作戦
異常とも呼べる行動。
奇異の視線が降り注ぐ中私はその手をヘンリエッタへと伸ばす。
たどたどしい面持ちでヘンリエッタは差し出されたその手を、白すぎるその手で握る。
どこか影を残したその表情は戸惑いの色を色濃く映していた。
「ふぅ、アリア殿はたまに強引すぎるところがあるよな」
「ああ、全くだ。 これでは私が悪者みたいではないか。 それに私達は見慣れているからいいもの、この戦いで加わったばかりの冒険者や騎士にはそれはなんと説明するんだ」
バツが悪そうに唇をとがらせキルアさんはため息を一つ零す。
デニーはやや呆れ気味に、キルアさんは頭を抱えながらこちらを見る。
キルアさんが言っているのは私のこの再生能力の事を指しているのだろう。
瞬時に切られた腕が生え替わる。
それは常識的に考えればもはや常識をも覆す神の所業。
回復魔法など目にもかけないほど優れた再生能力は、時に人々に言い得がたい恐怖を植え付けてしまう。
そう、普通の人では無いこの力が私が合成獣であることのなによりの証明であり、受け入れがたい真実。
周囲には私を避けるように距離を取り、訝しむ視線を送る者がほとんどだ。
中には腰に下げた武器に手を伸ばす者もいるほどだ。
「っつ!? 待ってくれ、私はけして敵側の人間なんかでは……」
すっと屈んで振り返った私の前にヘンリエッタは立ち塞がる。
「私は今よりこの御方の隷属と相成りました。 私は一切逆らう事など致しません。 私の行動を危険と判断した場合は即座に斬り捨てる事でしょう」
「なっ!? なにを言って……」
私が話そうとするのをヘンリエッタは手で制し、そのまま胸に手を触れて続ける。
「今のは奴隷契約の一つ。 悪魔である私がこの人の腕を生やしたまでのこと、そう殺気立たないで欲しいの」
奴隷…… 契約!?
私はそんなもの契約した覚えはない!!
それに…… 悪魔だなんて……
思わずヘンリエッタを見れば大人しく遠くを見つめている。
「驚いたとは思うがアリアは実をいうと召喚魔法士でもあるんだよ」
すかさずデニーが口を開き、嘘を並べる。
召喚魔法士。
魔法を扱う者の中でも特に異質とされる召喚魔法士の存在は、詳しい話を知るものはほとんどいない。
扱う者自体が極少数ということもあり、魔法を扱う者の中では回復魔法に次いで適性が必要、さらに特殊な契約を魔物や悪魔と結ぶことはその召喚者によって異なる為に詳しい文献などは残されていないのだ。
その為にこの契約自体が嘘だと見抜ける者はおらず、都合の良い隠れ蓑となったわけだ。
そう、私が憤りを感じているのとは逆に周囲の冒険者や騎士達は何故だか納得した様子で頷いている。
「隷属化の儀式であったか…… いやはや驚きました」
「ああ、召喚士の奴隷契約自体初めてみたが、本当に悪魔や魔物を従えられるんだな」
口々に周囲は初めて見た奴隷契約の儀式の話で持ちきりだ。
「今は…… そういうことにしてください」
ヘンリエッタは小さな声で告げる。
ただその顔は幾分か綻んでいた。
彼女なりに下した決断なのだろう。
納得はできないものの仕方なく頷くほかなかった。
「まぁなんだっていいんだが、中に入った際の作戦はあるのか?」
カインは冷静な表情で尋ねる。
その鞄の中にしまわれた宝珠を最大限に生かすための作戦。
まずは内部構造を詳しく知らなければならない。
それにはなによりも内部を把握しているヘンリエッタの協力が不可欠だ。
視線をヘンリエッタへ向ければその赤い瞳を瞬きさせ、察したのか口を開く。
「内部構造は三階層になっている。 おそらく出入り口となる場所には複数のヘカトンケイルも配置されていると思うから陽動部隊と潜入部隊に分けるべき。 ヘカトンケイルはわかってるとは思うけどかなりの強さ、まともに相手をしたら死ぬのね。 よって少数精鋭で城壁を伝って内部に侵入、出入り口となる門を開いたら一気に数で入る」
