても押してもスライドさせようとしても、何をしても一ミリも開くどころか全く動じない。それどころか殴っても体当たりしても傷一つつく気配がない。長い間放っておかれた校舎なのだ。そんなことしなくてもちょっとつついただけで壊れてもおかしくないはずなのに。
さぁんじゅう~
全身が恐怖で包まれる。ああ、とうとう数え終わってしまった。隠れなければと周りを見渡すも、隠れられそうなのはロッカーや教壇しかない。かすかに聞こえてきた足音に、私は素早くロッカーへと手を伸ばした。極力音をたてないように素早く扉を開けて中を確認する。ロッカーの中には箒が一本あるのみで、人一人ギリギリ入れるスペースはあったので、そっと入り閉めた。上部に小さな空気穴があったので、のぞかれても見られないようにと下の方で縮こまった。
「こーこっかな~?」
がらっとドアを開ける音が聞こえ、心臓が跳ね上がる。
ドッドッドッドッドッドッ
鼓動がうるさい。この音で気づかれるんじゃないかと思わず胸を押さえてしまう。
「どこかな? どこかな? ・・・・・・ここかな?」
「――――!」
がたッと音がした。だが、それは少し遠くからの音で、このロッカーではないようだ。
「ちがうかー。前ここにかくれてたことあるんだけどなー。でもここ、回り込んだらすぐわかっちゃうもんねー。さすがにもうかくれないかー」
さっき隠れ場所で悩んだ片方の教壇の事を言っているのだと、何故かすぐわかった。そして、そこを選んでいたらと考えただけで震えてくる。
(あの子は【あいちゃん】だ・・・でも・・・でも違う。あの子じゃない。だって、あの頃から全く成長してな―――)
「ここかな?」
すぐそばから聞こえた声に緊張が走る。かすかに触れたのかわずかに軋んだロッカーの音と振動に悲鳴をあげたくなる。意識が遠ざかりそうな緊張感を感じながら耐えていると、【あいちゃん】のため息が聞こえた。
「ここじゃないか」
またもすぐそばで聞こえてきた声にぞっとしたが、そのまま気配は離れていき、再びガラッと音がして去っていった。
生きた心地がしなかった。しばらくもしかしたらまだいるかもしれない、とその場から動けなかったが、上部の空気穴から外の様子を恐る恐る確認し、周囲にあの子がいないと確信がもてると、静かにそっと外へ出た。ようやく息ができた気がした。
(このままじゃいつか見つかっちゃう。体の大きくなった私にかくれられる場所はもうほとんどないし、あの子は隠れるのも見つけるのもうまいし・・・)
改めてあの子のことを思い返すと、どうしてもあの頃の後悔の念がよみがえってくる。
(今のあの子は、きっと幽霊なんだ。見つけてもらえなかったこと、恨んでるのかな・・・恨んでてもおかしくないよね。だから、私も道連れにするためにここに・・・)
手に汗がにじんでくる。喉が妙に乾く。かつて毎日通ったこの教室にいると、あの頃のことが鮮明に思い出されてくる。楽しかった思い出もあるけれど、なによりも強烈に記憶に残っているのは、【あいちゃん】との最後のかくれんぼの思い出だ。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
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【あいちゃん】は、仲のいいよく遊ぶ友達だった。明るく元気で、夏の暑い中でも、雪が降る中でも、変わらず楽しそうに走り回るような、遊ぶのが大好きな子だった。遊ぶときはいつも全力で、おいかけっこする時は木々の間を器用に避けながら逃げたり、逆に鬼の時は地形をしっかり活かして行き止まりに追い込んだり。勉強は優れてよくできたわけではないけれど、遊びになると急に頭が冴えて、誰も思いつかないようなことを思いついて驚かせる遊びの天才だった。
他の友達とも遊んではいたが、【あいちゃん】と一緒にいることの方が多かった気がする。【あいちゃん】にとっても私は気が合うタイプだったらしく、お互い2人で遊ぶことが多かった。
かくれんぼは中でもよくやった遊びだ。どこにかくれたら絶対見つからないかを考えるのが楽しかったし、忍者のように想像もつかないところにかくれるあの子を見つけようといろいろ考えたり駆け回るのも楽しかった。
でもやはりあの子を見つけるのは至難の業なので、大体私がギブアップして「【あいちゃん】隠れるのうますぎるよー! もう帰ろー!」と叫ぶ。そうするとどこからともなくひょこっと顔をだして、してやったりって顔で「また私の勝ちだね」って言うんだ。
