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妄想の帝国 健康管理社会

妄想の帝国 その13 健康管理社会 収容者のやり直し田舎暮らし 

作者: 天城冴

広告会社でパワハラ、セクハラの罪で健康警察に逮捕された元会社員三人組。更生目的での田舎暮らしはさぞかしつらい…と思いきや、案外いいものだと実感。しかし、この生活を脅かすものが…

増大する一方の医療費削減のため政府はある決定を行った。

“健康絶対促進法”の設立である。健康維持のため、あらゆる不健康な行動、食生活や生活習慣などを禁止するという法案である。個人の権利を侵害するとして反対もあったが

“政府に健康にしてもらえるんだからいいじゃん”

“自分の不摂生で病気になるやつのために医療費を払いたくない”

などの法案賛成の意見が多数あり、法案は可決された。

そして、不健康行動を取り締まる“健康警察”が設置された。

健康警察の活動は次第に拡大し、不健康を生じる組織、企業までが、取り締まりの対象となり、それに伴い違反者の裁判、収容、更生を担う健康検察や健康管理収容所などの組織が作られていった。やがて国民の理解や支持を得てゆき健康絶対促進法関連の組織は次第に権限を増していくことになった。

 健康警察そしてその関連組織は、政府すら無視できない大きな勢力となりつつあった。


そして、健康警察に逮捕された面々はその不健康の状態によって、様々な収容施設にいれられ、更生、矯正、治療をされていた。


 山桜が散り終え、地上でタンポポやスミレなどが咲き始めたころ、山間の畑では、青年から中年になりかけた男たちが畑仕事に汗を流していた。

「おーい、昼だぞ、モンタ、パセガワ」

慣れない作業に腰をいためたのか、背中のあたりをさすっている。

「わかってるよ、ダカス。お日様が真上だし」

だいぶ日に焼けたパセガワが空を指さす。春の終わりというより初夏に近い日差しで暖かいというより、暑いぐらいだ。

「ほんとだ。捕まる前は昼飯を食べるのは駅ビルか地下街の飲食店だったから、全然わからなかったけど。やっぱり昼に太陽は天頂になるんだな」

「そうだよな、俺たち何やってたんだろうな、ほんと」

笑いながら、三人は畑の脇の空き地に腰をおろした。持ってきた弁当を広げ、水筒を取り出した。モンタが傍に生えた草を指さす。

「ひゃー土筆がスギナになったのか。お、ヨモギがすごいな、取って帰って、婆ちゃんたちに餅にしてもらおうぜ」

「お前、昔から食うことばっかりだな。そういや焼き肉はいいのかよ」

ダカスがモンタの弁当をみると、蒸し鶏、ゆで卵、青菜のお浸しにご飯に梅干し、そしてリンゴ一個という、簡素だかそこそこ健康的メニュー。量もほどほどである。

「あー、昔は仕事帰りっていっても夜中だけど、焼き肉か焼き鳥かから揚げにビールとかなきゃ、やっていられなかったけどな。今はあんまり食べたくないんだわ。もうこれで十分。っていうか作業したら、だいたいなんでもいけるわ。この間御焼きを食べたんだけど、焼きたてはうまかったわ。“地方食フェア”の宣伝の仕事のときに食べたのと全く違うんだよ。やっぱりプロっていうか本場の人の作りたてをすぐ食べるのがいいのかな」

「それもあるけど、俺たち健康になったからだろ。前はさあ、腹がこんな」

ダカスが手で太っていたころの自分のジェスチャーをするとパセガワが笑いながら

「そうだよな。俺たち“馬車馬のように働き、種馬のように遊ぶ”とか言ってたもんな。深夜残業、朝帰り、夜中の飲み会は当たり前。でもさ、働くっていうのはほんとだけど」

「遊ぶっていうのは嘘だったな。ていうか金を使っただけ。これだけ無茶苦茶働いたんだからって飲みまくり、食べまくったけど。それって、ただ金をキャバクラや居酒屋に落として不健康になっただけよな」

「遊んで睡眠不足にイライラにメタボ。仕事がきつくなると食べなきゃ、やっていられないし、なんかあると部下に八つ当たりしちまって、寝られなくなって睡眠薬を飲みすぎるし」

