希望の芽
アリア編に戻ってきました。本編スタートです!(^^)/
風呂でフリーシアさんと出くわすアクシデントがあった後私は着替えて街に出ていた。
夏場特有の風が体を包み火照った体を冷ましてくれる。
「長く入りすぎたな……」
ずいぶんと長く入っていたようで軽くのぼせていたようだ。 あの時間に風呂に入るのはやめとこう……
路地を抜け、私ぐらいしか知らないであろう道を進む。
「ほんとにこの認識疎外は毎回思うけどすごい効果だな……」
路地と裏道を交互に入り、人気のない建物の間に入る。 大通りにはあんなに人が多くいたのにここは全くと言っていいほど人がいない。 手の中にある黒い石を握りしめ、辺りを見渡す。
すると歪んだ壁にドアが出現した。 そう、ここがこの黒い石を持っていないと入れないターナー=タチバナの家である。
ドアを開け、中に一歩踏み出す。
「やぁ、ターナーさん」
「おお! いらっしゃいアリアさん! お待ちしていましたよ!」
「おはようございます! アリア様」
「おはよう、シェリア、すまない食事中だったかい?」
中に入ると、テーブルで食事中のターナーさんとシェリアが出迎えてくれた。
食事はどうやらパンにハムやチーズを挟んだもののようだ。
「いえ、もう私は食べ終わりましたから、アリア様も一緒に食べますか?」
「い、いや私は……」
「遠慮しなくていいよ! まだパンもハムもあるから! それになんかお腹すいてそうな顔してるよ?」
ターナーさんに言い当てられてしまった。 思えば昨日からあまり食事をとっていない、顔にまででていたなんて不覚だ……
「うっ…… すまない…… ひとつ頂くよ」
「うん、はい、どーぞ」
ターナーさんは慣れた手つきでパンにハムとチーズを挟むとそれを手渡してきた。
「ありがとう」
椅子に座り、ターナーさんからパンを受け取り食べ始める。
「そうだそうだ、今朝思いついて作ってたんだけどシェリアちゃんが練習として扱う用の武器を作っておいたよ」
「え!? あ、ありがとうございます! すみません! 私は寝ていたのに……」
どうやらシェリアも武器を作っていたことは知らなかったようだ。 無理もない昨日の事で心身ともに疲弊していたであろう、本来はもう少し休んでいてもいいくらいだ。
「いいっていいって! この武器なら危なくないと思うし当たっても痛くないようにしてあるから」
「ターナーさんはすごい能力をお持ちなのですね」
ターナーさんの【武器創造】の能力は魔力を使うことで独自の武器やアイテムを作れる能力だ。 私もその武器で幾度も助けられてきた。 今回はゴム製のような白い武器のようだ、ターナーさんが次元収納から取り出して説明する。
「あんまり多くは作れないのが欠点だけどね、今回は剣と盾と槍を作ってみたから、後で試してみてよ」
「いつもありがとうターナーさん」
「いいって、いいって、ちゃんとアリアさんからお金は貰ってるんだし、僕は僕の仕事をしているまでさ、ちゃんとデータもとれるしいい機会だよ」
シェリアはターナーさんから武器を受け取り不思議そうに触って眺めている。
「すごいですねこの武器、ほんとに痛くないし、柔らかいのに形をしっかり保っている」
「形状記憶といってね一回その形にするとほんとの金属と同じようにその形を保ってくれるんだよ。 だからぐにゃぐにゃにもならないし、あとは衝撃吸収も入れておいたから安全性も保障するよ」
「すごいな、これ騎士団で模擬戦用として出したら一番いいんだが……」
「うん、あまり騎士団にこのことを知られるのはまずいかな、ここで使うだけにしておいてよ」
「ああ、それはわかっている、第一部隊の皆にも釘は刺してあるから安心してくれ」
「アリアさんが信用している方なら問題ありませんよ」
「ターナーさんはなぜ能力を隠して生きているのですか? この能力があれば一生安定でしょうに……」
