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魔法力0の騎士  作者: 犬威
第五章 大陸戦争
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side キール ~悪鬼~

『随分小さな手だな』



 握られた小さな掌から伝わる確かなぬくもりに感動を感じていた。



『ふふっ、そうやって指を差し出すとなかなか離してくれないんですよ』


『そうか、それは少し困るな』



 白い無地の布にくるまれ、無垢な笑顔で俺の指を握る我が子に、苦笑いを零すと何かが可笑しかったのが妻が笑う。



『そうやってその子もたまに笑うんですよ。 本当に貴方そっくりに……』



 思わず目頭を押さえ、そうか?と目元をほぐす。

 どちらかと言えば妻に似たであろう我が子にそんな一面があったのかと思うものだ。



『目元は貴方似なんですよ。 ほら、ここなんかそっくり』



 そっと妻の細い白い絹のような腕が目元へと伸びる。

 穏やかに笑う妻の顔を見ていると思わず目が合う。



『私達の子供なんですよ。 守るものがまた増えましたね、お父さん』


『あ、ああ。 これからもまた苦労をかけると思うが……』



 そっと妻の指が私の口元へと動く。



『それは言わない約束ですよ。 また貴方が笑顔で帰って来てくれれば私はそれでいいんですから』


『ニーナ……』



 唇が重なる。

 ほんのり上気した頬を撫で、そのまま抱き寄せる。

 強く抱きしめたら折れてしまいそうな妻のぬくもりを感じ、長い黒髪を撫でる。


 唇が離れ、互いの吐息が頬に触れ、名残惜しいその体温を手放す。



『必ず…… また帰って来てくださいね』


『ああ、行ってくるよ』



 まるで走馬灯のような光景。

 懐かしき、我が子が生まれた時の事を思い出していた。


 何故この光景を今俺は思いだしていたんだ?


 直感的に感じていた不安が的中する。

 死体の山から見下ろす女の瞳には狂気が宿っている。


 その女は異質そのもの。

 細腕でありながらもその片手に握られた長剣は背丈ほどもあり、死体の山にずぶずぶと突き刺さっている。

 種族は恐らくだがその長い耳はエルフ特有のものであることが窺える。

 そして、これだけの死体を作り上げたのは間違いなくこの女ただ一人であることがわかる。


 そう、これだけの数をたった一人で殺害したのだ。


 思わず息を飲んだ。

 足下に広がる血だまりに波紋が広がる。



「カルマン、どうやらお相手はそう簡単に逃がしてくれないみたいだ」


「ああ、だろうな」



 刀の鍔に手を翳し、居合いの構えを取る。

 刀という物は鞘から抜き放つその瞬間、刀身を滑らせることによって凄まじい速さで抜刀することが可能だ。

 村長直伝の抜刀術【一心】最速の抜刀術であり、間合いの範疇であれば攻撃を見てからでも対処可能である。


 俺の持つ抜刀術の中でも最速の速さ誇るこの技で決めれれば楽なんだがな……


 濃霧が立ちこめるこの湿地帯はあまりにも視界が悪すぎる。


 一手目は相手の出方を伺うために様子見としてこの技を持っていくのはもはやお決まりとなっている。


 ちらりとカルマンの方を見れば合金のガントレットを腕に嵌め、半身をずらし、柔の構えを取る。

 カルマンの場合は拳主体の格闘術であるために相手によって型を変えるらしい。

 剣やナイフなどの中近距離では拳を突き出した豪の型、槍や長剣などの遠距離も可能とされる武器には両手を開き前へと置く柔の型。


 今回の場合は相手の武器が長剣であるために弾く事を主とする柔の型を選んだのだろう。


 さて、奴はどう動くか……



「まだ、足らないのよ……」



 死体の山から長剣を引き抜き、ゆっくりと女は歩み始める。



「来るぞっ!!」


「もっともっと殺さないとっ!!!」



 体が反応すると同時に掴んだ『雲海』は最速の抜刀術のもと鞘から抜き放たれる。

 っつ!?


 刀が触れたのは長剣の腹に当たる部分。

 火花を散らし、風を切り裂くほどの威力を伴った長剣は僅かに軌道を変え、逸らした上体の上を掠めていく。


【一心】による軌道を変えなければ間違いなく胴体と頭部は二つに分かれていた。


 恐ろしいほどに速い。



「おぉおおおおお!!!」



 カルマンが踏み込み、女へと拳を繰り出す。

 霧を吹き飛ばし、鈍い音が響き渡る。


 女は長剣を盾にしてその攻撃を防いだ。

 本来であればエルフとギガントでは体格差は明確なほど開いており、吹き飛ばされるはずなのだが。

 足腰が異常なほど強いのかカルマンの一撃を吹き飛ばされずに押さえ込んだのだ。



「離れろッ! カルマン!!」



 水しぶきが上がり、水面を走る刃は飛ぶ斬撃を放つ。

 抜刀術【水陣】 雲海の纏う水を高速で振り払うことによる飛ぶ水の斬撃。

 それは死体を切り裂きながらも勢いを衰えさせず女へと迫る。


 ゾクリと背筋に悪寒が走る。


 長年の感とでもいうだろうか、そんな曖昧なものでしかないがたしかに俺は感じたんだ。

 こいつは普通じゃない。


 予想通り【水陣】は躱され、女はその大きな長剣を引きずりながら目前へと迫る。



「しねぇええええ!!!」



 狂気に染まった声、悲鳴にも似た声が頭に響く。



「ウォタガ!!!」



 咄嗟に放った豪水魔法。

 至近距離で繰り出した為に弾けるように噴き出す大量の水は、互いを押し流す。



「ぐおっ!? っと助かるカルマン」


「随分無茶な魔法の使い方をしやがる。 俺じゃなかったら木に叩きつけられていたとこだったぞ」



 吹き飛んだ体をその大きな手が掴む。

 全身ずぶ濡れとなってしまったが、真っ二つにされるよりかはマシだ。



「悪い、これしか距離を取る手段が無かったんだ」



 視線を移し、同じように豪水魔法の直撃を受けた女の姿を探す。


 そこには倒れるでも無く、吹き飛ばされるでも無く立ち尽くすずぶ濡れの女が居た。

 信じられなかった。

 豪水魔法の直撃を受け、耐えたというのか?