「それで睡眠不足でさらに太ったんだろ、モンタ。俺はジムに通ってたけど、だめだわ、ありゃ。健康になるっていうなら畑仕事とか家事とかのほうが、いいのかもな」

「そりゃジムでやったメニューがまずかったんじゃないの、ダカス。でも、この作業がいいわ。金は払わないどころか、もらえるし、自分で食うものつくれるっていうのはなんか安心するよ」

「そうだよ、パセガワ。だいいち俺たち更生の一環とはいえ、自分らで家を借りて、人が耕してた畑を手伝ってるんだからさ。もう自立は目の前かもよ」

と目を輝かせるモンタ。ダカスとパセガワもウンウンとうなずき、自作の弁当を食べ始めた。

 リンゴに噛り付きながらモンタがつぶやく。

「いやあ、ほんとにのどかだよな。俺たち健康警察に捕まったのが嘘みたいだよ」

「ああ、ブラックな働き方を命じて部下を壊しかけたって。あのときはどうなることかと思ったけど」

「収容されて健康診断とか各種検査うけて、でいろいろ学んだっていうか」

「広告の仕事だから映像でショック療法がいいかもって、ジュウヤク博士はきついよな、でもほんとに効いたな」

「生活習慣病の末路か。糖尿病で目も神経もやられ足を切ることになるかもって言われたのは、怖かったわ」

「“貴方達は後天的なⅡ型で、しかも初期、以前のような仕事中毒の状態は改めて。これからは自分で注意して健康生活を送ればいいんだからね”って説教されたな」

「注意だろ。でも、変な感じだけどこれでよかったのかもしれないな」

「そうだな、俺たち、あのままいってたら」

過労死か、健康を害して退社か。それとも部下や家族にハラスメントがとめられなくなったか。そんな危険を冒して、あの会社で働き続けてもリストラや肩叩きの恐怖におびえ、いつかおかしくなったかもしれない。体も精神も人間関係もボロボロ。コースから外れた人間にニホン社会は冷たかった、今までは。

「逮捕、収容っていっても、人生のやり直しのチャンスを与えてくれたようなもんだよな。健康警察は」

「あのままいってたら誰か挫折、いや全員最下層まで滑り落ちて孤独死とかもありえたかも」

「だよな、家族いないし」

「遊ぶ相手はいたけど、結婚して家庭を築くっていうのはちょっとな」

「家にいる暇ないし、休日は寝てたし、デートとか無理」

「で、たまに散財、金もたまらないし」

「どっかの雑誌にありそうな負のスパイラルだよ。自分じゃ止められない」

「頭おかしくなってたってことだろ。あのころは俺もやたら人に怒鳴ってたし、ツィッターとかでも、ちょっとしたことでキレて、相手に糞リプ送ってたし。今から考えるとほんと情けないっていうか恥ずかしいわ」

「ダカスのキレっぷりは俺たちからみても怖かったしな。まあ俺もリアルで人に怒鳴るわ、ヘイトスピーチに参加してたりしたんだから同じか、やっぱ狂ってたとしか思えん。あれを自分がやったと思うと…ああ、嫌だ、思い出したくない、顔から火っていうか、ほんとに穴掘って入りたいわ」

「そう言うな、パセガワ。俺も飲食店の店員にキレつつ、バカ食いしてたし。つまり俺たちは不健康になって不健康を外にもまき散らしてたってことだ。その罪を今償ってるんだ。不健全な状態を抜け出し更生中ってことだよ」

