side オクムラタダシ ~再戦~
張り詰めた空気感。
思わず肩に力が入りそうになるのをこらえ、一瞬の隙も見逃さないように一挙手一投足に神経を研ぎ澄ませる。
蒸し暑い空気がまるで押し流されるように頬を撫でる。
目前に立つ黒人の異世界人、ロマナ・マーキスは俺から目を離さず周りに声をかける。
「動ける者は負傷者を連れてこの場から離れるんだ」
優希の【絶叫】を受けて、状態異常まみれとなった冒険者がフラつく足取りで後退していく。
何故そんな光景を黙って見ているのか、それはロマナ・マーキスが放つ威圧に気圧されているからでは無い。
昔の俺であったら激高して斬りかかっていたことだろう。
それではこの男の思うつぼなのだ。 そう、この男は俺の出だしを狙うカウンターで一撃入れるつもりなのだろう。
情報は何よりも大事。 それはゲームの攻略であったり、テストであったり、仕事であったりと初見で挑むよりはある程度の知識を頭に入れるものだろう。
そうして覚えた知識を持っている事は明確な差を生み出す。
はっきりいって今まで使えないと思っていた【鑑定】だったが、要するに俺の使い方が悪かったのだ。
この【鑑定】を俺は相手のステータスを表示するものだけだと勘違いしていたのだ。
普通、鑑定するといえば、物の真偽、良否を見定めることに当たる。
ステータス閲覧もその情報を読み取って見定めることだ。
本来の使い方で言えばそうなのだろう。 だが、この能力はそれだけじゃないんだ。
まずは、知るところからだ。
【鑑定】
ロマナ・マーキス
出身 南アフリカ共和国
LEVEL Un known
HP 75000/75000
MP 18500/18500
魔法属性 光、土
攻撃力 5475
防御力 4783
スピード 12800
『英雄と呼ばれる者』、『体術を極めし者』、『希望を生む者』、『異世界から来た者』、『勇者と呼ばれる者』、『速さを追い求める者』、『慈悲深き心を持つ者』、『料理人を志す者』、『熱き心を持つ者』、『譲れない信念を貫く者』、『空を蹴る者』、『武術に秀でた者』、『恐れぬ心を持つ者』、『折れない心を持つ者』、『丈夫な肉体を持つ者』、『子を守る者』、『鋭敏な五感を持つ者』、『能力を使いこなす者』、『魔法に秀でた者』、『意思を引き継ぐ者』
能力 【防御破壊】、【硬質な拳】
ようやくまともに【鑑定】も機能しているみたいだな。
異世界人にはどうやらLEVELという概念がある上限を超えると存在しなくなるらしく、俺も途中から表示されなくなっている。
そして今まで疑問に思っていた『~者』という表記、どうやらこれが称号らしく、各能力の増強に繋がっていることがわかった。
つまり称号が多ければ多いほど各ステータスに上乗せされるということだ。
ここに表示されている攻撃力なんかは上乗せされていない表示であることも大切だ。
「驚いたな、てっきり攻撃を仕掛けてくるもんだと思ったが、慈悲くらいはあるんだな」
ロマナ・マーキスは周囲に人が去ったのを確認するとゆっくりと拳を握る。
「あまりこの場にいてもらったら邪魔だと判断したまでだよ。 勘違いしないでくれないかな」
剣に付着した血液を振って落とし、軽く握る。
呼吸を整え、剣を背後に隠すように構える。
「優希、少し離れていてくれ」
「あぅ!」
優希は車椅子の車輪を動かし、ゆっくりと移動していく。
「あくまで一人で戦うんだな? やはりさっきの【絶叫】はもう使えないとみて間違いないな」
気づかれていた。
優希の能力【絶叫】はどうやら回数制限があるらしく日に一度しか使えないらしい。
温存する手もあったが、この数を一気に減らすためには一番最初に使う必要があったのだ。
それに、優希の【能力】はこれだけじゃ無い。
「そちらが望むように一対一だ。 文句は無いだろ?」
「ああ」
喧噪が再び遠くで聞こえてくる。
あちらも本格的な戦いになっているようだ。
「「ハイスピーダー、ハイオーバーパワー」」
二人同時に強化魔法を施していく。