「シェリア……」
「アリアさん彼女なら話しても大丈夫だよ、話してあげてくれないかな、僕はちょっと紅茶を入れてくるから……」
すっと立ち上がり、奥に紅茶を入れに行くターナーさんを見て視線をシェリアに移す。
以前ターナーさんは暗い顔をしながらも事の詳細を話してくれた、本当は思い出したくもないだろう。 でも本当にターナーさんを心配しているシェリアには話をしてもいいかもしれないな。
今もシェリアは耳をぺたんとさげており不安そうな表情をしている。
「シェリア、ターナーさんの能力は遺伝なんだよ」
「そうなのですか…… たしかターナーさんは異世界人の孫であると聞きましたね」
耳をピコピコ動かし私のほうに向きなおる、すごく可愛く見えるな…… いや真面目な話をしているんだった。
慌てて気を引き締め、今度はちゃんと真剣に向き直る。
「そうだ、異世界人の孫であるターナーさんにも家族はいた。 能力は遺伝だと言ったね、その遺伝は生まれたときに継承するものではなくてね代々生きているうちに引き継がれるものなんだよ……」
「それって……」
「ああ、ターナーさんの家族はターナーさんを除いて全員殺されている」
「そんな!?」
「ターナーさんの能力【武器創造】はとても魅力的な能力だ、かつては王族にその能力を買われ貴族として過ごしていた時期もあったそうだ。 だがその能力を快く思わない連中も多くいることも事実だった。 王族はそのことを恐れ秘匿にしていたらしいのだが、ある時に情報が漏れていたらしくてね、一家全員盗賊に攫われる事件が起きたんだよ、私がその近くで警備にあたって追いかけていたのだが、現場に着いた時にはターナーさんを除いた全員が殺され、ターナーさんは隠れて見つからずに済んだ、情報も操作されていたらしく応援は来ず、結果七人を相手に死闘を繰り広げ、なんとか全員切り伏せることができたんだ」
「そんなことがあったのですね……」
「ああ、その時に分かったことなんだが、どうやら騎士団側にも情報を流しているやつがいるみたいでね、一応騎士団本部にはこの事件でタチバナ家の人間は全て殺され助けることができなかったと報告している。 すぐにでもターナーさんを守るため、空き家をターナーさんの能力で認識疎外で覆うとそこに住めるようにして、今では私が物資をたびたび提供して今に至るというわけだ」
「あの、よくアリア様は見つからずに済みましたね」
「私はターナーさんからこの黒い認識阻害の石をもらっているからね、ターナーさんの家に行くときは必ず身に着けているし、尾行や監視は私についていないのは意識を巡らせているのでわかっている」
「そうなのですか…… ターナーさんも私と同じで追われる身だったのですね……」
「ああ、シェリアもこの大陸では不自由な思いをさせてしまうかもしれないが、これしか今はなんとかできる方法がないんだ、ターナーさんが今急いで開発しているのが他の大陸に移動できるマジックアイテムらしくてね、これが完成すればシェリアを元の大陸に返せるかもしれないんだ」
「そんな魔法みたいなことができるようになるのですか!?」
「ああ、少し難航しているみたいだが必ずできるとターナーさんが言っていたからね」
「帰れるのですか…… 故郷に……」
シェリアは堪えきれなくなったのだろう涙をポロポロと流していた。
「ああ、それまでは私が色々と武器の扱い方を教えてあげるよ、本当は復讐なんて望んでほしくはないんだけど、自分の身を守れるようにはなってもらいたいから」
「色々アリア様には迷惑をかけてしまうかもしれないけど、これだけは、この気持ちだけはなくしたくないのです! 絶対に、お母さんの…… お母さんの、仇は…… うぅ、必ず…… 私が……」
