1話-村の外へ-
「ふっ!!」
ブオン、と拳が風を切る音と共に拳に嫌な感触が伝う。
「グギャァアァッ!?」
空中で一回転半をし、重力に従い勢い良く地面に叩きつけられた狼の魔物が苦しそうに声を漏らす。
しかし容赦はせず、狼の後を追うように空中で回転し、狼の口元にかかと落としを叩き込む。
「早くっ!!死ねッ!!」
げしげし、と狼の首元を蹴っていたがそのうち絶命し、動かなくなる。
「ふぅ………やっと倒せたぁ…」
狼を殺し、どっと押し寄せる疲れを振り払い狼だったものを担ぎ歩き出す。
暫く歩くと木で出来た小さな家が建ち並ぶ村が見えてくる。
「お〜い!!帰ってきたよ〜!!」
大声をだすと老婆が降ってくる。
「おかえりなさいユーキ。」
「ちょっばあちゃん…!降ってくんのやめてって言ってんじゃん!」
驚き抗議の声を上げるがばあちゃんは素知らぬ顔だ。
「ふん…老い先短い老婆の気配すら感じ取れぬとは……まだまだよのぉ」
そういいつつ、僕の背負っていた狼の魔物の死体を受け取りどこからともなく取り出したナイフで死体を解体していく。
「まぁ兎も角、こいつを倒せたなら上出来さね。」
「じゃ、じゃあ!!村の外に行くっていうのは…!?」
「あぁ、しょうがない。許可するよ」
「やったぁぁぁ!!」
身体では到底抑えきれない程の歓喜の感情が全身をかけ巡る。
というのも、今日が僕がこの狼の魔物を倒せたら村の外に出ても良い、と言われていたのだ。
こうしてはいられない。僕はジャンプし、後方に向けて大量の魔力を放つことで一気に移動し、家々のうちの一つを目指す。
「ふっ!!」
何の属性も持たないただの魔力の塊をぶつけ、屋根を破壊しその家に侵入しベッドの近くにおいてある本をとり、すぐさま開く。
剣と魔法飛び交う世界。邪悪を望む魔王に対するは小さき勇者。数多もの犠牲を出したが、果たしてその死闘には小さき勇者が勝利した。
そして世界には平穏が訪れた_______
その物語はこの村の外で起こったとされる物語だ。
人間と魔物との戦いを綴った心躍る物語で、僕は小さい頃からそれが大好きで、いつか村の外に行くことを望んでいた。
神さまからの恵みとされる魔法で道を切り開き、力の象徴とされる大剣で敵を屠る。
そんな冒険譚が大好きだ。
夢中になってそれを読んでいると頭に鈍い衝撃が走る。
「がぁっ!?」
「まーた屋根壊して〜!!直すの私なんだからねー!?」
ボコボコと僕の頭を殴り続ける女性__ユキナがそこにはいた。
「ね、ねーちゃんっ!ごめんってぇっ!ちょっ、殴るのやめてっ!痛い痛いっ!」
「全く……ていうか村の外では屋根なんて破壊しないの!!そんなんじゃ村の外でやっていけないわよー?」
「わ、分かってるよー!」
ユキナは僕の姉的存在で、血は繋がってないが昔から一緒にいて、今回僕が村の外に行くって言ったときも付いてきてくれる人である。
ユキナは白い肌に黒くて綺麗な髪に美しくも可愛さのこる顔立ちで僕のことをうらやましがっているようだけれど、生憎僕は姉に欲情する性癖はもっていない。
「どーだか……まっ!私が付いていくから大丈夫か…」
「む!!なんだよそれー!別に僕一人でもやってけるし!!」
ユキナねーちゃんは溜息をつき、諦めたような表情になる。
「まっ、いーけどー。まぁ私も村の外に用事があるからね、べつにユーキのことが心配なだけじゃないわよ?」
「なんだよその用事って……」
「ふふっ…内緒ー」
そんなやり取りをしていると再び天井に屋根があき、一人の男性が降ってくる。
「おうユーキ!ワンコロ殺せたんだってなぁ!!良かったなぁ……虫にもビビってたユーキがなぁ……」
とゴツゴツした手で僕の頭を乱暴に撫でてくる。
「おじさん!!ありがとー!!」
この人は近くにすむ狩人のおじさんで、昔からユキナと僕のことを気にかけてくれている。
