中央部隊 湿地群
【アルテア大陸 中央湿地帯】
戦場において最も有利となるのは、敵の位置をいち早く知り、相手に知られないように身を隠しながら進むことだ。
鬱蒼とした森林はまさに、身を隠すにはうってつけである。
周囲には背の高さなど優に超える太い木々が立ち並ぶ。
濡れた葉先を手で押しのけ、ゆっくりと後続に見えるように合図を送る。
「進め」
木々の間を縫うように進んでいくのは大きな翼を生やしたガイアス=エンドレア率いる誘導部隊。
ぬかるんだ道を抜けるとガイアスは手で合図を送る。
「ここでいいだろう」
そう後続に指示を伝えれば、数人の地形魔法を扱う者が地面に手をつき魔法を発動させる。
「「「マッドプラント」」」
地面が流動状に波打つと、周囲の木々と同じような木が幾つも伸びていく。
次第にその数は増え、鬱蒼と生い茂っていく。
まるで道を消し、壁を作るかのように伸びる木は周囲の高さと同じくらいまで生長すると、ぴたりと止まった。
「ご苦労、各自魔力回復を怠るな」
「「「はい」」」
「隊長、これで大方のめどはつきましたね。 この迷路状の湿地帯を越えるには相当苦労しますよ」
騎鳥軍の若い鳥人の男が、ヘルム越しにガイアスへと話しかける。
「ああ、あとは霧を発生させるマジックアイテムを各所に設置するだけだな」
「はい。 あとはこちらでやっておきますので、隊長は急ぎ右翼の援護に向かってください」
ガイアスのシーレスには先程フェニールから連絡があり、不利気味になっている右翼の加勢へと向かって欲しいとの要請があったばかりだ。
なんでも三英雄の一人が居るそうで、既にSランク冒険者が二人やられたそうだ。
冒険者の中でも優れた才を持つ彼らが複数であっても止めることができない存在に、ガイアスは嫌な予感を覚えていた。
「頼むぞ、俺が戻らなくても計画通りに進むんだ」
「はい。 この作戦が後々に大きな影響を及ぼすのは……」
「なるほどねぇ、通りで進行が滞るわけだよぉ」
その聞き慣れない女性の声にガイアス達は慌てて周囲を伺う。
周囲にはそのような女性の姿は見えず、代わりに宙を巨大な戦斧が漂う。
そのありえないような戦斧は真っ直ぐ、ガイアスの部下の一人の肩口に突き刺さる。
「ぎゃぁああああ!!」
大きく抉るように振りかざされた戦斧は大きく回転し、男の脳天に落ち、脳髄をまき散らし男は絶命する。
誰もがその恐怖の光景に固唾を飲んで、距離を取る。
「迂闊に近づくな!! その漂う塵にもだ」
ガイアスが声を張り上げる。
「へぇ、どうやらバレちまったようだねぇ、いや、こういった方が正しいかな、知っていたんだろうあたしの事を」
「塵が…… 人に……」
空中に漂う戦斧にまるで塵が寄せ集まるかのように形を作り始め、それは瞬く間に一人のギガントの女性を形作る。
「帝塵のライネル……」
「ご名答だよぉ。 そちらは騎鳥軍のガイアス=エンドレアだねぇ、ふふ、会えて嬉しいよその茶色い立派な翼をへし折ってみたいと思っていたのさぁ」
帝塵のライネルは懐から注射器のような物を取り出すと自身の入れ墨だらけの腕に突き刺す。
「はぁ~…… 効くねぇ、くふふぅ、楽しいねぇ」
「Sランク冒険者もついに落ちたものだな、今ではただの薬物中毒者か」
侮蔑の目をガイアスはライネルへと向ける。
「そこら辺の薬と一緒にしてもらっちゃあ困るよ。 これは癖みたいなものでね、集中力が増すんだよ」
握られた戦斧が宙を舞い、ライネルは砂の如く形を崩れ去る。
「気をつけろ!! 何をしでかすかわからん!!」
翼をはためかし、ガイアスは懐の剣を抜き放つ。
まるで自在に飛び交う巨大な戦斧を弾き、地面へとたたき落とす。
「がはっ!?」
