冴東(さえとう)ユウジンによるプロ初打席!苦節の時を乗り越えてようやく念願の地へと立った彼に待ち受ける運命やいかに
作者自身の2作目となります。一話完結です。
「さあ!ツーアウトフルベースといった状況で次のバッターは・・・・」
我がチームの監督がベンチから出てきて、主審に選手交代を告げる。彼冴東 ユウジンのプロ初打席である。
「今年ドラフト一位入団の冴東 ユウジン!社会人リーグの帝国ビクトリーから入団した期待の新人です!」
実況席にいるアナウンサーの口から、彼の選手紹介をテレビでこの試合の模様を見ている視聴者にむけて語られていく。
「「9番ピッチャー村岡に代わりまして、ピンチヒッター冴東。背番号7」」
ウグイス嬢に冴東 ユウジンの名前がコールされた。ネクストバッターサークルで待機していた彼は満を持して、打席の方へとむかった。
「よし・・・ついにこの時が来た。プロ初打席・・・」
冴東 ユウジン43歳。念願のプロデビューであった。
「今日からぼくのプロ野球人生の第一歩が、今ここで幕を開ける・・・」
苦節を経て、43年。ついにここまで上り詰めた。今まで生きてきた中で散々、周りの野球関係者から心ない声やバッシングを浴びさせられ、メンタルも幾度となくズタボロにされながらも、あきらめずにやってきた。
しかしこの時を持って、それらの苦しみは取り払われた!彼は今、夢の舞台に立っているのである。
今までのつらい思いが、自分の打席が近づくにつれて、たびたび想起された。涙があふれそうだ。
その涙もこらえつつ、ついに彼は打席に立った。
「これが・・・本拠地、黒山製鋼球場のバッターサークル・・・」
白線で囲まれたボックス一つ一つをとっても、冴東にとっては感極まった。
感慨深くなっているよそに、主審からはついにプレイのコールがかかった。
「プレイ!」
8回の裏ツーアウト満塁。
ピッチャーはセットポジションに入ろうとしていた。
「いかんいかん。感傷に浸っている場合じゃないや。ツーアウトフルベース。さっそく活躍して、チームのみんなに褒めてもらわなきゃ」
気持ちを入れ替え、深呼吸をする。
吸った息をため込んで、そして思いっきり吐く。
プハーーー!
「よし気持ちも落ち着いてきた。あとはいつものルーティンだ。緊張でガチガチになっているのを、解きほぐす魔法のルーティン・・・」
冴東はおもむろにピッチャーに対し、バットの先端を差し向ける。
「よし!ピッチこぉぉぉぉい!」
腹の中から思いっきり声を出すことによって、さきほどまでの感傷に浸り、なよなよした心をリセットする。そして彼の緊張はほぐれていった。
彼の怒涛の叫び声は球場全体に響き渡った。
しかしドーム球場ってこともあって、ぼくの声がものすごく反響するなぁ・・・・
すこし気恥ずかしい思いであった。
彼のその振る舞いに観客一同は、彼なりの一種のパフォーマンスと捉えてか、球場全体が一瞬どよめいた。
「おおお・・・冴東選手、気合十分ですね」
「そうですね。このプロ野球の舞台に上がるまで43年の月日がかかっています。この舞台についに駆け上がってきたという思いは、人一倍違うものがあるでしょう」
実況席も冴東の気合十分な姿勢をそれぞれ実況、解説をしていく。
「かっとばせー冴東!いけ!いけ!ホームラン!」
人生で初めて、彼自身に対する野手の応援歌が鳴り響く。
「あはは・・・・僕ってこの時をもってようやくプロ野球選手になれたんだなぁ」
球場全体をつつむかっとばせコールにまたもや感傷に浸ってしまい、そうして気を取られているうちに第一投が投げられた。
シュバン!
「ストライク!」
「ふぇっ!?はや!」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。ピッチャーの球が速すぎるあまり、目でとらえることもできなかった。
「いかんいかん!僕の応援歌に気を取られていてどうする!よし仕切り直し!」
気を引き締め、バットを構える。
そしてプロ第二投・・・
シュバン!
「ストライク!」
「いやいやいや!無理無理無理!バットを振ることすらできないよ!」
彼が白球を目視するよりも早く、ピッチャーのボールはキャッチャーのミットにおさまる。
「まずい・・・・これでツーストライクかよ。・・・・これバットに当てるのも無理ゲーじゃねえ?」
この2球でさっそくプロの一軍の偉大さを目の当たりにし、意気消沈する冴東。
はやくも追い込まれてしまった。さっそくプロの洗礼を受けさせられるところまで来てしまった。
「さすがプロ野球といったところか・・・まあプロ初打席、ツーアウトフルベース。プロデビュー戦というところで、無謀にも立ち向かうドラフト1位ルーキー43歳。・・・ちゅうところでシナリオ的にはまずまず上々のスタートといったところかな」
はやくもこのピッチャーのボールを打ち返すことをもっぱら諦め、完全に戦意喪失してしまった冴東。
そうしているうちに第三投が投げられる。
「いかんいかん!さすがに期待のルーキーとはいっても、初打席三球三振はみっともなさすぎるぜ!うおお!意地でもバットに当てたらぁ!せめてファールにでも!」
三球三振といった何とも格好のつかない結果で、プロ初打席を終わらせたくない彼。
彼はボールがピッチャーの手元から離れる前に、バットを振るった。
「これで最悪バットにかすってくれ!」
ブンッ!
