リーゼア同盟軍
時間という物はあっという間に過ぎゆく物である。
それは子供が大人になる成長を見守る父親であれば納得できるのだろうか。
あまりにも早く、もっとこうしていれば良かったと憂う物である。
時計の針は朝を刻み、夜を追い越していく。 人々の心は焦燥に駆られ、口々に噂を広めていく。
「戦争が始まる」、と。
慌ただしくなる街とは裏腹に、ここに集う者達の心は静かで緊張の糸が張り巡らされているようだ。
アルテア大陸北部湾岸、そこに次々と大型の船が到着していく。
貨物船を含め数十隻にも連なる大型船は圧巻であり、まるで一つの要塞のようにも見える。
懐かしい大地を踏みしめ、湿った空気を肌で感じるとまたここへ戻ってきたことを思い出させる。
「これがガルディアを攻める総戦力……」
カナリアは振り返り、大型船から次々と降りてくる人達を仰ぎ見る。
リーゼア連合軍、アルテア、リーゼア、元ブレインガーディアン、冒険者組合という異色の連合軍の総数は八万を優に超える数だ。
これだけの総戦力を投入し、アルテアに居を構えるガルディアの要塞を落とすことが目的だ。
先にこの場所へたどり着いた人達が所々に陣を敷いており、周囲には簡素なテントが立ち並ぶ。
「規模が違いすぎるぜ、一国に対してこっちはまるで全人類だ」
カルマンさんは大きく首の骨を鳴らすと、大きな積み荷を地へと下した。
冒険者の人達が連合軍に加わったことによりその数は一気に増えた。
どうやらガルディアは禁忌とされていた冒険者組合が納める街すら問答無用で襲撃していたらしく、Sランク冒険者達の怒りを買ったようである。
アルバランはいったい何を考えてこんな世界を敵に回すような真似をしているのだろうか。
「アリア、お前がつく場所はたしか左翼だったか。 俺達とは真反対だが、頑張れよ」
キールさんはいつものワフクに身を包みキセルを加え、煙を吹かす。
腰には一本の刀が差しており、キールさんの性格が窺える。
「ああ、キールさん達も無事を祈ってるよ」
にかりと笑みを浮かべ、キールさんは懐から縁が金に装飾された小さな時計を取り出す。
「やるよ、アリア。 お前時計持ってなかったろ」
放り投げられた時計を慌てて手に取るとキールさんはさらに続ける。
「貸してやるだからよ、必ずまた返しに戻って来いよ。 その時は俺らで祝杯をあげるんだからな」
「ええ、キールの言うとおりだわ。 帰ったらトロンの分まで飲むのよ、勝利の報告も兼ねてね」
「ったく、気が早いってもんだ。 いくら戦力的に有利だからといって緊張感が台無しだぜ」
わかっている。 キールさんもカナリアもどうにかして緊張感を和らげようと必死なのだ。
私達は数では圧倒的有利に立つ。 調べ上げた情報によればこちらが戦力が八万に対し、向こうは一万にしか満たないと聞いている。
だからこそ、今着々と戦争への準備が整いつつあるこの場では見渡せば、皆の表情は穏やかに見える。
だが、間もなく戦いが始まろうとしているこの段階になれば、向こうも勘づくはずなのだ。 そしてこれだけの軍勢は隠しようがない。
本来であれば戦争が始まる前にこの戦力差から降伏をしてもいいはずなのだが、見張りによればあちらに動きは無く、今もその静寂を保っているという。
この圧倒的な数を見ても動じない、勝てる見込みがあると踏んでいるのだ。
「ありがとう。 必ず返しに来るよ。 それじゃあまた」
歩みは重く、そのたびに息が詰まりそうになる。
左翼が展開されている場所はこの中央からは二キロ先だ。
この場には初めて戦争に参加する冒険者も多い、口々にその話し声が耳に入る。
楽勝であると、奴らは恐れをなして要塞に引きこもっていると。
それは断じて違う。
私達に余裕などないのだ。
■ ■ ■ ■ ■
【アルテア大陸 北部中央支部】
テントが立ち並ぶ中の一つ、ここにリーゼア連合軍の頭脳が集結していた。
椅子に飛び乗り、周囲に集まる者達を眺め、藍色の髪の少女は答える。
「どうやら最後の船もここへと到着したようじゃの」
金色の瞳はその効果が切れたのかネイビーの色へと戻っていく。
ネア=ショック=リーゼアの能力【龍眼】により、周囲の把握をしたのだろう。
「では、あまり時間もありませんし、始めましょうか」
マクミランは手元の資料を眺めると、集まった面々の顔を眺める。
ここに集っているのは、アルテアの宰相熊型獣人族のフェニール、アルテア軍軍団長鳥人族のガイアス=エンドレア、アルテアの勇者異世界人のロマナ・マーキス、トレイター総指揮長エルフ族のトリシア=カスタール、ゼアル騎士団騎士団長メアン族シュラ、異世界人である村長と名乗る男、Sランク冒険者代理管理者メアン族メルアーデ。
