番外編 ~花火3~
「さ、寒い…」
「調子に乗ってあんなに食べるからだよ」
屋台から離れることにした私達は、今回の任務の指定地点であるガルディア都市西地区のほうまで来ていた。
こんなに蒸し暑いというのにカナンの顔は青くガタガタと震えている。
屋台のおじさんがサービスとして渡したカキ氷は気合が乗りに乗っており、二倍近く高く聳え立ったものをものの数分でカナンはかきこむ様に食べたのであった。
そりゃあ、あんなに食べれば寒くもなると思うんだが…
「もうそろそろで今日のイベントが始まる時間だ。 私達はこの周辺の警戒をしながら住民の誘導を行う。 メインイベントの時間帯になったらこの場所も人で溢れかえるから不審な人物を見逃さないように警戒してくれ」
「はいっす」
「「はい」」
「……はぃ」
周囲を見渡すとちらほらと人が中央の場所に集まっていくのが見える。
メインイベントである【花火】の打ち上げる場所が中央の広場にあり、日も傾き始めた辺りから中央の広場は人で溢れかえるようになった。
少し外れた場所にあるこの西区はその【花火】が見える一番いい場所なんだとトリシアさんから説明があった。
もちろんこの【花火】を一番楽しみにしている宝石商のドワール=エドマンも用心棒を複数雇い、この高台の場所に高級そうなソファーを設置し、優雅に飲み物を飲んだりしている。
「おい! しっかり僕の事を守れよ! 僕は君達の命なんかより十分重いんだから怪我でもしようもんなら… わかっているよな?」
「「「はい、わかっております、御主人」」」
この日の為に多額の金をかけて雇われたのだろうSランクの冒険者3人がびっちり警護に当たっている。まぁこの周辺は私達も予備の戦力として配置されているわけだから問題はなさそうだけど…
ちなみに西区は私達第1部隊とSランク冒険者3名。
中央は騎士団長であるトリシアさんとカナリア、アルフレア率いる第6部隊と第5部隊。
北区はトロン率いる第4部隊で、南区と東区をカルマン率いる第3部隊が配置されている。
カルマンの部隊は一番人数が多いのでこの配置となっている。
こうして初めてSランク冒険者の人達を見たけど、装備や武器がまず普通の代物とは格が違うのが伺える。
一人は屈強なギガントの男性、身長はまさかの4mサイズ、至るとこに傷があり、背中には巨大な二刀を差している。
この人が一番近くで威圧するかの如く目を光らせているので安心感は段違いだろう。
うわっ、目が合った。
あ、鼻で笑いやがったなコイツ。
その少し離れた位置にいるのが眠そうな顔の背の高い褐色のエルフの女性だ。
それはそうと煌びやかな装飾のある布面積の少ない際どい恰好をしている。
ドワール=エドマンもその姿を時折眺めながらニヤニヤと酒を飲んで楽しんでいるようだ。
まったくこれだから貴族は……
「いったいさっきからどこ見てるんですか? 兄様」
ハッとして振り返ると氷点下のような笑みを浮かべたセレスがこちらに向かってくる。
なにこれ怖いんだけど…
「い、いや3人もSランク冒険者が張り付いているなら私達ももう少し散開しておいたほがいいと思ったんだ」
「ふーん、そうですね、この場所にいてもかえって邪魔になってしまいそうですし、兄様は一番中央寄りをお願いします」
「ああ」
セレスがジャスティンやカナンとパトラにも散開するように言ってくれてさっきいた場所から離れていく。
えーと、最後のSランク冒険者はなんかよく見えなかったから割愛する。
この辺も人が多く中央に押し寄せているな…
「すみませんが、中央は人が満杯ですので東区や南区に向かってください、そちらにも同じように屋台が出ていますので異世界の料理を食べたい方はそちらに回ってください!」
これで少しでも中央の人が減ってくれるといいんだけど…