ガイアスの首元には塵が寄せ集まり、手がまるで空中に生えたかのようにガイアスの喉元を掴む。
「捕まえたよぅ」
塵が寄せ集まりライネルの姿が露わとなる。
「らぁあああああ!!!」
力の限り剣を振り下ろしたガイアスはライネルの体を引き裂く。
まるで手応えなど無いように、再び塵になるライネルの体。
だが、掴まれていた腕からは逃れることができたようで、ガイアスは大きく咳き込んだ。
「惜しいねぇ、効かないよぅ」
「隊長!!」
「ゴホッ、いいからお前らは先に行けっ!! さっきの事を忘れるな!!」
「――っつ!! わかりました!!」
ガイアスの部下達はそのまま振り返ることも無く駆けだしていく。
「あはは、逃がすと思うかい?」
再び、塵に変わるライネルは、風に乗り逃げる騎士達を追いかけようと試みた。
「サイクロン」
「チッ」
ガイアスが暴風魔法を放つとライネルはすぐに塵の状態から姿を現し、その巨大な戦斧で魔法を切り裂く。
「風が弱いって事は既にこちらも知っているんでね」
「へぇ、Sランク冒険者の中のいったい誰にそれを言われたんだい?」
「答える気はないな」
「大方、メルアーデの小僧だろう? くふふぅ、余計な事をするもんだねぇ」
ライネルは眉間に皺を寄せ、じろりとガイアスを見る。
「だけどねぇ、風ごときに遅れを取るアタシじゃ無いんだよ」
ばさりと塵に変わったライネルは魔法を唱える。
「サイクロンエレメント、なんせ、このあたし自身が風を操れるんだからねぇ」
ライネルは暴風属性の付加魔法を自身の体へと付加させた。付加魔法を自身の体へと付随することは非常に優れた才能が無ければできない。
かつて自身の体に雷撃魔法を付加することのできた天才、テオという存在を含めると二人目となる。
「つまり風なんかはもはや弱点では無いんだよぉ」
にやりと笑うライネル。
「なんだその程度のことか」
ガイアスはそう零すと懐から一つの宝珠を取り出す。
「幻獣化!」
みるみるうちに宝珠の魔力はガイアスへと流れ、ガイアスの肉体は変化していく。
翼は硬質な金属へと変わり、身に纏う鎧も硬質な物に変わっていく。
「それが噂に聞く【幻獣化】かぃ? だけど塵のアタシにとっちゃあ何も……」
ライネルの頬に鮮血が迸る。
直ぐに塵状態となったライネルはガイアスから急いで距離を取った。
「どうした? 何故、切れたかわからないのか?」
「……やってくれるねぇ」
ガイアスの手には渦巻く液状の槍が握られている。
それは熱を帯び、ぐにゃりと歪む。
爆炎魔法と鋼鉄魔法の合成魔法により、形を失いかける液状の槍を手にしたガイアスは目標を補足すると、一気に翼を広げ、ライネルへと突進する。
「塵よ、盾となれ!!」
ライネルの前には無数の塵が寄せ集まり形を成していく。
真っ黒な塵が寄せ集まりそれは大きな盾となっていく。
「そんな脆い盾なんか通用すると思うか?」
ガイアスは槍を突き動かし、瞬く間に大盾を切り裂いていく。
まるでそれは塵同士が強制的に引き合い、接着し、断裂するように。
再び、ライネルの肩口に鮮血が舞う。
ライネルは再び塵となり離散すると先程と同じように距離を取る。
再現した際に肩口から流れる血を指ですくい、口に含んだ。
「久しぶりだよねぇ、この味。 ああ、たまらないよぅ」
ニヤリと笑みを浮かべ、宙に漂うガイアスをじっと見つめる。
「これだよねぇ、こういうのがあるから戦争はやめられないんだよ。 次はこっちの番。 よけられるかなぁ?」
ライネルの姿は塵となり、宙へと離散する。
それは一気に広がり、あっという間に周囲を包み込んだ。
「逃げ場なんてないよぅ、ストームサイス!」
ガイアスに向かって全方位から無数の刃が迫る。