握りしめた拳が、悔しそうに噛みしめる口が、涙ながらに訴えかけるその真剣な目が、私の心を動かす。
「わかっている、わかっているよシェリア、君の気持が変わらないことはその真剣な目を見ればわかる。 私もそんなシェリアだからちゃんと教えようと思う」
「アリア様……」
落ち着くようにシェリアの頭を優しく撫でる。 一瞬猫耳がピンとなったが撫で始めるとふにゃふにゃになっていった。 どうにもセレスと同じように扱ってしまうらしいな、年齢的にも近いからだろうか。
「さすがもてる男はやることが違いますなー」
奥から紅茶をついで戻ってきたターナーさんが笑いかける。
「違いますよ、あ、紅茶ありがとうございます」
ターナーさんから紅茶を受け取り、一口飲む、シェリアもターナーさんから紅茶を受け取りふぅふぅと冷ましながら飲み始めた。
「ありがとうね、説明してくれて、まだ僕はちょっと自分から言うことはできなくてね」
ことりと紅茶のカップを置いたターナーさんが独り言のように呟く。
「あの事件は私にとっても辛い事件だった、ターナーさんが気に病む必要はないよ」
「私も軽率な発言でした。 すみません」
「いや、いいんだシェリアちゃんが謝らなくても、いずれ話さなきゃならない問題であったし、同じような境遇にいるシェリアちゃんにもこのことは知ってほしかったんだ」
あの事件で私は騎士団内でも不穏な動きがあるのを感じることができた。 それは今回も不信感は大きくなるばかりだ、戦争の情報の秘匿、隠されていた奴隷問題、勇者召喚、トロンを含む第四部隊の失踪、確実に何かが起こり始めているのがわかる。 そして私は隊長である身派手な動きはできない。
あの事件の主な行動をした盗賊達は全て私が倒したが、陰で操っていた首謀者はまだ見つけることさえもできていない、なんとふがいないことか。
「アリアさんそんな顔をしないでください、僕はあなたに助けられて生きていけるだけで満足なんですよ」
「私が騎士でなく冒険者であったのならなんとかできた状況だったんだが」
冒険者であれば様々な土地に移動可能であり、大陸を自由に移動することも可能だ。 冒険者は戦争に参加しない代わりに付近の凶悪な魔物を倒すのが仕事だ。 そんな自由な冒険者であればこのように隠れて過ごす必要もなかった。 だがすでに隊長となってしまった身、そんな無責任なことはできない。
「いえ、十分です。 僕はこの暮らしにも結構満足してるんですよ、そして今は目標がありますし、シェリアちゃんを元の大陸に帰すために頑張らないと」
ぐっと握り拳を作り立ち上がったターナーさんは私たち二人を引っ張って立ち上がらせるとその腕をとり、奥の部屋に案内する。
「とりあえずそれまではシェリアちゃんを鍛えてあげてくださいね」
さっき作った白いゴム製の武器を二人に手渡し、ターナーさんは武器を作りに工房に入っていった。
奥の部屋はさっきまでのテーブルの置いてあった部屋とはうってかわって何もない広い空間だった。
どこにこんな奥行きがあったんだろうか? ほんとにターナーさんはなんでも作れてしまうな。
手渡された武器は直径六十㎝程の剣と小さめの盾と一mほどの槍である。
持っている感触は実際に武器を持っているのと変わらない重量と質感だ、これで威力がないなんて不思議である。
「ああっと、忘れてたよ、はいこれ」
慌てて工房から戻ってきたターナーさんは次元収納から防具を取り出していく。
「安全性は保障するけど、実際にそんな服で戦う状況なんてないよね」
私とシェリアは普段着のままだ、それもそうだ戦闘では普通は武装して戦うものこんな普段着で戦場になんてでたらすぐに死んでしまう。
「だからとりあえず作ってみたわけだよ、練習用に、アリアさんは実際に一つ本物を持ってるけどシェリアちゃんにはまだないから今はこれを着てもらえるかな、シェリアちゃんのぶんも鎧作ってあげるからね!」
