大津波
【アルテア大陸 リーゼア同盟軍中央】
~side トリシア=カスタール~
あの事件はアリアと第一部隊に深い溝を作ってしまった。
アリア本人では無かったとしてもその事を証明できる術がないのも事実、うやむやなままこの日を迎えてしまったのは良くなかった。
私でさえそれが本人かそうでないか見破るのは難しい。
今この場にいるアリアでさえ本物だと言われる確信は持てないのだから。
「【変身】の能力者エイシャか…… 」
この能力の怖いところは会話でしか探り得ないところだろう。
見た目、声、話し方、癖まで完全に真似たその姿、こちらの居を突かれ、暗殺することも容易いこの【能力】はきちんとした対策が必要なのだ。
「ジャスティン、忘れてはいないよな。 間違えたら死ぬと思った方がいい」
「は、はいっす。 忘れてないっすよ」
冷や汗を浮かべるジャスティンは慌てて懐からメモの書かれた紙を取りだし、必死に眺める。
おそらくそこに書かれているのはエイシャへの対策の事だろう。
まったく、あれほど忘れるなと言ったのだが。
「トリシア団長、一陣所定の位置につきました」
背後から声をかけたのは栗毛色のセミロング、動きやすそうな布製の防具に身を包み、手には幅が長い弓を持つ。
黒いマントが風にたなびき、パトラは髪を手で押さえると呆れた視線をジャスティンへと向ける。
「ジャスティン、まだ覚えてなかったの?」
「少し忘れてただけっすよ。 ほら、もう覚えたっす」
「パトラ、ジャスティンをちゃんと見張っていておいてくれ」
「はいっ! 任せてください」
「ちょ!? 信頼されてないっす!!」
周囲には手練れの冒険者達、背後にはリーゼアの精鋭であるゼアル騎士団がいる。
数は圧倒的にこちらの方が上、だけどこの嫌な予感は消えて無くならない。
得てしてそういった物は当たる傾向があるのだ。
シーレスにノイズが走り、焦りの声でマクミランが発する。
『今すぐに右翼は壁を築いてください!! 攻撃が来ます!!』
その焦りに満ちた声は情報が不足しているのが分かったうえでの発言、大雑把な指示。
だけども理解するのに時間はかからなかった。
なぜなら、まるで天災とも呼べる大津波が右翼全域に急に発生したのがこの位置からでも見えているからである。
全長およそ四キロ、高さにして百メートル程の大津波。
『右翼一陣、一斉に地形魔法ディレイウォールを行使しなさい!!』
叫ぶようにシーレスでトレイター部隊に伝えると瞬く間に地面から巨大な壁が右翼一帯に伸び、不動の壁を築き上げる。
その瞬間勢いを増した荒れ狂う水は壁にぶち当たり衝撃が大陸を震撼させた。
それが開戦の合図だった。
「っつ、あれが魔法だとでも言うのか!!」
「あり得ないっす……」
あまりにも巨大な津波は魔法と呼ぶにはあまりにも規模が違いすぎる。
トレイター部隊の総人数は三百。 そのどれもが魔法に秀でている者ばかりで、一陣に展開している右翼に百人程着かせている。
その一陣全てがこの壁を作り出す地形魔法ディレイウォールを行使してようやく堰き止めたのだ。
これがいかに異常な事だとわかるだろうか。
驚くことに大津波は敵側が放った魔法であり、百人がかりでようやく防げている程だ。
あれはもはや魔法では無く天災だ。
数人がかりで行う複合魔法…… 違う、あれは一人で行使した魔法だ。
複合魔法はどんなに息を合わせたとしても多少のズレが生じる。 だがあの大津波は寸分の狂い無く、その高さを維持し、壁へと叩きつけたのだ。
そんなあり得ない魔法を行使する人物がガルディアにはいると言うことの証明となる。
「パトラ、今すぐ戻りなさい。 ジャスティン、中央は任せます。 私はどうやら右翼側へいかなければいけないみたいだ」
「「はい!」っす」
再びシーレスのノイズが走る。
『トリシアさん聞こえますか? 先程の魔法は敵側にいる女性が放った魔法です。 恐らく三英雄の一人、トレイターはなるべく右翼側に展開した方が良さそうです。 先程の魔法がそう何発も放てるとは思いませんが今の現状防げるのはトレイターの部隊だけです』
『はい。 二陣を含め移動し始めています。 状況はどうですか?』
『先程の攻撃を起点に敵側は中央から魔法が放たれた右翼側よりに進行してきています』
『わかりました』
大きな声を張り上げる。
「これより中央展開している冒険者諸君に告ぐ、右翼よりに展開して迎撃に当たりなさい!!」
先制攻撃を仕掛けた三英雄の一人、守りに入るのでは無く攻めるに徹したあの魔法に嫌な予感はまだこれが終わりではないと警告している。
■ ■ ■ ■ ■
【アルテア大陸 リーゼア同盟軍右翼】
「冗談じゃねぇ…… なんなんだ!? 今のは魔法か?」
