報告と睡魔
アリア回です
ターナーの家を後にすると、そのまま騎士団長であるトリシア=カスタールにシーレスで連絡を取り始める。
連絡するのが遅くなってしまったが大丈夫だろうか?
『トリシアさん、アリアです。 まだ起きていらっしゃいますか?』
『ああ、アリアか、心配したよ。 どうやら終わったみたいだねこのまま報告に騎士団本部に来る感じかい?』
『ええ、夜分遅くにすみません…… ここでは少し話しづらいですから…… 直接話をしようかと』
『わかった。 気にすることはないよ、私も今から向かうから先に向かっていてくれ』
『わかりました。 それでは』
通話を切り、耳を澄ませ、辺りを確認する。 辺りは街灯の明かりだけが灯っていて、付近の家々の灯りはすでに落ちている。 自分の靴音だけがやけに響く、どうやらあたりには誰もいないようだ。
初夏に入りつつあるこの季節の夜は基本蒸し暑いことが多いのだが、今日は夜風がとても気持ちがいい。
大理石の道路を踏みしめ、なるべく周囲に足音が響かないように気を付けながら、騎士団本部に歩き始めた。
最近はこの都市も安全ではなくなってしまったな、今までは気づかなかった都市に潜む闇をここ最近多く見てきてふとそんなことを思うのであった。
■ ■ ■ ■ ■
ようやく騎士団本部にたどり着き、真っ直ぐ受付へと向かう。
もうこの時間になると受付のある入口付近にしか灯りは灯っておらず、夜勤の受付嬢が一人いるだけであった。
「お仕事お疲れ様ですアリアさん。 騎士団長がすでに中でお待ちですので、このままお進みください」
「ありがとう、夜勤ご苦労様」
受付の女性に案内され、騎士団長が待っている部屋までたどり着きドアを二回ノックする。
「入っていいぞ」
「失礼します」
ドアを開けるとトリシアさんが濡れた髪を拭きながら、薄めの白いシャツに黒いパンツスーツ姿で足を組んで椅子に座り書類を眺めていたとこだった。
その姿が様になって、濡れた髪も相まって大人の色気を感じさせる。
「ああ、すまないね、先ほど風呂に入っていたのだよ。 君も長い時間大変だったろうご苦労様。 明日は一応休みになってるからゆっくりと休みなさい。 そこで立っているのもなんだしこちらに座りたまえ」
椅子を差し出され、テーブルを隔てトリシアさんの前に座る。
「まぁとりあえず報告を聞こうじゃないか」
「はい、緋色のダンジョンに逃げ込んだ奴隷商の男とそれを手助けした十名の協力者、及び二名の人質がおりました」
「ふむ、聞いていた通りだな…… それで?」
「私達第一部隊が奴隷商の男を追い詰め、トロンの部隊とオクムラが十名の協力者と思われる方を受け持ち戦闘を開始しました。
奴隷商の男は高度な召喚士であり、オーガを八体ほど召喚しておりました。 オーガ達は難なく退けることはできましたが、召喚士の男が奥の手を隠していて、人質であった母親の方を魔物に変える術を持っておりました」
「なんだと!? ……人を魔物に変えただと……」
騎士団長が驚くのも無理はないだろう、今まで人を魔物に変える事例など一度もなかったのだ。
「ええ、奴は十字架のような武器を扱い、自身の血を吸わせるとその武器は一メートルほどにも肥大していました」
「十字架のような武器か……」
「なにか心当たりはありますか?」
「いや…… すまない、私も初めて聞く武器でちょっと驚いているよ…… 血を吸わせる武器なんて聞いたことがなかったな……」
トリシアさんはこめかみを抑え、ペンを走らせ、報告書に記載していく。
「その母親は娘を守ろうとして攻撃を受け、巨大な魔物へと変貌してしまい、自我を失い破壊行動をおこなっていました。 私達は攻防を繰り返し、その魔物となった母親を相手にしていた時、召喚士の男の前に闇の中から黒いフルプレートの男が現れたのです」
