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魔法力0の騎士  作者: 犬威
第五章 大陸戦争
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良くない流れ

【アルテア大陸 リーゼア連合軍左翼】



 激しい地響きと共に向かい来るのは武装した戦士達。

 そのどれもが虚ろな瞳で刃物を振り回し、一目散に前衛へと向かっていく。


 口元からは涎を垂らし、どう見ても正気を保っているようには見えなかった。


 その狂気の波は恐ろしいことに冒険者達に伝染していく。



「うがぁああああ!!」


「がぁああああ!!!」


「おいっ!? 気をしっかり持て!! ぐぁあああ!!!」



 次々にまるで感染病のように広がる狂気に飲まれ、冒険者の中で気が触れてしまった者が仲間を攻撃し始めたのだ。

 前衛に動揺が広がり、敵味方入り乱れての攻防が続く。



「これはいったい……」



 そんな光景を遠目から眺めていることしかできない私達は、遊撃隊として回り込んでいる最中だった。


 シーレスのノイズが響く。



『左翼部隊に告ぐ、敵は洗脳の類いを使う、精神を守る備えをするんだ!!』



 メルアーデの指示により、次々に中衛部隊は精神防御の対策を施していく。


 精神をかき乱す魔法などは存在こそしないが、魔物の中には恐怖を植え付けたり、錯乱させる力を使える魔物が存在する。

 その為に開発されたのが、精神安定剤という凄まじく苦い薬品である。

 その薬品をひとたび口にすれば、たちまちに錯乱や恐慌状態から意識を取り戻す事が可能だ。


 皆がそれを取りだし、飲むと真っ青な顔で嗚咽を漏らす。

 それは妙に粘質で、生臭く、喉に流れ込むとどろりとまとわりつくようで吐き気がこみ上げてくる。


 私達も周囲に習い、受け取った精神安定剤に口をつけ一気に飲み干していく。



「こんなに酷い味なのか……」


「うっ、飲み込むのすらつら…… い。 いったい何を調合したらこんな味になるんだ」



 キルアさんは真っ青な顔で口元に手を添える。

 あまりにも苦く不味いこの薬品に体が拒絶しているのだろう。


 だがこの精神安定剤は吐き出しては効果が無いのだ。



「この薬品の原材料は知らない方がいい、しばらく何も食べれなくなるぞ」



 デニーも青い顔で薬品の入った瓶を投げ捨てる。


 この精神安定剤という薬品は今まで存在しなかった。

 なんでも村長さんの要望で今回作らせたのだという、どうやら村長さんは合成獣であるヘンリエッタと戦ったことがあるらしくその時に冒険者達が錯乱し、仲違いを起こしたのを見たらしい。