そう。
あの日も、そんな風に私がギブアップしたんだ。
でも、あの子はどこからも現れることはなかった。隠れる場所を学校の中って決めてた日だったから、私は学校中を走り回ってあの子を呼びまくった。外からも呼んだし、途中から学校内にいた数名の先生も協力して周辺も探し回った。
もしかしたらなにか事情があって帰ったのではないかとあの子の家にも行った。でも、あの子は帰ってもいなかった。
その後は警察や大人たちが夜遅くまで探し回り、捜索は数週間にわたって行われたが、痕跡すらも見つからなかった。
行方不明のまま時は過ぎ、引っ越すことが決まってここを離れて、あの子は次第に思い出の中の人となっていった。
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あの時隠れていたあの子の身に何が起きたのかは分からない。だが、全く成長していない姿、どこかこの世のものじゃない雰囲気、なによりあの日と同じ服を着ていることから、あの子はあの日どこかで人知れず死んでしまったのだ、ということは分かった。
足音を忍ばせながら廊下に出る。あの子がいないことを確認すると廊下の窓を開けようと試みる。が、教室の時と同じで全く開く気配がない。外へ通じるドアが近くにあったので開けようとするが、のぶも扉も全く動く気配はない。建付けボロボロで廃屋と化している校舎が外壁と扉と窓だけ強固な鋼で補強されたのかと思うくらいだ。私を絶対外へ出さないという意思を感じる。
(いや、もしかしたら本当にそうなのかもしれない)
ホラーゲームやファンタジーな世界の話ではありがちだろう。霊となって長い時の末に力をつけ、自分のテリトリーに侵入してきた者を閉じ込めてしまうなんて展開は。
(だから・・・ん? ちょっと待って? テリトリー・・・? そう考えると、あの子が死んだのは・・・まさか!)
「〖え~み~ちゃ~ん】ど~こなの~?」
「!?」
最悪な真実に気づいたかもしれないと同時に聞こえてきた声に全身鳥肌が立った。今度こそ叫びそうになったのを必死に両手で口をふさいでこらえながら、声が聞こえてきたほうと反対の方向へ震えて思うように動かない足を必死にすすめる。
曲がった先には体育館への入り口があったが、そこまで何も障害物がないので早足で進んでその扉を開く。体育館は入ってすぐ右に倉庫があり、そこに体育の授業で使う平均台やマット、ボールなどがしまわれている。当時のままであることを祈りながら倉庫の中に入ると、絶望した。
あるのは分厚いマットと平均台。それにボールの入っていない大きな鉄製のかごのようなボール入れくらいしかなかった。
(このままじゃみつかっちゃう・・・!)
必死に頭をフル回転させどこならかくれられるかを考える。どうしようかと天を仰いだその時、上部に物が置ける棚があるのを見つけた。背の高い人でもちょっとした土台が無ければ届かなさそうなその場所は、小学生の時のまま成長していないあの子からしたら見つけにくいのではないだろうか。
そうと決まれば早く実行に移さなければいけない。平均台からボール入れの上に慎重に乗り、棚によじ登る。登りきる直前にボール入れを少し離しておいた。あの子まで同じようにここに登ってきたら見つかってしまうからだ。しかしこの棚は下からぎりぎり見えてしまう可能性があるので奥の奥まで体を入れた。
何かが手に当たった。暗くてよく見えないが、黒い布のようなものだ。ちょうどいいとそれを自分にかける。
「い~るかな~い~るかな~」
可愛らしく歌いながら入ってきた気配に息が止まる。
「どっこかな~どっこかな~」
物を動かす音が聞こえる。だが、もともと物が少なく隠れる所の無い場所だからか、すぐに残念そうにため息をはいた。
「いないな~〖えみちゃん】かくれんぼうまくなってきてるのかな。ふふっ探しがいがあるね。次は舞台の方でも見に行こうかな」
体育館には奥に舞台がある。文化祭があるとそこが劇の舞台になり、朝礼や卒業式には校長先生があがって眠くなる話をするところにもなる。
なんとか今回も切り抜けられたようだ。ほっと胸をなでおろす。
「あ、そういえば上の棚は見てなかったわね」
ほっとしたのもつかの間。天国から地獄に叩き落された気分だ。
「ん~でもあそこは高すぎて登れないな。中の様子見られないかな」
登るのを諦めてくれたのはいいが、居る可能性は捨ててくれないようだ。目をつぶって恐怖で震えないよう必死にこらえる。
(お願いお願い! 見つからないで見つけないで!)