人がぞろぞろと移動し始める。
どうやらこの列の多さを見て東区や南区に向かってくれたようだ。みんな中央にしかないものだと思っているみたいだ。
「危ないので、あまり走らず移動してください! 東区や南区にも同じように屋台が出ていますのでそちらの方が空いています!」
こんな感じでいいだろうか…
呼びかけの効果は絶大で、中央の人が少し移動するようになっていった。
まだまだ人で溢れかえってはいるが、この調子だとメインイベントの【花火】が始まる時間帯にはいい感じに住民ががばらけてくれるだろう。
よし、この調子であっちも呼び掛けてみるか。
ちらりと目をやると一つの屋台の周りにずらりと人が群がっていた。
その場所に向かって歩き始めた時に人混みの隙間から一人の少女が弾き出された。
「あうっ!!」
「危ないっ」
とっさに転びそうになっている少女をすくい上げるように抱える。
「あ、ありがとう、騎士のおね… お兄ちゃん」
「怪我はしてないかい?」
少女はびっくりしたような顔で私を見る。 一瞬どちらの性別なのかきっと迷ったのだろう。
「大丈夫だよ、ありがとう」
屈託のない笑顔で笑う少女に釣られて私も笑顔になってしまう。
10歳から12歳くらいの少女にはこの人で溢れかえった場所に一人でいるのはたしかに危険だ。
だけど、近くを見渡しても親御さんのような人や友達等も近くにいないようだった。
「良かった。今日はもしかしてここに一人で来たのかい?」
「うん、買い物だけして帰ろうと思ってたの、でもこれじゃあ…」
指を指された場所を見るとまだ列を多く作り、その場所は入れそうな雰囲気ではなくなっていた。
この子に空いている東区と南区を教えてあげたいけど、一人で来た少女を貧民街が近くにある東区と南区に行かせることも難しいし、私がそこまで付き添ってあげたいけどこの場所を離れるわけにはいかないしなぁ
「しょうがないよね、諦めて帰るね…」
寂しそうに呟く少女はトボトボと歩き始めた。
「ちょっと待って、私も一緒にならんで待ってあげるよ」
「えっ… 騎士のお兄ちゃん仕事中なんでしょ?」
「大丈夫、ちゃんと仕事もするし、ここが一番混んでるみたいだからねここに居れば問題はないよ」
「あ、ありがとう、どうしても今日欲しかったんだ」
「そうなのか、ちょっと待ってくれないか? 今この入り組んだ列をなんとかするから」
「うん」
この屋台に並んでる人はどこが最後尾なのかわかっていないらしく集まるだけ集まってしまっている。
屋台の人も作るので精一杯らしく列のことまで回らないようだ。
人混みをかき分け、屋台の一番前まで進む。
「おい!あんちゃん!ちゃんと順番は守れよ!!」
少しガラの悪い男に肩を思いっきり引かれる。
「ちょっと待ってください、こんなに人が密集していれば遅くなるのも当然です!2列に並び、順番に注文してください!」
「はぁ!?そーやって順番をうやむやにしようってんなら…」
地面に長剣を勢いよく突き刺し、笑顔で答える。
「ちゃんと並んでください」
「…はぃ」
いまの光景を見た人たちが瞬時に2列になっていく。
うーん… セレスが言ってた通り効果が絶大なのは恐ろしいな…
「すごいね、あんなにめちゃめちゃだった列が綺麗に2列になっていくね」
「ああ、うまくいったようだ、私達は最後尾に並ぼう。 そんなに時間はかからず買えるはずだよ」
ちらりと見ると先ほどより随分とスムーズに人が動いていく。
さっきのは注文が多すぎて店側も処理しきれていなかったため、あんなに時間がかかっていたのだ。
屋台のいい匂いが辺りにたちこめる。
「そういえばここは何の屋台なんだい?」
「【たこ焼き】だよっ!!」
嬉しそうに笑顔になる金色の髪の少女は今か今かとこの長い列を楽しんでいた。




