豪雨
久しぶりに更新です。
私たちが小屋を見つけた時、パラパラとした雨だったのに、いつの間にか音を立てて降る雨に変わっていた。
その小屋は今では使われていないらしく、一見廃れてはいるものの、しっかりと作られていて、これならば雨風を十分に防げそうであった。
そしてこの木造の小屋はどうやらシェリアの思い出の場所だったらしく、シェリアは雨に濡れることも気にせず柱に手を触れながら小屋を眺めていた。
「雨も強くなってきたから中に入ろうか」
「は、はい!!」
突然声をかけたからだろうか、シェリアはビクリと跳ね、声はうわずっていた。
古くなっていて立て付けが悪くなっているドアを開けると、中は小さな暖炉と埃の積もったテーブルとソファー、それと乱雑に積み重なった絵本が散らばっていた。
「そっか、あの日からここは時間が止まったままなんだね…」
中を見渡し、悲しそうな表情をするシェリアはどうやら昔の事を思い出していたみたいだ。
これは、聞いてもいい話だろうか… また傷つけてしまわないだろうか。
その事にシェリアも気づいてしまったのだろう、横顔を眺める私の表情から察したように語りだす。
「気になってしまいますよね、いえ、たいした話じゃないんですよ、とりあえずびしょ濡れですから、コートを掛けましょうか。部屋は私がクリーンで綺麗にしますから、少し待っていてくれませんか?」
「ああ、そうだな、随分濡れてしまったからな」
自分の姿を改めて見てみると羽織っているコートはずぶ濡れで、髪も水が滴っている。
コートを脱ぎ、部屋の入口のほうにあった引っかかりにちょうどかけられそうだったので、とりあえず引っかけておくことにした。
「エリアハイクリーン!」
シェリアが唱えた魔法で見る見るうちに埃が吸い込まれ、見違えるように綺麗になっていく。
この魔法本当に欲しいな…
「ふぅ、終わりましたよ、服も乾かさないといけないから少し暖炉に火をくべておきますね」
この時期は雨期といっても肌寒く、ガルド大陸の気候とは大違いだった。なので暖炉に火を着けていても蒸し暑くなったりはしないらしい。
「ありがとう、シェリア」
鎧を外し、髪が濡れたままなので髪留めをほどくとシェリアが驚いた声をだした。
「アリア様、髪をほどくと女性みたいに見えますね!」
「よく言われるよ、未だに女性に間違われるんだ」
「そうですよね!思ったとおりですよ!きっとアリア様のお母さまもお綺麗な方だと思います!」
「ああ、私の母は…」
母親の顔が全く出てこないなんてあるだろうか…
私は実の母親の事は何も知らない、教えてすらもらえなかった。
「まぁ、そのことはもういいじゃないか、シェリアも着替えないと風邪を引いてしまうぞ」
「そ、そうですね、あ、あの、後ろを向いていてもらえませんか?目の前で着替えるのはちょっと恥ずかしくて」
顔を赤くして話すシェリア、それもそうだ年頃の女性だ、私は慌てて後ろを向き何も考えないように努める。
時々聞こえる布の擦れた音や、漏れる吐息が妙に艶めかしかったりしたが、なんとか理性が押しとどめてくれたようだ。
「あ、アリア様、もう大丈夫ですよ」
なんだろう、このドキドキする感じは…
振り返ると、前にシェリアを助けた時の刺繡の入った服を着ていた。
この大陸で作られた物で、シルクのような肌触りと、丈夫な素材はどうやらこの大陸に住む蜘蛛型の魔物の糸で作られているらしく、本来はすごく高いらしい。
「少し手直しして綺麗にしたのを持ってきたんです」
シェリアはくるりと一回転して見せるとその可憐さが一層際立って見えた。
「会った時から思っていたけど、シェリアはその服がよく似合うよ」
「なっ!?!」
急に顔を背けて、こっちを見ないようにしているが、隠し切れない耳がピコピコと激しく動いている。
この感じは嬉しいんだろうなと考えていると、わざとらしく咳払いしたシェリアが話し出す。
「こ、こほん!ちょっとお腹すきましたね!何か食べましょう!」
「ああ」
次元収納に入れておいた保存用のパンを取り出すと、シェリアは待っていたかのようにハムとチーズを次元収納から出した。
「ハムサンドにするか」
「はい!ターナーさんの家でもよく出ましたから材料もちゃんと持ってきてます」
暖炉の近くに置いてあった鉄製の板に二人分のチーズを乗せ、暖炉の火で少しずつ溶かしていく。
チーズが程よく溶け、トロトロになったら切ったパンにかけ、ハムを乗せる。
卵もあれば焼いてさらに乗せると尚美味しいが、無くても十分美味しい。
「あちっ!?」
「ハハッ、やっぱりシェリアは猫舌なんだな」
「むぅ、笑わないでくださいよ」
頬を膨らませ、小さな口でフーフーと冷ましながらハムサンドをシェリアは食べていく。
「この小屋は私のお爺様が生きていた頃に何度も来た場所なんです」
ハムサンドを食べる手を止め、シェリアはさっきの話の続きを始める。
「お爺様はよくここに狩りに来ていました。その頃はまだ小さく、お爺様にここに連れてきてもらい狩りをしている間、ここで絵本を読んでいました」
「さっき見たチューンボーグとかを狩っていたのか?」
「そうです、私が絵本を読んでいるといつも大きなチューンボーグを背負って帰ってきてました。そしてある日私がいつも通り絵本を読んでる時でした、お爺様が血まみれの姿で帰ってきて、ここも危険だったのでしょう、私を担いでアルタの私の家までなんとか送り届けたのですが、出血がひどくそのままお爺様は亡くなられてしまいました」
シェリアは悲しげな顔で一冊の絵本を手に取りパラパラとめくり始めた。
「そのお爺様を狙ったという魔物はその後討伐されたりしたのか?」
パタンと絵本を閉じ、シェリアは首を横に振る。
「いいえ、その魔物の正体はお爺様が伝えて、ギルドにも討伐依頼を出してみたりしたらしいのですが、帰ってくる冒険者の姿は無く、もう10年以上も経つのにまだ討伐されていない魔物です」
「その魔物の名前は?」
「一人だけ逃げ延びたお爺様がその名前を聞いたらしく、なんでもかなり高い知性を持った魔物で自分の名を『エイシャ』と名乗っていたといいます。金色の長い髪の妖狐であり、女性であったと」
「危険度Sクラスの魔物か…」
この世界の魔物は冒険者ギルドによってランク分けされている。
魔物は魔力の高い地に近ければ近いほどランクの高い魔物が生まれやすく、中でも突然変異として稀に異常な力を持った魔物が急に出現する場合がある。
ランクは危険度E~Sまであり、Sランクというのは、未だ討伐できない魔物を指すことが多い。
「その魔物は色々な所に現れ災害を振りまいているのです」
その場所に留まらない高い知性を持った魔物ならではだな…
「暗い話になってしまいましたね、ごめんなさい、でもアリア様には話しておきたかったんです」
真剣な顔でこちらを見据えるシェリア。
暖炉の火はゆらめき消えることは未だにない、それはシェリアの心の火もそうなのかもしれないな…