「黒い…… フルプレートの男だと…… まさか」
「知っているのですか?」
「ああ、知っているとも、おそらくそいつは爆炎魔法を得意としていなかったか?」
「ええ」
「やはりな…… 有名な男だよその黒いフルプレートの男は。 傭兵をなりわいとし、あらゆる商業に携わっている男、名をユーアール=ガルブエリ。 元々は冒険者家業をこなしていたが、戦争が始まると傭兵家業で有名になり、その比類なき爆炎魔法と長剣の腕は多くの人が知る。
最近では全く話には聞かなかったが今回商人として裏で潜んでいたというわけか…… 奴が絡んでいるとなるとなかなか厄介だぞ」
「ええ、私も一度戦い、危ないところをセレスやカルマンさんが助けてくれました」
「君でも勝てなかったか」
「かなり強い武人でした。 そしてその男は巨大な爆炎で身を隠すと奴隷商の男を伴い闇に潜っていきました」
「その闇は高度な転移魔法であるとみていいだろうな、人質の娘のほうは無事だったのか?」
「その娘は保護し今は安全な処に匿っています」
「ふむ、君が安全だというなら任せようじゃないか」
「はい、それでトロン達の部隊なのですが、オクムラが言うには第四部隊の女性が攫われた為その転移魔法に入っていったとのことでした」
「ふむ、してオクムラは一人で戻ってきたというわけか」
「ええ、報告には来ませんでしたか?」
「騎士団本部の入り口でアルバランさんとオクムラに出くわしてね、軽く報告は受けた」
「父様が?」
「ああ、どうやらアルバランさんもオクムラを探していたみたいでね、なんでも貴族の式典に出るための話し合いをしたいそうでね」
「そうですか」
新たな勇者として貴族たちに紹介するのは決まっていたことだ珍しいことでもない…… か。
「本当に今回はご苦労様、少しお茶を入れたから飲んでいってくれ」
「ありがとうございます」
トリシアさんから入れたての温かいお茶を受け取り、一口口をつける、お茶は温かい湯気が出ていて、まろやかな茶葉の風味が喉を伝い、喉が渇いていたことを思い出させてくれた。
ぐいっとそのまま飲み干し、胃の中に伝わる熱を感じながら、改めてトリシアさんに向き直る。
ふと視線が合い、トリシアさんが穏やかな笑みを浮かべた。
「どうだ? 私が淹れたお茶もなかなか悪くないだろ?」
「とても美味しいです」
「そうか、君も他の部隊の皆も本当によくやってくれている。 今回のトロンの件は私なりにも理解しているつもりだ、罠である可能性だとしてもトロンは飛び込んだんだ、彼の強さは知っているつもりだよ。 だが最悪の事態をも考えて行動しなければ上に立つ意味がない、最近妙な胸騒ぎがするんだよ…… これは始まりに過ぎないんじゃないかと思うんだ…… 本当に何事もなければいいんだけどね」
「……」
「君も十分注意して過ごしてくれ」
「はい」
空になったカップを置き、ふとトリシアさんを見るとどこか悲しそうな表情を浮かべ書類を見比べていた。
「あーそうだな、今回はよく働いてくれた。 私はもう少しここに残るから先に帰りなさい…… ゆっくりやすむといいよ…… おやすみ」
「お疲れさまでした、失礼します」
部屋を出るとより一層静寂が襲ってくる。 今日は本当に色々なことがあった。 屋敷への道を歩き、夜風を浴びてただただ足を踏み出す。
空はあと数時間もすれば明るくなってくるだろう、一日の疲労がどっと押し寄せてくるようで足取りはだいぶ重い。 どうやら張りつめていた緊張の糸がようやく緩んでくれたらしく、体は重いが気分は軽くなっていった。
あぁ…… 睡魔が…… ここでもいいか……
屋敷につくと早々に近くのソファーに体を預け、深い眠りにつくのであった。
もう空は白く朝日が差し込んでいた。
さぁ寝よう!




