side シェリア=バーン=アルテア ~父と娘~
なにげにシェリア視点は初めてでした。短いですがお楽しみください。
懐かしい匂い。
草や木の青々とした匂い。
雨が降りそうな時の空気感。
ようやく私は故郷に戻ってこれたんだと実感する。
この村にも何度も遊びに来たことがあったからよく覚えている。
しばらく来てなかったけどここはあの頃と変わらないままなんだね…
ふいに懐かしさがこみあげてくるが、続くお父さんの声で我に返った。
「この辺でいいだろう」
くるりと向き直り、まっすぐ私の目を見る。
2か月近くの間行方知れずだったからとても心配をかけてしまっただろう。
久しぶりに見たお父さんの顔は痩せているようにも見えた。
「言っておくが甘くはないぞ、これでも戦場に身を置く者の一人だからな」
「わかっております」
攫われる前まではただ見てることしかできなかったけど…
今ならその大きな背中に追い付ける気がする。
お父さんは背中に背負っていた2本のバトルアックスを取り、構える。
私も次元収納から剣と盾を取り出す。
「その能力はあまり露見しないほうがいい、お前も知っているだろう」
能力者狩りと呼ばれる異世界人やその珍しい能力を持った人が忽然と姿を消す、または殺される事件が最近になって増え始めたのは知っている。
私の恩人であるターナーさんもその一人でした。
「はい、…それでも私は戦い続けます」
「お前は王女という身だ、立場をわかっているのか?お前が立っていい場所じゃないんだ」
そう、私は王女である身、本来なら戦場に立つべきではない。
「仇を… お母さんの仇を討つんです、それまでは立場なんていらない」
悲しそうに顔を伏せるお父さん。
あんな顔を見るのは初めて、いつも強気に振る舞う姿しか見たことがなかったのに。
「シュリも儂もお前にそんなことをしてほしいとは望んでいない、ただお前に幸せに暮らしてほしいと…」
「わかっています、お母さんも同じ事を望んでるという事は、でも… 私はあの時のアイツを許しはしない、命だけではなくあんな魔物にまで… だから私は戦いに身を置き続けます。 アイツはまた戦場に必ず現れるはずです」
お母さんの命を弄んだアイツだけは絶対に許しはしない…
「シェリア…」
「でも、それだけではないんです。 困ってる人がいたら助けたい、救ってあげたい、私もアリア様の影響を受けた一人なんです」
そう、アリア様は私の憧れです。
他種族である私の命を助け、困っている人に手を差し伸べ、それなのに自分の犠牲は厭わない。
そんな無茶をするアリア様を守ってあげたいのです。
横に並び助けてあげたいのです。
「だから、証明して見せます。 あの頃とは違うということを、弱いままの私ではないということを」
もう泣くだけの弱い私はいないんです。
「そうか、…かかってくるがいい」
一歩大きく踏み込み、一気に加速してその間合いを詰める。
このスピードは私の得意とするものだ。
「!?」
咄嗟に振り下ろされる攻撃をステップで躱し、左に回り込む。
そのまま回転して放ってくる攻撃は盾で威力を流すように弾く。
幼いころから何度も見てきたその動き。
ギィンと金属同士の鈍い音が響く。
…やはりその程度じゃ体勢は崩してくれないか。
すぐに距離を取り、盾を前に構え、再び接近する。
攻撃の主導権を握られないよう、果敢に多角度から攻める。
…フェイントを混ぜた攻撃でも防がれるか。
二つのバトルアックスを器用に動かし私の攻撃を捌いていく。
少し距離を取り、盾を弧を描くように投げる。
盾はそのまま円を描くようにお父さんの後ろに回り込む。
同時にステップを踏みこみ、接近。
二か所同時攻撃。
さすがにこの攻撃には体勢を崩したようで、すぐに次元収納に入れ替えるように剣をしまい、鉤爪を取り出す。
「クッ…」
下から持ってるバトルアックスを引っ掛け、弾くように切り上げる。
その手からバトルアックスは抜け、回転しながら地面に突き刺さった。
「もうよい」
「えっ」
呆気にとられ、見るとお父さんは武器をしまい始めた。
「…強くなったなシェリア、認めようお前の同行を」
最初の反撃以外はずっと防御に徹していた。
あの果敢に攻めることが主流のお父さんが。
本気ではなかった?
「不満げな顔だな、最初の初激を防いだ時点で終わりにしても良かったんだが、見てみたくなってな、お前が努力してきた成果を」
「だから撃ち込まずに防御に徹していたのですか?」
「ああ、あまりやりすぎると儂も熱くなってしまうのでな」
そういって笑うお父さんはなんだか懐かしく思えた。
「これをやろう」
懐から取り出し手渡されたのは、綺麗なアメジストの宝石が小さくついてる指輪だった。
「これは…」
私が不思議そうに眺めていると優しい声でお父さんは言う。
「これはシュリが持っていた指輪だ。 お前が持っているのが一番いい、必ずお前を助けてくれるはずだ」
思い出した、普段からお母さんはこの指輪をしていた…
「お母さん…」
ありがとう… あの時もお母さんは助けてくれたね…
そっと指にはめ、手を包み込む。
なんだか守られてばかりだ…
近くでお母さんが守ってくれているようなそんな安心感があった。
ゴロゴロと空が鳴り、パラパラと雨が降り始める。
「そろそろ戻りなさい、私はこれから向かうところがあるからな」
「はい、お父さん、ありがとう、そしておやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
去っていく後ろ姿を眺めてから私も元のテントへ急ぐために走った。
空は夜になっていても異様に明るく不気味でさえあった。
だけど胸に残るこの暖かさのおかげで不安など何も感じることはなかった。
思いは引き継がれる。