「城壁を伝ってとはいうが、監視もいないほどずぼらな警戒なわけじゃないだろ?」
キルアさんは上空から観察した結果見張りが城壁の上にも存在することを伝えている。
要塞はガルディアの大聖堂ほどの大きさがあり、門は平原に面した一カ所のみ、城壁の上には幾つもの見張り台が立てられ周囲を警戒している。
闇雲に突撃しても陽動がバレるだけだ。
「問題ない。 数人であれば幻覚を使える私が先に制圧できるのね、できるかしら」
ヘンリエッタの赤い瞳が怪しく揺れる。
この力も合成魔獣故の魔物の能力の応用なのだろう。
すぐにその気味の悪い空気は離散し、穏やかに笑う。
「陽動とはようは正門に敵の目を集中させていればよいのだろう?」
「そう。 手のつけられないほど暴れてもらえれば周囲はそこに人員を集めるはず」
「警戒の薄くなった側面から侵入して内部に入り込むっていう寸法か。 となれば、隠密に長けた者と行動したほうがいいか……」
「音を立てない移動や身のこなしにはちょっと自身があるよ」
「ああ、それに俺達にはこの耳がある。 足音や空気の振動まで素早く察知できるぜ」
アインとカインがそれぞれ手をあげ、我先にと前へ出る。
「わかった、わかった。 突入部隊は私とヘンリエッタ、カイン、アインで行こう」
「では私達は陽動部隊だな、まだ到着していない冒険者達も居る。 それに他の部隊の応援も欲しいところだ。 アリア、左翼の指揮をとっているメルアーデとは連絡がとれたりするか?」
「わかった。 連絡してみるよ」
すっと耳元へ手を伸ばし、シーレスを起動させ、メルアーデへと繋げる。
じりっとしたノイズが一瞬はしった後に、咳払いする音が聞こえてくる。
『メルアーデさん、今大丈夫ですか?』
『ああ、アリアか。 どうした?』
『私達は要塞の目前へとたどり着きました。 これより人数が整い次第陽動と侵入の二手に分かれて作戦を開始しようと思うのですが、冒険者達の人員をこちらに回せたりできますか?』
『アリア達が一番先にたどり着いたか、そちらの場所はネア様から聞くからありったけの冒険者を送ろう。 本当は加勢してやりたいんだが生憎俺はそこまでは距離がありすぎるからなるべく近い頼れそうな奴を送ってやるよ』
『ありがとうございます。 メルアーデさんは今どちらにいるんですか?』
『俺か? 俺はちょっと野暮用で中央森林だな』
中央森林? リーゼア同盟軍本拠地近くと言うことか、さすがにそれほどまで離れていては駆けつけるのに時間がかかりすぎてしまうな。
『なんにせよお前達は気にしなくていい。 突入の判断はそっちに任せるからよ…… しっかり…… や…… 』
突然シーレスの通信が不安定になり、そのまま切れてしまった。
故意に切った訳でもない。 シーレスの回線が悪くなることなんて一つしか考えられない。
シーレスの本体。
つまり通信装置のある同盟軍本拠地で何かが起こったという事実。
再び通信を試みようと模索するものの、一向に繋がらず、不快なノイズ音がするだけであった。
「どうしたアリア? 連絡はついたのか?」
デニーがその表情に気づき声をかける。
確実に優勢にたっていたはずだった。
数では圧倒的に有利であり、広い全体視野と状況把握の連絡も順調に見えた。
信じたくはないが本来シーレスが途切れるということは起こりえない。
すなわちシーレス本体は壊された可能性が高い。
同盟本部が襲われた?
「おい、アリア! 聞いていたか?」
「あ、ああ。 すまない。 メルアーデとは連絡がついた。 多くの冒険者をこちらに送ってくれるそうだ。 突入のタイミングもこっちで決めていいらしい。 ただ……」
視線が集まる。
「突然シーレスが使い物にならなくなった。 これが意味するのはリーゼア同盟軍本部が何者かに襲撃を受けている事実に他ならない」




