ガルディア軍勢 ~戦闘前~
【一時間前 ガルディア軍要塞 中央棟】
「では各自このように進行しておくがよい」
どかりと椅子に座る漆黒のフルプレートメイルを着込んだギガント、三英雄の一人であるユーアール=ガブルエリは地図上に印を施していく。
「本当にこのように敵が攻めてくるので?」
疑問の声をかけたのは褐色肌のエルフ男性、幼い顔立ちながらもガルディアの騎士鎧姿は様になっていて、三本の剣が帯刀されている。
三英雄の一人、ストライフ=バーンは地図上に新たに印を書き込む。
「戦いやすい陸地の方に兵を集中させると思うのですが?」
「まぁそれも一理はある。 だが、戦力は必ず運河側に集めているだろうな」
「私達が陸地で戦うと踏んで…… ですか?」
「ああ。 あちらには参謀としてフェニールがついておるのだろう? 奴なら裏をかこうとするだろうからのう」
「へぇ、意外ね。 てっきり貴方のことだから脳筋だと思ったわ」
そんな嘲笑を浮かべ、クスクスと笑うのは花魁のような格好をした妖狐、エイシャ。
「これでも人の世で幾度も戦火に身を置いていたからのう。 ある程度は予想がつくわい」
くるりとエイシャはユーアールの後ろへと回り込み、もたれかかる。
「ウフフ、いつの世も人は愚かね」
「争いなくして発展は望まれぬからな」
ユーアールはぐいっとエイシャを手で押しのけると席を立つ。
「先制攻撃はこちらから行う。 セレスさ…… セレス。 要塞の上から上級水族性魔法を放ちなさい。 そうだな敵が密集しているであろう運河側にのう」
三英雄の一人であるセレス=シュタインは銀色の長いウェーブした髪を手でいじりながら、その黄金の瞳を向け答える。
「さすがにその位置からですと防がれるか、避けられると思うのですが?」
「それでよい。 あくまでも牽制であるからな。 何やら色々とやっているらしいからのう」
ユーアールは壁に立てかけてあった漆黒の長剣を手に取ると、首を鳴らす。
「誰がどこにいるかはそれで大方予想がつくのであろう? ライネルよ」
ユーアールがまっすぐ見つめる先には椅子に座ったギガントの女性。
露出の高いボロボロになった上着を羽織り、両肩には入れ墨が深々と彫られている。
金色のたてがみのような髪をかき上げ、Sランク冒険者であるライネルは笑う。
「ああ、私の【粉塵】をその水族性魔法に乗せてくれれば防がれて飛び散ったとしても収束し、いち早くそこにたどり着けるからねぇ」
「ワタシも…… 乗せなさいよ」
その隣に影を落とすように座るエルフの女性、長いアッシュの髪は前髪までも顔を覆い隠すようで、不気味な窶れた瞳を向ける。
背には不釣り合いなほど大きな長剣を背負い、真っ黒な喪服姿。
「ライネルよ、セスティも共に連れて行けるか?」
「ああ、問題ないよぅ。 【粉塵】で周囲を覆っていれば水流にもまれたとしても水滴すらつかないはずさぁ」
「ワタシが…… 全部殺すの…… 」
爪を噛み、ギロリと視線を彷徨わせるセスティはもはや心が崩壊しているらしく、ブツブツと独り言を口ずさむ。
「クハハ、いいねぇ、壊れてるねぇ」
腹を押さえて笑いをこらえるライネルは、セスティのおでこに頭を押しつけ、ニヤリと笑う。
「精神異常者に殺されるだけの奴がいればいいけどなぁ?」
ピクリとセスティの瞳が固まる。
その張り詰めた空気を切り裂くかのようにセスティの背負っていた長剣がもの凄い速さで振り下ろされる。
瞬く間にライネルごと椅子までも両断した長剣はピタリと地面に着く前に止まる。
その瞬間砂のように分断されたライネルの体が砕け、再び結合していく。
「殺せなくて残念だねぇセスティ」
「……」
「遊んでいる場合ではないでしょう? 敵はこちらの十倍ほどの数なんですよ?」
ストライフは二人のやりとりを眺め大きくため息を吐く。
「案ずるなストライフよ。 これはあくまでも遊戯にすぎぬ。 アルバラン様による【未来視】にも儂らの勝利とでておるのだからのう」
コツンコツンと靴音が響く。
エイシャは周囲の話し合いから外れ、一人外壁へと移動していた。
「【未来視】ねぇ、ウフフ本当に当たるのかしらね」
エイシャは晴れ渡る空に浮かぶ一匹の合成獣に話しかけた。
「未来が一つだとは限らないものよ、そうでしょう? ヘンリエッタ?」
「そう…… なのかしら?」
合成獣であるヘンリエッタは翼をはためかせ、窓の外、城壁の上に腰を下ろし、まっすぐ前を見据える。
「貴方は本来なら死ぬはずだった。 そう【未来視】にも現れていたのにね。 でもどうしてかしらね貴方はここに生きている。 ウフフ、そんな顔しないでちょうだい、あの御方には貴方が存在していることは知らないわ」
「……私は…… 」
「未来も生き方も変えようと思えば変えられるのよ。 縛られる人生なんてツマラナイじゃない」
エイシャはすっと手を振り、ゆっくりとした足取りで中へと戻っていく。
ヘンリエッタはその赤い瞳でその去って行く背を見えなくなるまで眺めていた。