「ありがとうございます!」
ぺこっとお辞儀をするシェリアその耳は激しく動いていてとても嬉しいことがわかる。
二人とも練習用の防具を着込んで対峙する。
「アリア様、よろしくお願いします!」
「ああ、私は防御だけを今回するから、好きに打ち込んできてくれ」
「わかりました、行きます!」
シェリアは剣を構え、一直線に駆けて切り込んでくる。
動きは速い、さすが身体能力が高いケモッテの種族だ。十mの距離を数秒で詰めていた。
だがまだ剣の扱いにはなれていないらしく、動きがぎこちない。
「くっ! やぁ!」
剣を振り回し、果敢に切り込んでくるシェリアであったが、私に刃が通ることはない、全て片手一本で弾かれ、よろめいている。
しばらくそのような剣戟が続きシェリアの顔に疲れが見えた。
「実際に剣を振ってみてどうだった?」
「難しいです、全くアリア様に攻撃を当てるどころかその場から動かすこともできないなんて」
「シェリアはまだ慣れてないこともあって剣に振り回されていたり、大きく振りかぶっているからね、守っている側からしたら攻撃も予測しやすいし、反撃もしやすい」
シェリアは額の汗を拭い、その顔を曇らせる。
「慣れ、ですか…… 大丈夫です! そう簡単にうまくはならないのはわかっています」
「あとは、魔法をうまく組み合わせるのも戦う上では必要になるよ」
「魔法ですか! 私も少しなら扱えます、そういえばアリア様は一回も魔法を使いませんねどうしてです?」
「私は魔法を使わないんじゃなくて使えないんだ」
「え!?」
シェリアは驚きに目を見開いている、無理もない、どの種族でも魔法が使えない人類等、普通はいないのだから。
「聞いたことがないのも仕方がない、多分なんだが魔法を一切使えないのはこの世界を探しても私だけじゃないかな」
「初めて聞きました、この世界で生まれたものは魔力を持ち、その量に個人差はあれど魔力が全くない人がいることはないと本にも書いてありましたし」
「実際にいるんだから仕方がない」
「驚きました。 魔法抜きであんなに強いのですねアリア様は」
「必死に努力してきたからだよ、だからシェリアも努力すれば私のように、いや違うな、私よりも強くなれるぞ」
「アリア様みたいに……」
「ああ、シェリアは運動神経がいいし、動きも軽く速い、鍛えれば絶対に強くなれるよ」
「ありがとうございます! 絶対にアリア様に並べるくらいに強くなって見せます! 次は盾と槍を教えてください!」
「わかったよ、盾は……」
しばらく盾と槍を使い方を教え、再び模擬戦を繰り返す。これを十回ほど繰り返していくとシェリアの動きも始める頃に比べると格段に良くなっていった。
「だいぶ動きがよくなったな」
「まだ…… まだ…… です、ハァ、まだ動かせて…… いない……」
「だが、今日は初日だあまり無理をしすぎると体に悪い、ここまでにしよう」
「うっ、足が」
かくんと膝から崩れ落ちるシェリアを拾い上げ背負う。 ほんとに無理をしすぎだ、ほぼ魔力も底をついているらしく顔は青ざめている、体の節々は痙攣していて立っていることができなかったようだ。
「す、すみません、アリア様」
猫耳はぺたんと垂れ下がっており声からも元気がない。
「あんまり気にするな、また明日も来るからまた色々覚えていこう」
「はい」
しかし今まで剣を扱う機会がなかった環境がそうさせていたのだが、シェリアは呑み込みが早く私を動かせはしなかったものの終わるころには剣、盾、槍をある程度使いこなせるようになっていた。
シェリアは天才と呼ばれるタイプなのかもしれない、私が抜かされるのも時間の問題かもしれないな。
そんなことを考え、シェリアを背負いながら回復薬を作っていたターナーのもとへ向かうのであった。
努力は一日にしてならず (*'ω'*)




