番外編 ~花火4~
【side カナン】
「おい、ジャスティンちょっとこっちに来てくれ」
「どうしたっすか?」
「アレ見てみろよ、絶対あんなの怪しいだろ」
ジャスティンを建物の陰に呼び、そこから覗いて見えるのは挙動不審な一人のヒューマンの男性。
ひたすら辺りを伺っており、手には怪しげな荷物を抱え、人気のない路地に入っていく。
「ヤバいっすね、完全に何か隠してる顔してたっすよ」
「だろ、何かの取引や、密売かもしれない、ちょっと後を追うぞ」
「ここを離れてもいいんすか!?」
「大丈夫だ、さっきセレスやパトラにもシーレスで連絡しておいた」
「なら問題ないっすね、見失わないうちに行くっすよ」
「ああ」
しばらく足音を立てずに路地に入った怪しげな男を追っていく。
不思議なことにこの付近だけやけに街灯の数が少なく薄暗くなっている。
日は完全に沈み、中心部から少し離れたこの場所は人の数も少ない。
間違いない、ここが取引の現場だ。
「随分警戒してるっすね… さっきから何度も立ち止まって、後をつけているのがバレてるんじゃないっすか?」
「いや、そんなことはない、念の為サイレンスの魔法をかけただろ」
足音や声でバレてしまったら元も子もないので後をつける前に自分の周囲の音を無くす魔法をかけてある。
「そうっすよね… よっぽど見られたくない現場だって事っすか」
「違いない」
男は依然として挙動不審で周囲を警戒し、路地の奥へ歩いていく。
「武器、いつでも取り出せるようにしておけよ」
「わかってるっす」
頬を軽く汗が流れる。
どうやら自分はこういうことにまだ慣れていないらしく緊張してるのかもしれないな。
隣を見ると、張り切っているのか悠然とした態度のジャスティンが武器を眺めながら話す。
「お前の背中は俺が守ってやるっすよ! っはー!一度こんなセリフ言ってみたかったんすよね」
ドヤ顔で剣を突き出しそんなセリフを吐くジャスティンに思わず笑ってしまう。
「ッハハ、早すぎだろ言うのが、そういうのは一回ピンチになってから言うもんだぜ」
「そんな展開にならないといいっすね、まぁ危なくなったら近くにいる隊長達に連絡すればいい話っすけど」
「そうだな、一応俺らでもその現場を取り押さえられたらいいんだけどな」
ちらりと再び建物の陰から覗いてみると、どうやら男はここが目的地だったらしく、小さな明かりのついている家に入っていく。
「行くぞ」
「おうっす」
玄関のある場所に二人で耳を近づけて中の音を聞くことにした。
重要な現場を取り押さえる為にはこういった情報も必要になる。
俺たちは耳を澄ませ中の様子を探った。
「……――が手に入った…」
「……こ、これは… ---100万の値打ちに… --」
あんまりよく聞き取れないが、かなり高額なものを手に入れたらしいな…
「これがあれば…… …パワーが… 何万倍に…」
「そう… これで… 私達… 敵はいなくなる……」
なんだって!?そんなヤバい代物の取引だったりするのか!
慌てて耳を離し、ジャスティンの方を見るとジャスティンも同じように驚いた顔をしている。
声が小さくあまり聞き取ることができなかったが、間違いない、何かしらの武器やマジックアイテムの類の取引で、その代物は何万倍ものパワーを秘めているマズイものだ。
こんなものが世に出てしまったら大変なことになってしまう。
ジャスティンと頷きあい、ドアノブに手をかける。
この現場はなんとしても押さえなければならない!行くぞ!!
ガチャリと勢いよくドアを開け、武器を手に叫ぶ。
「貴様らの行いは……」
「あら!やっだーーん!!お客さん連れてきちゃったのーん!」
「「ファッ!?」」
突然の衝撃に驚いているのはあちらではなくこちらだった。
「今日はオフにしようと思ったのにぃ― まぁいいわぁ!いらっしゃーーい!ようこそ秘密の花園『フェアリーガーデン』に!!」
フェア!?……
何か言う暇もなく屈強な女装した男に両脇をホールドされる。
は、速い!! それになんて力だ……
ってそうじゃない、感心してる場合じゃない。
「驚いているのも無理はないわぁー、初めはみんなそうなのよぉ、で・も、すぐにこの『フェアリーガーデン』の虜になっちゃうんだからぁ」
フェアリーガーデン…
妖精…
この筋肉質な女装した男たちの事なのか!?
