アルテア大陸西部湾岸
【アルテア大陸 西部湾岸】
穏やかな海辺は僅かな波紋を広げ沖へ沖へと漂う。
岩礁には波が打ち付ける音響き、夜風が吹き抜けていく。
内陸では激しい戦いが繰り広げられているのとは裏腹にここは酷く静かであった。
「そうデスか…… 仕留められなかッタというコトデスネ」
「はい、二体とも破壊されました」
白衣を纏い、軽く咳き込んだジェダイ=ウォーダンは側に立つヘカトンケイルに尋ねる。
「それで何か収穫はありマシたか?」
黒髪の男のヘカトンケイルは瞳の色を様々に変え、瞬きをすると無機質な声音で答えた。
「エイシャの魔人化です」
まるでその場にいないのにも関わらずそのヘカトンケイルはまるで見てきたかのように答える。
それはヘカトンケイルに備わった情報共有によるものだ。
ジェダイが作りしヘカトンケイルにはそれぞれの機体を繋ぐ信号が出されており、それが情報として共有することが可能であった。
たとえその機体が壊される事になったとしても、脳内に埋め込まれた映像データを瞬時に送ることができる。
機械人形と合成獣の融合がもたらした新たな変化はこれだけではない。
その再生能力を生かし、腕の複製を可能とし、体内には幾つもの武器が収納されている。
さらに魔力を蓄える機関を作り出し、古代魔法を放てるように改造、そして脳内をいじり【完全切断】の使用を可能としている。
それはまさにジェダイ=ウォーダンが考え得る最高傑作の兵器であった。
「ほう…… コの出来損ないの武器とは違う本物の魔人化でスカ……」
白衣のポケットから取りだしたのは小さな銀製の十字架。
それを掴み、ジェダイは月に重ねる。
ジェダイの持つ神器と呼ばれる物の複製版であるそれは、使用者を魔人の如き力を与える増力剤に過ぎない。
意思も薄れ、ただ暴力の権化になる不良品ではあるが色々と使い道は多い。
「クフフフ…… 生きテイタとは…… 滅んだト聞いていたノですがねぇ…… アルバラン様にはコのことは?」
「今しがた報告し終えた所です」
「眠りを妨げてしまいまシタね…… しかし…… 良い報告ができたことデショウ…… 随分と探していましたからねぇ……」
十字架をしまうとジェダイは左手に嵌めていた指輪をそっと撫でる。
赤い宝石が埋め込まれた指輪は怪しい光を放ち、空間へと手を伸ばす。
亜空間から引きずり出したのは真っ白な筆。
「神よ…… 我が愛しき神よ…… 彼らの眠りを起こし、力をお与えください」
宙に描くように白い筆は魔方陣を描く。
それはどろりと溶け出し、空間を切り裂き中から翼の生えた黒き龍がゆっくりと這い出てくる。
その体長はギガント種を越える大きさ、低いうなり声をあげ、赤き瞳がジェダイを捉える。
「サア、そろそろ行きましょうか…… やるべきことは多いデスカラ」
その黒き龍はジェダイに忠誠を誓っているのか襲うことも無く、ただ沈黙しその大きな翼を折りたたむ。
ジェダイはフラつく足取りで黒き龍の手に乗ると、ゆっくりと背後を振り返る。
「そろそろ…… 来る頃だと思いマシタヨ……」
その視線の先、森を抜けてたどり着いたのは一人の少年と車椅子の少女。
「そんな大きな龍を引き連れてどこに行くつもりなんだよ」
「これはこれは…… オクムラタダシ様…… 如何なさイマシたか?」
にこやかな笑顔を張り付かせたジェダイは薄く細めた瞳を隣の少女へと向ける。
「それに、そちらのお嬢さんも成長がすこぶる早いようでなによ…… 」
「今はその話はいいだろ…… 僕の質問に答えろよ」
オクムラの表情は険しく、まるで睨むかのようにジェダイを見つめる。
その手にはちぎれた布――ロマナ・マーキスの着ていた服の一部――が握られており、自然と力が入った。
「おやおや…… 随分とご機嫌が悪いヨウで…… どこに行くツモりか、でしタネ…… ええ、私はガルド大陸に戻るつもりでいましたが?」
「戦っている僕たちを置いてアンタは撤退かよ…… 一体何のために戻るっていうんだ?」
心底呆れた口調でジェダイは答える。
「貴方にハ関係が無いコトですので…… それに死なない貴方でしたらこの戦いも……」
それを聞いたオクムラは怒りで声を震わせる。
「関係がないってなんだよ…… 本気で異世界人は死なないとまだ僕たちに嘘を言うのか!! 見ろよ!相手の異世界人は死んだんだぞ!! 何が死なないから平気だ。 【能力】を持っていたら死の螺旋から外れると言ったのはアンタだ! 僕がどういう思いで優希を……」
オクムラは最初はこの言葉を信じてはいなかった。
人は誰しも死の運命からは逃れることはできない。
しかしあるときその考えを覆す出来事が起きた。
それは、オクムラがアルバラン側についた日、ジェダイの実験を見せられたあの日、ジェダイは被検体として一人のエルフを連れてきていた。
禁忌とされる実験。
それは死の呪縛から解き放ち、死なない肉体を得る実験。
被験者は無能力者であった。
そこに無理矢理【能力】を授け、目の前でその被験者を殺害して見せたのだ。
本来はすぐに死ぬはずであった被験者はすぐに蘇った。
頭を切り落とし、心臓を貫かれたりしても被験者は死を迎えることはなかった。
ジェダイはこれには【能力】が関係していると説明した。
被験者が授かった能力は【液体操作】という蘇生や回復には役に立たない能力である。
しかし、被験者が死を迎える瞬間、強い能力の発動が自動的に引き起こされその命を繋ぐのだという。
次の被験者にも別の【能力】を与え同じように殺害したが、再び命を吹き返した。
四肢が切断されていても数時間で元通りへと戻るその姿を見たオクムラは微かな希望を抱いた。
――能力を持っているのならば死ぬことはないのだと。
――これならば、本当に危険であっても生き返った優希が本当に死ぬことはないのだと。
「クフフフ、アハハハハ。 ああ、バレてしまいマシタか…… 都合の良い夢を見ていた気分はどうです? 最高…… だったでしょう?」
「お前ッ!!」
「貴方は随分と働いてくれました…… ええ、それはとても都合がよかった…… だが今、もう貴方に用は無い」
ゆっくりとオクムラの前に立ち塞がる一体のヘカトンケイル。
それはどのヘカトンケイルとも似ていない黒い髪の男の姿。
「後は任せましたよ…… No.ゼロ」
「はい」




