アリアVSフリーシア
戦っている姿なんて一度も見たことがなかった。
フリーシアさんはいつも変わらぬ笑顔で私とセレスを見送り、家の仕事に就いているものだと思っていた。
少しおっちょこちょいで真面目なフリーシアさんは、とても熱心に私達の世話を焼いてくれた。
「――ぐっ!!」
蛇のように波打つ鞭は不規則に迫る。
剣で防ごうものならば、絡め取られ、間合いを詰めてくる。
伸縮自在の鞭はその破壊力も侮れないもので、掠った岩が粉々に砕けていく。
今まで鞭という特殊な武器を扱う者がいなかったこともあるおかげで、なかなか攻め込むことができない。
「らあっ!!」
次元収納から取りだしたのは鋼鉄製のナイフ。
それをフリーシアさんの眉間目掛けて投げる。
鋭く放ったナイフはフリーシアさんが顔を背けるだけで躱されてしまう。
明らかに戦闘慣れしたその動きに冷や汗が流れる。
最小限の顔の移動だけで避けるその技術は、かなりの実戦経験を積んでいなければ会得できない技術だ。
マーキスさんのような武術を極めた者が本来できる技術であり、メイドであるフリーシアさんが同じように動けているのが焦りを募らせる。
「完全に当たったと思ったんだけどな……」
「酷いですね。 育ての親である私の眉間を狙うなんて……」
その表情はやはり悲しそうにみえる。
どうしてフリーシアさんがこの場で敵として戦っているのかがわからない。
ただフリーシアさんは戦う前に確かにこう言ったのだ。
「貴方だけには会いたくなかったのに……」と。
頭が妙に痛む。
まるで何かが思い出すことを拒んでいるかのように。
「フリーシアさんがこんなに戦闘ができるなんて知らなかったよ」
フリーシアさんの眉根がピクリと動く。
「おしゃべりはここまでです。 フレア!!」
フリーシアさんが左手を前へ翳すと激しい業火が広がる。
至近距離まで迫っていたために牽制として放った魔法。
それは私に防御の選択を取らせるには十分であった。
すぐに次元収納から大盾を取りだし、地面に固定すると直後に盾の脇からもの凄い熱量の炎が駆け抜けていく。
「とった」
炎に紛れ、高速にしなる鞭は盾を乗り越え、右足を抉る。
「ぐぅう!!」
鞭が当たった先端が太ももの肉をそぎ落とすようにえぐり取っていく。
防具の付いていた鎧であったが、鞭の威力のほうが勝っていたために砕け、鮮血が舞った。
直ぐにその場から離れ、鞭の間合いの外へ移動する。
歯を食いしばり、意識を怪我をした場所に集中させる。
すると直ぐに出血は収まり、元のように傷が無くなっていく。
しっかりと前を見据え、驚いているかと様子を伺うと、フリーシアさんは変わらぬ表情で私を見る。
まるで私が回復するのを知っていたように。
「驚かないんだね」
「……」
「……知っていたんだね、フリーシアさん」
それはもはや肯定と言っても過言ではない。
何も語らないフリーシアさんはさらに鞭を振るう。
まるで避けた先を知っているかのように鞭は地面を反射して迫る。
次元収納から弓と矢を取りだし、移動しながら放つも、寸前で鞭にたたき落とされていく。
かつてこれまでに武器を手足のように扱うのはテオだけだと思っていたが、それに匹敵するくらいフリーシアさんの鞭捌きには隙が見当たらない。
「何故なんだ…… フリーシアさん。 どうして貴方が私達の敵なんだ……」
あんなに優しかったフリーシアさんはここにはいない。
思い出の中にあるフリーシアさんとはかけ離れていて、偽物ではないかと疑うこともあった。
だが、その曇らせた表情や、たまにわざと攻撃を外すその曖昧さが完璧になりきれていない、偽物では無いことを教えてくれる。