ギシッギシッギシッ
ジャンプしているのか床がきしむ音がする。見えていないのに、視線は確かに感じてしまう。
「ん~暗くてよく分からないけど、あんなところきっと登れないよね。他さがしてみよ~」
ドアが開き、閉まる音がする。気配が遠ざかっていくのを感じる。心臓がばくばくうるさくて息をするのも苦しい。たまたまあった黒い布がなければ、完全に暗闇に紛れ込めなかったかもしれない。そう考えるとさらに息が苦しくなる。
遠くで探す声がしてくる。今度は舞台の方を探しているようだ。今出ていったらあの子とはち合わせる可能性があるのでひとまず居心地は悪いがこのまま隠れていることにする。
(今は何時くらいなんだろう。明るくなる気配が全然ない)
夜ゲームをやって、気づいたら朝方になってたなんてことはちょくちょくあった。こんなにも夜が明けるまでが長かったなんて。
ズルッズルッズルッ
遠くから何かを引きずってくる音が聞こえてくる。何か嫌な予感がした。私は黒い布はそのままに音をたてないように下へ降り、壁とマットの間に挟まった。さきほどここは確認しただろうから見つからないのではないかと思ったのだ。
ズルッズルッ
音がだんだん大きくんってくる。倉庫のドアが開いて入ってくる音がする。不意に音が止まった。どうしたのかとそっと覗いてみる。と、上の棚の前に舞台に上がるための移動式の階段が置かれていた。確かいつもは舞台袖にあったものだったから、そこから持ってきたんだろう。
自分の勘に従ってよかった。あのままあそこにいたら、完全に見つかっていた。
「ん~なんだ。布しかないや・・・そうだよね。こんな暗いとこ、いたくないよね。暗くて、狭くて、苦しくて、全然みつけてくれないの・・・・・・いやだよねぇぇぇぇぇ~~~~~~・・・・・・あははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
【あいちゃん】の笑い声が木霊する。気でも狂ってしまったように笑う声に見えない重圧を感じて肺が押しつぶされそうだ。
頭がぐらぐらするような笑い声が止むと、階段はそのままにしてあの子は無言で出ていった。体育館の入り口が閉まる音がかすかに聞こえた。
金縛りにあったかのようにしばらく動けなかったが、無理やり腕を動かして起き上がった。
(今度こそ・・・行ったかな)
大きく息を吸い、立ち上がる。先ほどかくれていた場所は、黒い布があるだけだ。
『暗くて、狭くて、苦しくて、全然みつけてくれないの』
(みつけてくれない・・・確かに今まであの子を見つけられたことはないけど、そんな風に言ったことはなかった。最期にかくれてた場所での事を言ってるのかな。その場所を見つければ、なにかここから脱出する糸口が見つかるかもしれない)
本体を見つければ無力化する、解決の糸口になるなんてのは、ホラーゲームとかではお決まりだろう。まさか現実でそれを体験するとは思っていなかったが、今はその可能性にかけたい。それに、あの子の体はきっとある。
(この学校内のどこかに・・・!)
意外と見た場所をもう一度確認しに来る可能性は先ほど体験したので同じ場所にいるのは危ない。私は学校内の地図を頭の中で展開させて、今までのかくれんぼで隠れた場所も思い出しながら必死に探す。
(暗くて狭くて・・・苦しい? そんな場所思いつかない・・・それに苦しい場所なんて長時間かくれること考えたらいかないよね。もしかしてかくれた場所でなにか予想外のことに巻き込まれた?)