「まずは俺から話をさせてくれ」
すっと手を上げたのは赤銅の鎧に身を包んだドレッドヘアーのメアン族、メルアーデ。
「お初にお目見えする、この度この戦いに参加させてもらったSランク冒険者、今は代理で管理者を名乗っているメルアーデという。 前の管理者であったフォルスはなんとか一命を取り留めたようだが、安心はできない状態が続いているんでね、俺が代わりに管理者を名乗らせて貰うことにした。 この場所には俺を含めて五人のSランク冒険者を派遣している」
「五人…… たしかSランクは七人という話を聞いたことがあるのだが」
フェニールは鋭い視線をメルアーデへ向ける。
「残りの一人…… 帝塵のライネルは大分前から連絡が取れない状態が続いている。 おそらくは死んでいるか、はたまた敵側についているのか……」
「帝塵のライネルか、風の噂で聞いたことがある。 暴風魔法の使い手で能力者であるということがな」
ガイアスは腕組みしながら答える。
「ああ、その通りだ。 能力【粉塵】を使う。 厄介な能力者であるのは間違いない、出会ったら俺に伝えて貰えないか? 俺の能力【痕跡】とは相性がいい、他の者が相手をするよりはいいだろう」
「ああ、覚えておこう」
「ここで皆様にご紹介しておきたい人物を紹介します。 異世界人である村長様です」
マクミランが顔をそちらへ向けると白い顎髭を蓄えた村長はゆっくりと話し出す。
「これまでこのような場に出ることは避けてきたのじゃが、もはやそうも言ってはおけん。 儂も能力者じゃ、対応できる場面が増えるじゃろう。 それに、能力ならば経験が長い上何か助言ができるやもしれん」
「助かります。 私達としても敵に対抗できる能力者が増える事は喜ばしい事です。 編成は左翼にメルアーデ様、アルテアの勇者であるマーキス様が中心に敵軍の突破と能力者の割り出しを行って頂きたいと考えています」
「ふむ、要塞はちょうど川を挟んだ向こう側となっているな。 平坦な土地が続く左翼側は戦いに慣れた者達を配置した方がよいな。 その点では素早い機転が利く場所であるといえよう」
キセルを口にくわえたフェニールは地図を広げ指を指し示す。
「ええ、その通りです。 サルク運河が円を描いて横断する右翼側には、空中戦を得意とするアルテア軍を指揮するガイアス様と集団地形魔法を指揮するトリシア様を配置いたします。 これによる地形の影響を考え、森林が多い中央には私とSランク冒険者達を中心に守りを固めていきます」
「ここでの地形で不利に陥りやすいのは右翼側だ。 恐らく敵もそれをわかっている。 川を渡って進むなど雷撃魔法で狙ってくださいと言っているようなものだからな。 だからこそ戦いやすい左翼側に人員を集めこの場所に人員は割かんだろう、まずはそこを狙うのが賢明か」
「では右翼にはシュラ様、ゼアル騎士団を展開させてください」
「畏まりました」
ゼアル騎士団であるシュラはビシッと胸を叩き、敬意を示す。
「中央の森林は密度も濃いが、ガルディアにおけるギガント種であればたやすく突破されやすいが」
トリシアは顎に手を添え、資料をめくる。
「うむ、先のナウルの戦いでもその点は問題であったな……」
フェニールは苦い表情で地図を眺める。
「いかに戦力を分散させるかが鍵となるやもしれんのう。 それこそ陽動が必要かもしれん」
「あとはどこにガルディアの勇者が現れるか…… か」
マーキスがぼそりと呟く。
「皆様にこれを……」
マクミランは大きな荷物の中から人数分のマジックアイテムを取りだしていく。
四角い板のようなこのマジックアイテムはそれぞれ鈍色の輝きを放つ。
トリシアはそれを注意深く眺め、マクミランへと尋ねた。
「マクミラン殿、これは?」
「ヴァリエルム様とフェニール様の息子達が共同で造り上げた転移媒体です。 この戦いに間に合わせるために相当無理をしておられましたが、これにより戦略の幅が広がります。 この転移媒体はこの装置を所有している者の場所を入れ替える事が可能とされています」
「へぇ、あいつらなかなかいいもんを作ったじゃないか……」
「ええ、ここにある本体である転移媒体が壊されなければ、この転移媒体の所有者はこの大陸内であれば瞬時に入れ替わることが可能です」
「こんな薄い板がか……」
マーキスは手渡された転移媒体を眺め疑問を口にする。
「しかしよう、誰が誰に飛ぶかは決められるのかこれ?」
「ええ、マーキス様が持っている転移媒体の色は『黄色』、トリシア様は『灰色』、ガイアス様は『赤色』、シュラ様は『緑色』、メルアーデ様は『紫色』、村長様は『白色』、私は『紫色』この色を覚えて頂きたい。 その色を口にすることで場所を入れ替える事が可能なのです」