カルマンは目前にそびえ立つ巨大な壁に背を向け、激しく打ち付ける水の音を聞きながらキールに話しかけた。
「魔法…… か。 そんな事よりもまずはやることがあるだろ。 直ぐに迂回しなければ孤立するぞ」
「ええ、キールの言うとおりだわ。 水が無くなったら完全包囲されていたなんて笑えないわよ」
カナリアは直ぐに医療道具を抱え、後退するように周囲に伝え始めた。
この巨大な壁を維持しているのはカナリア団長が率いるトレイター部隊。 百人あまりが横一列に地面に手を突いて魔法を発動させている。
激しく壁に打ち付けられている水の暴力は衰えてはおらず、魔法を切ることは未だできずにいる。
その為か右翼展開していた者達の視界は壁のせいで前が見えず、どうなっているのか知る術が無い。
情報が欠落しているこの場に留まるのは得策では無い。
「直ぐに右翼一帯はこの場から離れ中央へと回り込め!」
そう大声を上げ地面へと降り立ったのは鳥人であるガイアス=エンドレアだ。
「敵はここを先に落とそうとしている。 すぐに中央の部隊と連携を取り前へ進め!!」
「しかし、この水の前では……」
弱腰となった冒険者が恐れをなしたのか、そう声を漏らす。
「水の勢いは既に落ちた。 トレイター部隊、すぐにこの場を戦える戦場へと変えてくれ!」
「「「「「はいっ!!」」」」」
「「「「「マッドグラウンド」」」」」
百人あまりのトレイター達は一斉に魔法を行使すると先程まで高く聳えていた壁が倒れるように水を飲み込み、なだらかな地面へと変わっていった。
それはサルク運河を瞬く間に飲み込み、平らな大地へと変える。
「川が!?」
「おい、見ろ! 敵がもう直ぐそこまで!!」
「こいつら人間じゃねぇぞ!!」
冒険者達が口々に声を上げる。
地を響かせ、迫り来るのは合成獣の群れだ。
「ふしゅるうう…… ハカイ…… シロ」
「「「グォオオオオオ!!!」」」
それぞれが手に武器を持ち、冒険者達が率いる前衛へ突っ込んでいく。
魔物を掛け合わせた姿、人間の知能を併せ持つ合成獣は冒険者達をなぎ倒しながら広がりを見せている。
数多の魔物と戦ってきた冒険者達ではあるが、こればかりは予想外であり、ましてや学習する自分たちよりも上位となる合成獣に押され始めている。
「グルォオオオオ!!!」
「そんなのありかよっ!! ぐぁあああああ!!!」
「ぐぅうう!! 的確に防いできやがるっ!! 一騎打ちは不利だっ!! 複数で当たれっ!!」
「ギャァアアアアア!!」
阿鼻叫喚の声が至るところで聞こえ始め、戦場には赤い血と合成獣の青い血がまき散らされていく。
混戦状態となった右翼は敵味方が入り乱れ、魔法が飛び交う。
「フレアァアア!!!」
業火球が槍を手にした合成獣を焼き払う。
それでもまだ意識はあるのか、燃えさかる体には気にもとめず合成獣は槍を振るう。
「ゴボッ…… そんなっ……」
また一人冒険者が倒れていく。
「力がッ、違いすぎる!! ぐあっ!!」
吹き飛ばされた冒険者の男が地面では無く別の衝撃に包まれる。
それは吹き飛ばされた威力を弱め、そっと地面へと下ろした。
冒険者の男が唖然とした顔で見上げれば、遙かに自分よりも背の高いギガント種。
真っ赤な特攻服を着て、この戦場に存在感を示す、金髪のリーゼント姿。
「へっ、歯ごたえがありそうだなぁ!!」
アルダールは指の骨を鳴らすと、合成獣の群れに突っ込んでいく。
五メートルにもなる背から繰り出される豪腕が合成獣の顔にたたき込まれると、青黒い血を吹き出し、合成獣の頭部が吹き飛ぶ。
「オラァ!! かかってこいやぁああああ!!」
背に背負った棘付きの鉄球をアルダールは振り回す。 まるでミンチのように潰れる合成獣には目もくれず、さらに次の獲物へと走る。
ギガント種の一歩で瞬く間に距離を詰めたアルダールは、合成獣を指揮していた白い体毛の合成獣へと迫る。
鎖を握りその巨大な鉄球を振り下ろす。
「……なかなかやるじゃねぇか」
「ふしゅるる…… それはこっちの台詞…… 人間」
白い体毛の合成獣は息を吐きながら、その手に持った二刀の鉈で鉄球を受け止めていたのだ。
みしりとその鉈がきしみをあげると、瞬時にその場から回避した白い体毛の合成獣はアルダールを見上げる。
「脆弱な人間…… お前も同じ……」
赤い瞳はぎょろりとアルダールを睨み付ける。
ゴノドモラという蜥蜴のような鱗のある腕、大きな白い体毛はディーンラビットという大型の兎の魔物をベースに合わせられたのだろう。
俊敏な動きに加え、器用に鉈を振るう。
「へっ、脆弱かどうか試してみろよ」
そしてアルダール自身も気づいていた。
この個体もまた人間と同じ知能を持っていると言うことを。