「ちょっとおじさん!おじさんが屋根あけるからユーキも屋根から入ってくるんでしょー!?」
「す、すまんユキナ……ユーキのことでテンションが上がっていた……」
大の大人であるおじさんがしょんぼりしている様子がおかしくてつい笑ってしまう。
「なんだよユーキ!!お前が村から出るって聞いたから急いできてやったのによぉ〜!!」
「あははっ!ごめんって!それにしても僕が出ていくと寂しくなるんじゃないの〜?」
「馬鹿言え。村の奴らはお前よりユキナがいなくなる方が寂しがってたぞ?ま、そんなんはいいや。お前らは明日行くんだろ?今日はそのことでユーキとユキナの為に宴会があるからな!!そろそろ始まるんじゃないか?」
「えっほんと!?早くいこー!!」
おじさんのユキナの手をとって走り出す。
「お、おい引っ張るなって!!」
おじさんの悲鳴なんて聞こえない。明日への期待と宴会の喜びが風と共に身体を切る。
不安なんて置き去りにした儘。
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「う〜っ…頭痛いぃ…」
二日酔いで痛む頭を無理矢理起こす。ふと隣を見ると僕の顔をのぞきこんでいるユキナがいた。
「うわっ!?なんだよねーちゃん!?」
「いや、起きないなーって。そろそろいくわよー?早く準備しなさい」
「う、うん分かった!!」
顔を洗い水を飲み、用意していた荷物をとりユキナのところにいく。
「大丈夫?ナイフはもった?剣は?着替えは?寝袋は?テントは私が持ってるから……ロープは?鍋は?」
「大丈夫だって!!前々から一緒に確認してたでしょー!!」
「ふふっ…そうね。それじゃあいきましょうか。」
「うんっ!!」
家の外にでるとまだ外は暗い。
村のはずれに行くと村のみんなが見送りに来てくれていた。
行ってらっしゃい、と言う声が木霊する。
「行ってきます!!」
大きく一歩踏み出した。
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「おりゃぁぁ!!」
ばあちゃん特製のグレートソードを振り下ろし相手の頭蓋を叩き割る。
一瞬の痙攣から、絶命。なんども繰り返すうちにこの作業は板に付いてしまっていた。
「ふぅー…ばあちゃんの教え戦い編其の壱!!大剣の質量でゴリ押しすればどうにかなる!!」
「きゃーユーキ君かっこいー!」
後ろでユキナが囃したてる。
「えっへん!!それ程でもあるよ!!それにしても、魔物多くない…?」
今さっき殺した猪のようなものを解体しつつぼやく。
「そうね……」
ユキナは難しい顔をしつつ猪の牙を引っこ抜いていく。
「はい、これもってなさい」
その牙を袋に入れ僕に渡してくる。
「なんだよっ」
「お守りとでも思ってなさい。」
「なんだそれ…?」
良く分からないが受け取る。
「くんくん……猪の血で既に他の魔物が集まってきているようね。飛ばすわよ」
「早いね……やっぱり村の外って怖いや…」
と言い終わるが早いか、ユキナと同時に一度跳躍し木の枝に飛び移る。
「どうする?この高さでいく?それとももっと上?」
僕の問いかけにユキナは上を指差し、更に一度北方向を指差し、僕は頷く。
再びユキナと同時に跳躍し、途中ユキナを抱き抱え一度下に向けて魔力の塊を勢い良く射出し更に高度をあげ、先程までは上を見上げても葉っぱすら見えないほど高かったきの更に上を行き、もう一度魔力を射出。高速度で北方面へと移動する。
「ばあちゃんの教え移動編其の参!魔力うっとけばどうにかなる!魔弾射!」
「ユーキ!いくよっ!!はぁぁっ!!」
掛け声とともにユキナから膨大な魔力が放出され、僕達を包み込み、ゆっくりと動き始める。
「んー…ねーちゃんこれどうやるんだよー…僕もこの移動法したい!!」
