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耳が聞こえなくなってしまったあなたに、何不自由なく耳が聞こえるわたしには、何を言うこともできません。
あなたにかけられる言葉など、わたしは持っていないのでした。
文字の読み書きに苦労をしているわたしに、何不自由なくスラスラと、文字を書き連ね読み漁るあなたからは、何を言うこともできません。
わたしにかけられる言葉を、あなたもまた持っていないのでした。
所詮はそういうものなのです。
結局はそういうものなのです。
だから一つ、提案をしてもいいですか?
それは甘く悔しい提案です。
潔く諦めるというものなのですが、さていかがでしょうか。
諦めることもまた一つの勇気であり新たな一歩、きっと未来に続くものだと考えるのですが、それでもやはりいけないものでしょうか。
あなたは諦めを選びたがる、逃げたがるわたしをどのように思うでしょう。
ですがそれが究極であり、十分なことであるようにも今のわたしには思えてしまうのですよ。
本を読むという憧れが、いつの間に消えてしまったのかは知りませんが、いつしか思ってしまっていたのです。驚くほどに滾っていたあの意欲が、どこかへ消えてしまったようでした。
もしかしたら、消えてしまった憧れは、恋というものに形を変えてしまったのかもしれません。
遂にやつはやってしまったのかもしれません。
それならそれでいい、そう思える気持ちさえ生まれていました。
代償とでもいうように、わたしの心は諦めを選びたがっていました。
せっかく文字を書けるようになりかけていましたし、それをあなたに見せもしていましたのに、最初のようなコミュニケーションに戻ってしまったら、あなたはどのように思われるのでしょうか。
どのようにも思われないとしたら、それほど苦しいことはありません。
止めたのかと、頷いて受け入れてくれるでしょうか。
それとも逃げたのかとわたしを責めましょうか。
その二つの中の差は、表立って非難するか、心の中で非難するかしかないことを、わたしはわからないではありませんでした。
わたしとあなたの会話をいつも隣で見守って、意思疎通に協力してくれていましたから、きっとわたしたちのことならば間違えなく知っているであろうこの人は、その役割を果たし続けてくれましたが通訳という仕事の人物ではもちろんありません。
こんな言葉があなたに届いてしまう前に、感情によって、止められてしまうことも考えられました。
伝えない、伝えたくない、そうされてしまっては、間を挟まないでは何も伝えられないのですから。
あぁ苦しいです。
誤解さえも生むというのなら、拙く厳しくも逞しい、そして迷惑な言葉よ、わたしたちの中からは一切いなくなっておくれ。
成仏してしまってくださいな。
自由に使わせてくれないのなら、こちらから願い下げだと言わんばかりに、吐き捨ててしまえばいいのでしょう。
突き放される前に、突き放してしまえばいいのでしょう。
『もうそろそろ文字は諦めましょうか。いまよりは、きっともっと、大変になるに決まってるんです。自由は、じゆうじゃありませんでした』
書き写した形ではありますが、すっかり難しい漢字も私には書けていました。
それは私たちの間での言葉を失ってしまうことでもあるように思えました。
ですから、忘れてしまいましょう。消してしまいましょう。
いっそ言葉なんて、ない方がいいのでしょう。
それがわたしなんです。
憎いくらいに、わたしなんです。
それでこそ、わたしなのでしょう。
わたしはそれでよかった。