しかしその思いは思わぬ形でぶち破られることになった。
シュッ!
「ん?」
がちーーーーん!
「ふがぁ!!」
そのピッチャーが放った球は、あろうことかフルチンめがけて一直線。
そしてピンポイントに命中した。
「うわぁぁぁ!」
バットを早く振りすぎたこともあって、カラダが完全にピッチャーの方に向いてしまった。そのこともあってか、完全に股間めがけて放たれた硬球に対して、よける術がない。
フルチン直撃にはおあつらえ向きの態勢で、満を持して見事に命中!
彼は悶絶のあまりその場で倒れこみ、もだえ苦しんだ。
そして彼のプロ初打席はこうして終わりを告げたのであった。
「よし・・・身を挺してのプロ初打点。・・・シナリオ的には十分だ・・・ガクッ」
彼はまもなく意識を失い、救急車に搬送されていった。
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目が覚めた。目が覚めて真っ先に見えてきた光景は、無機質で真っ白な天井。
「ああ・・・僕ってどうしてここにいるんだっけ?」
必至に記憶を呼び起こす。
「そうだ。僕って夢までみたプロ初打席に立って、それで・・・フルチンに直撃したんだった」
さきほどまでの記憶がまざまざとよみがえってきた。
ということは僕はどうやら救急車に搬送されて・・・病院の中。
今は病床に寝かしつけられているということか。
しかし何かがおかしかった。
「なんかやけに天井が近くないか?」
そう。異常なまでに僕の顔と天井との距離が近すぎるのだ。それは手を伸ばせば、届きそうなまでにやけに近く感じた。
「そういえば、ベットで寝かされているはずなのに、いっこうに背中にベッドの感触がないんだが・・・」
そして冴東は左右交互に首を振って、あたりの状況を確認してみる。
「わーおい!僕、浮いてるじゃんか!」
ぷかぷかとまるで風船のように彼自身のカラダが浮いていた。
「えええ!?ちょっと信じたくない!信じたくないぞ!僕ってまさか死んでないよね!?」
たまらず彼は自分の頬をつねり、自分がまだ魂と化してないことの確証を得ようとする。
しかし・・・
「うわぁぁぁぁ!触れない!触れないヨォォォ!」
頬をつねろうとするも、彼の手はすり抜けてしまった。
「ちょっと待って!ほかは!?耳とか太ももとかは!?」
手あたり次第、カラダの部位あちこちを触ろうとするも、すべてすり抜けてしまいどこにも触れない。
「鼻は!?鼻の穴の中も触れなくなっちゃったのかな!?」
最後の最後に唯一まだ触っていなかった部位を触ろうとする彼。彼の指は鼻の穴へと向けられた。
しかし鼻の先端に到達するも、それさえもすり抜けてしまいやはり触れなかった。
「わーおい!鼻くそですら、ほじくり返せなくなっちゃったよ!僕の毎日のささやかな楽しみだったんだぞ!一度死んでしまったらそのささいな幸せですら、奪われちゃうのかよ!ぴえーん!」
冴東は自分自身が確かに死んでしまったことを確信した。その受け入れがたい事実に大声をあげて思わず、泣き散らかしてしまった。
「うわーーん!プロ初打席で即フルチンボッコでお亡くなりって、シナリオ的に後味悪すぎるよ!親族にどう顔向けしたらいいんだ!?」
にわかに世間体のことが思いやられて、そういった記事を書かれてしまいかねない事実に、死んでもなお恥かしめを受けさせられることに対して、思わず顔を覆いたくなってしまう。
「あっでも、僕もう死んでしまったんだから親族に顔向けしようにも顔向けできないや。わは!」
まもなくして冴東の病床には、医師と看護師を含め数名が立会いのもと、死亡時刻が正式に言い渡された。
夜の11時16分。
冴東 ユウジンは43歳でゴートゥーザヘブンとなった。
「なんでこんなことに・・・せっかく実業団に運よく滑り込めて、そこで修行を重ねに重ね、苦節十年。ようやく念願のプロ野球選手の切符を勝ち取ったのに、こんなシナリオの終わり方はひどすぎる!」
「チェンジ!誰か僕を生まれ変わらせてくれ!そして人生をやり直させてくれ!」
冴東はどうしようもない願いを切に願う。
「無理も承知なことはわかっている!どうか!どうか!僕をまたプロ野球の舞台に立たせてほしい!この通りだ!」
これでもか!っと祈りを捧げる彼。
そんな彼の願いがだれの耳に届いたのか?誰かの声が唐突に、彼の脳内ないしに耳元へと囁きかけてきたのだ。
「もしもし~?聞こえてますか?」
「はい?」
冴東は振り返る。脳内と耳に二重に不協和音のようにして聞こえてくるその声におっかなびっくりしながらも振り返る。
しかし振り返った先には誰も居ない。
「今わたしはあなたの心の中に語りかけているんです」
「うわ!誰なんだよ!あんたは!いきなり唐突に!心臓がまろび出るところだったぞ!」
「それは失礼しました~。でもあなたはすでに死んで魂だけの存在になっているので、まろびでるような心臓なんてどこにもありませんよ~。一応言い添えておきますね~」
とぶしつけに不謹慎なことを言い放ってくる声の主。どうやら女の声のようだった。
「てかそれよりも質問に答えてくれ!あんたはだれだ!?」
「申し遅れました~。わたしは女神オリヴィア。あなたの人生をやり直しさせることのできる歴とした神様ですよ~」
終始ふわふわとしたこの口調にいらだちを覚えながらも、しっかりとこの女神とやら者の話に耳をかたむける。
「女神!?おおお!!?まじもんの女神さま!?本当に僕はこの世界で生き返ることが出来るの!?」
さきほどの無礼な女神の発言はさておき、聞き捨てがたいことを言っていた。人生のやり直し?生き返る?確かにそう言っていた!
