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気分屋紫

蟲が這う。私の爪先を、脛を、太腿を。モゾモゾと、皮膚の下を蠢く。気味が悪くて爪を立てて掻く度に、ポロポロと、蟲ではなく、皮膚が剥がれる。なんだか悔しくて堪らないと思うと、お前はそういう人間として生まれ、死んで行くのだから仕方がないと言う声を聞く。何処から聞こえて来るのかと探せば、寝ている筈の、安全な筈のベッドが、大きな口を開けて笑っている。


「クソッタレめ......」

「あら、夏大丈夫?」


隣でキマッているすみれは、自然やら宇宙への感謝で感極まっていて、悪夢に取り憑かれている私に憐れみの目を向けている。


「こんな精神状態でやるんじゃなかった!」

「もう、夏がやろうって言ったんでしょう?」

「仲間が死んだんだぞ!菫こそなに呑気に感謝だなんて!」

「でも世界は美しいわ」


そう言いウットリと紫の目を閉じ、世界は美しいとまた呟いた。その能天気さに、私は脳みそを掻き毟った。

私達はガールズバンドをしていて、一人が投身自殺した。遺書も何もなく、ただ自前のベースだけを持って、警備員を振り切り高層ビルのオフィスから窓を突き破って飛び降りた。私達は高校生で、その会社に勤めていた訳でもないし、そいつもただ半狂乱に突っ走っただけだろう。ロックだと思う。丸の内は一時騒然として、仲間だった私はあの厳重な警備をすり抜けたそいつを誇りに思ったが、何の相談もせず死んでいったことには心底呆れたし、ムカついた。何より、飛び降りているそいつと、私は目が合ったのだ。ギターの弦を買いに行った、帰りのことだった。黒猫が、嫌味ったらしく優雅に歩いている。


「くそ!あぁわからない」

「夏わかって。感謝というものはね、自由なのよ」

「煩い!」


そしてその鬱憤を晴らすためにフライトしたのだが、マインドセットはあってないようなもので、結果は散散で、私は死にかけている。苦しくて苦しくて、喉の下に私がいて叫んで、その叫ぶ私の下に私がいて叫んで、その叫ぶ私の下に私がいて叫んで、その叫ぶ......


「あぁ!」

「大きな声を出さないで夏。それよりも、大地に沈みましょう」

「私が駆け寄って抱き締めてやれたら!」


ビルの11階から飛び降りたらしいし、冷静に考えて、私なんかが助けられる訳がない。でも、もしも、その時。いやもっと前に、きちんと話していたら。そいつが死ぬなんて思わなかったんだ。いつもみたいに高校にいって、適当に過ごして、少し楽器を鳴らして、愚痴まがいの不平不満をぶつけられたら。安っぽいロックを歌えれば、私達は満足だった筈だ。あぁ忌々しい!なんでこうも、あぁ、全部全部、上手くいかない!


「あの表情。投身しているくせにやけに達観してて、冷静で、何の不平もないようなあの表情!どうして死んだ!」

「夏、よく聞いてね」


と、菫は身体を私に覆いかぶせ、顔を近づけて、瞳を見て言った。飛び降りた時と同じ、綺麗な紫色の瞳。


「人は、泣いている人が泣いているとは限らないし、笑っている人が笑っているとも限らないのよ」

「それ、今の私には呪いなんだけど」

「昨日読んだ小説にあった気がしたの。」

「意味わかんない。どうして飛んだの?」

「気分」


気分なら仕方ないかと、腑と共に瞼も落ちた。彼女の命に意味があったかは知らないし、結局遺書もないから何を思ったかもわからない。ただの気狂いの気まぐれ。何だそれ。




眼が覚める。ベッドから降りる。もうベッドは笑っていない。カーテンを開けて朝日を浴びる。黒猫が歩いているのが見える。リビングから、トーストとコーヒーの良い香りがする。

今日は月曜日。学校に行こうか。

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