そ、そうだ!!ジャスティンは無事なのか!?
隣を急いで見ると同じように両脇をホールドされたジャスティンが涙目の青い顔で言う。
「俺の事を守ってくれカナン… 頼むっす!! 一生のお願いっす!!」
「まずは一名様VIPルームにご案内~」
「なん… だと!!」
個別ルーム制なのか!?
「嫌っす!!! そんな馬鹿なっす!! おわぁああああぁ!!!運ばないでぇええええええ!!」
ジャスティンが奥の部屋に担がれて叫んで運ばれていくのをただ俺は見ていることしかできなかった。
「じゃあそちらの髪の長い君も別のVIPルームに連れてってあげてぇ」
「ちょ、ちょっと待ってくれないか!!」
「どうしたのぉ?」
「連絡だけさせてくれないか、仕事の最中なんだ…」
「あらぁいけない子ねぇ!ちゃんと連絡しなきゃダメよぉ!見たところ騎士ちゃんみたいだし連絡してあげなさいなぁ」
震える手でシーレスを起動する。
片腕は逃げられないようにがっちりとホールドされ、血の巡りが悪くなっているのもわかる。
『す、すまないセレス』
『どうしました?何か不審な人を追っていったのではないのですか?』
『男を追っていたら、地獄の花園にたどり着いてしまったよ』
『え?』
『なんだろうな、俺は何を間違えたんだろうな…』
『お、落ち着いてください、今花園って言いました?』
『ああ、ここは地獄なのかな、フェアリーガーデンなんて妖精のかけらもないおぞましい生き物の住処だったよ…』
『ああ!パンチちゃんのお店にいるんですか懐かしいなぁ!』
『知り合い… だと!?』
『そうなんですよ、あっ、今パンチちゃんに代われますか?』
『あ、ああ』
おそるおそる見上げる先にいる、不気味な笑顔でモヒカンヘッドで化粧をしたこの人がパンチちゃんなのだろうか……
「あ、あの、セレスがパ、パンチさんに代わってほしいって…」
「あらっ!!懐かしいわねぇ!!セレスちゃん!!」
俺の耳から外したシーレスを受け取ると二人は楽しそうに話し出した。
「久しぶりじゃない!!セレスちゃん!元気にしてたぁ?そーそー、今日はオフだったんだけどねぇ可愛いお客さんが二人も来てくれちゃってねぇ」
モヒカン姿の女装した男性が俺の目の前でクネクネと動きながら話す。
なんだろうなこれ… 拷問なのかな…
「今日はねぇ!とびっきり良い美顔器を手に入れちゃってねぇ!!これがあれば私達の100万の値打ちの美肌がさらに100万倍パワーアップしちゃうのよぉ!! さ・ら・に、紫外線も大幅にカットしてくれるすぐれもの~。 私達の天敵である太陽も敵じゃないのよぉ!!」
そうか… 俺は勘違いしていたのか…
なんだその美顔器… これ以上パワーアップされたら普通に恐ろしくないか…
「セレスちゃんも仕事なのぉ?大変ねぇ! えー!やだー!もう! そうなのねぇ…」
いったい何を話してるんだろうか、もう右側がだいぶしびれてきたから早く解放してほしいんだが…
「わかったわぁ!一時間だけ借りるわねぇ」
え?
は?
「はい、終わったわよぉ、久々にセレスちゃんと話せて楽しかったわぁ」
そう言って俺にシーレスを手渡す、モヒカンの女装した男性通称パンチちゃん。
「あ、あの、ちょっと仕事に戻らなきゃいけないんで…」
「安心してよぉ!セレスちゃんから一時間だけオッケーもらっちゃったから楽しみましょう!!」
「えっ」
「はーい、もう一名様ご案内~!」
「そんな馬鹿な… やめてくれぇえええ!!うわぁああああああああああ!!!!」
ここは、隠された妖精達の秘密の花園『フェアリーガーデン』、今日も妖精達は楽しそうに歌い、踊り、時には相談にのったりもする。
妖精達は話し好きなのである。
この秘密の花園に迷い込んでしまった人達は妖精達の格好の遊び相手になる。
男も女も関係のない妖精として。
今日もフェアリーガーデンは賑やかに夜を彩っていくだろう。




