森の入口で N
「師匠、しーしょーうー!待ってー」
あともう少しで森の入り口というところでリチスは、後ろからかけられた声に顔をしかめた。
デジャヴかと思った、というか思いたかったのだが、残念なことにかけられたセリフは、彼女の記憶と酷似していた。ついでに言うなら似たセリフを放った人物と今自分の後ろにいる人物は瓜二つである。
とはいえ、声の主を無視するわけにもいかない。
しかたなく後ろを振り返ると少女が一人、息を切らせながら走ってきた。
「はぁ、はぁ・・・師匠歩くの早すぎ・・・」
「さっさと歩かないと日が暮れるしモンスターも多くなる。わかっているだろう?」
「そりゃそうですけど・・・」
『遅れたのはルーニャが道端のキノコとかに目を取られていたからでしょ』
会話に割って入ったのは息を切らせている少女———ルーニャの周りをふわふわ飛んでいる水の精霊だ。名をイシュという。
「ひ、ひどい!だって珍しいものばかりだったんだもの」
『でも食べるのはないわ』
「く、口に入れられれば大抵大丈夫だって母さんも言っていたもの」
当たり前の話だが、野生のキノコを知識なしに口に入れるのは自殺志願者くらいである。
『……食いしん坊もここに極まれると馬鹿というか無謀というか』
よく旅に出ようという気になったわね、というイシュのあきれ声に図星を突かれたルーニャの顔が赤くなる。
「なんですってー!!」
言い合いが始まったのを見て、リチスはため息をついた。このコンビの喧嘩は長いので、ひたすら待つしかないのだ。
とりあえず、効果があると思われる言葉を投げかけることにした。
「今度こそ置いていくぞ」
目的地に着くまでには最低でも一泊しなければいけないだろう。夕焼けに近づきつつある空を見ながらリチスは歩を進める。
ルーニャも遅れないよう小走りに進む。さすがに今これ以上寄り道はしないと決めたようだが、未練はあるようで、ちらちら道端を見ている。
森の中に入ったら、それこそ彼女の興味を引きそうなものがそこかしこにあるので、一泊で済まなくなるかもしれない。
「森に入ったら一直線に目的地を目指すぞ」
リチスがそう指示すると
「何かあるんですか?」
という質問が返ってきた。指示を出した本人としては、「イエッサー」という答えがほしかったところである。
「まあ……色々あるんだよこの森は」
「そうなんですね……!」
どんよりとした声より内容に反応したルーニャの蒼い眼が輝きだす。
『期待は絶対しない方がいいわ…』
きらきらしているルーニャにイシュもどんよりとした声で遠くを見ながらそう言った。
「そういえば、師匠、目的地までの道は覚えているんですか?」
「まあ一度来ているしな」
『あーあの時も大変だったわねぇ』
リチスとイシュが顔を見合わせて苦笑する。
と、ルーニャが立ち止まった。
「どうした?」
「師匠とイシュが前に来ているのは知っているけど……二人だけが知っているのってなんかずるいというか……うらやましい」
リチスからの問いかけにルーニャがうーんと杖を振りながらつぶやいた。
「……そうだな、道すがら私達が旅した時の話でもするか」
今後の参考になるかもしれないしな、というリチスの提案に
「ほんと!?」
ルーニャの目がまた輝きだす。
それを見ながらリチスは、さてどこから話そうかと記憶を呼び起こすことにした。
初めまして、知咲と申します。
更新頻度は遅いですが、読んでいただけると幸いです。
2022.5.19
だいぶ修正しました。