大分おぼろげになってしまったが、当時の記憶を思い起こす。
かくれんぼをしていたのは夏の暑い日。授業がある平日だったが、放課後に家に帰ることなくかくれんぼを始めたんだ。
職員室の近くでかくれるまでの30秒を数えていたから、数え終わって振り向いたら理科の先生と目が合ってなんだか恥ずかしかったな。他にも何人か先生は残ってたけど、理科の先生はいつも放課後にその日の授業の片づけと次の日の準備をするから遅くまで残っていた。放課後いつも学校周辺で遊ぶ私たちにこっそりお菓子をくれたっけ。
その日の理科の授業はドライアイスを使ったもので、触ったり溶かしたりした気がする。釣りに行く時魚を保存する用みたいなおっきなボックスがふたつくらいあって、それいっぱいにドライアイスが入っててクラスメイト全員興奮してたな。
たくさんあったからいろんな実験ができたけど、やっぱり多くて余っちゃったから明日の実験に使うため準備室にみんなで運びこんだんだっけ。あとで冷凍庫に入れて保管するからって。でも次の日はあの子がいなくなってしまったから学校は休校になって、その翌日に持ち越された。
(でもうっかりふたを開けたまま外へ出かけてしまったから溶けてしまっていたのよね。結構暑い日だったししかたな・・・)
< 車内にあったクーラーボックスにはドライアイスが入っており
二酸化炭素中毒による窒息死ではないか >
ふいに、昨日の夕飯時のニュースが頭の中に流れた。
(いや、でもあそこはいつも鍵がかかってるから入れなかったはず・・・でももし、出かけるとき先生が鍵を閉め忘れてたら? 準備室内にかくれられるところが・・・万が一にでもあったら・・・)
嫌な汗が流れる。しかし、学校内で入ったことがないところなんて鍵がかかているところ以外なかったはずだ。見つかってほしい気持ちと、いないでほしいという気持ちがせめぎ合う。だってそうだろう。もし、もしいたら、事故で、先生の故意ではないにしても、あの子は先生に・・・。
(いや、今は考えてる場合じゃない)
目的地は決まった。理科室は体育館を出て突き当りを右に進み、下駄箱を右手に見ながら進むとその隣だ。準備室はその中にある。地味に距離があるのが怖い所だ。
私は倉庫を忍び足で出ると、周りを確認して体育館の扉をほんの少し開けた。暗すぎてほとんど見えないも同然なので、耳を傍立たせ何の音も気配もない事を確認すると人1人何とか入れるくらいの隙間分開いて外に出る。足音をさせないよう、しかしできるだけ早く歩いて突き当たりまで行くと左右を確認。
(普通なら10歩くらいでたどり着ける理科室が、今は果てしなく遠く感じる)
暗闇の中で何か動くものがないか目を凝らし、あの子がいないことを確認すると靴箱の場所まで向かった。靴箱は私の背よりも少し高く、壁側に2つとその間に均等に2つ置かれている。右手に見ながら進もうと思ったが、遮蔽物になると思ったので靴箱を盾にしながら行くことにした。
靴箱の向こうはガラスの扉で、いつも生徒はここから校舎へ入る。今ガラスの向こうは真っ暗闇で、何も見えなさ過ぎて壁のように錯覚してしまう。
そういえば外の明るさに変化がない。普通月明りが暗くなったり明るくなったりするものなのに、ここはひたすらに真っ暗だ。
「ここかな?」
背筋が急に冷えるのを感じた。反射的に座り込み、周りを見渡す。
(いない・・・でも近くにいる!)
姿勢を低くしたまま声のした方を靴箱の陰からそっとうかがった。すると、いた。今いる場所の靴箱を挟んだ隣に。
「〖えみちゃん】全然見つからないな~でもきっと見つけるからね。そしたら~ず~~~~~っと一緒にいられるもん」
くるっ
(まずいっ!)
振り返った【あいちゃん】がこっちにくる。がくがくする足を無理やり動かして動物のように這うように移動した。
(はぁはぁくる、くる・・・!)
端まで移動し、先ほど私がいた場所にあの子が移動したことを見届けると足早に反対の一番端に移動した。ここで理科室のドアを開けて少しでも音が出れば、すぐにばれてしまう。それより靴箱を盾にしながら乗り切り、遠くに行ったのを確認してから理科室へ行った方が安全だ。
(だからお願い・・・! 早く違うとこへ行って!)