完璧に偽るのであれば非情になっているはずで、こんなに辛そうな表情はしないのだから。
「フリーシアさん!!」
「私の名前を呼ばないでよ!!」
鋭い一撃が盾に当たり、大きく吹き飛ばされる。
軽々と人を吹き飛ばす鞭の威力は、盾を歪めるほどであり、壁に激突すれば大きく咳き込むことなった。
「ぐっ……」
先程から感じるこの頭痛はフリーシアさんを見ていると起こる。
頭を押さえ、立ち上がるとゆっくりとした足取りでフリーシアさんは近づいてくる。
背後は岩に囲まれ、逃げ場はない。
「あーあ。 どうして私の記憶は消せないんだろうね」
フリーシアさんの目には一筋の涙がこぼれ落ちる。
振り上げた鞭は確実に私を潰すために大きくしなる。
「ごめんね、アリア様」
何故涙を流すのか私にはわからない。
何故そんなにフリーシアさんが辛そうにしているのかがわからない。
だけどこれだけはわかる。
フリーシアさんは本当はこんなことしたくないと思ってること。
私達は長い間一緒に過ごしてきた家族なんだから。
「ヴァルハラ!!」
振り下ろした鞭の速度が急激に遅く感じる。
まるで時間がゆっくりと流れるようになった空間で、体は急激に加速する。
逃げ場の無かった場所から前へ駆けだし、次元収納から剣を取り出す。
加速したまま剣を振り、フリーシアさんを切り上げれば、夥しい鮮血をまき散らし、どうとフリーシアさんは地面へと倒れ込んだ。
流れ出た血はまるで作られたかのように青く、人の血液とは違っていた。
「あはは…… 負けちゃった……」
涙を流し、朗らかに笑うフリーシアさんはまるであの頃のようだった。
胴体から肩にかけて切り裂いたために間違いなく致命傷の傷。
「驚いたでしょ?…… 私はサイボーグなんだよ。 貴方と同じ造られた存在」
感触はたしかに金属を裂いた感触であった。 火花が飛び散り、今は白い煙を放っている。
だが、サイボーグという機械の体であっても今の攻撃はもう……
「どうして…… どうしてなんだフリーシアさん」
膝をつき、そっと傷口に手を伸ばす私の手を掴み、フリーシアさんは語る。
「ずっと、ずっと…… 騙してきてごめんね…… これが私の役目…… だったから」
涙が溢れ、ゆっくりとその手を握る。
「こんな機械の私でも…… 愛せるんだってわからなければ、こんなにも苦しくは無かったのかな」
ずっと私達二人の心配ばかりしてきたフリーシアさん。
お節介ばかり焼きたがり、いつも優しく見守っていたフリーシアさんは私にとってまるで母親のようだった。
涙を流す私の頬を優しくフリーシアさんは撫でる。
「泣かないでアリア様…… 記憶も…… 私が死んだらちゃんと戻るよ」
記憶……
曖昧だった昔の記憶。
「記憶が曖昧なのは…… 私の【能力】のせいだから…… ごめんね、今まで…… 騙していて」
「フリーシアさん」
「あはは…… まるで…… 昔みたいだね、そんなに泣いてるなんて…… やっぱり私が居ないと…… 駄目なんだから……」
朗らかにフリーシアさんは微笑む。
「ねぇ…… またあの頃みたいに笑って……」
「クエイク」
「――っつ!!」
次々と黒い刃がフリーシアさんの体を突き刺していく。
無情にもあふれ出た青い血はその悲惨さに馴染むように、大きな血だまりを作っていく。
「機械人形でハ所詮足止めにもなりまセンカ」
ゆっくりと歩みを進める白い法衣を着込んだエルフの男。
痩せぎすの体に不釣り合いな巨大な十字架を背負い、気味の悪い笑みを浮かべる。
「ですが、楽しんで頂けたようでナニヨリですねぇ」
「ジェダイ=ウォーダン!!!」