 いわばこの精神安定剤は対ヘンリエッタ用ではあったのだが、まさか攻めてくる者達が錯乱状態に陥っていて、その精神異常が周囲に感染するとは思わなかった。


 前衛の冒険者達は最初こそはこの錯乱状態に動揺していたものの、さすが長年冒険者をしているだけあって対応は早く、瞬く間に体制を整えていった。


 数で勝っているこちらが勢いを取り戻し押し始めた時だった。


 まるで一瞬時が止まったかのような錯覚に陥ると同時に、空気が駆け抜ける。

 そして前衛で戦っていた一万ものリーゼア同盟軍の冒険者達が一気に地に這いつくばった。



「うわぁああああああああああああああああああ!!!!!」



 耳をつんざくような【絶叫】が響き渡る。

 不快な音を合わせたかのような声の集合体。

 体の奥底から拒絶するかのような叫びの声が左翼に広がり、気を失う者や耳を押さえ、頭を抱える者が後を絶たない光景が広がる。


 前衛に立つ勇敢な冒険者達は一人の少女の叫び声によって地面に転がっていく。



「がぁあああああ!!!」


「あたまがぁあああ!!!」



 それは左翼から僅か一キロ程離れていた私達にも影響を与えていた。


 まるで体の力がなくなるような錯覚に陥り、立つことすらままならず転倒する。



「ぐあっ!?」


「ぐぅう、この声は直接脳内に響いて…… 」


「っつ…… こんな芸当ができるのなんて決まっている。 【能力者】だ!!」



 デニーは歯を食いしばり、立ち上がると背後を振り返った。


 遠目から見えるのはあれほど果敢に攻めていた仲間達が苦しそうに地面に転がる姿。



「一体どれほどの範囲を持つ能力なんだ」



 そう言葉を漏らした時、シーレスが響き渡る。



『ぐっ、中衛部隊はこのまま進むんだ。 【能力者】には【能力者】で対抗する』



 メルアーデもどうやら声の範囲内にいたらしく苦しそうな声で告げる。



「このまま進もう。 倒れている仲間を早く起こすんだ」


「ああ、急ごう」



 敵の一手でこんなにも崩れてしまうこの状況に焦りを抱きつつも力強く前へと踏み出した。



 ■ ■ ■ ■ ■



【アルテア大陸 ガルディア軍 右翼】



 ~side オクムラタダシ ~



 照りつける日射しは苛立つほど暑く、湿度が高いこの気候はまるで日本の夏を思い起こさせる。


 だが、目前に広がる光景を見て思わずそんな微かな思い出すら遠い日のことだと実感する。


 こちらの数よりも圧倒的に多いおそらくは冒険者と呼ばれる者達。

 それが今足下に顔を擦りつけ、苦しんでいる。



「こういう【能力】があると真っ先に先陣に出向いたかいがあるよな」


「ぐぉお……」



 オクムラは倒れ伏す冒険者を一瞥し、その手は腰に差した剣へと伸びる。



「自分たちが圧倒的有利だと勘違いしたまま死んでいきなよ」



 腰から剣を抜き放ち、軽く振るう。

 剣圧が飛び、次々と冒険者を切り刻む刃は無慈悲に悲鳴すらかき消していく。



「あう……」



 無邪気な笑顔でその殺戮を眺めるのは車椅子に座った少女。

 異世界人である田村優希。


 若干眠たげな目を擦り、小さな欠伸を零す少女は手を伸ばし、笑う。


 先程の【絶叫】を放った張本人であるにもかかわらずその無垢な瞳はオクムラの姿を追っていた。



「なぁ、優希。 俺達は価値のない生命じゃないことを証明するんだろ?」


「うぅ?」


「まぁいいや。 次に活躍するのは俺の番だからな」



 血のついた剣を振り、血を落とすとオクムラは剣を掲げる。



「シャイニングエレメント」



 剣に光が宿り、その輝きを増していく。

 ひとたび剣を振れば光の刃は傷跡さえ残さず、切断していく。

 そのあまりの切れ味により、まるで剥がれるように肉体は分かれていくのだ。



「ぐぅうう!! なめるなぁあああ!!」


「へぇ」



 かろうじて起き上がったギガントの男はその巨体の背から長剣を引き抜くと、オクムラへと振り下ろす。


 だが、その刃はオクムラに届くことはない。


 まるで切られていたことにすら気づかなかったように、腕は肉体から離れ、夥しい鮮血が舞う。



「なぁあ!?」


「遅いよ。 これで終わり」



 オクムラは横薙ぎに剣を振るえば、ズレるようにギガントの体は真っ二つとなり、血の雨を降らせる。


 屍の上に立ち、フラつく足で果敢に攻めようと迫る冒険者達をオクムラは切って、切って、切りまくっていく。



「うがぁあああ!!!」



 耳から血を流す獣人族の冒険者は雄叫びを上げ、剣を振り下ろす。



「サンガー!!」



 指先から放たれた雷撃はまっすぐ眉間を貫き、そのまま男はぐらりと倒れていく。



「おっと」


「今だぁあああ!!やれぇええ!!」



 通れ伏していた男がオクムラの足を動けないように掴む。


 オクムラに向かって攻撃魔法が雨の如く降り注いでいく。



「【円天の防御】」



 目には見えない障壁がオクムラをまるで覆い隠すように瞬時に広がると、攻撃魔法は障壁に当たり、激しい爆発を起こした。



「次は俺の番だ。 シャイニングレイン!!」



 オクムラが手を空へ翳すと、オクムラの周囲を覆うように光の刃の雨が降り注いでいく。


 しばらくすると光の雨は止み、あれほどいた冒険者ではあったが、ものの数分で壊滅状態にまで追い込んでいた。


 そして切り刻むたびにオクムラの経験値として体内へと加算されていく。


 もはや俺に勝てる者なんていない。

 そんな風に思っていた時期もたしかにあった。


 俺は特別で、物語の主人公だと。


 それは驕りであり、自分の力を弱めた。


 俺はあの頃の俺では無い。


 敗北を知り、自分より強い人達を間近に見て考えが変わった。


 夢を見て力を求めたあの弱かった自分。

 そして自分こそが一番強いと驕り、考えを放棄していた自分。


 そしてそんな自分は逃げずに今も側で見ていてくれている。

 どうしようもなく卑屈であり、嫌いだった自分自身。


 自分自身さえも否定して、閉ざして、認めなかった『僕』は、俺にやってみろと言った。


 偽物でしかないこの記憶、切り離された心。

 存在さえも曖昧なこの『俺』を試すように。


 今はようやく体が受け入れてくれたようで、あの妙な気だるげな違和感は感じられない。

 衝動的な殺人衝動も襲ってこない。


 今はちゃんとした理性で判断できている。



「なんだろうな…… 今まで嬉しいって感情なんていらないって思ってたんだがな」



 今はようやく自分として認められたような妙な充実感がある。



「あー?」


「もしかしたらお前が変えてくれたのかもな」



 無垢な瞳で見つめる優希、その存在は俺と同じ偽物。

 どちらも自分自身が望んでいない存在。



「やっぱり来ると思ったよ」



 高速で俺達の前に着地したのはあの時俺が負けた存在。



「久しいじゃねぇか、悪いがこの先は行かせられないんでね」



 同じ特別な能力を手にした異世界人、ロマナ・マーキス。


 今ならばあの時の雪辱を果たせるかもしれない。




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