「見つけたら、今度はどんな遊びしよっかな。おいかけっこにだるまさんが転んだとか。ここでできることはみんなやろ。みんなやったら新しい遊び考えよ。・・・帰りたいなんて考えられないくらい、いっぱいいっ~~~~~~~~~~~~~ぱい・・・♪ ふふっどこかなどっこかな~~~♪」
暗闇の中響く無邪気な声は、あまりにも場違いで、狂気を含んでいる。鼻歌が近づいてくる。ガラス扉側の端移動し、背中を靴箱にピッタリつけてかくれる。
「ん~やっぱりいないか~。ここかくれるとこほとんどないもんね。他のとこさがそ~♪ まっててね~」
鼻歌交じりの声が左側へ消えていく。幸運にも理科室と反対側へ行ってくれたようだ。
今日だけで何度心臓をバクバクさせただろうか。寿命がどんどんなくなっていく気分だ。
(あの子があっちに行ってる間に確かめなきゃ)
歯を食いしばり、よろよろとした足取りで理科室へと向かう。理科室に入ると、6つの四角い机が均等に並んでいた。まだここで授業が当た時、4人ずつのグループに分かれて各机で実験等をしたものだ。
「・・・っ!」
扉近くにあった人体模型に思わずのけぞる。暗闇の中でうすぼんやりとたたずむその姿はかなり不気味。無表情な顔がそれに拍車をかける。しかし、怖いものほど目が離せなくなってしまうものだ。目を離したすきにさらに怖いことが起きると思ってしまうからだろうか。
極力目の端にその姿を捉えつつ、奥の準備室へと進んだ。
準備室のドアノブをひねると、すんなりまわり、押したら開いた。鍵がかかっている可能性も考えていたので、ほっとした心地で中に入る。ほとんど入ったことがない部屋の中は段ボールが壁際に積まれており、棚の中にはビーカーなど実験器具が並んでいた。入ってすぐ右隣には机があり、その横には・・・
「・・・!」
(やっぱり・・・)
蓋が開いた状態の、クーラーボックスがあった。中は空だ。地面を探ると、穴の開いている箇所を見つけた。穴に指を引っかけて引き上げると、意外とあっけなく床板は外れた。そして中をのぞくと、そこには・・・。
「すごいね〖えみちゃん】。今はかくれる側なのに、2回も私を見つけるなんて」
振り返ると、準備室の外から【あいちゃん】が笑いながらこちらを見ていた。
「あ・・・あ・・・」
(みつかって・・・しまった・・・)
「でも〖えみちゃん】も見つかっちゃったね。どうしよっか。もう一回する? ・・・まあ意味なんてないけどね」
「・・・え?」
「だってここが明ける事なんてないもん。ずっとずっと暗いまま。ずっとずっと一人きり。でも大丈夫。〖えみちゃん】が来てくれたらふたりだもん。寂しくないよ。ふふっうれしいなぁうれしいなぁ」
【あいちゃん】は無邪気に笑いながら近づいてくる。妙にゆっくり、しかし確実に近づいてくるそれに恐怖で体が動かない。逃げられない。
(そんな・・・じゃあいくら逃げてても無駄だった・・・? これが・・・この子を見つけてあげられなかった罰なのか・・・)
【あいちゃん】の手が近づいてくる。この手に触れれば死ぬ。そして魂はこの場に留まり続け、今度こそ逃げられな・・・
ガシャァァァァァァァァーーーーーーン
「きゃあああ!」
「えっ! な、なに!? いたっ!」
指先に触れたのはガラスだった。理科室と準備室の窓が、なにかが飛び込んで来た衝撃で割れたようだ。そう。体当たりしても殴っても、何をしても割れなかった窓が。外への脱出口が!
「まって!」
私は助走をつけて窓枠に手をついて外へ飛び出した。空気が変わったのを感じる。体が軽い。
「まって! 〖えみちゃん】! もう一人は嫌だよ! いやだ! いやだいやだいやだああああああああああああ!」
【あいちゃん】の声が背中に向って殴りかかってくるようだ。
(ごめん・・・ごめんね・・・また、絶対迎えに行くから・・・! 家族の元に、帰してあげるから・・・!)