げしげし、と魔力の足場を踏みつける。
「ユーキの魔弾射も大概よ…まあ、そうね。良い機会だし教えましょうか。といっても難しいことは何もやってないわ。魔力のコントロールが上手くなればすぐよ。そもそも魔力というのは大気中に満ちていて、ユーキの魔弾射のようにただの力として使うこともできるけれど、本質は神様のお恵みで、私達の願いを受ける為のものだと言われているわ。生きる全ての者の願いを感知し、叶えるために神様が世界に撒いたものよ。あとはその神様の一部さえあれば更なる願いを聞いてもらえて、火を起こせたりするわ。まぁ、その場合願いには代償が付き纏うから使い過ぎないようにしないといけないわ。
ていうか、おばあちゃんに習わなかったの?」
「ほら、おばあちゃんは力技でどうにかしろって人だから…」
「あー……納得だわ…。」
そんなこんな話しているうちに辺りは暗くなってきていた。
「そろそろ森も抜けたし降りて野宿の準備でもしましょうか。」
「うん!!」
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地面に降りた僕達はまずテントの用意をし、それからご飯を食べ、テントの外で焚き火をしながらのんびりとしていた。
「ふー…つかーれたー…」
「途中から空で移動していたから疲れないじゃない……」
「それでも疲れるもんは疲れますー…。それにしても今日だけで凄い移動したね…随分星の位置が変わってる。」
「魔力のことは分からないのにそんなことは分かるのね…」
「おじさんが遭難した時に役に立つってさ…それにしてもどこまで行くの?」
「そうね……もっと北よ。海を渡ると比較的平和なところがあるの。それの更にまた北………極寒の地ね。私はそこに用があるの。」
「ふーん……まあ僕は村の外の世界がみれたらいいけどさ、なんなの?その用って。」
「ふふふ……それは内緒よ……」
よ、と言いかけた瞬間風が吹き荒れる。
暗く染まっていた空に爆音、そして視界が白に染まる。
「なっ………!」
なんなんだ、言い終わらないうちに後ろに吹っ飛んだ。
すぐさま体制を立て直す。
心を落ち着けろ、周りを感じろ。
恐らくはユキナの気配、焚き火、テント、そして_______________________________________________________殺気
「はぁっ!!」
殺気を感じた方へ魔弾を打ち込みつつ自分はバク転のような形で後ろへと下がる。
手応え、有り!
視界が晴れてくる。そこにいるのは僕と同じように後ろに吹き飛ばされたであろうユキナと、漆黒の、ゼリー状の。何処までも黒く、暗く、深い。そんな色の塊が佇んでいた。
魔弾は着弾した筈だが傷付いている様子はない。顔はなく、どこを見ているか分からない筈だが気配で分かる。僕のことは見ていない。
「ねーちゃん!!」
「えぇ!」
ユキナが正面に手を翳すと両手に一振りずつ、短剣が現れた。
ユキナはそれを構えすぐさま黒の塊に突撃し、上から両手で叩き割る。
ぶよん、と不愉快な音が耳を刺す。
「くっ…!」
ユキナがうめき声を上げる。
ユキナの手の先を見ると短剣が取り込まれているところだった。
ユキナはすぐさま短剣から手を離し後ろに宙返りをする。空中で手を伸ばし、再度短剣を出現させる。
「効いてない……?」
「分からない。どうしたら……」
肩に背負っているグレートソードを引き抜き真正面から突き刺す。
手応えは無し。すぐ様引き抜きグレートソードを後ろに回し、その勢いで横から蹴りつける。
「うわっ!?」
余りにも感触がない。
「ユーキ!!」
ユキナの掛け声で横に飛ぶ。
後ろを振り向くと炎の塊が黒の塊に衝突していた。
しかし効いた様子はない。
そして、黒の塊が動き出す。