かかったのを確認する暇も無く、踏み込めば一気にその距離を詰める。
隠した刃を回転させるように切りつける。
ロマナ・マーキスはまるでその攻撃でさえも顔を逸らすだけの最小限の動きで避ける。
鋭い一撃は空を切ると同時に顔面に向かって拳が飛ぶ。
カウンター狙い。
冗談じゃ無い程速い拳は光の壁に進路を無理矢理変えさせられる。
「!?」
【円天の防御】を目前の一部に流れるように展開するおかげで、直進するはずの拳の軌道が無理矢理外に広がるように進む。
この男から見れば、見えない空間が腕を押したように感じるだろう。
顔の横を通り過ぎる拳が戻る前に一歩踏み込み、その空いた腹部へと剣を向けようと動いた。
「アースインパクト」
バク転し、足下から突き出る土柱を躱すと、既に距離を詰めていたマーキスは下から拳を引き絞り、顎を狙って打ち込む所であった。
その攻撃もまた無理矢理外れるように顔の横を通り抜けていく。
「厄介だな」
その異変に気づいたマーキスは苦い表情で魔法を唱える。
「フラッシュ」
まばゆい光が閃光のように視界を奪おうと迫るのを辛うじて目を閉じることによって回避する。
その一瞬の視界を閉ざすことが致命的であるのはわかっていた。
この【円天の防御】はあくまでも視界内で作動するからだ。 目視できていなければ使えない。
だが、この欠点を誰よりも俺自身が知っている。
背後を取ったマーキスはそのまま拳を叩きつけようと能力を発動させる。
「【防御破壊】!!!」、「【鑑定】!!」
二人が口にしたのはほぼ同時であった。
どんな防御ですら砕く最強の一撃は光の壁を砕けず、拳からは真っ赤な血が流れる。
「ぐぅう!?!?」
腕を押さえ、距離を取ったマーキスは拳に付着した血を拭う。
まぎれもなく砕け散るはずだった【防御破壊】の一撃は、不発したのだ。
その理由は同時にはなった【鑑定】にある。
この能力のもう一つの力は、【鑑定】により真偽を決めることが可能なのだ。
つまり先程の【防御破壊】の【円天の防御】を砕く能力を偽物だと一時的に俺が判断を下したのだ。
よってマーキスの攻撃は壁を砕くことができず、そのままの威力が己に返ってきたのだ。
いかに【硬質な拳】であろうと、自分自身の攻撃までは相殺できなかったようだ。
「いてぇな…… こんなん貰うつもりは無かったんだけどよ」
マーキスは服で血を拭うと、すっと手を突き出し、ボクシングの構えを取る。
マーキスの体がぶれたかと思うと、すでに目前まで距離を詰められていた。
「っつ!?」
相変わらずでたらめな速さだ。
視線をかろうじて合わせるのがやはり精一杯か。
「ロックランス」
ごしゃりと、光の壁に当たり砕け散る岩の槍。
【円天の防御】は相変わらず優秀な防御力を誇っている。
だが……
「ごあっ!?」
注意がそれたのを狙った足払い。
そして流れるようなボディブローに思わず反応が遅れた。
服の中に鎧のプレートを着込んでいると言ってもこの威力ではあまり役に立っている気がしない。
すぐに距離をとり、ラッシュを警戒したがそれ以上マーキスは詰めてはいなかった。
おそらく先程の【鑑定】を警戒してのことだろう。
それなら好都合だ。
血だまりを吐き出し、優希の側まで跳躍する。
「優希…… 」
「うー?」
優希は苦しそうな俺の表情をくみ取り、腹部へと手を伸ばす。
するとみるみるうちに痛みは消え去った。
これは俺が【鑑定】で見た優希のもう一つの能力【慈愛の手】。
触れた対象の傷を癒やす力だ。
「あーぅ」
嬉しそうに微笑む優希の頭を撫で、再びマーキスへと向かう。
「その嬢ちゃんはいわば回復役っつーとこか。 定石ならまずは回復役から狙うんだが、まぁお前がそれを許すわけないよな」
「あぁ、俺の後ろには行かせないよ」
再び剣を背後に隠すように構える。
「んじゃ、お前を倒してから捕縛するとしますかね」
今まではお互いに小手調べのようなものだ。
マーキスの雰囲気ががらりと変わる。
冷徹な瞳、威圧感が増し、ボクシングの構えを解いた。
「「シャイニングエレメント」」