周りの木々は茂り、今自分がどこにいるのかもわからない。木々の枝が目の前を通り過ぎる。網目のように枝同士が重なり合っている。それでも必死に、ただひたすら前を走る。真っ暗の中、時折響く獣の唸り声。それでも足は止めない。止められない。
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どれだけ走ったか分からない。気づくと広い道路に出ていた。街灯もあって真っ暗な中にいた時と比べると、普段感じるよりも明るく感じる。
(森を抜けた・・・? たす・・・かった・・・?)
背後を振り返ると、薄暗い森が広がっている。あの子が追ってくる気配はない。ふと地面の色に違和感を感じて地面を見ると、道路はコンクリートだった。祖父母の家周辺にコンクリートの道路なんてない。必死に走りすぎて山を越えて都市部に出てしまったのかと思っていると、すぐ横を車が走り去っていった。
「え、あれって」
一瞬見えた運転手の姿は紛れもない父であった。後ろには祖父と祖母も乗っていたように見える。
冷静になって思い出すと、私は墓参りの時から急に姿を消したんだ。自分を探しに来ているのかもしれない。再び車を追って走り出す。と、車はすぐ右の駐車場へと入っていった。
(え? ここって・・・)
5階建てくらいの大きな建物。その門には大きく《山頭川和病院》と書かれていた。
(確か前におじいちゃんが畑で転んで頭打っちゃった時救急搬送された病院だったはず。あの家からは一番近い病院だけど、かなり遠い場所だったはずよね? たくさん走ったけど、さすがに車でも30分以上はかかる場所に出るわけないし・・・というかそもそもなんでこんなとこ・・・)
考えれば考える程頭がこんがらがっていく。そうこうしているうちに車から下りた父と祖父母が病院へと入っていくのが見えた。
(もしかしたらお母さんになにかあったとか!? わ、私も早く行かないと!)
駆け寄って閉まり切りそうな自動ドアからギリギリで中に入る。父と祖父母は看護師に奥の部屋へと案内されていた。
「ま、まって!」
聞こえなかったのか、3人は構わず案内された部屋の中へ入っていく。必死過ぎて声が届いていないのだろうか。あとを追いかけて受付の横を走っていく。
病院の中は静かで、受付の人達ももうお客さんは来ないからかお父さんたちの行った方を見て不安そうな顔をしている。
もう夜だからか病院内は少しだけ薄暗く、病室からの明かりがまぶしく思える。
ひらかれたままの扉から中へと飛び込む。
「お父さん! お母さんになにかあ・・・た・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
父や祖父母、母、お医者さんに囲まれてベットに横たわっていたのは―――――私だった。
その後気づくとベットに横になっていた。体が重く、体中のいたるところが痛い。特に鋭い痛みを感じて両掌を見ると、ついさっきできたかのようなざっくり切れた傷があった。割れた窓から脱出した時に出来た傷かもしれない。
私は墓参りの時、お地蔵さんに近づいたところ丁度足場が崩れて落ちたらしい。周りの木の枝がクッションになったかは分からないが、落ちた高さの割に軽傷で、あとは意識が戻れば、というところだったという。
両掌の傷は私が起きてから全員気づいたらしく、さっきまであったかと不思議そうにしていた。きっとこの傷のことは、私にしかわからないのだろう。
入院中に聞いた話だが、私が落ちた時お地蔵さんも落ちて、私を病院に運んだ翌日警察が現場を確認したところ、落ちたお地蔵さんは校舎の中に転がっていたらしい。理科室の窓が割られているところを見る限り、落ちた時にたまたま中に飛び込んだのだろうとのこと。だが角度的には不可能な位置なので、全員首をかしげていたと。
(あの時助けてくれたのはお地蔵さんだったんだ・・・)
そして、理科室と準備室のお地蔵さんを調べていると、何年も前に行方不明になっていた【あいちゃん】の遺体が見つかった。
遺体は家族の元に届けられ、厚く供養がされる予定だ。
お地蔵さんも崖の修復後、元の位置に戻されるという。
私は病院のベットに横になりながら、静かに手を合わせた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
久しぶりのホラー、久しぶりの短篇で少し苦戦しましたが書き終えた時の達成感はやはりいいものですね。
学校で幽霊とかくれんぼという定番ホラーでしたが、一回書いてみたいなと思ってたので満足です。
またホラーものでアイディアが出たら背後を気にしながら書きたいです。