「この世界線でのあなたはもう一度死んでしまっているので、蘇生することはできませんが、しかし別の世界線ならあなたを送り届けることはできます」
残念ながらこの世界ではもう復活することはかなわないが、別の異世界とやらところへ行けば、また野球をすることができる!ということだろうか。
おそらくこの解釈で間違ってないと思われる!
「おお!それは本当ですか!もう一度僕は野球ができるってこと?」
「はい。その通りですよ~」
「もしできることならそうさせてくれませんか!?僕はやっとのことでプロデビューしたのに、即死亡っていう最悪なシナリオエンドで終わっちゃったんだ!」
「はい。その通りですね~。無様な死にざまでしたね~」
「できることならその世界線ってところで、野球人生をやり直したい!」
もし本当に異なる世界線で野球ができることなら、嬉しいことこの上ない。わらにもすがる思いで猛烈に頼みかける。
「わかりました~。あなたの願いを聞き入れましょう~。では異世界BB4地点へあなたを今からお送りします~。
そこでのあなたはおおよそ高校生。ちょうど高校の野球部に入部したての時になります。そこからどうかあなたなりの人生を歩んでいってくださいまし~」
「おおお!高校生から人生のやり直しがきくってか!それはありがたい!感謝します!女神オリヴィア!」
なんと生き返らせてくれるのも相まって、その世界では高校生からやり直しがきくということらしい。これは願ったり叶ったりの絶好なシチュエーションだ!
高校生から野球を一からやり直せるなんて、本当に心底嬉しい。
そして高校に通えるってことは、また青春時代にカムバックできるということだ!やったあ!
「心の準備は出来ましたか?」
女神オリヴィアの心の声にうんうんと二つ返事で、大きく首を縦に振り、頷く冴東。
するとどこからか、女神オリヴィアと思われる御姿が突如として、冴東の前に現れた。
「おおお・・・非常にお美しい。結婚したい・・・」
43歳にして未だ独り身であり、童貞であった冴東。性欲赴くままに思わず、女神オリヴィアを異性の対象として見てしまった。
豊満なお胸。そしてボンキュッボンなナイスバディーに、透き通った白い肌。そして黄金比の顔を持つそのお顔。まさに女神らしく文句のつけようのない完璧なる美貌であった。
「では、冴東 ユウジン43歳。独身生活エロ趣味~。世界線BB4地点へいってらっしゃいませ~」
そうして彼は突如、光に包まれた。おそらくそのBB4地点といったどこ知れぬ別の世界線へとこれから連れ去られようとしているのであろう。
「ああ!待って!もうちょっと僕とお話だけでもしませんかね~」
こんな美人とお話できる機会はそうそうやってこない。こんな機会を逃したら、次いつ美人とお目にかかれるかわかったもんじゃない!
やめてくれ!僕をBB4地点へ向かわせないでくれ!
「却下!やっぱBB4地点には向かいません!僕はあなたとこの場所で苦楽を共にしたいんです~。どうかご慈悲を~」
「ダメで~す。BB4地点へ、43歳独身男性をご案内~♪
あなたはその世界で野球人生をやり直すのです~。健闘を祈ります~」
はかなくも冴東の彼なりの自己評価では、百点満点のプロポーズは女神オリヴィアの前であえなく撃沈してしまい、そして彼はそのままBB4地点へと続く光の道へと消えてしまった。
冴東 ユウジン。BB4世界で無事にプロ野球選手として生涯を全うしてほしいものだ。
心よりご冥福をお祈りします。
おしまい。