「あれを…… 耐えたのか!?」


「正確には耐えたんじゃねぇ、相反属性で消し去ったんだよ」



 消し去った…… だと…… あの一瞬で……



「一瞬だったが、奴が爆炎魔法を口にしていた。 あの反応速度、打ち消す為の精密な魔法の扱い、本当に警戒すべきなのは魔法の方かもしれねぇな」



 もしそれが本当であるのならば、魔法の扱いはカナリア程の実力者ということになる。



「力任せじゃない分、余計厄介だ」



 手の上から地へと降り立ち、それぞれが強化魔法を施す。



「「ハイスピーダー、ハイディフェンダー」」



 青白い光が収束し、体内へと染み込んでいく。

 ようやく魔力が回復してきたな……


 随分と長い戦いのせいもあり強化魔法が使えるほどの魔力が溜まりきっていなかった。

 だが、今この状態でなら互角以上に奴と渡り合えるはずだ。


 なるべくこの強化が終わる前にカタをつけ……


 頬に鋭い痛みが走る。

 鮮血が舞い、だらりと頬から血が流れる。

 当たる瞬間咄嗟に顔を逸らし、何かを躱した。


 女はあの位置から動いてすらいない。

 ならこの攻撃は……


 視線を頬を掠めた存在へと向ける。

 そこには弧を描き高速で濃霧の中へと消えゆく白銀の円月輪。


 ちぃ、飛び道具か!



「ねぇ、どうして避けるの? 楽に死ねたのにぃいい!!」


「キール!!!」


「ぐぅ!!」



 下から切り上げられる長剣の攻撃を抜刀した刀で受ける。

 火花が飛び散り、大きく吹き飛ぶ。


 なんて馬鹿力だっ!! 


 宙で身を翻し、体勢を立て直す。

 そこには信じられない光景を目にする。


 吹き飛ばされた俺に追いついて!?


 女は長剣を両手へと持ち替え、その驚異的な脚力で吹き飛ぶキールへと追いついたのだ。



「おらぁああああ!!!」



 カルマンによる強烈なタックルを浴び、大きく吹き飛ぶ喪服の女。

 だが、吹き飛びながらもくるりくるりと宙で威力を殺し、華麗に着地してみせる。


 カルマンはすぐに駆け出し、女の元へと接近すると両腕を地面へと叩きつけると魔法を発動させる。



「アースインパクトォオオ!!」



 カルマンの周囲の地面が勢いよく隆起し、土砂を巻き上げ、女へと迫る。



「邪魔邪魔邪魔ぁあああ!!!」



 コイツ魔法を無理矢理剣でねじ伏せやがった。


 同じように地へとたたき落とすように振るわれた長剣は地を砕き、まるで女を避けるかのように隆起した土砂は広がっていく。


 攻撃にはどんな物にでも一瞬の隙が生まれる。

 それがより威力の強い物であれば尚更体にかかる負荷は凄まじい。


 たたき落とした長剣は地にめり込み、引き抜くとしてもそれを許す俺達じゃない。


 鞘に手をかけ、滑らせて一閃、さらに、遠心力を利用し体を回転させて二撃目を切り払う【月光】を女へとたたき込む。


 鮮血が舞う。


 だが、浅い。


 致命傷には至らない。


 渾身の攻撃は頬と肩を掠める程度の物でしか無かった。


 コイツは異常な反応速度で躱して見せたのだ。

 あの硬直状態の場から己の肩の関節を外して、攻撃を避けるために無理矢理伏せたのだ。


 ずるりと地へと伏せた女は、ぐるりと体を回転させ、剣を引き抜き距離を取る。


 ごきりと鈍い音がこちらまで響く。

 女は外れた肩の関節を戻し、ぐるんと腕を回す。

 そして深く息を吐くとある魔法を口にした。



「バーサーク」



 意思を失った瞳が赤く染まる。

 脳のリミッターを外し、一時的に爆発的なまでの強さを得る代わりに知能は著しく低下、まさに狂戦士となる魔法。

 人にかけるにはあまりにも危険だと判断され、その存在さえも禁忌とされた魔法。


 その脅威はまさに一瞬だった。


 ギガント種の中でも屈強な肉体を持つカルマンの右腕と左足が一瞬にして切り落とされる。

 鮮血はしぶきのように降り注ぎ、カルマンは意識を失いざぶんと泥濘んだ大地に倒れゆく。



「カル…… 」



 何が起こった。


 強化され、速度上昇がついた俺達に何も……

 片鱗さえ見えなかった。


 そして身をもって知ることになる。



「ごぶっ……」



 真っ赤に染まる己の体。

 胸元からこぼれ落ちた愛用のキセル。


 全身から感じる虚脱感と虚無感。


 なぜ…… 俺はコイツを…… 見下ろしている。


 だらりと腕を投げ出し、手元からは『雲海』がこぼれ落ち、地へと突き刺さる。


 俺は意識が途切れる瞬間まで気づけなかった。

 体を支えているのが己に深々と突き刺さった長剣だという事に……



「おぉおおおおおおぉおおおぉおおおお!!!!」



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