最古の種
歪んだ顔をまるで引き剥がすように手で掴み、ずるりと地へと落とす。
それは水を含んでいるかのようにぐしゃりと地面へ広がった。
切り落とされた腕の根元を覆うように新たな肉片が寄せ集まる。
それは白い腕へと変わり、エイシャは再び腕を取り戻した。
元の綺麗な美女の顔へと変わったエイシャは小さく息を漏らし、鋭く伸びた爪で地面を抉り取る。
土がめくりあげられ、さらに伸び続ける爪を村長へと向ける。
「ほう」
それを目にした村長は、鋭く迫る爪を手にした小刀【雷華】で弾く。
金属同士がぶつかる甲高い音と火花を散らし、爪は村長の横スレスレを通り抜けていく。
「伸縮自在というわけじゃな」
外れた爪は一瞬の速さで元の長さへと戻っていく。
抜き出される速さよりも戻る速さの方が勝っているらしく、村長は踏み出しかけた足を止める。
「ええ、貴方は串刺しになるのと細切れになるの、どちらがお好みかしら?」
「どちらも御免じゃな」
「ウフフッ」
横凪に振るわれた爪を滑りながら村長は躱す。
白い布のテントを切り裂き、エイシャが狙ったのは村長では無く、その後ろ、フェニールだった。
甲高い音が響き、爪を防いだのは純銀製の大きな盾。
それを手にするのは酷く汚れた姿の熊型獣人の男であった。
「あら? いったいいつの間に?」
「これ以上ママに危害を加えさせてたまるかよ。 おい、お前ら! ママを安全な所に!!」
「「おう!!!」」
「ロズン、それにア、アンタ達……」
ぞろぞろと物陰から出てくる獣人達はフェニールを庇いながら外へと連れ出していく。
そのどれもが酷く汚れた格好をしており、その姿を見たエイシャは薄く笑みを浮かべた。
「なるほどねぇ、よく知られていたものだわ。 私が匂いに敏感だということが」
獣人の男達の服に付着しているもの。
それは雨に濡れた土であったり、草木の汁であったりとどれも自分の体臭を消すためのものであったからだ。
その為に魔物特有の優れた嗅覚を持ったエイシャは獣人達が潜んでいることを気づくことができなかった。
「でもまだ甘いわ、二突」
エイシャはすっと二本の指を突き出し、絡ませると螺旋を描く爪が勢いよく伸びていく。
「そんなもん俺が弾いて…… ぐぅう!?」
大盾を地に突き刺しがっしりと攻撃に備え防御を固めたロズン。
螺旋を描く爪は大盾に当たると金属を抉り飛ばし、貫通。
そのまま威力を落とすこと無くロズンの腹部を貫きながらさらに伸びる。
「そのまま貫いて…… あら…… これは驚いたわね」
まだ距離があるはずとエイシャは村長のことは視界に入れてはいても流していた。
しかし、エイシャが視線を逸らしたその一瞬で、村長はエイシャの懐まで一歩でたどり着いていた。
瞬時に爪を戻し、大きく地を蹴りエイシャは距離を取る。
胸元を掠るように振るわれた『雷華』は衣服を切り裂き、小さな鮮血が舞う。
村長が得意とする抜刀術の一つ、『一陣』
最速の抜刀術を避けられたことよりも、その表情を崩せなかったことに村長はやや眉根をつり上げた。
ざっくりと切られた服ははち切れんばかりであった胸元をさらけ出し、鎖骨から流れる血をエイシャは指ですくい上げるとそのまま口元へと運ぶ。
「久しく感じなかった痛み…… 血の味…… 思わず楽しみたくなるわ」
「ロズン殿!! 動けますかな?」
「ぐっ…… ああ、俺らは…… 先に行ってる……」
「そちらは任せましたぞ」
走り出すロズンに目を向けること無く、村長は納刀したままの刀を前に構えじっと前を見据える。
じろりと視線を逃げるロズンに向けたエイシャは五指を突き出し放つ。
「五爪球」
爆発を起こし勢いよく指先から放たれた五つの鋭い爪の球は目に見える速度を超えて背を向けて逃げるロズンへと放たれた。
「!?」
それらはロズンへと当たることは無く、村長の足下へと全てたたき落とされていた。
「儂の後ろには行かせんよ」
矢の速度を超える速さで放たれた爪の球を、村長は全て抜刀術で切り伏せていた。
それは己の周囲を通るものを全てたたき伏せる抜刀術『堅牢』という技であり、防御魔法や盾を持たない村長が必死で編み出した防御技であった。
走り去っていく足音を聞き、ゆっくりと息を吐いた村長は、そのまま一歩大きく踏み出した。
『一陣』
まるで距離感など感じさせないほど速く懐へとたどり着いた村長は神速の抜刀術を振るう。
爪と刀がぶつかり合い、激しく火花が舞う。
地を蹴り飛ばし、横へと回った村長は、ぎょろりと向けられた視線を躱し、刃を振るう。
一瞬で光が弾け、眩い光が瞬いた。
直視していたら失明は免れないほどの強烈な光に目もくれず、無心で振るった刃は金属特有の甲高い音を立てて弾かれる。
「惜しいわねぇ」
「そんな見え見えの罠に引っかかるほど老いぼれてはおらんよ」
エイシャは両腕を広げ、両手を前へと突き出す。
「それじゃあ、これはどうかしら? 十爪蛇」
爪先から伸びる爪はまるで意思を持った魔物のように複雑に宙を動き回り村長へと迫っていく。
その一つ一つが鋭く、そして蛇のように地を這い、宙を滑空する。
一つ一つはそれほど大きな威力は持たない。
だが、それはあまりにも数が多かった。
一つを刀で捌き、二つを蹴り上げて防げば、無防備となった肩口を抉り、鮮血を舞わせる。
複数、そして同時に迫る不規則に動き回る刺突を完全に防ぐことなど不可能に近かった。
「ぬぅう…… 」
しかし、確実に切り落とし、前へと村長は進んでいく。
「【完全切断】」
重なった一点。
そこを狙い放たれた最強の剣技は全ての爪を切断し、エイシャの首元へと迫った。
エイシャの髪留めを切り裂き、金色の長い髪が露わとなる。
「さすがオリジナルだけあってその能力の使い方は知り得ているみたい…… ね」
「どうも儂の能力をそちらさんは調べ上げているようじゃな、こうも当たらんと辛いものがあるのう」
先程から放っていた【完全切断】はまるでその間合いを知っているかのように、エイシャは紙一重で躱している。
「情報は力。 ただそれだけのことよ。 そして…… そろそろかしらね」
エイシャがその言葉を言い終わるやいなや、背後から大きな爆発と爆炎が立ち上がる。
「!!?」
轟々と燃え上がる一つのテント。
その炎は次々に他のテントへと燃え広がっていく。
「ぬっ!?」
「大当たり。 貴方達の隠していた場所はここともう一つ。 そう、情報のやりとりを担う通信制御装置のある場所。 随分と念入りに隠してたみたいだけど…… 探してた甲斐はあったわね」
「お主…… 自らを囮に……」
「知恵比べは得意なのよ…… 長く生きているだけはあってね」
くすりと笑みを浮かべ、エイシャはゆっくりと歩む。
「じゃあ、そろそろ死んでもらいましょうか」




