リーゼア同盟軍2
【龍眼】、その能力は自分を含めた位置から数キロ先までを上空から俯瞰して見えるようになる能力であり、ネア様が言うには能力を発動させると今見ている視界と、俯瞰して見る視界の両方が見えている。
さらに夜であれば、自然と明るさが補正され、暗闇の中でも昼間のようにはっきりと見えるらしい。
俯瞰して見える高度は一定では無く調整も可能で視点を移して寄ることもできるのだそうだ。
こうして考えるといかに能力者という者は人間離れしているといえよう。
普通の人間であればそのあまりの情報量に頭がついて行かなくなるだろう。
岩陰に隠れていてもネア様には場所が常にわかっているので修行中は幾度も先回りをされたものだ。
ちなみに擬態していたとしても体温でバレバレらしく、徹底しているといえる。
「敵に回したくない能力だな」
デニーは思わず頭を抱える。
全ての動作を第三者目線から見れるこの能力は戦闘においても強力で、まるで動きを読まれるような感覚に陥るのだ。
「同じ能力者でもここまで違うとなんだかハズレを引いた気分になるな」
メルアーデは苦笑いを浮かべ、シーレスを手渡した。
「とりあえず今回はこれで連絡のやりとりを行う。 俺は後衛にも配ってくるからまた後でな」
「はい、ではまた」
僅かな緊張感が周囲から漂ってくる。
間もなく世界の歴史に残る戦いが始まろうとしているのだ。
■ ■ ■ ■ ■
【リーゼア同盟軍 右翼】
青色の犬獣耳は警戒の為か左右へと揺れる。
ホーソンは長年の共であるグルータルの背を撫で、食事を済ませていた。
食事は取り過ぎてもよくないが、取らないのも力がでない要因となる。
グルータルは肉食ではあるが、開発された固形軽食のおかげで食料が不足しがちなこの戦時下十分な食事を取ることができている。
「しっかり走って貰うからな」
「グルル……」
まるで頷くようにグルータルは喉を鳴らし、固形軽食をかみ砕いていく。
「随分と普段は大人しいんだな」
そう声を掛けたのは金色の髪をリーゼントにしたギガント。
背には真っ赤な特攻服、白いさらしを腹に巻き、片手には酒瓶を持つ。
ガルディアンナイト隊長であるアルダールはホーソンの隣へとどかりと座る。
「知性が高い魔物ですからね、特にうちのグルータルは大人しい方だ。 それにしてもこれから戦だというのに酒を飲むんですか?」
ホーソンはアルダールの緊張感のなさに思わず眉根を顰めた。
「ああ、これぐらいで酔いはしねぇよ。 こういう習慣なんだよ」
アルダールは瓶の縁に口をつけ一気に酒を喉に流し込む。
焼け付くようなアルコールが喉を通り抜け、体の中を駆け巡ると、じんわりと体が温まっていく。
一種の興奮状態に陥ることからギガント種は戦闘の前にアルコールを口にすることが多い。
そもそもギガント種にとってその程度の量のアルコールは、すぐに分解されるために水と大差ないのだから。
「ぷはぁ! なんだよ、その目は…… 飲むか?」
「遠慮しておきます。 私はアルコールがそんなに強くないので」
「はっ、そりゃい勧めちゃいけねぇな! でだ、話は変わるがこっち側はあの大きな川があんだろ? あれを迂回するのか?」
アルダールが示す先には大きな円を描くようにサルク運河があり、このまま直進すればどうしても越えなければならない。
アルテア大陸を横断するかの如くその存在感を主張するサルク運河は、轟々と音を立てて流れている。
「いや、そのまま突っ切るつもりだ」
「おいおい、さすがにギガントでもねぇのにそれは無謀じゃねぇのか?」
サルク運河を渡るともなれば百メートル超える水中を重たい防具を着たまま進まなければならない。
そんなことをすればただでさえ身動きが取りづらい水中、雷撃魔法に狙い撃ちされるだろう。
それに、グルータルのような魔物は水を嫌う性質を持つ。
進んで入ろうとは思わないだろう。
「普通なら…… な」
上空からの返事に思わず二人は上を見上げる。
大きな翼がバサリと揺れ、目の前に着地したのは騎鳥軍の銀製の特注鎧、ずっしりとした重さの先端が鋭い槍。
鬼のようなヘルムから鋭い眼光が除く。
「ガイアス=エンドレアか。 作戦会議とやらはもう終わったのか?」
アルダールはドンと酒瓶を置くと彼方に見える要塞を眺める。
「ああ、間もなく開戦されるだろうな。 右翼の指揮は俺とゼアル騎士団のシュラが執るからよ。 俺達は構わずこのまま進むんだ。 ほら、配置につけよ」
作戦はかわらないと言うガイアスにアルダールは頷き、背負っていた人の大きさ程にもなる鎖付きの鉄球を地へと下ろした。
「いよいよか。 俺を楽しませてくれるような奴は現れるかねぇ」
ガイアスは通った声で叫ぶ。
「各部隊配置につけ!! 間もなく開戦だ!!」
うなりをあげて広がる熱にアルダールは胸が高鳴るのを感じていた。
■ ■ ■ ■ ■
【リーゼア同盟軍 中央】
落ちている枝をぱきりと踏みならし、トリシア=カスタールは連合軍の最前線へと赴く。
深緑と銀色のフルプレート姿、ハルバードを背負い、颯爽と歩く。
「トリシア団長、会議は終わったんすね」
歩くトリシアに声を掛けたのは二年前よりも背が少し伸びたジャスティンの姿。
引き締まった肉体はこれまでの成長が窺える。
大型の盾と腰には三本の剣を差し、ホルスターには様々な薬品がぶら下がっている。
「ジャスティンか。 今し方終わったところだよ、カナンはあれからどうだ?」
「今も納得できず悩んでるみたいっすね…… フォルスさんを瀕死の重傷に追いやったのは自分のせいだって言ってたっすから」
「そうか…… カナンのフォローを頼むな、新部隊トレイターの龍撃使いは第一部隊しかいないのだからな」
「なんか懐かしいっすね、そう言われるのは」
ジャスティンは朗らかな笑みで頬を掻く。
「フッ、そういえばジャスティンはあれからアリアには会っていないんだったな」
「そうっすね、ちょうどパトラ達が会ったあの時は会議に出てたっすからね。 だけど今は会わない方がいいかもしれないっすね、内心複雑っすから」
ジャスティンは寂しげな笑みを浮かべ、首元のネックレスに触れる。
あのフォルスが不意を突かれ刺された事件はトリシアの不在時に起こったものであった。
Sランクでもあるフォルスが重傷になるほどの傷を負うあの事件……
……それは半年前へと遡る。