「そうだな、過疎地の畑を再び耕し、新たな名産を作るってことで、頑張っているもんな」

「そうそう荏胡麻作って地方再生をやるんだ。まずは作りやすい健康野菜を試験的に作るっていう実験に参加してるわけだ。成功すれば法人化して輸出とかもありうるよな」

「薬草の需要って高まってるらしいな。健康警察のおかげか健康ブームだし、海外でも薬草の利用はかなりあるらしい」

「そうらしいな。っていうかニホンも薬草はほとんど輸入だからな。ニホンで成功させれば金儲けにもなる」

「今度は健全な金儲けだな」

「さあ、やるか、ってスマホタイムはいいのか」

立ち上がったところで、パセガワが車を指さす。山の中のここでは電波塔もなく、スマートフォンを使うにも車で電波の届く場所までいかねばならない。

「ああ、いいわ、俺。パセガワとモンタで行きたきゃ行ってくれ、先に作業やっとくから」

「俺もいいわ。っていうか、もうスマホいじってないし。ツィッターとか動画とか見てる暇ないしな。畑仕事と家事で手一杯。近所の婆ちゃん連中の話し相手もあるし」

「まあ、そうだな、俺もあんまり。ていうかモンタは、婆ちゃんたちの手作り菓子が目当てだろ。まあ昼はいいか。ただ、今朝、ちょっと気になる記事を新聞でみたんだよな」

「なんだよ、気になるって、パセガワ」

「いやさ、今度の選挙の争点って健康管理法を廃案にするというのがあって」

「なんだ、野党の奴等の公約かよ」

「違うんだよ、モンタ。野党は“不健康者の更生にも役立つ面があるから、修正は必要だが廃案はやめるべき”って」

「じゃあ、健康管理法案ゴリ押しした与党のほうが廃案っていってんのかよ、なんだよ、それ」

「要は不正、誤魔化し、賄賂、忖度できなくなったからだろ。俺らみたいなのが捕まったし」

「あー、金で動く不健全モノが少なくなったから廃案ってわけか。自分らで無理に通したくせによく言うよ。不健康な奴らがいなくなったら、あいつらの支持者もいなくなる、俺たちのように無茶して言いなり忖度する人間もいなくなるからってことか」

健康になると頭が冴えてくるらしい、モンタはいいながら憤っていた。二人のやりとりを聞いていたダカスがボソッとつぶやく。

「みんなが健康になりすぎたら困るってことなんだろう、政府は」

「自分たちが好き勝手してて他人を不健康にして、不健康な人間が増えて社会保障費が国庫を食いつぶすから無理やり健康管理法通して、不健康な人間が減ったら忖度おべっか連中が減って自分たちが困るから廃案?ふざけるな!」

ダカスの言葉を聞いてモンタは益々憤った。

「新聞記事に出てただけだけど、野党側といわれてる新聞だからな」

「信憑性はありそうだな。大方、与党ヨイショ新聞では“健康管理法はやりすぎです、不健康者の更生に予算をとるのは無駄です”とか書き立てるんだろう」

「その辺は俺たちのがわかるわ、何たって与党持ち上げ広告出してた側だしな、上に言われて奢られてだけど」

「焼き肉食わされてな。元々そういうイヤーな仕事無理にしてたからオカシクなったんじゃないか俺たち」

モンタがいうとダカスが続ける。

「そうだよな、商品の魅力伝えるヒット広告だして有名になって一世風靡してやるって思って入社したのが、劣化政治家とか大手企業の見掛け倒し製品の宣伝っていう意に反するストレスたまることばかりしてたわけで」

パセガワも憤慨していた。

「それで心身ともに不健康になって、ヘイトとパワハラをまき散らして逮捕。元凶はあいつらじゃないか」

「その通りかもな。でも、どうすればいいんだよ、俺たち更生中で金も権力もないし」

ダカスが諦めたように言うのをパセガワが反論した。

「だからさ、選挙に行くんだよ。更生中だけど、俺たち選挙権も住民票もあるだろ、ほら、この間、健康検察の、ヨウジョウさんだっけ一緒に手続きしたじゃないか」

「そうだよ、引っ越す時いろいろと提出したし、もう三か月以上たってるから、俺たちはここの候補に投票できるんだ!」

「だな、帰ったら健康管理法継続に賛成の候補を探そう、野党だっていいじゃないか」

「野党候補の方がマシだろ、俺たちの不健康の原因は元はと言えば与党のお偉方と財界の奴等のせいだぞ」

「そうだ、婆ちゃんたちも説得して投票にいかせよう。健康管理法がなくなったら俺たちこの作業もできなくなるかもしれないし」

「人の説得、候補の宣伝なら任せとけ。俺ら元プロだし」

「だな、夕方になって畑仕事終えたら、早速家で始めようぜ、家ならパソコンあるし。ここの候補のことを調べて、よさそうな候補を応援するんだ」

「本人に会わないと真意がわからないこともあるからな、各候補者に会いにいく算段もつけるか。一応ヨウジョウさんとか監督者にも報告しなきゃいけないけど、ま、投票は国民の権利だから平気だよな」

「あの人“自分で考えて国政や地域活動に参加するのも健康の証”とかいってたからな」

「それじゃ、さっさと農作業にとりかかろうぜ。夜にもやることが山積みだから早く今日の分を終わらせよう」

さきほどより少しだけ傾きかけた太陽の元、男たちは元気よく作業を始めた。


日の光をあびて、適度に運動すると健康になるといいますが

晴耕雨読の生活が人間の心身共によいのかもしれません。

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